老春時代の満足生活情報発信局(お金と暮らしと占いと人生物語)

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食事療法は完ぺきだったのに、血液検査が悪かった件

食事療法は完ぺきなのに、クレアチン値と尿酸値が悪かった件

 

三か月毎の定期受診。

 

診察前の問診で、息子が大阪から帰ってきたという話をしたら、本日は診察なしで、薬だけと、事務員さん。

 

二週間後に診察にといわれたので、「電話診察でもいいですけど、いつも変わりないし」

 

「そうですね、先生に聞いてきます」

 

直ぐに、戻って来て「先生が、電話診察の話の前に、(観る)といわれています。別のお部屋で、お待ちください」

 

ナースからの問診があり。血液検査が悪かったようで、先生が診察をするということだったみたい。

 

待っている間に、コロナ感染よりも、診察優先するほど悪かったのかなと。

 

自分なりに、最近の自分のことを考えてみる。

 

しんどいから、パートの仕事もやめたし、そういえば、左膝に痛みがある。息切れがするしなどと考えていた。

 

腎臓が悪いし、年も年だしなぁ、少々のしんどさなんて、仕方がないかな。

 

でも、昔のように頑張って、気づいたら腎臓病なんて嫌だから(この場合は、腎臓病悪化の可能性)と、仕事もやめたしね。

 

「診察です、診察室へどうぞ」

 

いつも明るく元気よくの私の診察。

 

「こんにちは、あっ、先生2メートル離れなましょうか。」

 

「いいですよ、マスクお互いにしてますから。」

 

「はい、では、先生にぐっと、お近づきで。」

 

「ははは、三か月ぶりですからね、占いの仕事はされていますか。」

 

「はい、もちろんですといっても、紹介者のみと、長いお付き合いのお客様だけですけど」

 

「最近、どんな感じですか?尿酸値が倍に上昇しています。そのために、クレアチニンも、危険値になっています。食事療法は変わらず、完璧なことは、数値があらわしてます。」

 

「う~ん、ストレスですかね。前回の診察の時に、一日8000歩は歩くように言われましたから、仕事中は、階段もエレベーターを使わずに上がっていたのですが、息切れがすごくって。

なぜか、たった4時間の仕事なのに、疲労感が半端じゃなくて、痛み止めとドリンク飲んで、仕事に行っていいました。

最近、左の膝に痛みが出現して、尿酸値が悪かったから、軽い痛風かな。

 

「今年の3月に、一度退職を考えたのですが、引き留められたので、ぼちぼちと思っていたのですが。

う~ん、私自身の看護師としての考え方というかスタンスのせいで、職場の他の看護師に合わせられなくて、ストレスが。」

 

「基本仕事をする時は、自分の時間を契約で、買ってもらっているので、その時間は、私の時間ではないので、めいいっぱい仕事をして、定時に上がると言うことが当たり前だと考えているので。

毎日の仕事を定時で終わらない、サービス残業当たり前なんて、長く勤められない、気持ちよく働けない。

病院じゃないのに、毎日正社員の看護師が定時で帰らない。

私が仕事をしている時間は、ほぼ、医務局から出てこず、介護スタッフたちもフロアにいる私に、連絡をしてくる。

遅出出勤の業務があるのに、(胃瘻注入)中断。介護スッタフがいないフロアの食事介助にも応援しないといけない。

時間に追われている中で、日中気になる利用者を見てくれと、言うことが多く、担当看護師からの指示がないのですがという。申し送りでは何も言っていなかったけれど、すぐに行きます。

仕事は嫌ではないし、介護スッタフが夜勤をしていれば不安だろうと思うので、看護師としての見解をつたえるけれども、これって、違うよねと、どんどん、看護師たちへの不信感から、ストレスになったかな。」

 

「資格持ちのプライドというか、きつい言い方をすれば、資格に見合った技量と技術のない人との仕事はできない性分なところもあり、時間を大切にせず、だらだらと残業して、残業代搾取はないでしょ。仕事のできない人ほど、残業して、いかにも仕事しています、私仕事できるでしょと勘違いしている気がする。」

 

「某病院の師長だったのに、胸水の看護を、わかっていない。

施設では健康管理が看護師の仕事なのに、実際のバイタルは、介護スッタフまかせ、スッタフが利用者の状態報告をしても、なかなかいかない。

食事介助はしない。

施設の看護師の仕事、高齢者の看護、看取りの指針も知らない。

もう、私のストレスが積み重なっていく状態だったですね。もっとあるのですが、口には言えないですけれど、色々あって、ここで頑張っても、身体が悲鳴を上げていると思い、先月やめたのですが。」

 「ストレスですね。完全に」

 笑いながらの先生との診察でしたが、一番の原因は、夏バテからくる不眠で、身体からの、疲れが取れなかったのも、大きな原因だったかなと先生と話をした。

自分なりに 尿酸値が高いのは、生活習慣病であると言うことだなと

規則正しい生活。三食食べて、決まった時間に睡眠をとる。6~8時間の睡眠を確保する。

この、睡眠サイクルが狂ったために、年齢の老化と慢性腎臓病が重なり、血液検査が悪くなったのだな。至極反省。

 

まずは、睡眠の改善。

 

季節もよくなり、夏バテも解消されるし、仕事もやめたので、三か月後の定期受診までに、改善できるように頑張ろうと思う。

 

慢性腎不全で、16年間食事療法で、横ばいでよかったのに、生活習慣病になるとは。

 

ちょっとだけ、食事療法が完璧で、どうするの?本当に、睡眠改善で、良くなるかなと不安はあるけれど、こればっかりは、三か月後の検査をしないとわからないかな。

 

ひどい倦怠感の改善、不眠、息切れが改善すれば、良くなっていると思うことにしよう。

 

先生から「いつも、若く見えるし、持病を持っているように見えないからね。診察に来られると、僕のほうが、元気をもらっている気がしますよ。」

 

「商売がらですかね、占い師や看護師ですから、今にも死にそうな看護師に看護されたのでは、治る病気も治らないし、覇気のない占い師では、お客様の悩みの相談依頼がこないでしょう。」

 

人はぞれぞれですから、持病があるといっても、癌患者のように、余命を宣告されているわけではないし、何が不幸か幸せかは、自分次第ですから。」

 

「本当にいつも、前向きですね」

 

「いえいえ、強がっている部分もありますし、生きている間は、自分の人生のことには、抗うものには、抗って、後悔のない生き方をしたいだけです。

先生、病気のことで不安になったら、診察の時に、お話を聞いていただけるだけで、楽になります。

今回のことも、不眠とストレスと先生も納得してくれたみたいですから、私も、原因がわかったので、頑張ろうと思えます。

先生が、何が原因かわからないなんて、思っていたら不安増強だったかもしれません。」

 

「僕が納得しているのがわかりましたか?」

 

「はい、表情が。」

先生、「僕は顔にでてる?」

 

といって事務員さん、看護師さんのほうに聞く。

 

「先生、ダメですよ。そんなこと答えられるわけないじゃないですか。皆さん、うん、うんといってても、言えませんよ。機嫌のよいときと悪いときはよくわかりますなんて、ねえ。先生、眼力で威圧したら答えられないでしょ」

 

「ですよね、皆さん」

 

皆さんにこにこと笑顔でした。

 

「先生は、医者をしながら、音楽もされていますから、感受性が強いのでどうしても、出ますもんね。気持ちの変動が。素直だと思いますよ。大人なのにピュアだから。気持ちが、まだまだ青年ですからね。とっても素晴らしいです。」

 

「せんせい、それじゃ、また次回まで。それまでに何かあったら、診察に来ます。今日は愚痴も聞いていただけたし、ありがとうございました」

 

「アハハ!いつも元気に終わりますね。じゃあ、調子は悪ければ早めに。」

 

「皆さん、いつも賑やかでごめんなさい」

 

さて、どこまで改善できるかな。

 

恋愛感情は、老いても忘れない。ワクワク、ドキドキ、キュンキュンは大切。

50年ほど前のホームドラマを見て思ったこと。

 

それは、恋愛感情は、老いても忘れない。ワクワク、ドキドキ、キュンキュンは大切。

 

私が子供の頃のドラマなんだけど、その頃って、19歳くらいで結婚するのが当たり前だったのかなと。

 

定年も55歳。今は65歳定年、ともすれば70歳定年が、迫っているのかなと思いながら、ドラマを見ていた。

 

「明日の恋」


あしたからの恋 / 01 / 抜粋 / 木下恵介アワー

「三人家族」


∞3人家族 / 01~09 / ハイライト・シーン / 木下恵介アワー

「二人の世界」


二人の世界15木下恵介アワー

 

子供の頃、20歳って言ったら、凄く大人って感じていたけれど、今の時世を見ると、昔の人たちは、凄く将来のことを、早く決める勇気があったのだろうか?

 

今の20歳過ぎた人たちは、虐待で子供を死なせたり、結婚そのものも、24歳過ぎてがほとんど。

 

定年が伸びると言うことは、結婚も伸びると言うことなのかな。

 

昔は、26歳っていったら、もう結婚が遅いみたいな感じ。

 

今は、30歳までにという感じかな?

 

人生100年時代といわれる時代になったけれど、定年を迎えてからの人生が、長い。

 

ならば、ゆっくりと人生を楽しまないといけないのだろうか。

 

私は、早く結婚して、老後をゆっくり過ごしたい、もしくは結婚せず、自分一人の人生を満喫したいと願ってきた。

 

早く結婚は、できたけれど、出産が最後が36歳だったので、まだ、所帯を持っていない子供たちばかり。

 

平均寿命が、長くなったことも影響しているのだろうな。

 

インドネシアの人たちから、話を聞いたことがあるけれど、平均寿命は50~60歳。日本のように、80歳や90歳以上の人は、そうそういないと、言っていた。

 

だから、やっぱり早く結婚をすると。

 

日本も戦後、15年くらいは、そんな感じだったのかな。

 

私の両親も、25歳と20歳だったから。

 

平均寿命が延びることはいいことだけど、世の中は、幸せなんだろうか?

 

ドラマの中だけだから、現実にはその当時子供だったから、よくわからないけれど、人の人情とか、町の中の幸せな感じが、今の私に伝わってくる。

 

ドラマの中で、女性が「にくい人ね」と気になっている人にかけるこの言葉が素敵だとおもってしまったり。

 

今は、このような言葉は使う人はいない。

 

恋愛も、今のように、「H」っぽっくなくて、それでもドキドキしたり、ちょっと、一人で初恋時代のことを思い出したりと、楽しい時間。

 

自分の子供の頃は、貧乏だったから、こんな恋愛はできなかったから、今も憧れるのかもですね。

 

懐かしいドラマを、今の人たちも見てくれればいいのにと思う。その当時の、様子もわかる。

 

恋愛は、今も昔も変わらない。

 

私の両親の時代の恋かな。

 

老いても、恋愛感情を、忘れないことは、人生を豊かにすると思う。

 

 

子供はいい子よりも、手のかかるほうが、世渡りがうまくなる。いい子に育てないほうがいいかもと思うこと。

子供は、いい子に、育ててはいけません。いい子よりも、手がかかるほうが大人になった時、自分で生きていける。

 

人から攻撃を受けていない子は、免疫ができていなくて、成人してからだと、人格否定になってしまうと、病気になる。

 

それは、今私が、悩んでいるからです。

 

長男のこと。

 

長男との会話。

 

「○○、自分の好きなところ、言ってみて」

 

「う~ん、、、、」

 

「じゃ、悪いところは?」

 

しばらく考えている。

 

「遅いところかな」

 

「それだけ?遅いって、それは、何事も丁寧ということでしょう。」

 

「いいところはないの?」

 

「優しいところ、、、、かな」

 

「それって、優柔不断ってことだよね。」

 

「最近の○○を、見ていると、なんというか、おどおどしているというか、苦手なことから逃げているというか。何だか、自分に自信がないように、思う」

 

長男は、本当に我慢強く、頼まれたら嫌といわない。言われたことは責任をもってする子だったのだが、前職場で、パワハラにあってから、鬱っぽくなって、体調を崩しかけていた時期がある。

 

悪いことをすることもなく、学校時代も何の問題も起こすことなく、周囲の人たちから、いい子、良い人として、見られてきた子だった。

 

それが、社会人になり、二度目の勤務先で、無能、仕事のできない人間として、扱われてしまい、(介護の世界)初めて、他人からの評価が下がってしまい、自分はだめな人間だと。

 

息子の異変に気付いた私は、息子の勤務先に就職する。パワハラの証拠をつかみ、制裁しようと思ったから。

 

私と息子は、姓がちがうし、全然似ていなく、親子だといっても信じる人はいない。本当の親子だと、わかると、びっくりされる。

 

同じところに、勤務して、ひどい職場であることがすぐ分かった。

 

勤務場所の人間関係がすこぶる悪い。介護の世界は、はっきり言って、ピンキリなら、キリの人間の集まり。

 

介護の人材は、高校の落ちこぼれだったり、ヤンキー上がりの人が多い。だって、資格がなくてもなれるし、学力もいらない、人としての能力がない人の集団。虐めをしていたような陰険な女子の集まり。ひどいもんだった。

 

特に、茶髪の若い子は最悪。高校を卒業し、就職するとこがなく仕方がないから、パターン。それが、仕事もせず口だけで偉そうにしている。こんなことを、言ってはいけないが、嫁にいらない、だって、彼の母親の悪口のひどいこと。とにかく、人としての資質も何もできていない、本当に、親の顔が見たいと思ってしまう。

 

こいう人たちは、自分のイライラをぶつける相手を作る。息子は、この人たちのグループに目をつけられた。

 

息子は争いごとが嫌いで、怒ることもしない、人に何か言われると、自分が悪いところがあると考える。反論しないのだから、虐めをする人たちには、格好の獲物である。

 

息子は、とにかく仕事に行かないとと考えていたようだが、なんというか、覇気がなく。家にいても、寝ているだけ。

国家資格の勉強をしないといけないのに、できていないのがわかる。

意欲がない、とにかく精神状態が、普通ではない。

 

息子は、辛いことや、嫌なことを、私に言うタイプではない。

 

私が勤めるようになって、少し状況は変わる。私は、看護師なので、介護の人達は、何も言えない。私が、以前から、○○を知っていることと、仕事ができる人間は、下手に攻撃をされることはない。

 

息子も、私が居てくれるというか、味方ができたというか、精神状態が、少し落ち着くようになった。

 

短期間で、新しい看護師は、できる人だという図式ができ、施設では、物申す立場になる。その看護師が、目をかけているのだから、今までのように、虐めをすることができない。

 

看護部長がやめるということで、新しく来た施設長兼看護部長とも、馬が合うというか、(系列の施設からの移動で来られた)遠慮なく私は物申すだった。この施設長は、厳しい人だったため、介護職員が、特にたちの悪い人たちは、何も言えずになったのもよかった。

 

施設長が、私の息子だと知らずに結構かわいがってくれて、職場の息子に対する状態を察して、入浴係のほうに回してくれた。入浴は、虐めグループは、やりたくない仕事なので、余り組むことがなかった。

 

それでも、ストレスで、蕁麻疹がででたり、結石ができて、入院したりと、拒否反応が出ていた。

 

結果、国家試験を受けるための勉強をさせるために、退職させることにした。

 

 

息子は以前は、私と同じ病院の看護ヘルパーをしながら、医療関係の資格を取るために、専門学校に通っていた。4年生になり、実習が始まり、勤務できなくなり、退職した。

 

病院は、息子の医療資格者は、取らないため、務めるときから、実習が始まったら、止めることになっていた。

 

無事学校を卒業したが、資格試験は落ちた。

 

介護福祉士の資格は持っていたので、介護施設に勤めることに。

 

私は以前の職場のように、25年施設で、人間関係が言い方が悪いが。くその様な所に行かせると。今度こそダメになると思っていた。

 

そのため、施設ではなく、病院の介護ヘルパーのほうがいいと思い、とある病院の介護要員に、応募させた。

 

そこの病院から、新しい福祉法人を設立し、特養施設を開設するほうに、言ってもらえないかと。

 

新しところなら、一からなので、スタートが同じなのでいいのではないかと思い賛成する。

 

6月開設だったので、最初からのスタートになる。実際には、4月から準備に入っていたので、2月遅れの入社だったのだが。

 

半年くらいたって、本人から、仕事が楽しいといっていたのでほっとした。

 

 

子育てをしている親に言いたいなのだけど、子供はいつだって、親に迷惑をかけることは言わないし、親に嫌われるとかダメな子と思われたくないと思っている。このことは、親は絶対に、忘れてはいけない。

 

だから、親は言うことに、責任を持たなければいけない。支配をするようなことを言ってはいけないし、叱ることは必要だが、怒ってはいけない。叱ることは躾だが怒ることは、感情をぶつけているだけだから。

 

息子は。2歳4ヵ月で、母子家庭になり、私が夜も昼も仕事をしたので、昼は、保育所、夜も、夜の保育所での生活を余儀なくされた。

 

彼は、3歳から一人でお留守番の練習をし、お留守番ができるようになると、夜は一人で、7時30分には、寝るようにしていた。私が仕事に出る前に、眠っていた。

 

息子が、小学一年に上がる年の3月に、私が交通事故で入院をしなければいけなくなり、彼は、一人で暮らさなければならなかった。

 

入学するまでは、病院で一日を過ごし、暗くなるまでに、自宅に一人で戻り、寝ていた。そして、朝、私の病院へ。

 

入学してからは、先生に言って、リハビリの散歩として、私は自宅に帰り、息子を送りだしていた。学校が終わったら、病院に帰ってきて夕方まで、一緒にいた。1ヵ月くらい続いた。

 

寂しいともいわず、嫌ともいわず、息子は頑張っていた。病院から帰る時に、野良犬に追いかけられた、泣いて帰ったことがあると、高校生になった時に、話をしてくれた。

 

息子は自分が、犬に追いかけられて怖かったことを、その当時は、私には話さなかった。

 

この話を聞いたときに、泣いてしまった、私は親とし、ひどい親だったと。

 

私が困ることや、辛いことを一切言わず頑張ってくれている息子。

私と息子は、信頼感が、強く、私も息子の前では泣くこともなく、昼夜仕事をしていたからといって、家事をおろそかにしたりすることはなかった。

 

子供から見れば、頑張っているお母さんに見えただろうと思う。

私自身が、母子家庭だからと、生活苦やいかにも母子家庭というようなそぶりは、なかった。

 

息子の勤めている職場は、母体の病院が、私が若いころ勤務していた、評判がよく、市では、有名な病院。

それもあって、息子に、応募させた。国家試験が受かれば、その資格でも、仕事ができるので。

 

さて、私は定年退職をして家にいたのだが、たまたま、求人募集を目にし。看護師を募集していることがわかり、息子が、楽しく仕事ができていること、人間関係がいいと喜んでいることで、少しでも、恩返しになるかなと、応募した。

 

気持ちよく採用された。例のごとく、親子であることは、内緒。

 

一緒に仕事をしてみると、息子は、人間関係にトラウマを持っていることに気づく。

 

自信を無くしているのである。他の人には、わからないかもしれない。

 

パニックると、仕事が回せない。相手は攻めているわけではないのに、「これはまだ?」「おわってないの?」といわれると、焦って返事ができない。

 

偉そうに(言い方や自分よりも下の人間にきつい言い方)言われたりすると、萎縮し、返事ができない。

 

そう、まるで蛇に睨まれた蛙状態。

 

頭ごなしに、注意をされると表情が変わる。

 

そして、カンファレンスの時に意見言わない。(以前の職場で、意見を言ったため、虐めがはじまったらしい。)

 

忘れっぽくなった。

 

施設長に、息子であることを話をしたときに、何か病気があるかといわれたので、子供の頃に、脳内出血を起こして、血腫が残っており、耳鳴りがすることと、右耳は小さな音が拾えない。鬱の後遺症なのか。忘れっぽくなっているのは、私も感じている。

 

後、忘れているというよりも、理解する前に覚える前に、「はい、はい。」と返事をしてしまって、理解できないから、頭に入っていない様子が見受けられる。

 

記憶をするという媒体が、年とともに悪くなっているのかもしれない。

若年層のアルツハイマー状態かもしれない。

 

幼少時から我慢強く、周囲からいい子、いい人で、通ってきた息子は、今大きな壁にぶつかり、乗り越えられずにいるのだろうか?

 

息子には、記憶には限界があるから、仕事をきちんとしようと思うなら、忘れたえも良い状態にしないといけないと話す。

 

介護の仕事は、継続と協力だから、自分がした排尿介助の状態は、あとで記入しようと思わず、すぐに書く、記入すれば、それで終わるから、もう、忘れてもいいし、記入していれば、「終わった」と聞かれない。

 

記録を、後でと思うと、書く時間を取らないといけないし、思いだすという時間もいる。これは、時間の無駄と、失敗の元。

 

看護記録のように、ソープを使ってという形式はないのだから、利用者に介助したことや気づいたことは、すぐに書いておけば、申し送りを忘れても、記入していれば他の人が確認できる。

 

記入して残さなければ、仕事をしたことも、していないと思われる。記入すれば、あと何が残っているかもわかる。

 

仕事をしながら、あれはしたかな、これはどうだったかと考えていては、時間の無駄。

 

記入して、確認をするようにすれば、済んだことは忘れれば、不安はなくなる。

 

したかどうかを考えていては、人に対するサービス事業なのだから、臨機応変対応しなければいけないのに、アクシデントがあると、したことや済んでいないことがわからなくなる。

 

そうすれば、時間通りに仕事も終わる。ここの看護師が、記録の時間を取るために午後から、全然介護、看護の仕事をしないのを見ればわかるでしょ。私は、処置や気づいた事や介護スタッフからの情報は、すぐに日報に記入するから、時間通りに仕事を終えるでしょ。

 どのようにしたら自信を取り戻してもらえるか、それとも、このままなのだろうか。

 

思いやりがあって、人の手助けも、していた子なのに、今は、自分のしている仕事がきちんとできず、忘れて注意を受けてばかりのため、前ほどではないけれど、自分はダメ人間と思っているようである。

 

人の評価など気にせず自分のよいところを、伸ばせばいいのに。

 

息子と話をして、ショックだったのは、自分のいやなところや悪いところ、良いところをが言えないこと。それは自分を、自分で評価できていないと言うこと。

 

人は、良いところを言ってといえば言えないけれど、自分のいなところや悪いところ、苦手なところは、持っているし、意識しているから言える。

 

言い換えれば、自分自身を確立していく過程にいるということだ。

 

息子は、40歳になったというのに、自分が何者かということがない。自分が今まで生きてきたというものが何もないということなのだろうか。

 

どうしたら、息子は、自分らしく生きることができるのだろうか。

 

生きていると実感してほしい。

 

息子は幸せなのだろうか。

 

私は、息子たちの母親に慣れて幸せだと感じているのだが。

 

息子に、

「怒らせて怖いのは、あなたにとっては母親である私ではないのか。

他の人間の何が怖い。

怒るからというなら、私の怒り方は、尋常ないと思う。

それを考えれば、リーダーなんて、自分に自信がないから、弱い人を攻撃しているだけのかわいそうな人と思えば、どうでもよくなるでしょう。」

 

「仕事をしているふりをしている人を、怖がることはない。よく見なさい。彼女は、仕事をしていないでしょ。

ここのリーダーたちは、本当に仕事をしない、しているのは一人だけだね。その人は、他人に対して優しいね。

仕事ができる人は、できない人を助けるし、伸ばしてあげようとするよ。」

 

人間関係なんて、何も怖がることはない。自分が作り出す苦手意識が問題になる、それが、人間関係がうまくいかなくなる一番の原因。

 

お母さんが強いのは、人に対して何の感情もないから

仕事をしない人に対しては助けない。

一生懸命しても、できない人は助ける。時間をかけて、教える。一回でダメなら、二回、三回。努力しようとする人は、一緒に頑張りたいと思う。

職場の人とは、その職場だけ、一生付き合う人ではないから、怖がることは、必要じゃない。

 

他人に自分を理解してもらう必要はない。

 

会社に自分の時間を買ってもらうのだから、その時間は自分のものじゃないのだから、きちんと丁寧に、仕事を終わらせることだけに、集中すればいい。

 

それこそ、いらないおしゃべりをせず、黙ってすればいいのではないかと思う。笑顔を絶やさずに。サービス業だからね。介護は。

 

私が、はなしをしても、息子はきっと、変わることはできないだろう。

 

次男坊に「兄貴は、母さんが死んだら、どうなるん?」

 

といわれた。

 

ショック!

 

 

 

物事はすべて、うまくやろうとするべからずである

うまくやろうとしないこと、自分らしくやろうとすればうまくいく

 

50歳で准看護師に挑戦したAさんの話。

 

ある日、Aさんが、学校のレポートがわかならいからと、教えてほしいと。

 

軽くいいよと。

 

レポートを見て、えっ、これの何がわからないの。

 

何もできていない、していない。

 

これは、私にしろということか?

 

何もせず、どこを教えろというのか?

 

彼女は、若い学生達の中で、自分が年上だからのプライドなのか?

 

私は現場の看護師。学生ではない。

 

私が考えて答えを出してしまうなら、経験をもとにレポートを仕上げることは造作もない。

 

しかしである、学生が出す答えと現場の答えでは、おのずと違う。

 

彼女が、レポートをやったうえでの、わからないことや疑問には答えることができるが、これは違う。

 

彼女は、今勉強しているのである、その中で、レポート提出。

 

完全に、他人からの評価を気にし、自分らしさも出さず、うまくやろうとしているだけだ。

 

私も、彼女と同じように、学生を経験し、卒業し、今がある。

 

だからこそ、できないことや、わからないことも沢山あった。

 

しかし、しないで、人に頼ったことはない。

 

彼女のしていることは、子供の考えでしないで、大人の考えで答えを出そうとしている。

 

レポートは、他の人より違うものになるだろう、しかし、それが彼女は自分のためになると思っているのだろうかと。

 

彼女には、「まず自分で考えて、それから、もう一度、わからないことを聞きに来てくれる?

 

私が、アドバイスできることは、今はない。学生の目線でのレポートと現看護師目線のレポートではおのずとアドバイスも違ってくるから」

 

その時を、うまくやったとしても、その後もうまくできるとは限らない。

 

自分の力で自分らしくやってみることで、できないことがわかり、できるようになり、成長していくと思う。特に学生時代には、できないほうが現場に出たときに、勉強になるし、身につく。

 

彼女は、その後も、資料や、医学書を借りに来たが、なんというか、自分ができる人でいないといけない、若い学生よりもできていないといけないという気持ちが強い人だった。

 

質問をよくしてくるが、それはすべて、現場での判断であって、看護学生の勉強の答えではない。学校は基本を教えてくれるところである。基本なくして、応用を聞いても、何もならない

 

楽してという気持ちよりも、自分ができる人という評価を、求めての行動。

 

わからないこともわからない状態だったのか、学校で、習っていることをきちんとレポートに(課題)して初めて、できる人だと思う。

 

うまくやろうとして、他力本願では、必ずどこかでほころびが出てくる。

 

自分らしくやってみることが、人生を豊かにすると思う。

 

自分らしく生きるために、人並みで普通でいいじゃないですか。

自分らしく生きることは、とても楽だと思う。

 

だけども自分らしく、人生を生きている人は少ないと思う。

 

なぜ自分らしく生きることができないのか?

 

自分のことが、自分でわからないことに尽きるのかも。

 

社会には、ルールがある。

 

人として生きるためには、他人に迷惑をかけないことは当たり前である。

 

生まれてきて、家族としての役割もきちんとし、学校生活も、他人に迷惑をかけず、社会に出ても、迷惑かけず、生きているのに。

 

自分に自信がなく、自分を好きになれず、自己評価の低い方の多い事。

 

それって、評価されない主婦の仕事のよう。

 

ごく普通に生きていることは素晴らしい!

 

誰から褒められるわけでなく、注目されるわけでなく、でも、こけないように、毎日を一生懸命、生きていることは、凄いことです。

 

普通とは、当たり前ということです。

 

朝起きて、顔を洗い、朝食を食べて、仕事もしくは学校に行き、帰って寝る。

 

当たり前に、毎日同じことを繰り返すことができる。

 

普通を続けることの幸せは、気づかない。

 

普通の親のもとで、学校に通い、社会人になり、結婚をし、子育てをし、穏やかに歳を取り、人生、終焉を迎える。

 

簡単なようで、とても難しい。

 

普通ってなんだろう?

 

ある女性が、「大学に行くことは当たり前で、私の周りの友達は、みんな行っているから。特に、親に感謝はない」と。

 

そうか、この人にとっての普通は、親が子供を学校に行かせるのは普通なのだ。

 

大学に行くのが当たり前って、思える環境に感謝はないのだ。

 

この女性は、占い鑑定お客の娘さん。

 

世の中、学校に行くということは、お金がかかる。彼女は、大学時代、バイトをするのでもなく、大学を卒業。

 

社会に出る前から、何かあると、「死ぬ」と自殺をほのめかす。

 

普通とは、その人の環境で感じ方が違うと思った。

 

恵まれた環境にいながら、親に感謝できず、親に対する不満や、友人に対する不満、仕事に対する不満。

 

何が楽しいのだろうと。

 

「楽しいことなんかない、私がこうなったのは父親のせいだ。母が、わかれなかったからだ」

 

自分の手の中にあるものに対して、当たり前になり、感謝をする気持ちも、相手を思いやる気持ちもなく、常に、自分を見ろ、私を見ろと、依存的である。

 

自分で考えることができず、考えるのは「嫌だ」「傷つく。傷つけられた」「耐えられない」の無限ループの世界だけ。

 

できないことや失敗したことなど、自分が思うようにいかないことにとらわれる。

 

人とうまくいかないだから、人を信用できない

 

会わない上司がいるだから、こんな会社にいられない

 

劣等感や自己嫌悪が、ストレスになり、鬱になり、引きこもる。

 

得意ではない」「嫌だ」「緊張してしまう」この、考えに固執し、自分を卑下する。

 

人間なんて、同じ人生を歩む人はいない。手の指紋と同じである。同じ指紋がないように、同じ人生を歩むことはない。

 

似ていても違う。

 

違って当たり前。それが、神さまから、それぞれに与えられた「個性」。

 

自分を受け入れて、まず世間でいうところの、普通をやってみよう。

 

人間は、朝起きて三食食べて夜寝ることが普通の生活。

 

ならばやってみよう。

 

普通の生活ができるか。

 

朝、起きる。これは、学校に行ったり会社に行く人なら、あたりまえ。

 

緒食を食べ、身支度をして、家を出る。

 

学校、会社で過ごし、帰宅し寝る。

 

規則正し生活を、普通の人はしている。

 

人並が普通なら、人並みをやらねばならないのに、人並みのことができていないのに、「人並以上でなければ、誰からも一目置かれるくらいでなければ」と。

 

当たり前のことができていないのに、人並みではダメだと思うようである。

 

人並、普通が一番難しいと思うのだ。

 

私は、悩む人たちに、足元を見てみようという。

 

自分の普通は何か?足元は、土台はどうだ?

 

最低限度の当たり前ができているか?

 

誰と比べての人生なのか?

 

その人と同じなら、自分は幸せなのか?

 

自分らしい人生とは?

 

自分らしくって、難しいと思う人もいるかもしれない。

私の自分らしくは、自分を傷つけるのは自分だけと思っていること。

 

そして、自分ではどうしようもないことは悩まないときめていること。

 

たとえば、自分が女であること、身長が低いこと、子供の頃家が貧乏だったことなど、自分の力ではどうしようもないことで悩んでも何の意味もないと思っている。

 

貧乏だからと、やりたいことをあきらめるということはしない。それは自分の努力でどうにでもなるから。自分が、やるかどうかだけだから。

 

やれることをあきらめて、しないのは違う。

 

欠点も長所も、裏表だと思っている。

 

ある時は、長所が欠点になったりその時の状況で、変わる。

 

だから、自分の欠点も長所も、すべて自分であると受け止めている。

 

世界で、たった一人の人間。誰も変われない私だけの人生。

 

楽しまなければ損である。

 

ならば、できることを探そう。

 

できないならいったんやめて逃げてもいいじゃないか

 

だからといって、自分を自分で攻める必要はない。卑屈になることも、他人の言葉で自分を傷つける必要もない。

 

自分にとっての当たり前が、他人に迷惑をかけていなければいいじゃないか。

 

一人立ちができているなら、いっちょ前。

 

何を悩む必要があろうか。立派なもんだ。

 

人並なみの人生は、自立すること。自分の力で生きること。

 

自分の力で生きているなら、失敗しようがそれは経験。

 

自分が成長するための、明日へのスッテプ。

 

同じことの失敗をするのは、必要だから、経験がたりないから神様からの贈り物。復習して頑張るのだ。自分の力で生きるための試練。

 

自分が考える人並み、普通でいるために、考えて行動することだ。

 

人生は、人並みで普通に生きることのほうが難しい。

 

普通でいるということは、誘惑にも負けてはいけない、一度でも、こけたらもう普通でいたいと思っても、普通でいられなくなる。

 

失敗して立ち上がることも素晴らしいと思うが、こけずに立っていることは、だれもほめてくれず、あたりまえだから、これが割と、地味で根気と努力がいるのである。

 

人並みに普通で、楽しいと思えれば、人生は楽である。それこそが自分らしくいれることかもしれない。

 

普通でも、悩みがいっぱいなのに、普通じゃなかったら、どれほどの悩みだろう。

 

普通が一番強いのだ。

 

自分らしく、生きるために、人並みで普通の人生でいいじゃないか。

 

 

仕事が向いていないという人へ、そんなことはないと思います。

仕事が向いていないと、言う人。

 

私の子供も、仕事がうまくいかないときに、「俺、この仕事向いていないんだわ~」という。

 

自分に、向いていると思って、仕事をしている人は、世の中に、どのくらいいるだろう?

 

  • 何を持って、向いていないというのだろうか。

 

少しだけ考えてみる。

 

人間関係がうまくいっていない人

 

失敗してばかりの人

 

愚痴や不満ばかりの人

 

仕事じたいに、問題があるように思えない理由が多い。

 

私は自分に向いていないと思う仕事は、保険のように、形がない営業職。

 

なぜかというと、物がない紙一枚の契約で、将来起こるかわからない病気、

事故、死亡した時のために、高い保険料をいただくのがダメだった。

 

お客様のライフスタイルに合わせたプランを作成すると、会社からの売り込む商品とは、全然違う商品を勧めてしまう。

 

営業成績は、良かったけれど(運が良かったと思う)自分で向いていないと感じていた。5年で、リタイヤした。

 

仕事が向いていないと言うことを考えるよりも、その仕事が好きになれるかではないかと思う。

 

私は、看護師の仕事が好きである。

 

だから、離婚をしても、他の仕事をしていても、バイトで看護師の仕事をしていた。

 

看護師の仕事から離れても、看護の雑誌を読んだりして、現場では働いていなかったけれど、日々変化する医療道具、看護の仕方を勉強していた。

10年ブランクがあったけれど、割と抵抗なく復帰できた。

 

この看護師復帰は、42歳。

 

某病院に入社したけれど、ひどいパワハラにあった。

 

それでも、看護師の仕事は続けたくて、石の上にも3年と思って、頑張った。

 

3年目に、家族の事情でやめることになった。(生さぬ仲の子供が、幼児を連れて離婚、その子を見ないといけなくなった)

 

好きな仕事は、あきらめることなく、いつかは戻るという思いがあり、その後しばらくして、復帰した。

 

何度も言うが、仕事というものは、向いているかではなく、好きになれるかではないかと思う。

 

営業は、苦手だけれども、サービス営業は向いている。

 

サービス営業とは、ウエイトレスのような仕事のことである。

 

私は、物を売る仕事の営業は、向いていないと思っているが、相手が欲しいと思うものを、売る営業はできるし好きである。

 

これは、ホステスやラーメン店のおかみさんを経験してることから、言えることである。

 

仕事が、向いていないという人は、人間関係がうまくいっていない人が多い。

 

仕事のことよりも、他人への干渉。

 

自分の思い通りに、人を動かした。

 

自分と他人を比べる。

 

仕事そのものよりも、他の方向から、向いていないという。

 

自分らしくやっていけば、仕事はできるのではないかと思う

 

自分らしくである。

 

誰かと比べるではなく、誰かに、強制されるのではなく、うまくやろうとするのではなくである。

私は、仕事は対価の対象であるから、自分の時間を会社に売るのであるから、看護師時代は、定時に仕事が終わらないのは、凄く嫌だった。

 

対価に見合う仕事量、自分のキャパを超えることは、医療事故につながると考えていた。

 

あと、「仕事は楽しく」これをモットーにしていた。

 

だから、不満になるような残業はしない。残業をする時は、自分が納得するときだけ。

 

そうすると、残業は、案外することはなく、仕事は片付くものである。

 

仕事を楽しくという考えは、休憩時間を含め9時間は、働かなければいかないのなら、楽しいほうが楽だと

 

仕事をするのには、なぜ仕事をしなければいけないかと言うことも大切

 

家族のために、生きるために、生活をする為に。

 

これは、本当に、仕事を頑張る上には大切である。

 

だけれども、本末転倒にならないように、するべきではないかと考える

 

自分らしく、目標をもって、楽しくなるように仕事をする。

 

向いている、向いていないなんて考えていたら、ちっとも「楽しくない」

 

自分のライフスタイルに合った仕事をする。

 

これも大切なことの一つ。

 

次男坊は、カッコマンというか見た目重視。

 

なので、被り物をする仕事はしない。セットした髪が、崩れるのが嫌。

 

店員でも、帽子着用の仕事はだめ。

 

ちょっと、いかしてる仕事が好きなようである。

 

仕事を探すときに、スーツでできる仕事がいいのではと思い、助言。

 

現在は、不動産の営業をしている。

 

成果があがれば、報酬も多いので、今は若いこともあり、がっつり稼いで、したいことの資金を作ると言っている。

 

「母さんは、俺に不動産の営業が向いていると思うの?」

 

「向いているとかではなく、あんたがやれることを考えたら、営業かなと。だいいち、じっとしているような事務仕事できないでしょう?」

 

「無理。じっとデスクでパソコンとにらめっこなんて」

 

「上司の好き嫌いはあるし、こだわりがあるから、すぐに嫌になるというか、うまくいかないと、嫌になるものね。

今までのトラブルも、上司が偉そうだとか、トラブルは、仕事の内容よりも、上司との相性だものね」

 

仕事には、向いているよりも、そこが好きになれるか、上の人間に魅力があるかも、大きいかな。

 

仕事をする時に、上司が気に入らなければ、することは。

 

丁寧な付き合いをする。(あいさつはきちんとする、返事はイエスかノー等)

 

プライベートの話をしない(自分の情報を渡さない。人はミステリーだと攻撃をしない)

 

媚びを売らない。(これが一番面倒、一度でも、媚びを売ると努めている限り、媚びを売らないといけない。媚びを売らなければ、反逆者扱いともすれば、パワハラ対象に。

 

仕事は助け合うべきところは助け合うべきだが、一匹オオカミが楽である。

 

そして、大切なことは、自分を知ることである

 

自分を知れば、自分の言動の答えがわかる。

 

自分は弱い人間だとする、ではどこが弱いのだろうと考える。

 

身体に欠陥がある?

 

精神的なもの?

身体が健康であれば、自分は体力があるなら、こつこつと長時間でも、仕事をやることのできる。

 

もし、体力がないのであれば、体力に合った仕事の量を調節する。

 

精神手的なものが弱い人は、他人の目を気にしている人が多い。自分目線で考える。

 

人は完ぺきな人はいない。欠点は誰にでもある、その欠点を他人に、見せずに、行動している人が強く見え、自信満々に見えるのである。

 

精神面の部分のおおよそは、他人への依存。甘えである。

 

仕事場では、自分を悲劇の主人公にしてはいけない。

 

たくさんのことが人生には起こるが、それらすべては「外」ではなく自分である。

 

自分が「幸」「不幸」を、決めているのである。

 

こんなことでは、妻は怒ります。

世の男性の方、いや、男性というより夫たちへ、こんなことでは、奥様は怒ります。

 

いや、もしかしたら、うちの夫だけかもしれないが。

 

とても長いので、私の愚痴なので、読みたくない方は、スルーしてくださいね。

 

毎度のことですが、夫とは、三か月に一度くらいの割で、けんかをします。

 

私は「出ていく」という。

 

夫は「離婚すると言うことか」

 

最終的には、私としては、こいつ、全然反省していないと思う。

 

もう、おなじことの繰り返し。

 

疲れる本当に。

 

夫は、すべてが自分中心。本人は、そんな気がないのだろうけれど、自分の中だけで、話さないから、わからない。

 

私は聞くのだけど、答えない。

 

そうすると、私は我慢の限界になる。

 

夫は、やさしいのだと思うのだけど、相手のことを理解できていなく、私が話をしていることを、覚えていない。

 

「最近、年のせいか、体調がよくなく、無理ができない。息切れや、疲れが取れない。」

 

といっているのに、訳の分からない、旅行計画を立てる。

 

計画なのだから、きちんと立てればよいのだけれど、穴だらけ。

 

ビーグル犬の「アリス」と猫の「茶々」も、家族だからと連れていくという。

 

ファミリーロッジ旅籠屋を、利用する。ペットも、泊まれるので。

 

家族だからという考えは、良いと思うのだが、ペットを連れていっても、世話をするのは私。

 

この暑いのに、ペットを連れていくのはどうかと思うのに。

 

夏の家族旅行はやめておいたらと言って、止めたと思っていたのに。

 

鳥取の倉吉に行きたいと。白いたい焼きが食べたいと。それと、なんだかわからないが、ラーメン?

 

そこなら、二人を連れて散歩できるし、倉敷の美観地区と同じだから、いいと思うし、旅籠屋があるからと。

 

ええ、行きましたよ。

 

案の定、無計画。

 

朝7時には出ると言うので、朝早く起きて、炊き込みご飯を炊いて、おにぎりにして、ペットのがご飯やら、猫砂やら、アリスのパンツやら(生理中)、ゲージやら。

 

自分達のお泊り道具やら、着替えやら。

 

時間通りに出れるように、準備をしているのに、何やら庭で水の音。

 

なぜか?車を洗っている。

 

もう、意味が分からない。

 

結果、出発したのは、8時30分。

 

補足するなら、夫はなぜか車をとても大切にしていて、新古車で買ったためもあるが、昨日納車されたのかと思うほどきれいにしている。

 

今の車を買う前の車も、下取りで出したが、展示して、一週間もしないで売れていた。

 

そのため、私が車に乗る時も、少しでもカバンなどが、車体にあたろうものなら、険しい顔で、その部分を検分。

 

セレナなのだが、私も運転はできるが、夫の車は絶対に運転をしない。ちょっとでも傷をつけたらどうなるやら。

 

こだわりの強い夫なのだが、私的には、この人は、自分しか見えていなくて他人がどう思うかとかは関係がないのだと思っている。

話がそれたが、出発からそんな状態で、私は機嫌が悪い。

 

これから、長時間運転をしないといけない人が、昨日準夜で、1時半過ぎて帰ってきて、睡眠時間も少ないというのに、なぜ、体力を使う洗車をする?

 

そうでなくても、運転があまり上手ではないのに。

 

イライラ、マックス。

 

こんな状態での一泊二日の旅行が、楽しいはずがありません。

 

さて、昼はよくわからないが、地元のラーメンを食べさせてくれる予定だったのだが。

 

「店は何て言う?」

 

「わからん」

 

「えっ、」

 

インターネットか鳥取の観光の何かを見て、地元のラーメンらしいので、どこでも、店があると思ったのではないかと。

 

香川県のうどん店のように。

 

こいつはと心で思い。お昼時間はとっくに過ぎているのに。

 

「ラム―でお弁当買おう。夜は、おいしいところで食べるから」と夫。

 

ラム―って、スーパーじゃない。鳥取まで来て、スーパーの弁当。自分達の町にもあるスーパーの弁当。

 

しかしである、ラムーになかなかいかず、倉吉の通りをぐるぐる。

 

「自分なにしているの?」

 

「白いたい焼きやさがしている」

 

「はぁ~、もう、14時過ぎてるのだけど。もういいわ、朝の炊き込みご飯のおにぎりを食べるから」

 

空腹もあって、ブチ切れました。

夫は慌てて、ラムーに行くと言いました。

 

でも、私は、おにぎりを、食べて知らん顔。

 

さて、ラムーに行くのはいったけれど、私はお弁当は買わず。

 

「茶々とアリスが車でいるから、さっさと買ったら」とおかんむり。

 

さて、夫は、白いたい焼きが食べたくて仕方がないようなので、スマホで、お店の情報を見る。

 

ラムーの駐車場で、「ここなの」「うん」

 

「ナビって、なんていれたら案内するの?」

 

「電話番号」

 

「じゃあ、言うから入れて。」

 

「あっ、でた」

 

こいつは、あほか?自分が行きたいところをナビ検索もしない、昼はラーメンと言いながら、店もわからない。挙句の果てが、スーパーの弁当。

 

さて、ナビで案内をしてもらったら、何回か通り過ぎた店でした。

 

なぜ通り過ぎたかというとお休みだったのです。人がいなかったため。本来は、火曜日が定休日なのだが、なんと、夏休み中、9月1日まで休み。

 

仕方がないと言えば仕方がないのだが、倉吉は、観光地域なのに、人がいない、日曜なのにお土産屋さんもどこもあいていない。

 

思うに、コロナ感染の影響ではないかと思う。

 

観光客だれもいない。

 

私は、暑いのとしんどいのとで、旅籠屋に行こうと夫に提案。

 

日中は、暑いので、茶々たちが、バテタラいけないからと。夕方涼しくなって、来よう。

 

夫も賛成。

旅籠屋に、いく。

 

汗だらだら、荷物を入れて、一休み。

 

さて、夕方なかなか行こうと言わない夫。

 

暗くなってから、行こうととする。食事前にというが、もう見えないでしょ。

 

夫に「お腹がすいているから、先に食事にしよう」

 

「これ以上暗くなったら、ダメだから」

 

「じゃあ、明日朝早くのほうが、涼しいし、茶々たちもつれて散歩がてらというのはどう?どうせ、買い物はしないのでしょう。白壁の土蔵がみたいのでしょう」

 

「そうか、そしたらアリスの散歩にもなるね」

 

それから、食事の場所がわからない。旅籠屋の人には、5分くらいと言われたが、グルグル。

 

ナビに電話番号を入れたが、出ない。

 

「じゃあ、パンフレットの近くの他の店を入れてみたら」

 

それから、20分ほどで何とか到着。

 

私、お店を見て「えっ、居酒屋?」

 

「ここのエビ天ぷらどんぶりが食べたかったんだよ」

 

はぁ~、私が腎臓悪いのわかっている。エビとかいかとカニとかは、食材そのものが塩分があるから食べないでしょう。

 

しかたがないので、定食を頼んだけれど、天ぷらとお刺身。

 

「なんでもいいよ、高くっても」

 

何だか得意そうな顔で言う。

 

さて、その帰り道。

 

一時停止違反で、切符を切られることに。

 

夫は、以前から、裏通りを通るところがありその理由が、信号機がないから。

 

私は、裏通りは、危ないし、どこから人や車が出てくるかわからないので、広い道路を利用してと言っている。

 

後、ウインカーと一時停止をしないことが多いので、さけてと。一時停止で何回か、切符を切られたことがあるし、警察署まで引っ張っていかれて、調書を取られたこともあるので、確実に、止まるように言っていたのだけど。

 

やってくれました。私は暗くてわからなかったのだけど、ブレーキを踏んだことはわかったのだけど、止まってはいなかった。

 

「えっ、何でブレーキ?」と思ったくらいだから。

 

パトカーのサイレン。

 

あっ、一時停止だったんだ。

 

はい、はい、夫、ごねまくり。

 

「ブレーキふみましたよ」

 

「踏んだと言っているでしょ」

 

お巡りさんから、説明を受けても、怒っている。

 

前の時と同じ、勘弁してくださいよ。と私の心の声。

 

また、公務執行妨害で警察署ですか。

 

携帯番号を聞かれても言いたくないという始末。

 

しかたがないので、私が、ブレーキは踏んだと思うけれど、ちゃんと止まっていなかったのは確かだよ。私が、何でブレーキと思ったのだから。

 

それで、だまった。

 

切符を切ってもらい、旅籠屋に。

 

夫に、一時停止わかっていたの?

 

パトカーがいると思った。

 

「あのさ、前の時から言っているよね、セレナは、速度の数字が「0」でとまるのだから、一時停止の時は、確認してと。そうすれば、確実だからと、「0」だったの?」

 

「いや」

 

「そうやって、とまっていないのにごねてもダメでしょ。何で、私が、いつも一時停止は、止まって「0」確認と言わないといけないの。今日は、私はあそこが一時停止だと気付かなかったのだけど。」

 

「わかっていた」

 

その一言で、あきれた。あれだけ、いつも。交通規則は守ってと言っているのに。

 

さて、そんな最悪な一日は終わり。

 

次の朝。

 

7時に、茶々たちと、倉吉の白壁土蔵をお散歩。

 

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倉吉白壁土蔵

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仲良しふたり


朝は涼しく、人もいなかったので、写真を撮り、暑くなってきたので、旅籠屋に戻る。

 

私は、昨日の夜、茶々がいつになく、落ち着かず、寝かせてもらっていなく大変疲れていた。

 

三度目の旅行なのだが、こんなに、夜間落ち着かず、抱き寄せても、泣いてばかりの茶々は初めてだった。

 

旅籠屋で、朝食を取り、これで帰れると早ければ15時くらいかなと。

 

でも、でも、私の思いと夫の思いは違った。

 

何だかわからないのだが、海沿いを走る。

 

訳の分からない民家の道を抜ける。

 

絶対に、帰る道ではない。

 

「道が、わからないのなら、自宅設定にすれば」

 

と言っても無視される。

 

 

しばらくすると海辺のとおり。

 

鳴る子海岸に行くと。

 

えっ、聞いていないけど。

 

「倉吉に行ったら、ここに行くと最初に行った」

 

「そんなの覚えていない、何か月前の話だし」

 

着いたというので、みたらただの海岸にしか見えない。

 

うぁわ~って、感動するような場所ではない。さびれており、レストランも閉鎖。

 

何の情報もなく、意味も分からず連れてこられて、何が楽しいと思うのか。

 

降りずにいたら、茶々と一緒に自分だけ見にいった。

 

看板を見たら、ちょっと変なので、説明を見たら、海の波で、石が、丸くなり、波が当たると、カラコロと音がすると。

 

ちゃんと説明をしてくれれば、興味を持って、楽しみにしたかもしれないが。何も言わず、道がわからず、イライラした夫と車のなか。

 

そのあと、目に良いという神社に行きたいのだけどというが、私が良い顔をしていないのがわかったのか、そこはやめとこうという。

 

私は、茶々が、あまり昨日は食べてないし、水も飲んでいないし、アリスが吐いているしで、二匹のことが気になっているので、帰りたい。

 

それで、お昼は鳥取に行ったら、良くいくスーパーで、お昼ご飯調達。

 

夫が、帰ったら疲れてご飯作りたくないだろうから、夕ご飯も買って帰ろうと。

 

夕ご飯も弁当購入。

 

本当に、ただ、疲れにいくための旅行。

 

最近、本当に夫とは、どこかに行きたくない。

 

自分のいきたいところに行けばいいと思う。

 

結婚して12年だけど、とにかく、旅行に行って、疲れるばかりで楽しくない。

 

旅行に行って、その土地のおいしものを食べるわけでもなく、もう、いつもスーパーの弁当だったり、自分の町にもある、ファミリーレストランだったり。

 

旅行に行った気がしない。

 

毎年、私の誕生日にも、イルミネーションを見に泊まりに行ったりするが、スーパーのお惣菜を買って、私が用意して片づけてと、しんどいばかりである。

 

なので、泊りはなくていいから、イルミネーションでなくてもいいと最近は言う。

 

誰かに、何かしてあげるなら、喜んでもらえるようにしないといけない。

 

疲れさせて、怒らせるならしないほうが、よいかもです。

 

私の夫のように、始めは、最初だからと多めに見てもらえていても、重なると、どうでもいいわ。めんどくさいとなるかもです。

 

三津田冨佐子著者「60歳からのシンプル満足生活」若い人も、悩みがある人にも読んでほしい本

私の愛読書。

 

 

 

三津田冨佐子著者「60歳からのシンプル満足生活」

 

お金にも人にも頼らない

老いも死も怖くない

人生はむずかしく考える必要はない

生きている限り、一日一日を楽しむのみ

毎日を「一番前向きな自分」でいきていればいい

 

この本には、共感することがいっぱい。

 

私の考えとぴったり。

 

みんながこの人のように、生きれたら幸せなのにと思う。

 

私は,感想文は、苦手なので、自分との人生を比べてみようと思う。

 

  •  シンプルな生き方が元気の素

 

50歳で、未亡人になってからの生き方

   人に頼らず自分らしく生きる幸せ

「人生、よきにつけ悪しきにつけ何が起こるかわからない」

「自分のことだけを考えて、自分のペースで生活すればいいのである」

「自分がどんな生き方をしたいのかをしっかり考え、それを貫く強い意志を持ってのぞめば、こんな幸せなくらしはない」

誰でも人間はいつかは、一人になる。

すべては自分次第である。

 

ほんとうに、夫婦といえども、他人。

女は、家事、子育てと労力がいる、その中で、自分の思うように生きようとすると我慢も必要。

私は、子育ては自立させて、早く自分自身の生活をしたいと、思ってきた。

今現在、三人めの夫がいるけれど、自分の思う生き方ができていると思う。

 

夫には、私が必要だが、私には夫は必要ではない。こう書くと、何でと思うかもしれないが、好きだから一緒にいる必要はないと思っているから。

 

本当は、夫婦ではなくて、好きな時に会い、好きな時に一緒にいればいいのではと思っている。

でも、夫は私が離れることの不安感で、どうしても籍にこだわった。

 

意味がないと思うのだが、夫の気持ちが不安で彼の生き方がそうならば、付き合うしかないかなと、籍を入れた。

 

だけど、それだけだ。普通の夫婦なら、妻が家計簿を管理し、夫婦で家庭を作る。

私たちの関係は、夫は家のことに関することすべてを管理する。

 

私は、自分にかかるすべてのお金は、自分。

籍を入れるときから、私には、子供がいるので、彼に一切のお金を出してもらわないかわりに、私に関するすべては、自分で。

 

腎臓病の治療も子供たちの支援も。

 

今は、仕事をやめて、収入がすくないが、子供たちが社会人になったので、子供たちにお金がかからなくなり、まあ今の状態でよい。

 

幾度となく、この同居は、私にとっては、ストレスだったのだが、夫は精神的にちょっと難がある人。

でも、本当に話せば、よくわかる人で、一緒になって10年以上だが、やっと落ち着いてきた。

 

私たちの関係は、二人の子供がいないので、家庭を築くというよりも、一生のパートナー関係。

お互いのできることをお互いがして、助け合うという関係になってきた。

 

私は、彼にいつも言っているのだが、これから先も一緒にいることが前提だけれども、人生はどう転ぶかもわからないから、自分のことは自分でしていこう。助けがいるところは、助け合おう、もし、別れることになっても、それは仕方がないと考えよう。

 

人に頼らず自分らしく生きる幸せとは、依存しないこと、誰かと一緒にいることは、絶対ではないから、一緒にいなければいけないのなら、無理をしないこと。

 

著者は、他人への甘えは捨ててしまおうと。

 

一人暮らしは気楽ではあるけれども、安易ではないので要注意。

「人間は、生まれた時もひとりなら、死ぬときもひとり。結局は自分のことは自分が考えるしかない。自分のことを自分以上に考えてくれる人はいないのだから」

共感します。本当に。

 

養護施設に預けられ、貧乏生活を経験すると、大人も親も誰も助けてくれない。

 

子供の頃は、貧乏人の子だからと、虐めにあうときもある。(虐めだと感じない能天気な子供だった)

 

*そのときどきで考えは変わるけれど

 

94歳になる著者は体があまり言うことが効かなくなってみると、少々弱気になることもあると言っている。

それでも、

娘には娘の人生、私には私の人生。

そうやって割り切りながら相手を気遣う関係ほうが、まことに心地よい。

 

*年齢にとらわれない

年を取ってからの人生を謳歌し、自分の思う通りに生きていくためには、年齢にとらわれていてはだめだと思う。

物事をつねに前向きに考えて、明るい未来を追っていること。

 

私もそう思う。わたしも、年よりも若くみえる。常に、まえむきで、困ったことがあっても「なんとかなる」と思っている。

 

*偏屈一歩手前の「頑固者」

自分の思う通りに発言したり、行動したりすることが、人様には頑固者とか、きかん坊と映ることもあるようだ。

 

そうなんです。頑固者は異端児扱いされたり、するのです。でも、正直でいようとすると、頑固者あつかいになりますね。

 

著者も「自分に正直でいるほうが、いろんな場面で妥協しながらいきたいくより、よほどわたしの性にあっている」と言っている。

 

正直ものが、頑固者ならいいじゃないかと思う

 

*「いい子にならない」が信条です

自分の行動に正当性をもたせている自信はあったから、他人の思惑など気にしたことがない。

「他人にいい子と思われなくても平気という強さがあればできることである。

 

わたしも、子供の頃から、いい子でいた。、本当に「いい子」で生きることは、生き方の問題として、自分の人生を考えるとき、いい子でいるよりも、悪い子のほうが、いいと思う。

著者はこうも言っている。

意志を強く持って人に流されず、我がままいっぱいに自分の人生を楽しみたいと思うのだ。

 

私の考えだと、正直でいることはいい子ではいられない。

 

著者のこの信条は、とても強い心がないと。

 

*死ぬのも順番

順番と思えば割り切れる。

それまでは、人生を楽しむのみである。

 

 第一章はここまでです。

 

読んでいると、本当に気持ちがいい。

若い人にも、今悩みがある人にも、読んでほしいと思う。

 

心不全らしい利用者の時間外受診で思うこと

心不全を起こしている利用者を、受診させる。

 

利尿剤が倍の量になっている利用者。何日間は、薬効がなく自尿が増えず。

 

その後、利尿剤の効果があり自尿が増えて、体重も減少。浮腫も改善。

 

しかし、in、outのバランスがくずれ、outが多くなる。それに伴い、嘔吐、下肢チアノーゼ出現。

 

胸水の診断だったが、両胸の雑音がひどい。体動時、脈の変動が激しい。血圧の変動も。

 

なのに、ここの看護師、全然、観察をしない。聴診もしないし、血圧の変動も動かしたからという原因があるからという。

 

チアノーゼの出現したころからやばい状態と心配していたのだが。対応をしない。

 

医者が、先週の金曜日に診察に来ているのだが、この医者、脳神経内科医だそうで、今の状態の指示はなかったの?と担当看護師に、尋ねたら「チアノーゼは、自律神経のせいだからと言っていた」

 

なるほど、要するに、専門外と言うことね。

 

この利用者、もともと、心臓の持病持ち。

 

胸水も、心臓が悪いために出現しているわけで、このままにして置いたら、だんだんと悪くなり、亡くなってしまうと思うのだが。

 

心不全は、悪化と改善を繰り返しながら、進行していく。

 

悪化した時に早めに、適切な治療を受けることができれば、よいのだが。

 

高齢者と言うことで、治療の必要性がないと言うことが多いのだろうか。

 

この利用者も、循環器にかかっていたのだが、施設を利用すると言うことで、同じ病院なのに、循環器へはかからず、施設担当の藪医者(失礼)に変わっている。

 

施設に入ると、よくわからないが、特養は治療が必要ないという考えがあるのだろうか?

 

さて、このユニットの担当看護師は、50代のブランクがあり自信のない看護師。

 

夕食時に、介助にケアマネが、行かれると言うことで、私も、看護師も一緒に、訪室した。

 

「起こしたほうがいいですか。」

 

「えっ、起こすの?体調悪いし、心不全を起こしているのじゃないの?本人、しんどうそうじゃない?心臓の持病があるし、昼も、嘔吐したのでしょう。胸の病気が悪いときは、安静じゃないかな。

まして、ここは、病院じゃないから、リスクになることはしないほうがいいんじゃない。居室でいいよ。」

 

「顔が紅潮しているのに、下肢にはチアノーゼか。ちょっと、食べただけで、脈が、157って。咀嚼することさえ、きついってこと。

それにしても、口喝もひどいね。脱水を、起こしているのかしらね。心不全の悪化か脱水をか。わからないけど、両方かな。お手上げだわ。

心不全なら、水分の過剰摂取はやばいし、脱水なら、水分が必要だし。今は、in、outのバランスがくずれているから。勝手な判断ができないな。何かあったら怖い。

さっき、ケアマネから聞いたけど。

水分を行きなさいって、Hさん、Iさんと話をして指示しているのよね。それって、どのくらいまでの目安?Outの分だけ。食事の時に、一度に400の水分って、利用者に負担にならないの

 

脱水おこしているときだって、輸液で時間をかけて、いくけど。400を短時間で行くって、500の輸液を、5分から10分でいくってこと?体が、調子が悪いのに、問題ないの?

 

身体に負担のかかる、介助の指示はどうかと思うのだけど。食べるのでさえ、バイタルに変動があるよ。」

 

この利用者、めったにしんどいと言うことがない、

 

利用者に、今、一番しんどいところはどこと尋ねる。

胸を抑えて、胸という。左右、どちらかと尋ねると、左。

 

担当ナースに、「やばいと思うよ。左って。前回受診したときは、胸水かもしれないと言ったよね。胸水だったじゃない。

 

今日、聴診したとき、雑音がありちょっとやばいかなと思ったのだけど、この間の時は、息切れはしていなかったよね。今は、肩で息をしているし、不整脈バリバリだし、むくみは利尿剤で、改善しているけれども、水分が出すぎてのむくみなしで、他の症状が出現しているのはどうかなと思う。

 

高齢者と言うことで、治療がもう必要がないのならよいけれども、このまま何かあった場合、家族にどう説明するの。受診して、治療は必要がないと言われれば、こちらも看取りとして、看護、介護、をすればよいわけだけど。

 

私たちは看護師だから、治すための看護をするわけで、治療が必要ないと言われるまでは、最大限の努力をするべきじゃないかな。」

 

Hさん、動きました。

 

家族に連絡をし、病院への手配。施設長に連絡。

私の勤務時間の間に、オンコールのナースが呼び出され、受診しました。

 

Hさんに「残業になっちゃたね。ごめんね。でも、治療の必要性がないか、どうするかの指示があれば、違うし、一度受診をしてい置けば、安心だから。家族にも説明ができるから」

「大丈夫ですよ。しっかりと残業だいいただきますから。」とニッコされる。

 

今日の受診がわりとスムーズだったのは、ケアマネが施設長に、Oさんの状態が悪いから、何とかしてほしいと話をしていたことを聞いていた。

 

施設長からは、看護師がちゃんと見ているし、報告も上がっているといわれたらしい。

 

ケアマネは、その看護師が見ていると言うことが、全然なのにと思いがあったので、私に相談をしてきた。

 

私は、Hさんは、きっと話せば動くのではないかと思って、同じように、危機感を持ってくれての、受診になりました。

 

明日でもよかったのだけれど、H看護師は、明日は休みだから。

 

夕方の受診はきっと明日の受診だとI看護師に、反対されると思ってのことかなと邪推してしまった私がいます。

 

 

夜遅くに、病院受診から帰ってきましたと。ラインがありました。

 

輸液をし脈が落ち着いたと、帰って良いと言われていたら、また速脈。

 

結局は、落ち着いたと帰されたようです。

 

治療も診断も本当にいい加減。

 

治療する必要がないという判断なのだろうか。

 

 

関係がなくなりますが、施設は、しっかりとした内科の病院と関係のあるところに入りたいですね。

 

 

 

衰弱死させる気ですか。介護施設の闇だよね。怖い話。

看護師の仕事をやめる本当の理由は、犯罪の共犯になりたくないから。

 

どこに相談したら、いいのかわからないからやめます。

 

怖いです。

 

職場で、起こっている衰弱死。

 

本当に、看護師だからといっても、ピンからキリです。

 

医療の中での闇の部分でしょうか。

 

内部告発でしょうか。

 

誰も止められない。

 

特養ホーム入所者は、「尊厳」などないのです。

 

以前、勤務していたところは、老健だったので、医者がおり、看護師も10人以上いましたから、利用者の健康管理も、看取りもしっかりとできていた。

 

特養ホームに勤務して、本当に、知識のない職員が、指導者だったり、管理者だと、入居者はその人達の考えと思いこみだけで、看取りイコール終末看取りにされる。

 

看取りって、人生の最後を、施設で迎えるということなのだけどな。

 

看取りって、同意書をもらったら、看護師から、少しくらい調子が悪くても「看取りだから」といって、済ませる。積極的な看護をしない。観察も、しない。積極的な治療はしないのは、終末看取りに入った時と治療不可能と診断されたときのはずなのだが。

 

看取りの意味も、見取りの同意をもらうことの勘違いがある。

 

ようするに、勉強不足。

 

この様な事をブログにあげると、私も何かの罪に問われるのだろうか?

 

私も思い込み、だけの看護師だろうか?

 

 

Aさん、以前から食事を食べることが嫌だった人なのですが、介助をするスッタフは、全食させようとする。

 

そのため、だんだんと、拒否することが多くなり、食事を入れても、口を閉じず、飲み込まない。時には、嘔吐する。

 

拒否が多くなったが、それでも、一日一食は全部食べれていた。

 

いつも、フロアで、椅子に座らされ、一日を過ごす。

 

そんなある日の夕方、凄く倦怠感がある様子なので、居室で夕食を食べてもらったらと指示をした。

 

この何日かの水分摂取が、少ない。軽い脱水を起こしていると判断をした。脱水を起こすと、座っているのもしんどい、居室でベット上であれば、楽な姿勢になる。夕食は、全部食べれた。

 

水分をできるだけ促して、食事は無理をせず、食べれるだけを食べてもらうように話を、介護スッタフにして、私は2日間の休みに入った。

 

3日目に、出勤したら、食事提供が中止。

 

理由は、「食べれないから、家族も、嫌がるのを無理して食べさせなくてもいいと言ったから。見取りになったから。食べるものは、食べれないから食事提供をしてもお金がかかるので、家族の人に、ゼリーを持ってきてもらうことになった。」

「治療不可能と先生からも、言われたから」

と、報告を受けた。

 

私は、はい?なにそれ。

看取りって、終末看取りってこと?

いや、いや。Aさんは、嚥下は、しっかりしている。

認知症で、思考障害があり、食事を食べてはいけないと思っているだけなのに。

 

食べれないと食べないのでは違うと思う。自我があるから、食べない。意志を持っている行為。

 

最近、特に食べるのが悪かったのは、軽い脱水症状で、身体がしんどかっただけ。

 

正確に、情報を先生に報告して、病院受診をし、輸液をしてもらえば、まだまだ元気な人なのに。

 

嚥下ができない人は、むせるし水分も飲めない。

 

固形物以外なら、嚥下ができる。第一本当に食べれないなら、家族にゼリーを持ってきてもらっても、誰が食べさせるの。

 

この、ユニット担当の看護師は、某病院で(特定の専門病院、内科経験なし、高齢者看護経験なし)師長をしていた40歳の看護師。施設は、その某病院の関係施設。

 

開設して、4年目だが、看護師が続かない。私が勤務している間に、3人辞めた。その後の、補充はない。施設看護師は、募集しても集まらない現状もある。

 

さて、この看護師の指示が、水分(ポカリスエットと同じ物)を飲めたら、エンシュアを。無理をして飲ませない、嫌がったらやめる。

 

一日の水分量はと聞けば、決めたら職員が無理に飲ませるといけないから。決めない。

 

Aさんは、午前中、夜が眠れないのか、寝ていることが多く、水分を取れるのが午後から。

 

私が午後から出勤で、見にいくと、最近は、ポカリスエットもどきを100mm飲ませているだけ。

 

胃瘻注入業務があるので、業務を済ませて、Aさんの所に。

 

話をしながら、エンシュアを飲んでもらう。

 

このエンシュアは、食べれない人に、飲んでもらう高栄養カロリー。カロリーとしては、250カロリーと250ccの水分。

 

だが、このエンシュアを、誰も飲ませない。水分も、一日300cc以下。

 

私は午後からなので、退社するまでに、エンシュアをⅠ缶は飲んでいただく。

そのほかに時間を取って、ゼリーだったり、お茶だったり。

 

本人「お腹はすくけども、食べちゃいけないの」

私は、エンシュアを薬だからと、促す。決して、無理せずとも、本人は、「ありがとう」と言って、10~15分で飲んでくれる。

 

この状態なのに、食べれないと言って、栄養を取らせず、このままでは、衰弱死。

 

今は、コロナ感染のせいで、家族が見舞いに来ない。

 

ケアマネが、介護計画書を提出したら、「食べれないから、食事を止めたという記載がないと言われた、私はAさんは、食べれないと思っていない」

 

「食事拒否があり、食事介助困難のため、食事提供が中止の指示が、看護師からはいると書けば」

 

「食べれないと書くと、誰の主観と言うことになるから。○○看護師は、Aさんに、食事介助をしないのに、一日に1食しか食べれないから、食べれないとの判断。

 

家族にも、食べるところを見てもらって、食べさせなくてもよいと言われたという。

 

家族は食べさせなくて良いと言ったわけではなく、無理に食べさせないでと言ったと思うのだが。

 

どこの世界に、親に食べ物を提供しない家族がいるだろう。

自宅なら、食べれるものを、これはどうかな、今日は食べてくれるだろかと勧める。絶対に、食事提供をやめることはない。

 

今は、介護食も色々あるので、栄養の取れる高カロリーのものもある。それらを、持ってきてもらうならわかるが。

 

自分の親なら、食べてもらう工夫をするだろう。

 

ここの看護師たちは、見取りの指針を、勉強していない。

 

見取りとは、自宅ではなく施設で、自然にその人らしい人生を終えることである。この施設で、最後を迎えると言うことである。

 

看取りの同意書は、終末看取りとは違う。

 

終末看取りは、治療不可能状態であって、それまでは、骨折及び治療ができることは病院を受診する。

 

このユニットスタッフは、看取りと終末看取りの違いも分かっていない。

 

看取りとはと聞けば、この看護師は「安楽」と言われた。

 

看取りの指針に、安楽などという言葉はない。「尊厳」これに尽きるのに。

 

この看護師は、Aさんを「安楽死」をさせようとしている。意図としているのかしていないのか。

 

とても、記録もうまくごまかし、先生や家族の言ったことを自分流に解釈し、自分の思ったこと、考えた事が正しいとして、他の人の意見は聞かない。

 

家族は、今、お見舞いに来ないのだから、状況はこの看護師の伝えることのみを、信じている。

 

私は、看護師を40年。精神科も内科、整形外科、内科外科、小児科、泌尿器科手術ナースと多種の経験がある。

 

他の利用者の浮腫がひどく、受診し、胸水出現し、先生から、利尿剤の指示が出たのだが、介護スタッフが、「尿測はどうしますか」

「利尿剤が出たから、おしっこたくさん出るから、もういいわ」などと答える。

 

はい?利尿剤が絶対に、利尿を促すとはかぎらないし、薬効が急に出て、多尿になり、脱水を起こすことや、反対に心臓に負担になることもある。

 

先生に、利尿剤が効いているかの情報報告はどうするの?

「先生、たくさん出ています」と報告するのか。

 

その指示を、聞いた介護スタッフリーダーには、尿測も体重測定も継続。明日、担当の看護師に相談してと指示。

 

夕方、先生より、尿測指示、体重測定指示あり。

 

本当に、薬効の効果も把握せず、高齢者の身体の変化は、成人あつかいではだ

めなことを、学校で習っただろう。老年看護を忘れたのか。

 

胸水出現しているのに、介護スタッフの指示。ベッド上は、少し頭を上げて。ほとんどフラット状態。

いやいや、胸水はしんどいよ。座位のほうが、楽だよ。45度からひどいときは、枕を抱えさせて、うつぶせのほうが楽。

そして、介助するときはゆっくりとを支持するべきでは。長時間の車いすに腰掛けさせるのは、足に浮腫があるので、ベッ上で、足を延ばしているほうが。車いすなら、足を挙上させて、短時間などの指示は一切ない。

 

本当に、衰弱死の共犯になりたくないし、何かあった時は、この看護師は、ごまかし自分の責任ではないとする。

 

この施設は、理事長が、全然力がなく某病院の理事長もしている(が二代目理事長要するに息子)、名前だけ。折場所もなく、窓際族。医者としての仕事をしていない。力がないのである。

そのため、奥さんが看護師なので、夫の居場所を作ったみたいな感じ。

 

施設長が、奥さんのお友達。もう、経営者としての能力も、看護師としての病院勤務がない、ペーパー看護師。そのため、医療は、思い込み激しい看護師に頼り切り。一切、現場に顔を出さない。

 

急変しても役に立たない。まるで、素人。医療技術がない。

 

現場をしたことがないので、人が足りていないことがわからない。

 

十分な介護などできていない。

 

人手不足で、介護の世界は大変だけど、こんな怖い施設には入りたくない。

 

一度役職につくと、自分の実力がわからなくなるのかな。

 

人が他人の命にかかわることを、判断するときは、慎重にならないといけない。

 

人を操作してはいけない。

 

医療の世界でというか介護現場で、何だこの看護師はと思う、看護師を以前の施設でもいた、今回の施設も。

そして、何故かその知識ゼロの看護師が師長だったり、指示する人間だったりする。

 

以前の施設は、他の職員が強いので何とかなるだろう、看護師の人数も多いので。

だけど、ここの施設は無理だろう。

 

長い物には巻かれよ暢事なかれ主義の、30代看護リーダー(某病院で40代の看護師と勤務していた。師長だったことで、物申すが言えない)

 

ブランクがありぜんぜん自信がない50代の看護師。

 

もう、40代看護師の思い通り、やりたい放題。

 

私ですか?

 

私は、40代看護師に物申すはします。現実に、辞める前に Aさんの見取りについて、やりあいましたから。

 

パートということと、腎臓病があり、正社員で努めれないので。

 

本当に、健康なら、バリバリで、「根拠を述べよ」なんていっているかな。

 

高齢者とは。

 

胸水の看護とは。

 

看取りとは。

 

尊厳とは。

 

心不全とは。

 

介護職員の方たちからは、絶対の信頼を寄せていただいていましたが、ストレスから体調が、悪くなっとこともあり、止めることにした。

 

施設長から、退職願を出した時に「何かあった?」と聞かれたけど

 

「体調が悪くて、業務をすることが難しいからです。何も、ありません」

本当はあるけれど、言ったところで何も変わらない。

 

これで、看護師からみた看護、介護現場からの話は終わり。

 

皆さん、自分の家族を施設に預けても、先生や看護師のいうことは、疑いの目で見ないといけません。

 

そして、めんどくさい家族になりましょう。めんどくさい家族の言うことは、施設は、聞いてくれます。

 

あそこの家族はめんどくさいからと、調子が悪ければすぐに、受診するし、特別扱いしますからね。

 

人質に取られているみたいな感じになる必要はないです。家だとこうしてあげたいと言うことを言えばよいのです。

 

できるだけお見舞いに、行きましょう。

 

 

「はてなブログ」解説書でできていない所チェック。ひぇ~、なんてこった、見切り発車ブログだ!

はてなブログ」解説書でできていない所チェック

 

はてなブログ Perfect GuideBook [改訂第2版]

はてなブログ Perfect GuideBook [改訂第2版]

  • 作者:JOE AOTO
  • 発売日: 2020/07/18
  • メディア: 単行本
 

 

 

までは、手始めに、本の目次通りに、チェックしながら進めていこう

 

Part1は、「はてなブログ」をはじめよう

 

ここは、できている

 

Step 1-4 複数のブログを作る

 

今は利用しない

 

Step1-5 記事のエクスポートとインポート

 

はてなブログ」のバックアップをすることは、エクスポート機能

 

他のブログからの引っ越しする場合、インポート機能

 

これはしたことがないので、やなければいけない。

 

これまでの、バックアップをするのは大変だけど、少しずつやっていこう。

 

Part2 記事を投稿する

 

 Step2-1ブログ記事を投稿しよう(OK)

 

 Step2-2 カテゴリーを指定して投稿する(OK)

 

 Step2-3 写真の投稿とアイキャッチ画像の指定

 ちょっとあやふや。特にアイキャッチは「何が」という感じ。

 

 Step2-4記事を装飾する

 全然ダメ、できていない

 

 Step2-5 記事の概要/投稿日時/URLを指定して投稿する

 

 Step2-6 YouTube /過去記事などを挿入する

 したことがない

 Step2-7 サイドバーメニューをカスタマイズする

 カスタマイズということ自体がわからない

 Step2-8 記事を編集する

 少しはしたけど、今はできていない。

 Step2-9 スマートフォンから投稿する

 あまりしない。

 

あやふやなことばかり。なんとなくやっている感じで、記事投稿じたいがわかっていない。

 

Ptep1とPtep2だけ、読んでも、穴だらけ。

f:id:compass-life:20200826090107j:plain

私の代わりに、穴ではないけれど茶々が箱に。反省顔です

 

無謀だわ、反省だわ、落ち込みだわ。

 

よくこんなので、ブログをやってみようと思ったんだろう。

 

だけど、頑張るしかないのだ。

 

60からの手習い。

 

やりたいことが、たくさんある。

 

まずは、足元からやっていこう。

 

何事も、できるところから。

 

本音は、なんか、少しだけ、半泣きかも。

 

次男坊から、お言葉が。

 

「報酬を得るを先に、したらいいと思うよ。母さん、その様子だと、アドセンスも、きちんとできていないのじゃない。広告報酬が入ってくれば、頑張れるかもよ。アドセンス通ったて言ってたでしょ。」

 

そうだなと思い、Part9に飛びました。

 

アマゾンアフィリエイトは、なんとかなりました。

 

アドセンスは、審査に合格した後、何もできていないことが判明。

 

Step2 広告ユニットを作成し広告を配置する

 できていないみたいです、頑張りま~す。

 

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はてなブログ記事、修正していきます。

2020年2月から、はてなブログを開設して、一年が過ぎました。

 

200記事を書いていますが、ただ、書くだけ。

 

有料ブログだというのに、何の飾りもない。

 

それでも、読みに来てくれて、読者になってくれる方が、いてくれる。

 

もう、本当に、感謝しかない。

 

始めは、とにかく書くことになれること。

 

雑記帳のようにかいていたら、自分のスタイルができるかなと思っていたけど。

 

甘かった。大いに反省。

 

ワードプレスに移行してみようと思ったけれど、今の状態では、ダメだと思い。

 

まずは、はてなブログを「自分らしさのある」ブログ作りに頑張って見ようと決心。

 

テキストとして、アマゾンで「はてなブログ」改訂第二版を購入した。

 

はてなブログ Perfect GuideBook [改訂第2版]

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  • 作者:JOE AOTO
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以前も、「はてなブログ」の本を買っているのだけれど、使い切れていない。

 

はてなブログ Perfect GuideBook

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  • 作者:JOE AOTO
  • 発売日: 2016/07/22
  • メディア: 単行本
 

 

 

今までの記事を、手直し、修正して練習していこう。

 

(泣き言)

 

本を読むが、頭に入らない。

 

どこから手を付けていいのやら、不安。

 

どこまで本の通りに、できるか。

 

まずは、始めから、やってみよう。

 

 

ブログをワードプレスに移行を羽田空港サーバーにお願いしてみた結果

はてなブログからワードプレスへの移行に挑戦。

 

60歳超えての無謀な挑戦。

 

パソコンは、文章を打つだけで、何もわからない超、超、超初心者の私。

 

ブログをやってみようと決心したのが、昨年。

 

わからないままに、初心者が使いやすいと言うことで「はてなブログ」でブログ開設。

 

無謀にも、無料ではなく、最初から、有料で。

 

無料でしなかったのは、大げさに言えば、死ぬまで、止めないで続ける意思のあらわれ。

 

お金を出していたら、お金かけているのだから、もったいないと頑張れると思って。

 

余談ですが、私、もったいないという理由で、小学五年生の時に、小遣い帳の宿題で買った小遣い帳を、もったいないから使い終わるまでと、付け続けて、そのまま結婚後は、家計簿に移行。

 

その経験からも、お金をかけるほうが、一生懸命になれると信じている。

 

どぶにお金を捨てることのないように、頑張る。

 

はてなブログ」も、書くだけで、全然なのだけど、約一年書いているけど。

 

アドセンスも設定しているけど、認定はされているようだけど、これも、収益に繋がっていない。

 

ようするに、完璧に処理ができていないのかなと。

 

A8,netも登録したけど、よくわからない。

 

兎に角、全然、まったく、わからない、どうしようもい状態なのに、今回、WordPressに移行しようと決心。

 

そんな状態なのに、なぜと思われるでしょう。

 

それは、以前からやりたかったことをする為です。

 

8月末で、看護師の仕事(パート)をやめることにしました。

 

占いの仕事を、個人でやってみようと決心したからです。自宅では、紹介のみで、対面鑑定をしていますが、自宅を鑑定場所にするのは、以前からちょっと、抵抗がありました。

 

店舗を持つほどは、私の町では、ちょっと無理かなと。資金面のこともありますし。

 

ネットでビジネスはできるのじゃないかと、考えて、やってみようと。

 

それで、ビジネスなら、WordPrressのほうが、長い目で見るとよいと。

 

ブログを始めるときに、WordPrressは、初心者には難しいと、それで「はてなブログ」を選んだのです。

 

ビジネスなら、WordPrressのほうが良いと判断したためなのですが。

 

移行するにしても、自分でできるわけもなくと思ってはいたのですが、インターネットで検索していると、無料で、移行してくれるという情報がありました。

 

何日間は、考えたのですが、ダメもとでお願いしてみようと決心しました。

 

8月20日に申し込みを、しました。

 

うまく、移行できるか、もしくは、何かの原因で、申し込みはだめになるか。

 

羽田空港サーバーにお願いしました。

 

結果は次回です。

 

この記事を書いているときに、羽田空港サーバーから、メールがありました。

 

申し込みをして、すぐの対応でした。

 

私の記事URLが日本語が入っている指摘を受けて、「タイトル」から「標準」にしたことのメール返信をしたところ

 

羽田空港サーバーから、「今回の移行は辞退させていただきたい」と連絡がありました。

「超初心者ということで、移行後のトラブルを避けるため」と言うことでした。

 

ちょっとショックでしたが、ワードプレスに移行するのは、来年にしようと思います。

 

理由

 

はてなブログの有料が来年の2月までだから。

 

ワードプレスは初心者には難しいから、もっと慣れてから。

 

それにしても、60歳の頭には、呼んでもその時はわかるのだけど、時間がたつと忘れてしまう。

 

時間が、取れるようになったので、毎日が勉強と手さぐりになるけど、頑張ろうと思います。

 

今現在は、坂内学さんのyutyoubuとマナブブログで、勉強しています。

 

ブログの書き方やパソコン用語など、理解しないといけないことがいっぱい。

 

でも、ボケ防止と60からの手習いと思って、やってみよう。

 

羽田空港サーバーさんは、対応が早くて、無料で移行をしてくれるので、ワードプレスに移行を考えている方、一度私のように、申し込みをしてみるとよいですよ。

 

 

 

 

占いカウンセラー「花暢」として活動表明

決意表明です。

 

60歳で、前からやりたいことがあったのだけど、なかなか、手探りでどうしていいかわからない。

 

ですが、見えました。どうしたらいいか。

 

このはてなブログには、もう一つブログ名があります。

 

全然、ブログ記事が上がっていないのですが、今は方向性が見えたので、こちらは記事をためていこうと思います。

 

さて、何が見えたかというと、やりたいことをどのようにしたらいいかということ。

 

今日パートをしている職場に、離職願を申し入れました。

 

パート看護師をやめることで、今までのパートの時間を使うことの決心がつきました。

 

ネットワークでの仕事になるので、うまくいかないのではとか、嫌な思いをするのではとか、不のことばかりを考えていました。

 

だけどよくよく考えると、なくすものはないし、始めなければ何も結果も出ないし、行動しようと。

 

このブログ発信も、電話占い師をしていて、たくさんの悩みのある人がいて、幸せになってほしい、元気になってくれたり気づきになったらいいなとおもっていました。

 

でも、いつの間にか、私の職場の愚痴になってしまっているのに気づきました。

 

還暦過ぎた人間でも悩むよという発信でもよいかと思っていたのですが、見てくれている人が、ポジティブになるだろうかと考えると、「ダメじゃん」と。

 

そして、自分を公開することや、自分のことを話すのが苦手で、孤独でも強い(自分で思っている)人は、死ぬときは一人。

 

他人に、理解を求めてもダメだと思っているので、自分を守るためには、一人が一番。

 

一人ぽっちは楽しいよと考えています。

 

だけど、世の中には、一人ではダメな人、自分で自分を大切にできない人、他人の評価の中でしか生きられない人がいます。

 

なのに、他人に助けを求められない優しい人たちが。

 

必要以上に、自分の弱さをかくして、頑張っている人、そんな人を、電話鑑定の仕事で、かかわりました。

 

正直なところ、占いで結果だけを出すのであれば、5分もあれば占うことができます。イエスかノーだけでは、悩みは解決しない人が、たくさんのお金を使い、占いジプシーになって、ひどい人は、破産してしまう人もいます。。

 

お金が払えず、裁判になったりします。

 

占いは、答えを出してくれる手がかりになります。だけど、その時に、受け止めて人生を変えることができない人の多い事。自分の求める答えを、何人もの占い師に見てもらう人が。

 

当時、電話占い師のお客さんは、私の鑑定を受けるためには、一時間話をすると、15000円以上払わなければいけなかったです。私より鑑定料金の高い占い師もいました。

 

何で悩みがあるのに、高いお金を出し悩みの解決にならないのだろうと。

 

それどころかどんどん深みにはまっていきます。

 

私は、私を気にいってくれて何度も鑑定に来られる人の鑑定料金が気になり、だんだんとシフトに入れなくなりました。

 

会社からは、目標金額を設定され、シフトに入ってくださいと言われる。私の鑑定依頼の方は、占いというよりも、カウンセラー要素が高く、癒しだったり、頑張れるための言葉だったり、心のケアを求めている人が多かったです。

 

月に何万も払って、自宅鑑定だと一時間5000円で済む。一回の電話鑑定料金で、対面鑑定なら3回分。30分なら、3000円。月に6回鑑定に来れます。

 

月に、3回~6回くれば少しは、前に行けるし、心のケアにもなります。

 

そんなこんなで、電話鑑定師は辞めました。

 

それから、そんな人たちが、気軽に自分で心のケアができる方法はないかと、考えていました。

 

私の鑑定方法は、今の自分を知り、解決の答えを見つけること、占いは当てるものではなく、占いの答えを変えること、外すことだと考えています。

 

今、占った時点で、未来が悪いと出たなら悪い未来にならないように、当たらない方向に、舵を切る、行動する。良い未来が出るなら、本当にその良い結果になるように、努力することだと思います。

 

占いは、自分への投資だと考えて、依存しないようにしていくことも大切です。

 

自分の見えない部分を、気づかせてくれる道具です。

 

このブログで、占いカウンセラー「花暢」として、活動していこうと思います。

 

対面鑑定同じ鑑定料金で、電話占いカウンセラーを、考えています。

 

実際には、今現在、長い付き合いの鑑定者の方は、スカイプで電話鑑定をしています。

 

電話鑑定会社は辞めましたが、看護師をしながら、直接の電話鑑定は、自分の体調も考え無理せずにやってきました。

 

自分のなかで、個人でする電話鑑定は怖い気もしていますし、嫌な思いもするのだはないかと思っています。

 

だけど、元来お節介で、困っている人を放っておけない性格だし、今まで歩いてきた自分の人生は、幸せだし、人は強くなれると思っていますから、そのお手伝いをしたいと。

 

今日の記事は、決意表明です。

 

頑張ってみます。