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猫捕獲終盤。猫の保護は、家族と同じ扱い。   だからこそ安易に、手を出していいわけではないと思った

保護猫活動終盤。

 

野良猫の子供を見つけて、餌付けをして、一匹ずつ捕獲して、最後の捕り物。

 

母猫の捕獲。

 

猫カフェから、捕獲機を貸し出しをしてもらってからの、猫の捕獲はあっという間だった。

 

8月の第一土曜日に、貸出してもらって、その日に、一匹。

 

次の週の月曜日に、一匹。

 

火曜日の朝に、一匹。

 

火曜日の夜に、母猫。

 

野良猫親子は、私たち夫婦が見つけた時は、5匹の子猫と母猫。

 

一匹は、交通事故で亡くなっていたと近所の方が話をしてくれた。

 

4匹の子猫と母猫の、捕獲が始まった。

 

始めの一匹は、手製の捕獲機で、なんとか捕獲できたが、一晩中、捕獲機に入るタイミングを、逃してはいけないので、体力気力が持たなくなった。

 

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地元の保護猫活動の団体に連絡をして、捕獲機を借りることができた。

 

ここからは、一気と言ってもよいくらい、捕獲機を置くたびに、保護をすることができた。

 

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保護した子猫を、そのたびに病院につれていき、健康診断。

 

野良猫ちゃんのため、みんな、何かしらの寄生虫が、おなかにいる。駆除薬を飲んで、ノミとりの薬を塗布してもらい、ワクチン接種の予約。

 

予約した日の朝に、もう一匹捕獲でき、慌てて、二匹の診察をお願いしたり。

 

そして、夫と三度も、捕獲現場を見ているから、母猫は、保護に時間がかかるかなと言いつつ。捕獲機を設置。

 

まさかの捕獲。

 

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え~っ、明日、動物病院、お休みなのに。

 

夫が、捕獲機を持とうとすると威嚇はするし暴れるし。

 

夫はパニック状態。

 

本当に捕獲活動をしている方、尊敬します

 

さて、さて、私も手伝い、二階の猫部屋に、運んだ。

 

捕獲機から出せない。

 

母猫も怖いだろうが、私たちも怖い。夫は特に、びびってしまっている。

 

餌は、捕獲機の中の物を全部食べているので、夜のご飯は心配ないし、今日は、そっとしとこう。

 

その夜、もらい先が決まっている、女の子の猫ちゃんが、母親のところに行こうとして、ゲージの中で大暴れ。

 

ゲージといっても、100円ショップのネットで作った仮寝床。

 

鼻をすりむいている

 

次の日の午後にお迎えに来てくれることになっていたが、急遽、連絡をして、本日迎えに来てほしいと、お願いする。

 

母猫から離さないと、このままでは鼻の傷がひどくなる。

 

この子猫は、マンソン列条虫に感染していることと、先生から、猫風邪などのウイルスに感染してはいけないので、隔離を言われていたので、ホルード状態でビニールで壁を作り。

隔離部屋にしていたのだけど、母猫が捕獲されてから、母猫の側に行きたがり、私たちが、猫部屋から出ると暴れる状態。

 

昼間は、ゲージに頭をぶつけたりするところは見ていなかったので、夜中に、のぞいてゲージの中の散乱ぶりにも驚いたけれど、擦り傷に、唖然。

 

写真を送信して、広いゲージに移し、母猫から離せば、大丈夫だと言うことを説明し、おねがいした。

 

二つ返事で、ご夫婦で、仕事が終わり次第迎えに来てくれることになった。

 

里親ご夫妻は、保護した時の写真でひとめぼれをされて、とても気に入ってくれていた。

更に、対面をし、母親そっくりなので、大人になった時の成猫の姿も、想像できたことと、写真よりももっと美猫だと、感激していた。

 

対面した日に、譲渡する日を、決めてその日は、迎える準備をすると帰られた。

 

その後写メを、送ってこられ、ゲージやミルク、餌など準備したものを、教えていただいた。

 

ご主人は、お迎えの翌日の仕事を、休みを取っていた。

 

慣れるために、お迎えした次の日は一緒にいたいと。

 

後で聞いたら、ご主人は盆休みで、お迎えをする日から5日間盆休み。

 

奥様は看護師なので、お迎えの日は休みだが、次の日から仕事で、夫のほうになついて自分になつかなかったらと心配していた。

 

急遽お願いした日の約束の時間よりも早くに、来てくれた。

 

怪我をさせたことを誤った、もう、譲渡すると決まった時点で、預かり猫という感じだったので、本当に申し訳ないと思った。

 

お渡しするときに、奥様に、タオルで包んだ子猫を渡した。

 

私の勝手な思い込みかもしれないのだが、自分を家族として迎えてくれると思う人に触ってもらうと、その猫はその人を特別な人と認識すると思っている。

 

先住猫の茶々も私が一番で、夫にはちょっと距離感がある、だから、寝るときも私と一緒。

 

息子の家の猫も、始めに家に連れてきてくれた次男坊は特別なようで、他の兄弟とは、違う信頼を置いている。次男坊の猫である。

 

ちょっと言えば、世話をしたのは三男坊なので三男坊との関係は親子みたいというか、三男坊は自分の物。

次男坊に対しては自分はあなたの物という感じ。

 

なので、奥様が心配していたので、奥様に抱いてもらった。

 

膝の上にのせて、それはそれは、愛おしいという感じ。

 

子育ても終わり、仕事も定年退職予定、自分は趣味もなく、夫と違って引きこもりだからとい言っていた。

 

まだ慣れていない子猫だったけれど、奥様の膝に抱かれてじっとしていた。

 

少し動いたのでそのままキャリーに入れていただいた。

 

ご夫婦とも初めて猫を飼うと言うことだった。

 

色々なことを質問され、連れて帰ってくれた。

 

このご夫婦、猫を飼いたくて、保健所や愛護団体にも行ったけれど、年齢が二人とも60歳を超えているため、譲渡してもらえず。

 

野良猫が捕まれればいいなと猫探しドライブに言ったり庭に餌を置いてみたりしたと言っていた。

 

その話を夫から(夫と奥様は同僚)聞いていたので、子猫を保護したら飼うかを聞いてもらったら、八割れでサバトラが欲しいと。

 

この時にはさすがに、え~とペットショップじゃないのだけどと心の声が。

 

この時、母猫がサバトラの八割れ猫だった、子供の中に母猫そっくりのこどもがいる。

 

母猫の写真が取れていたので、母猫とそっくりの子供がいるけれど、この猫の子供でよかったら、捕獲を頑張ってみると伝える。

 

そのことを伝えた日に、子猫をゲット、実を言うと、この子は、用心深く保護器には、なかなか入らないのではと思っていた。

 

なのに、里親に話をした日につかまるなんて、やっぱり「縁」かなと思った。

 

そんなわけで、写メを送って、ひとめぼれということになって、譲渡。

 

さて、そのサバトラの子猫がつかまり、病院につれていく朝、白い子猫のが捕まる。慌てて、病院に連絡二匹を連れて、病院へ。

 

その日の夕方、母猫は、子猫の捕獲を見ているから難しいかなと思いつつ、捕獲機を設置。

 

一時間もしないうちに、捕獲する。

 

こうして、野良猫捕獲は終了する。

 

今回捕獲することになったのは、五匹を見た時に、自分達の欲しい猫がいた事、夫の同僚が猫を飼いたがって探していることを聞いていたこと。

家で飼うなら、三匹は、飼っても大丈夫と夫と話をしていたこと。

 

近所の人も、一緒にこの親子を、見守っていたこと。

 

長男が、里親になってくれることを、了解してくれていたこと。

 

里親の目安があったことが大きい。

 

実際に、野良猫を保護して思ったことは、大変だと言うこと。

 

先住猫の茶々がいるので相性も心配だった。だから、子猫と思った

 

捕獲するには、行動範囲が広くて、いつも色々なところにいた。

 

いるところが他人の家だったり、毎日場所を変えるので、捕獲することができない。

 

餌付けをすることにした。

 

上手く毎日決まった時間に、餌を食べに来てくれるようになった。

 

そのころに、この子たち全部捕まえたら、どうすればいいの。

 

動物愛護センターに、相談したら、捕獲した猫は引き取らない、里親を探すお手伝いはする。

 

このことは、愛護団体も同じで、捕獲はしない里親を探すサポートはするし、捕獲機は貸すだった。

 

愛護センタ―で、地域猫のことを聞いたが、私の地区はしていなく、地域猫は町内会が中心にすると言うことを教えてくれた、地域猫の活動をするかは、町内会と相談してほしいと言われる。

 

勝手に野良猫に餌をあげると地域の人に迷惑がかかると言うことだ

 

え~っ、じゃあ野良猫がいても、見てみぬふりをしないといけないと言うことか。

 

私は、母猫を避妊して、元の場所に戻したいと思い、愛護センターに聞いたのだが、地域猫と言うことになるので町内会の人と相談をして、餌は誰が管理するか、排泄の世話などの分担がいると。

 

これはだめだわ、だって私は町内会に入っていないから。腎臓病があるので、地域の活動は無理、お祭りや運動会茶話会など、他人の世話をする余裕がない。

 

性格が、一度引き受けると、頑張りすぎる自分がいるのできっと身体が悪くなっても、無理をする。

 

だから、そのような特別な役割は今の自分はだめだと、戒めているから。

 

色々な情報を知って、餌付けをした責任も取らねばと思い、今回は野良猫親子全員確保にした。

 

無事に、確保ができたけれど、初めて見た五匹から二匹が脱落。

 

もっと早くに、頑張っていたら良かったのかもしれないが、これも「縁」かなと思っている。

 

野良猫の確保って、子供の頃よく捨て猫や犬を拾って帰って、家人に捨てて来いと言われたことのある人は多いと思う。

 

私も、よく犬を連れて帰っていた。

 

でも、このように母猫が一緒にいる猫の保護は大変。

 

なつかないし、母猫の教育がいいので、人間に対して、警戒心が半端じゃない

 

ユウチュバーの保護団体の人が捕獲の動画を上げているが、後が大変。

 

病院につれていったり里親を探したり。

 

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今回私も、野良猫捕獲をしたけれど、もうしない。

 

個人ではできない、限界がある。

 

正直、怖い。だって、とびかかってくるし威嚇するし。

 

そんな猫を(成猫)キャリーに入れることさえ、汗だく。

 

子猫も捕まえようとすると必死で、かまれてしまい、流血した。

 

猫の捕獲をして、本当に猫を欲しい人に譲渡できてよかったと思っている。

 

同じ職場の人で、気心も知っているので。

 

診察をして、ノミ取り、検便、健康状態、ワクチン接種の予約、最後は避妊、去勢手術と、お金もかかる。

 

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一匹に最低でも、4万はかかる。これを個人で、負担するには、大きな出費だ。

 

そのため私の家でも、三匹までかなと思っている。

 

猫の保護は、家族と同じ扱い。

 

だからこそ安易に、手を出していいわけではないと思った

 

猫捕獲経験だった。

 

 

 

 

野良猫の保護で、母猫の行動が切ないそして自分のしていることはまちがっている?胸の痛みが、起こるのはなぜだろう。

台風9号の影響で、風邪や雨の音が、保護しているこの子たち、落ち着かない。

 

今日は、夕方早くに、餌を設置した。雨や風が、強くならないうちに、エア差を食べに来てくれたらいいなと思って。

 

しばらくすると、家の外で、猫の声が。

 

ああ、食べに来たんだなと安心した。

 

保護した猫ちゃんたちの様子は、黒白の小鉄は、無邪気に、夫に遊んでもらっている。

 

サバトラのハチワレ君は、なれないので、時折小さな声で鳴いている。

 

二人は、雨も風にも影響しない家の中で、大丈夫だけど、母猫と他の兄弟猫は大丈夫だろうか?

 

夜中の、2時ころに、猫部屋の二人が、鳴いて暴れている。

 

小鉄は最近、落ち着いていたのに、一緒に騒いでいる。

 

部屋に行くと、少し収まったが。

 

もしかして、母猫が家の近くに来ているのかと思い、ベランダに出てみた。

 

いた。

 

道の中央で、こちらを見ている。

 

聞こえるかどうかわからないけれどと思いつつ。

 

「大丈夫だよ、危ないから、こっちにおいで、心配ないよ」

 

何度も、大丈夫と母猫に声をかけた。

 

声が聞こえたのか、家の敷地内に、入ってきた。

 

何というか、相手は猫なのだけど、私の言うことがわかったのではないかと思う。

 

遠くだったのに、母猫の目と私の目がしっかりと合った。

 

とても切なくなった。

 

風も出てきて、危ないのに、子猫の心配をして、家をじっと見ている母猫。

 

子供たちも、母猫に気づき反応。(家の中だから見えないのだが)

 

本当に親子の絆はすごい。

 

餌を与えている私を、少しは信用してくれているのだろうか。

 

その後は、母猫の姿は、なく、子供達も落ち着いた。

 

今日は、雨が降っているし、風も強い。

 

餌を食べに来れるのだろうか?

 

内心、子供達と一緒に、玄関に来てくれたらよいのにと思う。

 

今日は、台風の影響で、捕獲器を設置できないが、母猫を、早く保護したい。

 

愛情の深い母猫。

 

とても自分のしていることが、人間の勝手なエゴのように思う。

 

餌付けをしてはいけない、それは他人に迷惑がかかるから。

 

今回、二匹目の猫を迎えたくて、偶然この野良猫親子に関わったけれど。

 

もう、今回で最後、保護猫活動しないと心から思う。

 

野良猫だからと不幸ではないのではと思う。

 

あんなに、頑張っているのだから。人間より愛情が深いのではと思う。

 

猫は母親が一人で子育てをする、父猫はかかわらない。

 

だから、あんなにも強いのだろうか。

 

先住猫の茶々と仲良くできるなら、母猫をうちの子したいと思う。

 

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母猫は、保護できたら、長男が引き取ってくれる約束になっている。

 

二匹目の子猫を保護した時に、母猫は、夫が、捕獲器を運ぼうとしたら、車のところから、とびかかろうとして、頭を車にぶつけていた。

 

母は強しだ、かなわないであろうと思う人間に飛びつこうとするのだから。

 

この母猫とかかわって、胸が締め付けられる。

 

私たちになれてきた黒白の小鉄でさえ、母猫が家の近くに来たらわかるみたいで時々鳴いている。

 

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保護したのはまちがいなのかな?

 

だけど、餌付けをしたことで中途半端にはできない。

 

野良猫親子を何としても全員、保護しなければ。

 

人間の社会で生きていくには、猫にとって生きにくいだろうと思うのは、私のエゴかもしれないけれど。

 

先住猫のように、自分からわたしたちのところに来た子もいる。

 

この子を見ていると野良猫親子を保護することは、間違いではないと思いたい

 

 

 

 

野良猫を保護することは、罪?地域猫活動をしていない所で、野良猫を保護して避妊手術して離すと、罰則があるの?

先日より、野良猫に餌付けをして、子猫を一匹保護した。

 

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それからも、餌をあげているのだけど、母猫が用心深くなって、保護ができない。

 

保護できないこともあるのだが、自分の家で飼えるのは、あと一匹。

 

母猫と子猫を合わせて4匹。

 

愛護センターに電話をして、保護した猫を引き取ってくれるか問い合わせをしたが、保護した野良猫は引き取れない、里親を探すサポートはするということ。

 

保護団体にも、連絡をしたが同じ答え。

 

里親募集の手伝いはさせてもらうと。後、捕獲機は、貸出しますだった。

 

今日は、保護した猫の予防接種。病院の先生にも、話をしたけど、母猫を手術をして、離すのは、捨てることになるから違法だと。

 

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私の住んでいる地域は、地域猫をしていないので、避妊手術をして、放すことはできない。

 

もう、どうすりゃいいのさって感じ。

 

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夫と話をして、母猫も子猫も、すべて、保護して、里親を探す決心をした。

 

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今日の夕方から、頑張って、捕獲作戦。

 

子猫は、自作の捕獲器で捕まえてみようと思う。

 

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母親は、捕獲器を借りなければいけない気がする。

 

保護できて、里親が見つかるといいな。

 

それにしても、餌付けを勝手にしてはいけない、野良猫を保護して、避妊手術をして元のところに戻すのもダメ。

 

見てみぬ振りをしろということか。

 

動物病院の先生は、餌付けをして、子供を産んで増やしてはいけないと言われた。

 

えっ、それって、野良猫は過酷な環境で、死んでも良いと言うことかな。

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地域猫を届けていない(愛護センターに届けるらしい)場所での、避妊手術はだめってこと?

 

ちょっと、保護猫活動の様な事をしたら、なんだかなぁという感じが。

 

地域猫は、町内会が決めるらしいのだが、私は、町内会に入っていない。

 

町内会の活動は、身体上の問題があり、昨年、町内会から脱会している。

 

猫の世話はなんとかできるが、他人の世話は、気を使うし、自分のマンションの理事会の副理事をしていたので、町内会まで面倒が見れない。

 

身体がしんどいから体調が悪いからと、役員を引き受けると、やらないと何を言ってくるかわからない。それに、もう、最近の町内会は、老人会。

 

理事会も、70歳過ぎた本当に老害。話が進まない。大変な一年だった。

 

 

保護猫のおかあさんかな?

野良猫の保護。

 

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昨日の夜もそうだったのだが、家の周りで猫の鳴き声がした。

 

それに反応して、子猫も鳴く。仕方がないので、同じ部屋で一緒に寝ると泣き止んだ。

 

今日、病院から帰ってきてから、大人の猫が家の周りで鳴いている。

 

くるくると何度も、家の周りをまわっている。

 

二階の窓から見たら、私の車の下で、二階を見ている。

 

小鉄」がバタバタしている、そして、甘えような鳴き声で反応している。

 

大人の猫を見ると、「小鉄」の兄弟に、姿かたちがそっくり。

 

お母さん猫が、子供を探しているのかもしれない。

 

うちに来る猫はみんな子猫だったから、突然、大人の猫がきたので、ちょっとびっくり。

 

もう親猫が、子供たちだけで自立させたのかと思っていた。

 

少し、罪悪感があるが、もう保護したし、これからのことを考える。

 

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いずれ大人になって、自立し、過酷な野良猫生活をしなければいけないのだから、きっと、私たちの家族になれたことは幸せなことだと思いたい。

 

先住猫の茶々がいるので、なんとなく猫の気持ちがわかり、辛い。

 

捕獲器を再度作り直したが、夫と話をして、設置は見送ろうと言うことになった。

 

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扉を押してはいる、中に入ったら、引かないと出られない。隙間も全部にようにした。

 

残りの子猫たちも保護しようと思っていたが、しばらくは、餌だけを上げよう。

 

餌はここにあると思っているだろうから、置いとくことにする。

 

猫は、離れると忘れるらしいので、それまの辛抱かな。

 

本当に「小鉄」の母親なら、5匹出産し、1匹は交通事故で亡くなり(近所の奥さんから聞いた)、2匹目は人間に拉致誘拐。

 

本当にごめんね。

 

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大切にするからね。

 

 

野良猫保護2日目。

 

朝一番に、動物病院に電話予約。

 

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午前中に、診察に行きました。

 

生後三か月のオス。

 

「昨日、保護して、そのまま、キャリーの中で、過ごして連れてきました。もしかしたら、飛び出すか、暴れるかもしれません。保護するときにかなり暴れたので。」

 

「大丈夫ですよ。便を見て、おなかの状態を見ましょう。」

 

飛び出してはいけないと言うことで、診察室ではなく、ドアのある待合室で診察。

 

キャリーを開けるが、意外とおとなしい。

 

便採取も嫌がらず。

 

結果、猫条虫に感染している。

 

駆虫薬を内服。のみの駆除薬も、身体に塗布。

 

ワクチンは、一週間後予約。

 

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二回目が三週間後。

 

9月に去勢手術予定。

 

猫条虫の説明を受ける。のみから感染するという。

 

先住猫の茶々との接触は、二回目のワクチンが終わってからと。

 

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動物病院から帰ってきて、ゲージにいれる。

 

キョロキョロと落ち着かない様子。

 

ゲージの中に、爪とぎ付きの小さなキャットタワーが入っているのだが、一番下が、箱になっていてその中に入るのではないかと夫と話す。

 

しばらくすると、箱の中に入っていた。

 

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餌と水は置いているのだが、まだ食べない。

 

二日から三日くらいは食べないと覚悟しているのだが、やっぱり心配。

 

一週間くらいは、慣れるのにかかるだろうと思っている。

 

それにしても、茶々とは全然違う。

 

茶々は、保護した時から、慣れていたし、ゲージの一番上で、くつろいでいた。

 

茶々と違いすぎるので、これから、どのように接していたら良いのか、思案中。

 

茶々は、ノミもいなくて、おなかも奇麗だった。

 

男の子と言うことで、昨日から夫と考えていた「小鉄」に決定。

 

診察券は次回までに作ってくれると先生。

 

ここの領収書には、猫の写真が印刷されている。

 

車で、移動したが全然怖がらず、おとなしい。

 

この子も、ドライブが好きな子になるのかもしれない。

野良猫の保護大作戦。

野良猫保護作戦。試行錯誤。

 

先日より、野良猫の子猫を、保護しようと、色々やっている。

 

4匹の子猫ちゃんたち、行動範囲が広くて、いつもいる場所が一定ではない。

 

どうしたものかと。

 

私の家は、横長屋風のため、昨日はとなりの駐車中車の下にいたり、今日は、裏手の草むらにいたりと、一定ではない。

 

夫と、散歩がてら、近所を散策。

 

いる場所がわかったところで、餌を与える。

 

ある程度のところまでは来るが、近づくと逃げる。

 

うちの敷地に来てくれればいいのになぁと思いつつ。

 

徐々に、自宅に近い場所に、餌をばらまく。

 

さして、三日目に、家の敷地内に出没。

 

餌付けをすることにした。

 

最初は、ばらまいていたが、紙皿に入れて設置。

 

20時30分頃に、餌を設置していたのだが、ある日、用事があり出かける前に家の角に、餌をばらまいていた。

 

家に帰ってきたら、4匹が庭でくつろいでいる。

 

うそ~!。何で今日は、早いのと思いつつ、慌てて、餌を出した。

 

今日は夫は、準夜でいない。

 

夫へのメッセージ。

「今日は、早いよ。猫ちゃんたち。」

「18時30分には、駐車場にいたよ」

「買い物から、帰ったら3匹。昼ばらまいていた餌を食べていたみたい。」

「慌てて、餌を用意したよ。」

「今、見にいったら私の好きな八割れちゃんが、くつろいでいた。」

「今日は、占い鑑定があるから、このまま様子を見ることにする。占い鑑定が終わったら、22時だから、見てみる。」

「お腹がいっぱいになったのか、庭でくつろいでいる。見ていたいけど、家が、安全だと思ってもらえるように、そっとしておくね」

 

夜中に、餌を見ると全部食べている。

 

朝も食べにくるようなので、餌を器に入れて置く。

 

そんな状態を、1週間。

 

100円ショップのネットで、ゲージの様なものを作り、中に入ったら保護できるように設置していた。

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中に入って、餌を食べている時に、近づき、扉を閉めようとすると、逃げられる。

 

アマゾンで、捕獲器を見てみると、長い。

 

ではと、ゲージから120㎝の通り道を作り、取り付けてみた。

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ちゃんとそこを通って、奥のゲージの餌を食べている。

 

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八割れの子猫と少し体の小さい白猫がとても仲良く、一緒のところを確保したいと思うのだが、なかなか、二匹一緒は難しい。

 

それで、一匹ずつ確保することにした。

 

最近、餌を食べに来る時間が、朝と夕方だったりと、増えた。

 

朝は、夜中に餌を置いていると、食べている。

 

そんな餌やりが続いて、毎日、食べに来るようになった。

 

今日、7月30日夕方、餌を置いて、家に入って、出てみると、八割れの子がゲージに入っている。

 

もう、何も用意していなかったが、今だと思い、通り道のふたをした。

 

それに気づいた子猫ちゃん、逃げようと、ゲージ内で大暴れ。

 

夫に、キャリーを持ってきてと言ったら、パニックって、「キャリー、どこ!」

 

「もう、私の車の中でしょ!」

 

子猫ちゃん、手作りのゲージの上のほうの隙間から、逃走しようと、身体が出てきた。

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え~っ!こんなところから。身体をつかもうとすると、暴れる。

 

左の小指をかまれてしまう。

 

ここで、放したら、この子は確保が難しくなる。

 

流血しながら、掴んでゲージの上に出し、押さえつける。

 

夫が、キャリーを持ってきた。

 

「ふたを開けて!」

 

夫は慌てて、ふたをうまく開けられない。

 

「もう、落ち着いて!」

 

子猫ちゃんの身体に私の血が、つく。

 

何とか確保できた。

 

今日は、19時30分を過ぎているので、動物病院は、閉まっている。

 

興奮して、お鼻がとてもきれいなピンク色。

 

キャットキャリーにいれたまま、明日、病院に連れていくことにした。

 

夜中の0時に、鳴きだした。庭に、兄弟たちが来ているのだろう。鳴いている。

 

猫部屋にする部屋で、寝ることにした。

 

鳴くのはやめたが、時折「くぅ~ん」という声を出す。

 

庭に、兄弟たちがいるのがわかっているのだろう。

 

先住猫がいるので、三匹飼うのが限界。

 

今、二階の部屋を猫部屋に改造中。

八割れちゃんと仲が良い白猫ちゃんを、保護したいと思ってはいるのだけれど。

 

保護されて、全然餌を食べない。

 

猫あるあるなので覚悟はしているが、夫がかわいそうと心配する。

 

 

 

 

 

 

猫を飼いたい独身男性の話。  保護主さんが、独身でも譲ってくれると言ってくれた。

猫を飼いたい独身男性の話。

 

夫の同僚が、一年前より猫が飼いたいと、言っていた。

 

黒猫のメスで、子猫。

 

猫が飼いたいと言っても、何故かメスで黒の子猫って。条件が、、、、。

 

だって、黒猫って、ペットショップで売っていないし

 

確実に、野良猫だよね。

 

仮に保護できたとしても、オスなら,飼わないのかなと思うけれど。実際は、子猫を見れば、オスでもいいと思うのではと思う。

 

そんなわけで、意識して、どこかにいないかなと探すようになった。

 

夫が、犬の散歩の通りに、猫がいるよと言ってくれるのだが、野良猫だけどよその家の庭にいる。

 

知り合いならいざ知らず。よく見ると、餌をやっている様子がある。

 

話を聞いてから、猫が生まれる時期に期待しようと、昨年の秋は、縁がなかった。

 

私の近所にも、野良猫はいるのだが、私は、見ることがない。夫から。お母さんらしい猫と子猫がいたと聞くのだが、会えなかった。

 

今月の中ごろに、茶々の散歩から帰った夫が、子猫が5匹いると。

 

一緒に見に行った。

 

生後二か月くらいだろうか。5匹の子猫がいた。

 

実を言うと、私たち夫婦も、二匹目の猫を飼いたいと思っていた。できれば、保護猫。

 

そんなわけで、保護したいと。

 

餌を投げてやるとある程度までは、寄ってくるが、距離を取られている。

 

これは、保護団体から捕獲するキャリーを借りようと、インターネットで、保護団体検索。

 

ある保護団体のホームページを開くと、里親の募集が一時間前に、アップされている。

 

何と、生後二か月のメスの黒猫がいるではないか。

 

これは、神様からの縁繋ぎ!

 

直ぐに、連絡を取った。

 

22日に、見せてもらうことに。

 

この段階では、夫の友人には連絡を取っておらず。

 

友人がダメなら、私たち夫婦が里親になるつもりだったので、問題はない。

 

友人に、連絡を取ると、「見たら、ほしくなるよね、、、。」「一人暮らしだから、可愛そうだって、他の人がいうし、、。」

 

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う~ん、何なのよ。飼いたいというから、声をかけたのに。

 

  • 黒で子猫でメスって、条件満たしているじゃない。

 

途中横から、「何言ってんのよ、ずっと、探していたのに。偶然、ぴったしの条件の猫ちゃんが見つかったのに。」

 

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この友人とは、前の職場で私も同僚でした。

 

「じゃあ、会いに行ってみようかな」

 

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早速、保護主さんに連絡をして、三人で行くことに。

 

友人は、以前保護団体の主催する、譲渡会に行ったことがあるのだが、全然ダメだったことで、独身男性には、譲渡してもらえないというトラウマを持っていたようだ。

 

保護主さんが野良猫を保護したら、妊娠しており4匹生まれたということで、1匹は亡くなり、茶トラのオス二匹と黒猫のメス一匹。

 

保護主さんの家には、先住猫がいて、今回保護した母親で、二匹いるので、里親を募集したということだ。

友人は、会うまでとても、緊張しており、ドキドキすると。

 

もう初めてのお見合いのようだ。その様子に、私たち夫婦は、癒された。

 

保護主さんに、友人のためにずっと、探していたことを伝え、友人に譲渡がダメなら、私たちにお願いできないかと話をした。

 

保護主さんは、独身男性でも、かわいがってくれて幸せにしてくれるなら、譲渡しますよ。と言ってくれた。

 

友人は、その言葉を聞き、とてもうれしそうだった。

 

やり取りの様子の中で、一生懸命さが伝わってきた。

 

保護主さんが、「猫を飼っていらしゃるなら、大丈夫ですね」と私たち夫婦に話をしていると、

 

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友人「実家では、猫を飼っているんです。ひとりだけど、いつもではないので」と小さな声でいう。

 

保護主さんの子猫たちは、母親がまだ、家猫になっていないため、近くに私たちが行こうとすると隠れたり、逃げたりする。

 

黒猫ちゃんに至っては、はじめ保護主さんに抱かれて、見せられた後は、帰るまでソファーの下から出てこなかった。

 

友人に、茶トラは?というと「いや、黒猫がいい」と。

 

ほぼ、友人に譲渡してくれる話になり、もう一度見に来てくださいと、帰って来た。

 

保護主さんから次回に会える日の連絡が来て、日取りを決めることに。

 

友人は、帰る時もまだもらえるのか自信がないようだったが、帰りの中で、今回の日時設定の時に、28日も、良かったみたいだから、28日に会いに行けばいいのではと助言をしていた。

 

友人が会いに行く日を尋ねると。28日にしようと思う。保護主さんに連絡しようとしていたと。

 

夫「自分も一緒に行きたい」

 

友人「タックンは、茶トラだよね」

横で会話を聞いていて、思わず、おかしくなってしまった。

 

会いに行くまでの、優柔不断はなく、黒猫ちゃんは僕のだから感が、ひしひしと伝わってくる。

 

今回の猫ちゃんは、私が見つけたので、優先順位を強調されるとおもったのかなと。本当に、友人の飼いたいという思いが伝わってきて、探した私としては、うれしい限り。

 

今回、本当に縁があったのだと思う。友人が。

 

実を言うと、夫から、友人を連れていくときに、「あまり、無理に押さないでね」と言われていた。

 

二匹目を飼いたいと思う中で、夫も、黒猫のメスが欲しいと言っていた。

 

私は、近所の5匹の野良猫を、保護したいと思っているので、今回は、できれば友人が、譲渡してもらえばいいなと思っていた。

 

友人と別れて、車の中で、「名前も決めていたのにな。」と涙目。

 

え~っ、そんなに欲しかったのか。

 

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タイピー日記のりんちゃんのファン、うちの茶々が白猫なので、黒猫と一緒に並んだ後ろ姿が、いいなぁと話をしてくれていた。

 

夫は帰ってきてから、動物保護センターのホームページに、見にいって、「黒猫がいる」「説明会に参加しないといけない、26日なら休みだからいける」

 

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私は、全然その気がない。だって、私たちの市ではなく、同じ県でも遠方。

 

まして、保護しないといけないと思っている子猫がいるし。

 

ここの、愛護センターは、今回の保護主さんから、譲渡が速やかで、条件が緩いと言ってくれたところ、先住猫を、ここから迎え入れたと話を聞いた。

 

夫には、「行きたかったら、行ってくれば」と。

 

さてさて、そんな話の中で、保護主さんの所の「茶トラをもらうのはだめ?」という。

 

「茶トラたちは、里親が見つかなければ、自分達か親御さんのところで、飼うとと言っていたから、私は、いいや」

 

「それよりも、なんとしてもあの子たちを保護したい」

 

今回、保護主さんが、独身でも譲ってくれると言ってくれたので本当に良かった。

 

保護団体の譲渡条件は、厳しく、まず独身はだめ。

 

また、愛護センターも、保護団体よりは、厳しくないが、やっぱり、譲渡が難しい。

 

しかしである、愛護センターに引き取られた猫は、私の市でも昨年800匹。そのうち引き取られたのは、100匹。残りは殺処分。

 

友人夫婦が、二人とも60歳を超えているので、もらえなかったと嘆いていた。

 

700匹も殺処分するなら、譲渡してくれればいいのにと思う。

 

人生100年時代。定年も70歳時代が来そうな時代。60歳なら余裕で、まだ飼うことができると思うが。

 

その友人は、自宅で餌を庭において、猫捕獲作戦をしているが、まだ全然一匹も、来たことがないと。

 

野良猫の多いという街に出かけていったりしている。

 

今回、独身の友人の夢がかなってよかったと心から思う。

 

さて私は、野良猫ちゃんを保護するために、頑張るぞ!

 

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夏の新ドラマ、ナイトダクターを見て、現実の医療現場の働き開拓への思い。

夏の新ドラマ、見たよ。

 

ナイトドクター

 


www.youtube.com

TOKYO MER~走る緊急救命救急室~

 

ハコヅメ~たたかう!交番女子~

 

刑事7人

 

シェフは名探偵

 

他にもあるのだけど、私が元看護婦と言うこともあり、やはり医療物は、見ちゃいます。

 

ナイトドクターのように、現実に、夜専門の診察してくれる病院があればいいなと思います。

 

本当に、核家族になり、かつ母親がフルで働かない状態は、かなり、母親の負担が大きいです。

 

看護師をしている頃に思いました。三交代の不規則な勤務は体にこたえます。

 

子供は、昼間元気でも、夜悪化することもあるし、大人だって、このくらいは大丈夫と思っても、ひどくなることだってあります。

 

地元に、今は、夜間診療センターがありますが、この施設の先生たちは、昼間も、診察など自分の勤務先の仕事が、終わってから、当番制で、23時までです。

 

大変助かって、います。昼間元気だったのに、急に調子が悪くなったときに、利用しました。

 

でも、朝までいつでも、見てくれる、体制があったら、本当に今の社会には必要だと思います。

 

昼間は働けなくても、夜なら、働ける看護師もいます。短時間のパートなら、働ける若い免許を持った人は、たくさんいます。

 

医療から離れると、看護師は、看護師として勤めることに自信がなくなり、ペーパー看護師が増えます。本当にもったいないと思います。

 

高齢者社会になり、今の状況でも、痴ほうの患者を夜勤者2人で50人近くを見るのは、大変です。

 

これが、昼間と同じ体制だったら、十分な看護もできるし、職員のストレスも軽減するのではないかと思います。

 

日曜祭日は、普通の日勤よりは、職員の人数は少なめです。夜間も、この体制ならいいのではないかと思います。

 

現実には、夜間時間は、給料が高くなり、人件費の問題もあり、経営者からすれば、少ない人件費で済む、夜勤体制、当直体制のほうが良いのでしょうが。

 

でも、夜間いつでも見てくれる施設があれば、救急車の利用も減るのではないかと思います。このくらいと思っても、気軽に見てくれる施設があれば、自分達で行くことができますから。

 

見てくれるところがわからないから、救急車の利用になる。

 

子供が乳幼児の頃は、小児科にかかりますが、夜間に電話をしても見てくれるのはそこにかかっている患者です。

 

小児科に勤務していた時、夜間の急患の電話をドクターにつなぐと、「うちにかかっているのか」と言われます。かかっていなければ断ることのほうが多いです

かかっている小児科にいけと言うことです。

 

私も、子供たちが乳幼児の頃は、軽くても、昼間診てもらい、夜ひどくなったら、電話を入れることに少しは、気が楽でした。

言われなくて済みますから、「なんで、昼間診察につれてこなかった」と夜勤の看護師に。

 

来てほしくないのですよ。夜勤者は。

 

小さなクリニックだと、入院患者も見ながら、外来の業務ですから。

 

一人で、夜勤をしているのに、見回りに行かないといけない時間なのに、外来患者に手を取られ、夜勤の通常業務の遅れや、外来の後処理。

 

それでも、日勤の看護師に、申し送りをしなければいけないので、日勤者が来る2時間前は、もう修羅場です。

 

定時に上がることなどできません。記録が残り、報告書等の書き物が、必ずして帰らなければなりません。

 

24時間体制の業務であれば、もっと働きやすい形にすればよいのにと思います。

 

以前の職場に、夜勤ばかりで、ひと月に、一度ぐらいしか日勤をしない人たちがいました。

看護師が足りなくて、その三人が、夜勤専従になっていました。そのおかげで、日勤者のみの若いお母さん看護師が働くことができていました。

 

施設だと、夜勤専属を募集しているところもあります。

 

ナイトドクターを見て、本当に、病院の勤務体制が変わればよいのにと思います。

 

病院勤務、ドクターも当直なので、夜間医者は、病院にいますが、夜間患者は受け入れていません。

どうしてかというと、アルバイトの医者だから。あくまで、入院患者のための医者です。でも一晩3~10万のバイト料です。

 

私たち看護師は、8千~一万くらいです。夜勤となると、一睡もせず。仕事をします。当直は、仮眠を取ってもよいのですが。

 

医者は、当直室でおやつを食べてり、ビデオを見たり、何もせずです。

 そんな、医者に払う金があるなら、ナイトドクターのように、ないと専門チームを作ったほうがどんなに良いか思います。

ナイトドクターを見て、今の医療現場の働き方が変わればよいのにと思いました。

 

 

 

 

コロナワクチン接種券が届いた。自己責任なので、受ける受けないは、自分で選べるので、よく考えてみようと思う。

コロナワクチン接種券が届いた。

 

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令和3年2月28日まで有効。

 

コロナワクチン接種は、ずっと考えている。

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どうしても必要か?

 

見切り発車感が、ぬぐえない。

 

ワクチンは、本来、弱いもを守るため。

 

だから、乳幼児から。ポリオワクチン、三種混合ワクチン等がある。

 

コロナワクチンは、12歳以下には、接種しない。

 

高齢者から、開始。すごく違和感がある。

 

人との接触が多いのは、若い人。

 

高齢者は、よほどのことがない限り、集団で集まることはない。

 

まして、私のように持病がある者は、必然的に、行動に制限がかかる。

 

仕事をやめると、なおさら自宅に引きこもることになる。

 

ちまたでは、人減らし的なことを言う人もいる

 

そんなことはないと思いつつ、医療費のかかる高齢者、持病持ちは実験材料か。データー収集かと思ってしまう自分がいる。

 

考え方は、人それぞれだろう。

 

私は、4人の子供達全員が、ポリオワクチンしかしていない。

 

違った、長男は三種混合ワクチンをした。

 

それまで、一度も病気をさせたことがなかったのに、風邪をひくようになった。喘息用の咳と汚い膿緑色の痰をだし、なかなか治らない。

 

三種混合ワクチンには、百日咳が入っているので、長男は、きっとその菌に、負けてしまい、肺に住み着いているのだろう。要するに、保菌者。

 

だから、風邪の季節は、風邪をひかないように注意している。

 

他の兄弟は、偶然、ワクチンをうつ時期に、熱を出すことが多く、ワクチンをうつ年齢を越してしまった。

 

正直、長男のことがあるので、私が、ワクチンを信用していないのもある。

 

さてさて、長男は医療関係に従事しているのだが、ワクチンは打たなかったと言っていた。

 

次男も打たないと。

 

次男は、子供の頃喘息ががあり、病院に大変お世話になっているから、本人的に、肺機能が弱いだろうから肺に、ダメージを与えて、また喘息が発症してはかなわないと思っている。

 

自分から、リスクを拾う馬鹿はいないだろうという持論。

 

コロナワクチン接種は任意。

 

インフルエンザワクチンでも、発熱して、仕事を休まないといけなかったので、コロナワクチンは怖いというのが、正直な気持ち。

 

しかしだ。任意というのに、ワクチンを接種しない人に対して、ちょっと、厳しい目があると思うのは、私だけだろうか。

 

長男も、打たないと言ったら、人とかかわる仕事なのにと、言われたらしい。

 

夫に至っては、一回目の時に、副反応が出たのに、二回目は、すでに会社から申し込みをされており、二回目も接種。

 

このことは、本人は、上司命令で有無を言わさずだったため、非常に憤慨している。見事に、二回目も、副反応が出た。

 

そうそう、今回、何故か夫のワクチン接種券も来ている。

 

えっ、何で?夫は済んでいるのにと。私の中で、不信感。

 

国は、データー管理ができていないのか?

 

こんなことでは、何かあっても対応してもらえないのではと思っている。

 

そうでなくても、打ちたくないと思っているので。

 

夫は、主治医と相談したらと言っているが、本人の身体の個人差を、主治医が把握していると思わない。

 

医者は、データーを一般の基準で判断している。

 

個人差といっても、その人自身を、見ているわけではなく、あくまで、病気がひどい状態かを見ているだけだ。

 

病気になり進行して、治療が必要にならなければ、何もしない。

 

進行する前段階は、本人任せだ。

 

本当に、患者のことを考えるなら、もっと、今の危機感を伝えるべき。今の状態をキープすることの大切さ、自己管理の必要性。

 

中々、そこをしっかり管理してくれる医者はいない。

 

私は、医者の患者に対する発言の弱いことを、残念に思っている。

 

原因が飲酒だったり、喫煙だったりするのであれば、「辞めろ」とはっきり言えばいいのに、「控えてください」だから。

 

コロナワクチンン関しては、何が正しい情報なのかわからないのが、正直な思い。

 

自分の生活様式を考えても、ワクチン接種が必要だと思わない。

 

リスクを考えると正直に、怖い。

 

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かかるかわからないコロナ感染。

 

予防としては大切だけれども、インフルエンザ予防接種をしていても、かかる時にはかかる。

 

インフルエンザも、はやる前に始まるが、コロナ感染は、一年中。

 

変異する速さもすごいなと感じているのは、私だけかな。

 

その変異に対して、今のワクチンは、対応できているわけがないよね。

 

国は、何かあれば保証をと言っているが、因果関係が証明されないと、いって誰も、保証を受け取ったという話は聞かない

飴を用意して、安心感、いかにも国はちゃんと、しています感。

 

実際は、絵空事、建て前と思うのは、私だけだろうか。

 

まずは、政治家がみんな先に受けるべきではないかと思う。

 

医療従事者が先って。

 

国が安全を、保障するなら、政治家が真っ先に受けるべき。

 

自己責任なので、受ける受けないは、自分で選べるので、よく考えてみようと思う。

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前向きで生きるために、後悔しないために、いつも思っていること。人生の時間は限りがあると意識して生きることで、自分の人生を、大切に生きることができる。

前向きで生きるために、後悔しないために、いつも思っていること。

 

これは、私の考え方。

 

いつの頃より、人はいつか亡くなるのだから、今日を大切に生きようと思うようになった。

 

朝起きるのが当たり前なのは生きているからで、死んでしまったら、朝は来ない。

 

幼少期のように、自分では選べない時期が過ぎ、自分の生き方を歩けるようになって、時間が過ぎるのが早いと、感じる。

 

あっという間に、60歳を過ぎてしまい、振り返ってみると、頑張った自分や失敗した自分の人生を、感じている。

 

60歳を過ぎると、若い頃より、焦りのような気持ちがある。

 

ガンを宣告された様な感じ(少し大げさ)。

 

いつまで、自分の時間、生きていられる時間があるのだろうと考えるから。

 

持病があることも、考えると、平均寿命まで生きられるのか?

 

生きられるとしても、約25年。

 

25年といっても、自分で食べられ、他人に迷惑をかけず、人生を終えることができるのだろうか。

 

寝たきりになって、生きているのやら死んでいるのやら、ただ生かされているだけの介護生活は嫌だ。

 

20代から40代の20年とでは、全然違う。

 

若い頃は、[明日]が当たり前に、来る感覚で、今のように、時間がないという感じがなかった。

 

現在の自分は、過去の自分の生きていたことを後悔するようなことはない。

 

それでも、もっと、考えて人生を選択すればよかったかなとか、もっと、欲張った人生をしてもよかったのかなと思うことがある。

 

後悔とは違うのだが、うまく立ち回っていなかったな。

 

もっと、色んなことを、経験したかったな。

 

自分のことをもっと知っていれば、身体を壊さなかっなかったかな。

 

今現在の自分の人生を、大切にして生きているし、若い頃よりも、時間を大切に使うことができる気がしている。

 

振り返って、言えることは、若い頃の様なこの先ずっとまだ、自分は生きていけるという漠然とした気持ちがない。

 

だから、心配なことを少しでもなくしたいと思うこの頃だ。

 

私は、亡くなる時は、絶対に幸せな人生だったと思って死にたいと思っている。

 

嫌なことや辛いこと、自分ではどうしようもなかった時代を、頑張った来たことで後悔はないが、子供たちのことが、私にとって、凄く気がかり。

 

子離れをするのが、私の人生の締めくくりかなと思っている。

 

子供たちの幸せな人生、安心して亡くなるには、必須条件だ。

 

若い頃は色々な経験をしてほしいと思うけれど、なかなか、勇気を出すこと物事を継続することは難しい。

 

特に、当たり前であることを、継続することは、自分にたいして、厳しい気持ちがないと、できない。

 

人生で大切なことは、あきらめないことと継続することだ。

 

やってみて失敗をしたときに、逃げないことも大切だと思う。

 

失敗をすると言うことは自分がそのことをやったからこそ、わかることなので、自分に、「負」の感情を植え付けることはない。

 

そこから、次に進んでいくときに必ず、自分自身のために、なっているから。

 

自分を知ることのきっかけになっているのだから。

 

失敗したら、嘆くのではなく、投げやりになるのではなく、次のために、なぜを考えてみよう。

物事を失敗するときには、必ず、自分の考えや思いが、関わっている。

 

その時の状態を、分析すると、自分の苦手意識や弱い部分を知ることができる。

 

その自分を、意識し強くなることで、自分らしく生きる糧になる。

 

若い頃は、失敗すると自分を責める、もしくは他人のせいにする。これは、ダメだ。

 

自分の性格は、なかなか治るものではないが、治そうと努力することは、とても大切だ。それこそが、自分らしくなるための条件だ。

 

人生の時間は限りがあると意識して生きることで、自分の人生を、大切に生きることができる。

 

 

 

 

人として生きるには、ルールがあるのだから、それを守る事の中で、自分らしい生き方を、模索する事を楽しんでいきたい。  

60歳超えて、人生を振り返えり、ゆっくりした時間が流れているからこそ、思うこと。

 

自分らしく生きることは、若い頃は難しいかもと。

 

私自身、子育て、仕事をするなかで、自分らしい生きることを選ぶのは、かなりの至難の業ではないかと。

 

ある程度歳をとり、時間に余裕ができた今だからこそ、「自分らしく生きること」ができるのではないかと。

 

「自分らしく生きる」

 

今日からやってみようと思っても、実行するのは難しい。

 

若いころから、考えて、歳を取ったらと、考えていく必要がある。

 

自分らしく生きることは、人様に迷惑をかけたり人を、陥れたりするものでない。

 

自分らしく生きることが、若いころ難しい思うことは、他人とのかかわりが、多いから。

 

自分で選べない子供時代は、自分らしくいられるかは、両親が自立した一人の人間として個性を大切に育ててくれることに尽きる。

 

学生時代、社会人、になると、様々な人たちとかかわり、自分の思いや考えを、簡単に口に出せない状況になる。

 

それは自分に自信がなく、人がどう思うかを考えてしまい、意見を言えなくなる。

 

足かせ、手かせをを、知らず知らずに、はめてしまう。

 

そして、集団の中で、モグラたたきに合うのが嫌という心理に左右される。

 

「出る杭は打たれる」これを覚悟で行動することは、とても勇気がいる。

 

目立たないように、ともすれば強い人間の後ろで、生きることを、選んでしまう。

 

そうなると、自分らしく生きることはできないだろう。

若いころから、自分らしく生きるにはどうしたらいいか。

 

当たり前のことを、当たり前にすること。

 

自分が、自分らしき生きるために、群れないこと。

 

他人にとやかく言われないスキルを身に着けること。

 

他人には、ミステリーな人間と思われること。

 

プライベートな自分を、特別な人以外に見せないこと。

 

公私をしっかりと分けること。

 

プライベート以外の時には、自分が見せたい人を、演じること。

 

けっして、他人の評価で自分を、作ってはいけない。

 

こんな風に、記述すると、一人を推奨しているようだが。

 

自分らしく生きると言うことは、生きやすい自分を演出することかもしれない。

 

人は、仕事では付き合うことができるけど、プライベートではと思う人がいる。

 

私は、そのほうが生きやすいと考える。

 

自分らしく生きると言うことはいつか、人は一人で死ぬと言うことだ。

 

どんなに大切な人でも、別れは必ず来る。

 

だから、常に永遠はないと、何事にも終わりは来ると覚悟を決めて生きることが必要だ。

 

自分らしく生きると言うことを、見つめると、死ぬまでに、自分が自分らしい生き方ができたと、思って死ねることかもしれない。

 

生きていくには、制約もたくさんあるだろう。

 

人として生きるには、ルールがあるのだから、それを守る事の中で、自分らしい生き方を、模索する事を楽しんでいきたい。

 

ある相談者に対して思う。弱くたって、人と違う生き方でも、それがあなたらしい生き方なら、それでいいじゃないか。   あなたに代わる人はいないのだから、自分らしく生きて。  

自分らしく生きると言うこと。

 

社会ルールを守り、自分ルールで生きることができれば「自分らしく生きれる」。

 

ルールというものは、トラブルを避けるために、存在する。

 

人間関係、他者とのかかわりの中で、起こる問題を、スムーズに解決し、人間として、尊重された生き方ができるために、ルールというものがある。

 

私の中、ルールは、「殺すな」「盗むな」「騙すな」だ。

 

これ以外のルールはない。

 

人間関係のスムーズな関係を築くには。

 

人間関係の悩みを、解決するには。

 

信頼されるには。

 

賢い付き合い方は。

 

沢山の、悩みや人間関係の解決の方法が、紹介された本がある。

 

恋愛、家族、職場、学校、自分がかかわる人がいれば、そこで色々な悩みが起きる。

 

その悩みを解決できず、病気になったり、ひどい場合は、自殺をしたりする人までいる。

 

病気になるのはまだ、治療すれば、助かることができるけれど、死んでしまっては、だめだ。

 

自分らしく生きていれば、良いのにと思う。

 

誰のために、亡くなるのか。

 

虐めやトラブルから、自らの命をたつ。

 

自分らしく生きてほしいと思う。

 

自分らしく生きるには、一人でもいいやと他人とかかわらない事を選ぶ時もあると認識しよう。

 

自分一人で、生きることを考えないと、自分らしく生きられない。

 

他人との付き合いは、自分が決めるのだ。

 

今の居場所に、自分の生きる場所がないのであれば、そこから、出ればいいのだ。

 

会社で、自分が取り戻せない、自分が壊れそうなら、やめればいい。

 

自分のことをわかるのは、自分だけだ。

 

他人が何を言おうと、自分を守るのは、自分だけだ。

 

親、上司、友人、自分の周りに助けを、求めても、わかったような顔をするか止めるか、自分の気持ちを理解してもらうのは無理。

 

どうしても耐えなければいけないなら、自分の命だけは、守ろう

 

毅然とすればよいと思うが、虐めやパワハラを受けている人が、急にはできないだろう。

 

だが、目立つことをしないようにする、兎に角我慢して、嵐が去るのを待つなどとは考えてはいけない。

 

普通に、することだ。

 

そして、嫌だと言うことだ。

 

そんなことは、怖い?

 

そうかもしれない。しかし、地震などの自然破壊の時には、自分ができることをしないだろうか。

 

人災だと思うべし。

 

自然災害と同じだ。

 

壊れたものは直せばいい。

 

生きているから、できることだ。

 

自尊心をなくすな。

 

逆縁の不幸をするな。

 

痛みを無視するな。

 

自分がされたら嫌なことをするなというが、やっている人間は、嫌だと思っていないからできるのだ。

 

他人がどのように思うかなんて考えていない。

 

やりたいから、面白いから、なんとなく、理不尽な言い分だ。

 

やられている人間は、自分の周りの人間のことを考える

 

それも、どう思われるかをだ。

 

親に、心配をかけたくない。弱い人間だと思われたくない。

 

他人からの評価を気にして、一生懸命、いい人や、いい子でいようとする。

 

痛いものは痛いのだ、嫌なものは嫌なのだ。

 

気づいてほしい、助けてほしいと思っていても、言わなければわからない。

 

もし、言っても誰もわかってくれなければ、逃げろ

 

そこから離れろ。

 

一人になることだ。

 

家に逃げ込んではいけない。

 

怪我をさせられたり、耐えれないことをされたら、警察に行くのだ。

 

親に言えない、先生にも言えない、誰にも言えないのであれば、警察に行くのだ。

 

警察は、事情を聴いてくれる。怪我をしていれば、傷害事件として、記録に残してくれる。

 

公共の力を利用すればいいのだ。

死んではいけないのだ。

 

それでは自分らしい人生を、送れない。自分らしく生きることを考えれば、死ぬことはない。

 

学校が嫌なら、やめればいい。

 

やりたいことを探せばいいだけだ。

 

会社が嫌なら、止めればいい。自分に合う仕事やりたいことを、探せばいい。

 

自分のために我慢をするのはいいが、他人から、やられることに我慢する必要はない。

 

他人に依存しないことだ。

 

自分を必要としている人間は必ず要る。

 

自分らしく生きていけるところを見つけるのだ。

 

人様に、迷惑をかけないのであれば、食べて寝て暮らせればいいじゃないか。

 

人として生まれてきたのだから、自分らしく生きて何がいけないのか。

 

強くなれなんて言わない。弱くたって、人と違う生き方でも、それがあなたらしい生き方なら、それでいいじゃないか。

 

あなたに代わる人はいないのだから。

 

 

 

 

人生において、何がめんどくさいかというと、人間関係だろう。自分の価値を下げる行動はやめよう。 いい人は、結局のところ損である。

人生において、何がめんどくさいかというと、人間関係だろう。

 

仕事をしなくなって、他人とかかわらなくなり、自分一人のことだけをしていることがこんなに楽で、落ち着くと思わなかった。

 

仕事をしていた時も、人間関係で悩むことはなかったのだが、兎に角めんどくさいと思っていた。

 

誰にでもいい人でいようと思ったことはないのだが、嫌いな人だとか人間としてどうなのかなと思う人もいたので。

 

トラブルメーカーの人が、私は、全然気にならず、上手く付き合うのだが、付き合いができない人が、なんだかんだと訴えてくる・

 

これがめんどくさい。

 

「は~ぁ、ほっときゃいいじゃないの。」「その人のこと、苦手でいやなんでしょう?」と心で思う。

 

相談に来る人は、助言しても行動ができない。

 

それなのに、、あの人はどうのこうの、こうされた、ひどいと思いませんかと。

 

嫌なら、必要以上に近づかなければいいじゃない。あいさつだけして、必要な仕事をすればいいでしょう。

 

何を言っても、「そうですよね、でも、無視したら、私が虐めをしているみたいに思われないでしょうか?」

 

もう、何言ってんだか。

 

苦手で嫌いな人に、好かれたいのかな。

 

何の相談なの?

 

私に注意してほしいということか。

 

自分で解決しなよ。私は、あなたのお母さんでも何でもない、同僚だから。

 

「私が、別に彼女とトラブっているわけではないから、あなたが嫌なら、あなたが解決するべきじゃないかな。身体の調子が悪くなるほどなら、上司に相談したほうがいいのではないかな。」

 

「聞いてはあげるけど、デリケートな問題だから、私に言うよりも、解決してくれる人に、相談したほうがいいよ。」

 

私は、基本自分に害がなければ、、気にしない。トラブルメーカーでも、迷惑をかけないのであれば、その人の生き方なんだろうと思うだけだから。

 

色んな意味で、会う合わないはあるだろうけれど、被害者ぶって、なんだかんだと言って来る人も私は信用しない。

 

このような人は、誰にでも好かれたいと思っている人が多いから、「いい人」を演じている。

 

自分は、仲良くしたいのにと言いつつ、他の人にその人の悪口を言っていることに気づかない。

 

たちが悪い。

 

人間関係において、仕事では、親しき中に礼儀ありが一番。

 

慣れあうこともいらないし、プライベートな関係も必要がない。

 

誰に対しても親切にしなくてはいけないと言うことを大原則にして、いる人がいるがしんどくないのかと思う。

 

困っている人がいたら助けること良いと思う。

 

普段は誰にでも親切にしようと考えることは不要だ。

 

親切のつもりが、ありがた迷惑、いらぬお節介だと考える。

 

人間関係は、自分が人に接する付き合いの度合があるはずだ。

 

関係の深さで、人間関係は変わることを、しっかりと考えることだ。

 

自分のことを大切に思ってくれる人間は、必ずいるだろう(たぶん)。

 

その他大勢にの人すべてに、「いい人」でいようとするのは無理がある。

 

タレントや歌手、俳優でも、嫌いな人もいるし、熱狂的な人もいる。すべての人が、その人を好きであることはない。

 

人間観家にはメリハリが必要dと思う。

 

そして、何が最優先化を考えることだ。

 

仕事であれば、人間関係よりも、仕事を優先するべきだ。

 

自分が仕事ができるようになればいいのだ。

 

仕事をいい加減にするから、他人に依存してしまう。

 

遊びなら好きな人や仲の良い人で集まるのだから、気にならないだろうが。

 

仕事仲間は、いい人も嫌な人も、合わない人もいる。

 

そんなことで、仕事仲間に愚痴っても、仕事は終わらない。

 

理不尽なことをされたら。上司に言えばいい。

 

仕事の人間関係で、悩む人は、すべてとは言わないが、仕事を真剣に取り組んでいないと思う。

 

以前、務めていた病院のナースの人だが、とても他のナースたちから怖がられていた。

 

他の人と話をしない、笑わない。しかし、仕事をこなすのが早く、定時にはきっちりと帰っていた。

 

彼女は、仕事中に雑談をすることはなった。とてもすがすがしいなぁと思ってみていた。

 

彼女は、冷たいわけではなく、困っていると、手を貸してくれたり、ヒントをくれたりしていた。

 

仕事ができる人は、無駄口を言わないのだと思う。

 

悩む前に、自分の仕事をするべきだ。仕事場でいい人を演じることはいらない。

 

あなたの愚痴が迷惑だと思っている人のほうが多い。

 

そして、そんなあなたは信用されない。

 

本当に、嫌だったり、困っている人は、職場の人間に愚痴は言わない。

 

嫌だと思えば、黙って辞めていく。

 

自分の価値を下げる行動はやめよう。

いい人は、結局のところ損である。

 

 

 

 

人とかかわるなら、自己中心主義であれ!  人間関係にすぐれた人は、常に相手のことをを考えて行動していると言われる。   しかし、相手のことを考えても、相手の考えていることや思いなど、わかるわけがない。

人間関係にすぐれた人は、常に相手のことをを考えて行動していると言われる。

 

しかし、相手のことを考えても、相手の考えていることや思いなど、わかるわけがない。

 

相手のことを思いやるのは、良いことかもしれないが、ともすれば、いい人を演じてしまい、自分自身は、不満だらけになる。

 

 私個人の考え方だが、人間関係において、自分が不愉快にならない行動をする。

 

人間というものは、必ず他人が見ていることで、どのように思われているかと評価を気にする。

 

自分の行動の良しあしを、他人の評価で、点数をつけて悩まなくていいものにとらわれる。

 

看護師時代に、仕事ができる人と認識をされて頼りにされていたが、私自身の仕事のスタンスは、定時に帰る、サービス残業はしないだった。

 

そのため、自分がイライラすることを避ける行動をしていただけだ。

 

それは、けっして他人のことを考えての行動ではない。

 

看護師の仕事は(会社などすべて組織と形)チームワークである。チームの仕事が終わらなければ、帰ることができない、自分の仕事が終わっていても、帰れない。

 

看護の仕事は、日常の業務以外にも、急な仕事が入り、仕事が増え、予定が狂うことがしばしばだ。

 

それでも、サービス残業はしない方向に、仕方なくしたとしても30分。これ以上は絶対に嫌だ。

 

このような考えで、仕事をしていた。

 

チームリーダだったので、その日の業務プラス、急な対応の時間を設定していた。

 

人間は、人それぞれで、仕事が遅い人もいるし、自分にとってはなんともない仕事量でも、こなせない人もいる。

仕事をする為に目標があるわけだから、それ守りたいしそのほうが気分が良い。

 

なので、他人の仕事を把握しどの程度進んでいるかを気にかけていた。

 

要領の悪い人、まじめにしている事が、愚図になって他人に、迷惑をかけていることがわからない人。

 

そんな人に対して、腹を立てて怒って「まだできていないの」というよりも自分が手伝ったほうが早い。

 

手伝ってもらった人は、感謝したり、リーダーは仕事ができるし優しいという評価になる。

 

私自身は全然相手のことを考えているわけでない。自分のことを考えての行動だ。

 

相手のことを考えるなら、最後までさせてあげたほうが、仕事を覚えるし、早くできるように指導してあげたほうが、その人のことを考えているのだと思う。

 

仕事中に、イライラするのは嫌だし基本、終わり良ければ総て良しの考えだ。

 

感情の起伏が激しいこともわかっているので、極力、他人のことは考えない。

 

他人に合わせたり、他人に気を使って、仕事はしたくない。

 

社会に出れば、歳も違い、考え方も性格も、千差万別。そんな中で、すべての人に合わせて、この人にはこのようにあの人はこうだからなんて、やっていたらこっちの身が持たない。

 

だから自己中心で仕事をやっていた。

 

この自己中心は、他人を無視するというようなことではない。

 

必要以上に構わない、自分に火の粉が飛んでこないように、していただけだ。

 

あいさつはきちんと、何事も面倒ぐさがらない、怒らない、不機嫌な顔はしない。どんなに忙しくても、話は聞く。優柔不断な態度はとらない。

 

そして、いつも「私は、楽しく仕事をして、みんなで定時に帰りたい。今日も残業はしない」と口に出して言っていた。

そのおかげもあって、仕事の遅い人は遅いなりに、チームのメンバーも助け合っていた、だって、仕事の終わる30分前には、仕事のチェックをして残っている仕事はみんなでやっていたから。

 

他人とかかわるのであれば自己中心でいい。

 

他人の気持ちや、その他のことで助けようとしたり助言をしたら、いらぬお節介と恨まれるのが関の山。

 

自分のしたい事を言い、そのしたい事のために行動する。約束したことに、宣言したことを守るための努力をする。

 

人間として優れた人になる必要はない。

 

個人ができることなどたかが知れている。

 

他人のことを考えても、その相手は、人のことなど考えていない。

 

仕事のできない人ほど、自分のことばかりだ。できないから、無能と言われる、嫌われる、怒られると、努力も前向きにもならずに、自分のことばかり。

 

できないのであれば、できないと言えば済むことを、声をかけることができない。頼めない。声をかけてくれるのを待っている。

 

こんな自己中相手に、相手を思いやってなんて考えていたら,夜が空けてしまうと思うべし。

 

自分を大切にすることで仕事は円滑に進む。仕事でイライラしないように、、楽しく仕事をする。

 

できない人を指導するとか伸ばすとかは、学生だけで十分。

 

学生なら、これからなんだから仕事を教えなければいけない。

 

しかし、経験があり学生でないのであれば、手とリ足とりするのは時間の無駄。

 

仕事ができる人は、自分中心でいい。

 

相手を思いやる行動は、礼儀として、礼儀を守ればいいだけだ、

 

礼儀ができていれば特に相手のことを考える必要などない。

 

人を不愉快にさせなければいいのだから。礼儀をもって接すればすべて丸く収まる。

 

自分がされて嫌なことはしない、必要以上に、親しくならない。

 

一線を超えない。

 

悪口は言わない。

 

いつも変わらない。

 

人生は、一度きり他人に迷惑をかけないようであれば、自分中心の人生でいいじゃないか。

 

そのほうが、楽だ。他人に左右されないし、合わせることもない。

 

人とかかわるなら、自己中心であれ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人生なんて、取り方ひとつ、考え方ひとつ。他人は、自分が思うほど、自分以外の人のことを考えてはいないと思うべし。

人生なんて、取り方ひとつ、考え方ひとつ。

 

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何でだろうと、子供の頃思ったこと。

 

隣の男の子の話。

 

小学三年生のころ、隣に兄弟が、住んでいた。子供の頃の話なので、お母さんがいたかどうか記憶がない。

 

その男の子は、私より、2歳くらい上だったと思うのだが、その子のお父さんは、非常に酒飲みで、よく怒って、子供に手を挙げていたと思う。

 

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他人の子供には優しい人だったけれど、いかつい印象で、子供心に、怖い人だなと思っていた。

 

ある日の夕方、例のごとく、酒を飲んで暴れて、子供たちに暴力をふるって、兄弟は、逃げ出した。

 

大きな物音で家から、飛び出して見てしまった。泣きながら、保育所の砂場に走っていくのを、私はついって行った。

 

その時の男の子が、「なんで、こんな生活なんや。死んでしまいたい」と言った。

 

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私は、今でも覚えているのだが、何で死ぬなんて思っているのかわからなかった。何だか、わざとらしいく、白々しく聞こえた。

 

何でそんな風に感じたのか今でもわからない。

 

ただ自分の気持ちは、馬鹿みたい、なに悲壮感出しているのだろう。逃げ出したんなら、このまま、どっかに行けばいいじゃないと思った。

 

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まだ、小学生なのに、この少年がいった言葉は、私には、馬鹿らしいものに聞こえたのだ。

 

私の親も毒親だったが、死ぬなんてことは一度も考えたことがない。

 

嘘をつかされても、食べさせてもらえなくても、今は仕方がないと思っていた。

 

あきらめているからではなかった。子供だからだ。大人になったらといつも思っていたから。

 

人生は、人として生きると書くが、子供の頃は、人として生きるのではなく「生きる」だった。

 

大げさに言えば、生き延びるである。

 

生き延びることができれば、自分が大人になれば、と言うことを、そのころから思っていた。

 

このあと、どうなったかは覚えていない。私の姉が探しに来てくれ気がする。

 

本当にこの男の子の「死ぬ」と言うことが理解できなかった。

 

何でそんなことを思うのだろうと、今もわからない。

 

自分の親も、毒親だったけれど暴力がなったからだろうか。

 

食べれないことよりも、暴力のほうが心は痛むのかもしれない。

 

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私は、理不尽な暴力を受けると、相手が親であろうと、とても冷ややかな気持ちになり、痛いと感じない。

 

小さなころから、そんな調子なので、頑固ものと言われた。と言っても、親に叩かれたり、怒られたりするようなことは一度もしたことがない。

 

あるがままを受け入れていたのかもしれない。

お金がないといっても、お使いの駄賃や鉄くずを、屑屋(鉄くず屋?)売ったり、酒瓶を酒屋に持って行って、お金に換えたりと、小銭を貯めていた。正月のお年玉も使わず(父の知人は気前のいいひとが多かった)持っていた。

 

そのお金はよく親が貸してくれと言って戻ってきたことはないけど。

 

自分の学用品やちょっとしたものを買うのに、親に異ってもいつもお金がないと言われたので、自分で何とかするしかなかった。(姉は、いつもちゃんと親から買ってもらっていた)

 

この違いは何だったのかと今でも思う。私は、駄々をこねない親を困らせない子だったことがあるのだろうと思ってはいる。

 

ありのままを受け入れ、物の見方は、取り方ひとつ、考え方ひとつが、いつの間にか身について、人生の理不尽を乗り越えるすべを、子供の頃に、身に着けたのかもしれない。

 

長い物には巻かれよと言うことがあるが、私の場合は、長いものには巻かれた振りをしろが身についているのだろう。

 

虎視眈々と、時期を待つ子供時代なのかもしれない。

 

生きると言うことが、私にとって、とても強いものだったのだろう。

 

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おかげで、自分をポジティブとは思ってはいないが、考え方が柔軟だと思う。

 

もう!と思うこともあるが、落ち込むこともないし、他人から、攻撃を受けても、別にあなたに食べさせてもらっているわけじゃないし、私の人生の責任を取ってくれるわけじゃない

 

この人の考えであって、私がこの人と同じ考えでなければいけないことはない。

 

他人が自分を理解することは、難しいと思う。また、自分自身だってどれほどのことがわかっているだろうと思う。

 

わからなくて当たり前、他人だもの。人の気持ちがわかるわけはない。親だって兄弟だって考えていることや思っていることがわかるわけない。

 

一緒に、時を過ごし生活をした、血のつながりある者の思いだってわからないのに、他人なんて、もっとわからない。

 

だから、この人はこのように考えるのだと思うだけだ。

 

見えているもの起こったことは、すべて、取り方次第、考え方次第。

 

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他人は、自分が思うほど、自分以外の人のことを考えてはいないと思うべし。