老春時代の満足生活情報発信局(お金と暮らしと占いと人生物語)

還暦を迎え、人生を心地よく過ごし、もっと魅力的人間になる「楽しく楽しく生きる」ヒント探しブログです

お洒落は好きだけど、安上がりな私。

お洒落をする中で、全然しないのが、マニキュア。

 

なぜしないかと言うと、する習慣がないから。

 

ラーメン店の経営、看護師、消毒や手を洗うことが多い事と看護師は、爪を伸ばすことがないし、勤務規定も、マニキュアは禁止だった。

 

最近は、爪のアートとして、すごくきれいな付け爪もあるから、奇麗だなとか

 

凄いなとか思うけれど。

 

邪魔じゃないのかなとか、子育てしているときは無理じゃないのかなとか。

 

手洗いきちんとできるのかなとか。

 

デメリットばかりを考えてしまう。

 

自分の手を見て、思うことは、この手には似合わないなぁと言うのが本音。

 

白魚の様な手ならいいのだけど、指が短くて節がごつごつ。

 

でも、最近足の爪くらいなら、付けてみようかと思っている。

昔、ちょっと、つけてみたことがあるのだけれど、慣れていないことは気恥ずかしい。すぐに、取ったけれど。

 

夏に、サンダルを履いている人が、奇麗なマニキュアをしているのを見るときれだなと思う。

 

若い人が、真っ黒なマニキュアをしているのを見るけれど、あれは、少し怖いな、ホラーが好きなのかななんて思ってしまう。

 

初心者だから、爪がきれいに見える、淡いピンクなんてどうだろうか?

 

それにしても、この年になって、マニュキュアをつける余裕ができる生活になったと言うことだな。

 

年を取ると言うことは、したかったことに挑戦できる時間ができると言うことなのだ。

 

前に勤務していた施設の利用者の娘さんが、美容師で面会に来た時に、母親の爪に、マニュキュアされていた。寝たきりだけど、マニュキュアをしているので、衣類もお洒落にしていた。

いいなといつも思っていた。

 

色々な家族を見るけれど、毎日食事介助に来てくれて、母親のお洒落に気を付けてあげて、この利用者、死ぬまで、娘さんのおかげで、女性でいられる。

 

私のこだわりのお洒落は、どんなに忙しくても、髪をきちんとしていることだった。乱れた髪は、疲れを感じさせるから。

 

私は、美容院にあまり行ったことがない。子供の頃から、ロングのためもある。

 

中学生の頃、学校がロングが禁止と言うことで、切ったけれど(後で知ったけれどゴムでくくっていればよかった)その後は、ずっと伸ばしている。

 

子供の頃を外して、この年までにいったのは、5回ない気がする。

 

パーマをかける時に一度。あとちょっと、髪型を変えたくて行ったけれど、思うようにならなかったので、二度と行かない。

 

まぁ、商売をしていたり、子育てで時間もなかったから。

 

高い割には、思うようにできない美容師にも嫌だったしね。

 

わたしは子供の頃、美容師になりたかったこともあり、髪を触るのが好き。

 

自分の髪は、切るのも、すべて自分でする。

 

60歳を超えたので、そろそろ、短いほうがいいかなと思うのだが、目立つ白髪がなく、真っ黒なロング。

 

子供たちも、私が髪を切ることは、反対。

 

白髪が、目だってきたら、切ったらいいよと言う。

 

生え際にちょろっとあるだけなので、ペンタッチのもので、チョンチョンと。

 

仕事中は、編み込みをしてまとめている。利用者のおばあちゃんたちに「旦那さんにしてもらうの?」「いつもきれいにしている」と言われる。

 

幼稚園の頃、髪を伸ばしたいと言ったら、祖母と母から、自分で三つ編みができるならと言われた。そのころから、ずっと小学校を卒業するまで、伸ばしていた。

 

母が、夜の仕事をしていたので、毎日美容院に行っていたので、よくついていって、美容師のすることを見ていた。

 

滅多に、かけないけれどパーマも自分でかける。

 

今は、スーパーで部分パーマ用のものが売っているから。

 

先日、数年ぶりに、パーマをかけた。

 

それにしても私は、お洒落が好きだけど、お金がかからないような気がする。

 

顔を洗うのは、石鹸だし、塗るクリームは、ニベア。化粧水は、スーパーで買った、一リットル500円。メイク用品は、100円ショップのもの。

 

姉が、若いころ某メーカーの美容部員だったのだけど、化粧品は、原価は安くって広告費や容器代人件費で高いと言っていた。極端に言えば、原価100円くらいと。だから、化粧品は、お試しをもらって使うほうが良いと。

 

そんなこともあり、100円ショップで十分かなと思っている。

 

辞めますと辞めさせてくださいの違い

辞めさせてくださいと辞めますの違い

 

辞めさせてくださいは、お願いもしくは、お伺い。辞めますは、決定。

 

と私はおもう。

 

同僚から、上司にやめることを言ったけれど、ダメだったと。

 

「えっ、なんで?」

 

「やめさせてくださいって、言ったけれど、色々とすべて。返された」

 

「いや~、辞めますって、辞表ださないと」

 

「やめさせてくださいって言ったら、止められるに決まっているし、なんだかんだと聞かれたら、丸め込まれるだけでしょ」

 

「こういう理由で、やめますと言わなければ」

 

結局のところ、自分の存在価値を知りたかっただけなんだと思ってしまった。

 

色々話を聞いてきたけれど、親にも言って、やめたほうがいいと言われたと言っていたのだけど。

 

面談の時に話すと。

 

あ~あ、また、真剣に考えて付き合ってしまった。

 

結婚するために見合いをして、結婚を理由にやめると言うと言っていたのに。

 

結果、辞めないほうに。

 

それで

 

「しんどくて、しんどくて、最近太ってきたから、医者に、やせる薬を、お願いしたら、検査してくれて。甲状腺機能障害、バセドウ病といわれた。薬を処方してもらった」

 

「じゃあ、病気でしばらく休んだら」

 

結局のところ、辞めると上司に、話をして、自分の不満を言っただけ。

 

聞いてくれる状態を作って、止めてくれた、やっぱり私が必要なのねと満足。

 

本当に、かなりなストレスだと思うのだが、本人が、納得したならいいか。

 

この間までは、辞めると言っていたが、辞めると言ったけれど、ダメだったという感じで、もう、以前のようにやめるとは言わない。

 

まぁ、いいか。本人の問題。

 

だけど、もう聞かない。

 

「しんどいのよ、本当に」

 

そんなこと言っても、あなたの気持ちの中では、私が必要なのね。と喜んでいる様子が感じるよ。

 

本当に、辞める人って、潔いよね。愚痴はこぼさないものね。

 

今日も、しんどいと言いながら、定時はとうに過ぎたのに、残っていた。

 

「早く帰らないといけんよ」と声をかけたが、心の声は、しんどいのは自分で作っていることにも、気づけよと思ってしまった。

 

本格的に、身体が壊れたら、会社に対して恨み節になるのかな。

 

自分の人生だもの、まぁ、いいかと好きに生きよう

まぁ、いいかと思うこと。

 

ここ最近、仕事のことで、イライラとしていたけれど。

 

この年で、自分以外のことで、思い考えるのはやめよう。

 

仕事で、本当に困れば、自分で解決していくしかないのだから。

 

私の思いや経験で、前に出ることはない。

 

仕事をしていると、何で、意見として言わないのだろうと思うことがある。

 

元来お節介な性分なために、口出しをしてしまうけれど、愚痴を言っているだけで、解決しようとしない人たちのために、頑張ったところで仕方がない。

 

お節介をしたところで何の意味もない。

 

人に頼らないと何でも自分でやってきたのだから、もう他人のことなんて、

 

まぁ、いいかでいいじゃないか。

 

出る杭は、打たれると経験してきたのに、懲りない私。

 

自分の信条は、他人に頼らない、後悔しない人生。

 

振り返ってみても、悩みを言ってくる人って、結果、それで終わっている。

 

 

一生懸命気にしてあげて、考えてあげても、本人は、何も変える気がなく、友達だからとか、占いができるからと、相談に来る。

 

毎日が、楽しい時間にしようと思えば、友人はいらない。

 

人は、死ぬときは一人である。

 

すべてのことを決めるのは自分である。

 

私は、自信家に見えるから、なんだかんだともめ事を持ってこられるが、結局のところ、最終的に決めるのは、本人である。

 

これからは、自分の意見は言っても、他人の話は聞くだけに、しよう。

 

それにしても、私自体は、悩みを他人に言うことはない。

 

まず悩みと言うものがないから。

 

現状の不満があるかと言えば、ない。

 

だったらいいなぁと思うことはあるけれど、それは悩みではないし。

 

いまほど、楽に生きている時間はないと思う。

 

優しい夫がいるし、4人の子供がいるし、猫もいるし、犬もいる。

 

こうなってくると、他人と付き合うときは、割り切れる状態がいい。

 

仕事仲間は仕事中だけ。私は、パートなのだから、決められた時間の対価分だけ仕事をする。

 

友人は、必要があれば、作るかもしれないが今は、家族以外はいらないので。

 

趣味友達は趣味関係だけ、それ以上に親しくならない。

 

昔、子供のPTA役員の人と仲良くなったときに、「私は、自分からは連絡をすることがないので、いつも一緒みたいな友人関係は、できないかも。何年たっても、連絡があれば、昨日まで会っていたかのような付き合いはできるけれど。」

と言ったら、その人は、自分から連絡をまめにしてきた。

 

ただ、今の夫と結婚してから、だんだん疎遠になった。

 

夫が、他人と付き合うことをしないひとのため。

 

二度目の夫は、この友人と会うことは、好意的だったので、夫がいてもよく遊びに来ていた。私は、来るものこばわずなので、自分からはいかないけど。

 

私が、他人と距離を取るのは、自分の性格もある。いやと言えない部分があるから。そのため、利用されることが多いかなと思う。

 

友人でも、親しき中にも礼儀ありを、無視されると付き合うことができなくなる。

 

自分にとっての友人は、重荷になる。

 

わがままなのだと、基本的に。

楽しく生きようと思えば、一人が楽である。

 

他人が困っていれば助けるが、それはその時だけでよいと思う。

 

自分の人生だもの好きに生きよう。

 

他人に、依存せず、自分の思いと考えで、人に迷惑をかけず、自分の生き方を模索していくことの楽しみを、満喫しようと思う。jibunn

お洒落は、色を着るのが私流

お洒落について

 

私のお洒落は、色を着る。

 

流行のものを追いかけるのではなく、何故か、その年の季節ごとに、着たい色がある。

 

次男坊からも、「母さんのお洒落って、色のテーマみたいなものがあるよね」

 

と言われる。

 

「う~ん、そうかも。何だかわからないけれど、オレンジの年だったり、ゴールドだったりするね。」

 

「まぁ、きれいな色が好きだし、色を着るのは色気と、思っているから。」

 

「色からの、エネルギーを着る感じかな」

 

「だから、しんどいときは、赤色やオレンジかな。」

 

「モノトーンなんかもいいと思うけれど、黒や白は、他の色をきれいに見せる色と思っているから、モノトーンのお洒落はすくないかな。」

 

「太っている人が、黒を着ていることが多いけど、差し色をすればよいのにと、思う。太っている人こそきれいな色に挑戦すればいいのに。黒は、はっきり言って、自分を隠したい人の色だし、ある意味、自信がない人が着る色だと感じる。実際、黒は、難しい色だと思うけど」

 

「黒を着るときは、カラスにならないように、気を付けるだけで、お洒落になると思うな」

 

次男坊とは、お洒落の話をよくするし、一緒に買い物にも行く。

 

私は、148㎝で、背が低い。そのため、50歳くらいまでは、子供服を着ていた。

 

最近は、Sサイズもお洒落なものが多いけれど、私が20代のころは、Sサイズって、年より臭いものばかりだった。

 

だから、子供サイズの150cmサイズを購入していた。

 

60代になって、肉が落ちてきて、腰回りがちょっと合わないので、Mサイズを買って直す。

 

これが、肩をいれたり、丈を直したりと、ちょっとめんどくさい。

 

私は、流行を気にしないので、洋服は、すべてバザーで買う。

 

半額は当たり前、時には、100円なんてものまで。

 

靴とベルトなどの小物のほうが、高い。

 

基本、ベルト、靴、バックは、同じ色をそろえている。

 

黒の洋服を着たりしたときに、小物の色で、カラーを入れる。

 

洋服は、七色を使うが基本。

 

きれいな色を、年をとっても着るべきだと思う。

 

それから、ウエストは、お洒落ポイントだと思っている。

 

だから、ベルトは、必要不可欠。

 

Tシャツなども、ストンとしたものよりも、若干ウエストが、絞っているものを買う。

 

高いものはいいものも、あると思うけれど、色を着る私にとっては、関係がない。

 

自分に似合っていれば、安かろうが、高かろうが、何でもよい。

 

服は、自己主張ができるものだし、洋服でその人がわかることもある。

 

自分を変えたいと思っている人には、自分が挑戦しない色を、勧める。

 

占いをしているときによく、カラーで自分を変えなさいと言いっていた。

 

自分を変えたければ、一番簡単な方法だと思う。

 

あともうひとつ、下着は自分に合ったサイズを身に着けること。

 

下着のサイズがあっていないと、はみだし肉が。

 

これは見苦しい。

 

お洒落をするなら、下着はこだわってほしい。

 

特に、肉付きのよい方は、要注意。

 

 

三津田冨佐子氏も、お洒落は強きで、男も女も死ぬまでおしゃれするべしといっている。

 

 

 

 

私の愛読書「三津田冨佐子氏の60才からのシンプル満足生活」

私の愛読書「三津田冨佐子氏の60才からのシンプル満足生活」。

 

ブックオフで、見つけた文庫本なのだが、60才になって、残りの人生を楽しく生きるなんて考えていた頃に、たまたま出会った。

 

90才を過ぎても一人暮らしをされている方。

 

私は、ずっと、一人暮らしをしたいと思っていたのだけれど、叶うことがなさそう。

 

でも、この方の考え方、生活の仕方は、実行していることが、大変共感できる。

 

読んでいて、楽しい。

 

「人に頼らず自分らしく生きる幸せ」「他人への甘えはすててしまおう」

 

「年齢にとらわれない」「人間関係や様々なことに落ち込まない」

 

などなど、私が常日頃、思っていることが書いてある。

 

この本を読んだときは、すごくうれしかった。

 

この方の場合は、転機がご主人が亡くなった時、50才。

 

著者に「50歳からの満足生活」もある。

 

子育ても終わり、新たな人生の転機になる方に、読んでもらいたいと思う。

 

私は、三度目の結婚をしているので、一人暮らしは、もしかしたら、死ぬまでかなわないかもしれないが、可能性がないこともないなんて思っている。

 

長い人生の中で、家族のために頑張ってきたわけだけれど、いつも思っていたことは、50歳をすぎたら、楽になると言う強い思い。

 

今、60歳を超えた私だけれど、好きなことができ、ちょっとは、夫の世話もするが、基本、生活が懸かっていないので、楽である。

 

私たち、夫婦は、結婚するときに、私の子供たちが、まだ学生だったこともあり、私は、結婚するにあたって、自分の稼いだお金は、生活費に入れないと。

 

結婚しても、私は二重生活。

 

子供たちの生活拠点であるマンションに、夫が仕事から帰るまでに、子どもたちの世話をして、夫の待つ家に帰る。

 

朝早く、マンションに帰り、子供たちの食事を作り、弁当を作り、子供たちを起こして、家に戻り、夫の朝食。

 

6年間、この生活。

 

子供たちが、それぞれ就職してからは、子供たちの共同生活になったけれど。

 

たまにかえって、子供たちのリクエストで、食事を作ったりの生活。

 

今、現在も、私が仕事をしたお金は、家に入れていない。

 

母子家庭であるため、これから子供達の結婚などのために親として、しなければいけないことのために、蓄えていかないといけないから。

 

夫は、私に生活費を出せと言わない。

 

私自身の、病院代や私自身にかかる費用は出してもらっていない。

 

夫が、出しているのは、家のローン、光熱費、本人の食費。

 

私は、食事は、食事療法をしているので、夫と同じものは食べないので、自分で買う。

 

なんというか、別れるときに何の問題もなく、出ていくことのできる状態。

 

ゆえに、私は、夫の財産や給料は知らない。

 

夫には、子供が二人降り、養育費をきちんと払っている。私が、母子家庭なので、夫には、きちんと養育費は、するべきだと話をしている。

 

夫自慢ではないが、夫はまじめで、きちんと払っている。養育費を払わない人が多い中、良い人だと思う。

 

私の別れた夫たちからは、養育費は一円ももらっていない。

 

そのほうが、めんどくさくなくてよかったし、当てにするつもりも、もらうつもりもなかったから。

 

今の夫の生活の中で、生活費の管理をしないのが、こんなに楽だと思わなかった。

 

以前の結婚では、すべてを管理していたので、夫たちが、言ってくるお金は、算段しないといけないので、たいへんだった。

 

生活費、子供たちの学費、二度目の夫とは会社の経理まで。生活すべてを、一人で抱えていた気がする。

 

特に二度目の結婚は、長かったので、しんどかった。まぁ、若いときなので、その時は、一生懸命なので、わからないのだけれど。

 

この長い生活の中で、世の女性たちに、言いたいことがある。依存的男とは結婚するべきではない。結婚は、二人で築いていくものだから、一人で頑張らないと言えない結婚はしない。依存男はクズだと思う。

 

家計簿をつけて見せても、他人事。夫たる義務も責任もないのかと、よくおもったものだ。

 

子供たちのためだけに頑張っていた。母は強しだ。

 

その当時、姉たちから、「馬車馬のように働いて」と言われた。

 

それでも、私は「アリとキリギリス」のアリがいいから、働けるときに働いて、50歳になったら、楽するのだと考えていた。

 

自分の人生、若干思っていたことと違うところもあるけれど、自分が思うような生活ができているので、まぁいいかと思うこの頃である。

 

前向きで、バイタリティーな私だけれど、身体を壊したことは、反省しごく。

 

だけれども、生きていくことをどんな時でも、楽しいと思うと、これも経験として、受け入れることができる。

 

三津田冨佐子氏のように、満足生活を、これからも目指したい。

 

みなさん、一度読んでみてください。

 

きっと、なるほどと思いますよ。

 

 

 

老化イーコル水分を取るのを、忘れる。脱水と診断された。

昨日、三か月ごとの定期受診。

 

受診の一週間前に、血液検査をして、結果を踏まえての診察日。

 

4月の時に、血清アミラーゼ191、中性脂肪339、クレアチニン1.88

 

BSP29.7

 

このころ大変しんどくて、少し、赤血球数低く、へもゴロビンも少し低かったので、市版の鉄剤を内服。立ち眩みもなくなり、まあまあかな。

 

それでも最近、ちょっと疲れると言うか、だるい状態が、出た来ていた。

 

今月の血液検査では、中性脂肪が正常になり、内服薬中止。BSPも正常。

 

だけど、尿素窒素が32.4と高位。今まで、LDLコレステロール値は、正常だったのに高位値。

 

かつ、血圧が上昇。

 

先生の診断は、「脱水」を起こしている。

 

腎臓病には、脱水は致命的に、腎臓を悪くする。水分の説明があり。

 

一日,2.5ℓの水分を取るように指示。

 

無理だってば、2ℓを飲むのもしんどいのに。

 

しかし、4月前は意識して飲んでいたのだが、4月に入って、仕事中は、飲めなかったのと、夜起きてトイレに行くのが嫌で、飲まなかった自覚がある。

 

朝起きて、家にいる間に、1.5ℓは飲まないと、絶対に、2.5ℓは飲めない。

 

本当に、しっかりと意識しないと飲めない。500ℓのペットボトルを5本用意。

 

冷たい水は飲めないので、一本飲んだら、冷蔵庫からテーブルに出しておく。

 

兎に角、次の診察日の(9月)まで、完璧に、頑張ってみよう。

 

それにしても、元気な人は、どんな感じなのか。

 

一日に、2.5ℓも飲んでいるのだろうか?

食事中に500ℓを飲むことができれば、1.5ℓ。10時と15時に500㎗を飲めれば。理想的かな。

 

でも、トイレの回数が、絶対的に増える。

 

腎臓が悪いと、少しくらいの疲れは、「しようがない」「今日は、しんどいけど、寝れば何とかなる」と思ってしまう。

 

中々、疲れが取れないと、腎臓が悪くなったのかと、思ってしまう。

 

夏は、熱中症になりやすいのを、忘れてしまう。動けるし、余りのどの渇きもないから。

 

これが老化なんだと思う。

 

自分に、水分が不足していることの自覚がない。

 

若いころは、水分を運動したりした後や、ちょっとした時に飲んでいたように思う。

 

それと、体温の上昇がないので、暑いと感じない。汗をかいても、水を飲みたいと思わない。

 

完全に気づかないうちに、老人まっしぐらだったようだ。

 

新陳代謝が悪いことも関係しているのかもしれない。

 

年を取ると、決めた時間に水分を取るように、したほうが良いようだ。

 

夏も本番。

 

水分をしっかりとって、頑張ろう!

 

人は人自分は自分と言うことかも

人が亡くなると、なんだかんだと言っても考える。

 

先日、二番目の夫が亡くなった(と思う、危篤と聞いたが、なくなったかどうかは確認をしていないので)

 

78才だった。つい自分のに、照らし合わせて、わたしも80歳くらいとしたら、あと18年か。

 

透析をしたら、10年くらいと医者が言っていた。と言うことは、。透析をするとほぼ、寿命がわかるのかと思ってしまった。

 

透析をするほど、悪くはないが、老化とともに、内臓も老化で、検査データーが悪くはなっている。できれば、透析を受けずに、頑張りたいと思っているのだが。

 

私的には、87才まで生きれるのじゃないかと思っているのだが。

 

こればっかりはわからない。

 

60才と言っても、あっという間である。年を取るのは当たり前なのだが、感情は、年を取らないなぁと思う。

 

恋愛ドラマを見れば、ドキドキするし、アクションドラマを見れば、わくわくするし、若いころと何ら変わらない。

 

だからだろうか。

 

病気などで、寿命を申告された方より、のんきで、命の時間が少なくなっていることに、気づかない。

 

仕事上、なくなる方にかかわることが多いが、意識がなく今まさに亡くなろうとしている方は、何を思っているのだろうと。

 

ドラマや映画のシーンで、感動的な臨終を見るが、現実の世界で、私は、まだそのような場面に、遭遇したことがない。

 

ほとんどが意識がなく、会話もなく、息をしなくなるの見ているだけである。

 

父が亡くなる時も、友人が亡くなる時も。

 

呼びかけても、泣いても、反応はない。ただ、身体の機能が、終わるだけの状態。

それでも、本人は、わかっているのだろうか。自分が、死ぬと言うことを。

 

他人の死と言うものに、かかわる仕事をしているからだろうか。

 

伝えたいことは、生きているときに、伝えるべきだと思う。

 

伝えることができないのであれば、残すことではないかと思う。

 

私の子供たちは、父親がいなくなり、母親だけになった。

 

4人の子供たちは、父親に縁がない子供たちである。

 

血のつながりって何だろう?

 

人の関係って?

 

相手を気遣う関係が、大切なのかもしれない。そして、とらわれないことかもしれない。

 

人は人、自分は自分と言うことかも。

 

 

 

 

元夫の危篤連絡、子供たちの行動

「母さん、父さんが危篤だって。○○と○○に連絡して。昼ぐらいまでだろうって。俺はいかないけれど」

 

「え~、私が。もう離婚して14年。何のかかわりもないのに、あんたが、連絡しなさいよ」

 

「いや~、俺あいつらの連絡先知らんし。じゃ。」

 

と携帯が切られる。

 

心の声。嘘を言いなさい、私の還暦のお祝いの、お金や集合することの連絡したでしょうが。

 

四男に連絡。

 

「あ~あ、母さん、何?えっ、そうなん。わかった。」

 

行くとも何とも、今起きたのだろう。あの様子では、今日は仕事が、休みなんだろう。

 

三男に連絡。

 

仕事中なので携帯に出ない。会社に連絡。

 

事務の方に、連絡をお願いする。

「私が、お伝えしてもいいのでしょうか?」

 

「構いません。私とあの子の父親は14年前に離婚していますので、私自身は、関係がないので、彼が決めることなので。危篤で昼くらいまでと、伝えてくだされば、あとは本人が決めることですから。」

 

しばらくすると、携帯がなる。

 

「母さん、父さん危篤って。俺、今すぐは仕事が抜けられない。」

 

「大丈夫。昼くらいまでと言うなら、13時から14時だから早くても。母さんの経験から。まぁ、意識もないから、疎通は取れないだろうけど。」

 

「うん、わかった。○○はいかんやろうな。○○もどうかわからんやろから。俺くらいは、行ってあげんといかんやろな。まぁ、俺が一番かかわりがあったしなぁ。」

 

三人息子、それぞれの思いがあるのだろう。

 

親が亡くなる時は、やっぱり、その親から、何を感じたのがわかる。

 

三男は、父親から特にかわいがってもらったわけではないのだが、それでも、彼にとっては、父親の存在は、普通の親子くらいの愛情はあったのだろう。

 

次男にとっての父親像は、母親を病気にした人間、家族を裏切った男、家族のことを考えていない人間。男として最低ランクに値しているようだ。次男の父親に関する気持ちが、どうしてそこまでなのかと思うが、本人が、喘息で苦しんでいるとき、困った時すべて私が、助けてくれた。父親は何もしてくれなかった。本人は、14年前に、自分の中では、父親はなくなっている状態らしい。

 

次男から、夫の次男坊から○○が13時にくると連絡があったと携帯をしてきた。

 

「もう、意識もないし、体重が38キロしかないって、言ってたよ。」

 

「そう、何があったのかしらね。それよりも、後悔しないならよいけど、大丈夫?」

 

「何の感情もないよ。結局、親父は、自分だけが楽をして、好きなことをしての人生だから、いいんじゃない。それに、○○兄たちが、いるのだから、まだ幸せじゃん。誰もいないわけじゃないのだから。俺は、親父には、何も親らしいことをしてもらったことがないから。」

 

人のかかわりは、何がどうなって繋がるのだろう。

 

次男にとって、父親は、生物上繋がっていて、この世に生まれてくるために必要だったもので、生まれてきた時から縁がない相手だと。

 

私も、両親が亡くなった時、全然泣くことがなかったし、今もあの人たちは自分の人生を好き勝手に生きた人たちだと、思っている。

 

元夫は、血がつながっているからと、安易なところがあり、男の子が青年になろうとしたときの関わりが、ダメだったように思う。何かあっても、母さんにということばかりだったから。

 

私が強い母親だったからかもしれないが。

 

父親に対して何も相談することがなく、解決は母親だったと言うことが大きく影響しているのかもしれない。

 

私自身、結婚生活は、子育てと会社のことで、懸命に頑張って働いたいたが、結局のところ、父親が、何もしないように映ったのだろう。

 

父親は、子供の目から特に次男の目から、見たら、男として最低な男に見えたのかもしれない。

 

人とのかかわりのタイミングというものは、親子であれば継続して、積み立てていくべきのものかもしれない。

 

元夫は、母子家庭のためか、女は働くものと思っていたようだ。母親に依存していたのではないかと思う。そのため。女に依存し、妻を母親の代わりにしてしまったのではないかと、別れてから思う。

 

元夫が「俺がいても、ただいまといったあと、かあさんは?」

 

言うことを言われたときに、この人は何を言っているのかと思ったことがある。

子供に対して、何もしない父親なのだから、それなのに父親であることの、存在感を、求めるのは無理がある。

 

今、猫を飼っているが、母親と私のことを思っているのか、私の後をついてくる。猫でさえそうなのだから、ましてや、本当の子供であれば、なおさらだろう。

 

子供たちにとって、父親としては、48歳、50歳、52歳の時の子なので、体力的にも、父親としての役ができていなかったことが、問題だったのかもしれない。

 

一緒にいる頃は、「一にお父さん、二にお父さん、三四がなくて五にお父さんよ」なんて言っていたので、小学生の頃は、仲の良い両親が自慢だったと言っていた。

 

それも、離婚した時に、次男から、母さんが、努力していただけで、父さんは何もせず、他力本願の人だ。結婚は、お互いの生活の協力が必要なのに、どちらかに負担がかかるとほころぶに決まっていると。

 

17年間にいて離婚をしたけれども、この人が亡くなる時まで一緒に、夫婦をしていれば、苦労したことや、頑張ったことが、報われてよかったと思えたかもしれないが、腎臓病を発症し、自宅療養を余儀なくしているときに、「いつまで仕事に出ない」と言われたときに、離婚を決意した。

 

人の不安や、人の痛みがわからない人間なのだと。この人とは、これ以上一緒にいたら、私が先に死んでしまうそう思った。

長い時間をかけても、相手を思いやることができない人間はいる。仏様のような人もいるかもしれないが、私は、後悔しないように生きることで、何事も頑張れるタイプなので、頑張ったと思ったときに、これ以上はないと感じると、切るときには切るようである。

 

元夫に対しては、後悔はない。彼との結婚は、子供たちの母親になるためだったのだと思う。

 

神様には本当に感謝している、この4人の母親にしてもらえたことを。

 

人とのかかわりは、本当にその人が亡くなる時に、わかるし、その人がどんな人生を歩んだかがわかる気がする。

 

人が亡くなる時には、疎遠だった人達の縁を結んだり、人生の深さを感じることかもしれない。

 

元夫は、幸せだったのだろうか?

 

認知症になり、病院を転々とし、生活保護を受け、最後は元気な時の面影がないほど痩せてなくなるなんて。

 

でも、認知症ならわかんないから、幸せか。

 

 

 

 

人間関係はめんどくさいと思うことがよいかも。

めんどくさいと最近よく思う。

 

子育てをしているときや、若いときは思ったこともない。

 

なぜ思うかと言うと、今頑張っている人たちは、一生懸命生きているのだろうと思うから。

 

それが、間違っていても、自分のことしか考えていなくても、自分は一生懸命だから、わからない。

 

もっと、相手の気持ちを考えればいいのにと思う。

 

私は、話しやすいのか色々と、愚痴を聞かされるわけだけれど、どっちもどっちかなと思うことがよくある。

 

ただ、愚痴を言っている人は、きちんと相手に向き合わない。

 

人間関係において、強い側にいる人は、聞くことはとても大切ではないかと思う。

 

めんどくさいと思う人の中に、聞くことは聞くけれど、その中に好き嫌いが入っていると、まず攻撃をする。

 

何を言ってきているのか、何が問題なのかではなく、その人の欠点を責める。

 

はなから、あなたがいけないという感じである。

 

一番めんどくさいのが、井の中の蛙である。

 

自分のしていることに自信がないから、言うことがコロコロ変わる。

 

これは、一番めんどくさい。

 

部下からすれば、心で、この間と正反対じゃんと思っても、口答えができる人はまれだろう。

 

言い返せればいいのだけれど、自分に自信のない上司は、根に持つから。馬鹿にされたと。そこが人間ができていないところなのだが。

 

正しいことをキチンと言うことは、怖いことだろうなと思う。

 

だから、職場に長い間勤めておられる人は、強い人だと思う。何も言わないのだもの。

 

反対に、仕事のできる人はっきりものを言うので、やめていく。

 

そうすると、会社は、仕事のできない人や我慢強い人が残る。我慢強い人が残るのはよいけれど、仕事のできない人が残り、その人が上司になると大変。

 

まず、パワハラ上司、自分が楽をすることしか考えない。

 

これからの会社は少しは変わるのかもしれないが、実力もないのに勤務年数だけで、上にしないでほしい。

 

上司は、人格者であれば、色々な人間関係をまとめていくし、人もついてくる。

 

上司としての能力は、何か?

 

私は、仕事ができることも大切だと思うけれど、仕事をできるようにしてくれる人ではないかと思う。

 

仕事へのモチベーションを、あげてくれる人。

 

安心してついていける人。

 

信頼できる人。

 

部下を信頼してくれる人。

 

一番だめなのは、自分がいなければこの会社はどうなるのやらと思っている人。

 

会社は、あなたがいなくても困らないということがわからない。

 

変わりはいくらでもいると言うこと。

 

自分がいなくなっても、世の中が終わりにならないのと同じ。

 

ただ、あなたと言う人生を歩んでいる人はの変わりはいない。

 

さて、人間関係において、めんどくさいと思うことは結構よいかも。

 

人間関係において、うまくやろうと思っても、相手のいることなので、面倒なことを言ってきたら、めんどくさいと思って、聞き流すのもよいかも。

 

最近、本当にめんどくさいなぁと思うと、やるだけはやるけれど(仕事上)やってみてできない場合は、やってみましたけどできませんでした。もう一度検討してみてくださいと言う。

 

やらずに、できませんと言うと面倒なので。

 

できない上司には、やって見せてくださいと言う。

 

若い子でチャッカリした子は、めんどくさいと思えば、私できないです。先輩、見本見せてくださいなんて子いませんか?

 

頭いいなぁっておもうことありますもん。

 

昔は、仕事をするときは、定時にみんなで帰ろうと思っていたけれど、今は、めんどくさい。

 

だって、仕事のできない看護師ばかりだし、それなのに、介護スタッフをこき使う。仕事をどんどん増やす。自分達の仕事が忙しいと言うが、私からすれば、あんたたちのなにが忙しいの。

 

自分が楽することばかり考えているというか、指示を出すことで、現場の状況を把握していない。

 

本当に、めんどくさい。

 

さて、管理能力のない人間のそばでいるときは、自分が仕事ができるアピールができることで、物申すはできる。

 

仕事のできる人になると楽である。

 

私の場合は、施設看護師は、楽である。急患があるわけじゃないし。毎日のドクターの回診があるわけじゃないし、処置が山ほどあるわけじゃないし、病棟看護師をしていた頃の事を考えると、今の施設の看護師が、この量で毎日残業しているなんて本当に、仕事のできない人たちと思ってしまう。私は、パートなので、絶対に残業はしない。言われた仕事は完ぺきに、時間内に終わらせる。

 

ブログに、書いているのは、仕事で自分の思い通りにしたければ、実力をつけること、めんどくさいと思うこと。

 

めんどくさいと思えば、人の愚痴も聞かないことができるし、することをしてサッサっと退社することができる。

 

なんだか、ハケンの品格みたいだな。

 

めんどくさいと思えることが、ある意味自分が強くなったことかもしれない。

組織も会社も、人がいないと成り立たない

見ない、聞かない、言わない、私は猿になると思って、仕事に行ったのに。

 

やっぱり無理だった。

 

なんともはや、ここの仕事の人たちは、愚痴を言っているばかり。

 

愚痴を聞いて、何かを助言しても誰もう動かないわけで。

 

「やれと言ったら、するしかないし、できているから」

 

「違うでしょ、できていないよね。できているふりをしているだけでしょ。」

 

「そのしわ寄せは、誰にいっているかを考えてみたら。」

 

「それに、愚痴を言ってそこで終わるのもどうなの?」

 

「○○リーダーが、気を使っているよね、大変だよねって思うなら、自分達の意見を一緒に、上司に持って行かないといけないでしょ」

 

「結局、あなたたちは、他人事で、何かあれば、上司が悪い、私たちは知らないってことでしょ。」

 

「人は、愚痴を言って、文句を言っても、意見は言わない。きちんとした場所、言うべき人に言って始めて、愚痴も文句も、意見になる。」

 

「個々の人たちは、結局、言わない。言いやす人に、言うだけ。私は、看護師だから、聞いてあげることはできるし、こう思うということはできても、決めるのは正社員の看護師や施設長、看護主任なのだから、その人たちに、無理があると思うならそのことを、看護リーダー一人に丸投げは、どうなのかと思うよ。自分達の仕事のことなのだから、事故が起こってからは遅いと思う」

 

私自身は、やってみて無理だと思えば、根拠をもって、できないと言うので、まずは言われたことはする。

 

しかし、どうして、働くものは、5分と5分なのに、ちゃんと意見を言わないのだろう。

 

責任を持ちたくない?上司にめんどくさいと思われたくない?

 

仕事なんだから、責任持つのは当たり前、めんどくさいと思われたほうが仕事はやりやすい。

 

仕事は生活の中心なのだから、楽しくしたいと思う。

 

自己中心でいいじゃないか。

 

仕事を大切に思うなら、責任と義務を果たそう。

 

改善をするなら、自分たちの意見を言おう。

 

陰でこそこそ言っても、変わらない。

 

でもね、結局のところ、どうでもいい、無理だと思えば、やめればいいやもあるかな。

 

上の人間は、仕事をしている人間は、やめると言う選択を最終的にすると言うことを、忘れてはいけない。

 

組織も会社も、人がいなくなったら、だめになる。

 

自己陶酔の強い上司、仕事がわかっていない上司、自分が楽することしか考えていない上司、どうもならん。

 

 

事件は現場で起こっているんだと思うこと

どうしてやろうか。

 

馬鹿な上司の決めた事に対してどうしてやろうかと。

 

仕事ができない、しない、わからない上司の決めた事に、従えないときは?

 

できませんというのは簡単だが、やりもせずにできませんでは、問題があるので、一応やってみるべ。

 

普通に、手の足りないところに、応援に行っているのだが、3階に行って、食事介助をしてほしいと。

 

さて、さて、17時30分に必ずあがらないといけませんか?ショート入所の方は、食事介助がある方は、私にはわからないので、来てほしいときには、事前に、言っていただければ行きますけど。今までも、何か手伝ってほしいときや、見守りが欲しいときは、連絡があれば、いっていましたよ。

 

と言ったら、介護主任を定時に、帰らせないと言う返事。

 

 

はい?介護主任を定時に、帰らせるために。何を言っているのか。

 

先日は、胃瘻の終わる時間が、他の看護師より早いと言ったのに、17時30分には、胃瘻注入を、終了しなければいけないと言うことになるが。

 

要するに、自分達は、全然、食事介助に入らないのに、私にはしろと。

 

自分達が、できるかやってから言え。

 

仕事なので、やろうと思えばするが、どうせ、自分達はしないだろうから、私はしない。

 

お試しと言っていたので。

 

私が仕事に出ている間、ずっと医務局にいて、フロアに出てこない人たちが何を言っているのやら。

 

大体、日勤しかしない介護主任を定時に帰ってもらうために、なんでと思う気持ちが強くって、素直になれない。

 

ここの看護師は、上から目線。自分達が楽することしか考えていない。

 

健康管理が看護の仕事なのに、一人で日勤をしている介護士に、検温をさせる。

 

なぜ?と尋ねたら、異常がわからないからと言う?

 

はぁ~、毎日かかわっている介護者のほうが、おかしいと気付くほうが多いのに。

 

健康管理の、バイタルは看護師の仕事だと思うが。

 

介護施設においては、看護師は黒子でよいと思う。

 

ここの施設は、本当に馬鹿で、何様って感じ。

 

問題ありの職場。

 

今回、介護者の日勤の時間の変更もあったのだが、二階の日勤の時間が17時30分になった。それだけでも、二階に、応援に行かないといけないと思っていたのだが。

 

その中での、三階応援命令。これは絶対無理だと、私の中にある。

 

私は、胃瘻注入が終わるタイミングを、計りながらそのフロアの応援に、入っているので、他の看護師のように、ずっと医務局で座っているわけじゃない。

 

重要なことは、たった4時間のパートだが、一階、二階の、何度もの往復が身体に負担がかかっており、もうやめようかと本気で思っているに。

 

三階の往復は、私に仕事をするなと言うことになる。

 

辞めるきっかけになるのでいいか。

 

それにしても、仕事のしない人間は、ブクブクとふっとっている気がする。

 

体系で、こんなことを言ってはいけないかもしれないが、きびきび動く人間は、時間を無駄にしないようにしているから、太っている人は少ない。

 

大したこともしていないのに、「しんどい」「疲れた」と座る時間が長いことに気づかない。

 

デスクワークばかりの人間が、現場の声も聞かずにに、勝手に勤務形態を変える。

 

世の中の、会社によくみられる傾向。

 

そういえば、「事件は現場で起こっているんだ」といったテレビドラマがあったな。

 

 

開き直って、生きてることを楽しもう

人生60年を超えて思うこと。

 

どうしようもないことで、悩まないと言うか、気にしないほうが、人生は楽しい。

 

元気ハツラツというか、生きることに対して、前向きだったのか。

 

悩みが、子供の頃はなかった気がする。

 

親に勉強をしなさいと言われたこともないし、怒られることもなかった。

 

貧乏だったから、嫌だなと思うことはあったけれど、それは自分が大人になったら、働いてと考える子供だったから、気にならなかった。

 

自分でどうしようもないことってあるよね。

 

背が低い、家が貧乏、女であるとか、変えることができないことって。

 

背があったらなとか、お金持ちの子供だったらなとか。

 

不可抗力で悩んで、劣等感を作るほうが大問題だと思う。

 

私は、身長が148㎝のちび。幼稚園の時から、いつも前から1番か2番めにならんでいた。体が小さいので、うちの父は、映画によく連れて行ってくれたけれど、4年生くらいまで、幼稚園児として、ただで映画館に行っていた。(

これはちょっと嫌だった)

 

でも、小さいことが劣等感になったことはない。背が高い人をうらやましいと思ったこともない。

 

私は、周囲の大人たちに、褒められることが多かったためだと思う。何を褒められるかというと、近所の子供たちの子守だったり、家のことをしっかりするので、褒められて大人になったから、背が低いと勉強ができないとか、女の子なのに、真っ黒で貧弱だったとかが全然気にならなかった。

 

今思えば嫌だったことは、たくさんあったけれど、大人になってそれらは、解決した。不可抗力の内容だったから、子供の私では解決のしようがなかった。

 

大人になったらといつも思っていた。

 

姉は大変きれいな人で、父も母も特別にかわいがっていた、特に、母は姉に対しての期待があった気がする。私には、何も期待していなかったみたい。

弟がいたのだけれど、こちらは父が、大変かわいがっていた。

 

その弟の世話をするので、私は褒められたのだけれど。

 

私はなぜか、大人になったら好きなことをしようと考えていたのか、自分の今の環境だとか、容姿だとかは全然気にならなかった。

 

「生きる」ことに、アクティブだったのだろう。「生きる」と言うことは、悩んでいるひまなんてなかった。

 

どうしたら、早く大人になれるか、働くことができるかを考える子供だった。

 

還暦を超えて、言われることは、「いつも元気ですね」「パワーがありますね」「若いですね」と見た目のせいかもしれないが、とても自信満々の人間に見られる。

 

嫌だと思うことがないからじゃないかと思う。

 

お金がなかったら働けばいいじゃないか。

 

嫌なことはしなければいいじゃないか。

 

自分が納得すればいいのだから、他人にとやかく言われることはない。

 

誰にも迷惑をかけていないのだから、りっぱなもんだ。

 

私は、ちょっと、自分の性格で困ったところがある。根が、お節介。

 

悩み事や相談事があるとすごく考えてしまう、何とかしてあげないとと。

 

若いころは、結構この性格で、損をしていた。

 

人生も、老年になると、人間は、相談したり、悩みを言ってくるけれど、結局解決するのは、本人だと。私が真剣に心配しても当人は、話をしたことで、ちょっと、楽になって、また同じことを繰り返している。

 

お節介なので何とかしてあげないと、思っても話をした人は、それで終わっている。そのひとのために、色々調べたり、お金も使ったり、親身になるけれど、いつも、「ああ、対したことはないのだ」と思い知らされることが多い。

 

今も変わらずお節介なところは変わらないけれど、人は私が思うよりも、自分を悲劇の主人公にしたいものであると、心に思うことで、きょりをおくことができるようになった。

これは、電話占い師をしていたおかげで、学んだことだ。

 

私は、見た目からだと、友人が多く社交的に見えるが、友人はいるけれど、自分からはコンタクトを取らない。

 

会えばとても、社交的なので、一年あっていなくても、10年あっていなくても、昨日まで会っていたかのようにフレンドリーである。

 

要するに話は好きだけれど、自分は悩みがないので、友人と井戸端会議をするのがめんどくさい。

 

仕事仲間とも、プライベートでは付き合わない。自分が、けっこう弱い人間であることも知っているので、仕事仲間とプライベートで付き合うと、仕事中に、言いたいことが言えなくなるから。何といっても、看護師の世界は、女性ばかりだから、めんどくさい。

 

他人といる人は、案外強い人間ではないかと思う。

 

私は、一人が好きだ。

 

気楽だし、気を使わなくていいから。

 

生きることは、こだわりを持つことと、自分は世界中でたった一人の人間であると思うことではないかと思う。

 

誰かに変われるわけでもない。

 

自分に変わる人はいない、無二のブランド。

 

悩みなんて自分が作り出すもの。心が、痛むのは、自分で傷つけているから。

 

何も、比べなければ、しんどくないし、他人の目を気にするから、悩みになる。

 

お金があればあるように、なければないなりに。

 

健康が一番だと思う。

 

頑張りすぎて腎臓病になっているけれど、これは神様からのプレゼントだと思っている。そんな頑張らなくていいよと、少しゆっくり人生を楽しみなさいと。

 

そんな私だから、言うのだけれど。

 

身体を壊しては、元も子もないよ。

 

悩みがある人は、一度、人間から離れるといいよ。

 

人は、生まれた時から、「死」に向かって、カウントダウンが始まっている。

 

もったいないよ、時間が。自分が楽しいと思うことや、やさしくなることをしよう。

 

自分の顔が気に入らないなら、治せばいい、誰になにを言われても関係がない。自分の人生だもん。

 

女同士で好きだったり、男同士好きだったり、人種を超えての恋愛だったりすることで、悩む人にも言いたい。

 

人間だからだよ。人を好きになるのに、条件はいらないと思う。

 

おかしいと考える人は自分が普通だと思っているから、でも普通って何?

 

誰が決めたのかな。

 

人間社会には、ルールがある。それは、集団で生活に必要なことだから。

 

生きていくのに、必要なことは、自分がこの世でたった一人の人間だと言うことを大切にすること、だから、誰かの言葉や、他人に自分の生きていることの評価をしてもらう必要はない。

 

生きていることは素晴らしく、楽しいこと。

 

もったいないよ、人と違う素敵な個性を、嘆くなんて。

 

傷つけるのは、他人ではない、自分だと言うこと。

 

人に言えないことも私もある、でも、それは、自分との戦いであって、自分をの人生を受け止めて、大切に生きることである。

 

少数だから、理解してもらえないとか、どうしようもないことで自分を、否定しないでと思う。

 

開き直って、生きることを楽しんでほしいと思う。

 

還暦になったころ、残りの人生は、ゆっくりと、生きていけるよ。

降りかかる火の粉は自分で、払わなければ大やけどをする

仕事のできない上司でも人格者ならよいが、勘違い上司は、見ていて見苦しい。

 

比べてはいけないが、以前働いていた上司は、大変人格者だった。

 

そのため、部下から慕われていた。

 

この上司は、自分ができないことは、「できない」知らないことは「知らない」と言われる。

 

看護師の仕事は、精神科、耳鼻科、産婦人科、脳外科、と専門分野だけで、長い間勤めていると、できないことが多々ある。

 

学生の頃から、他の科を経験していないと、技術がついてこない。

 

注射ができなかったり、死後の処置が全然できなかったりする。

 

ぺーぱー資格者がうまれる。

 

N上司だが、学生から30年以上、他の経験がないから、自分は技術的なことができないと言われる。この方、真面目だけれど、ユーモアがあって、人の話をきちんと聞いてくれる。

 

仕事の相談も、仲間同士のもめごとも、この上司に相談すると解決する。

 

60歳で退職され、外国旅行に行かれた。

 

さて、劣等感のある上司は、パワハラをするのだと言うことが、今回の仕事場で感じている。

 

自分に甘く、人を見る目がない。自分よりも、実力のある人間には強く言えない。

 

Uさんにたいして、パワハラがすごいと言うか、こき使っている。

 

Uさんも、何でも屋じゃないのだから、自分の仕事を、サービス残業をしてするなんて、間違っているのだから、できないと言えばいいのにと思うのだが。

 

今回の仕事場は、上司が役に立たないというか、頭悪いのではと思ってしまう。

 

問題点は、トップの上司が、現場に来ない。考えられない。

 

何を勘違いしているのやら、事務所でずっと喋っている。

利用者の情報は、I看護師の報告をうのみ。自分でかかわろうとしない。

 

急変時も、何もできず、見ているだけ、死後の処置も吸引もできいない。

 

心の中で、あんたはいったいどんなところで経験を積んできたのやと思う。

 

オンコール対応で、月に2回されているが、必ず、他の看護師を呼ぶ。意味わからん。

 

この上司は、強いものに対しては、全然何も言わない。

 

看護業務に対しては、特にIさんに対しては、すべてIさんの言うとおりにする。

 

このIさんも、ちょっとどうかと思う。内科の経験がないから、心不全の症状もわからない。高齢者のこともわからない。

 

介護士からケアマネとして仕事をしているUさんを、ないがしろというか、こき使っている。

 

看護師は、病院看護師のままで、介護施設経験がないので、処置と胃瘻のみで、他の子とは全くしない。特に、I看護師が入ってきて、看護師は介護はしなくてよいと思っているようだ。

 

私が、仕事に出ているときは、看護師たちは医務室から出てこない。勤務が終わるまでである。考えられない。

 

介護士が一人で、食事介助をしたり、排泄の介助、口腔介助をしているのに、せめて、食事介助や見守りくらいはできるだろうし、介護施設では、看護師がするのは当たり前。

 

なのに、介護者が足らなかったら、Uさんに、介護の仕事をさせる。

 

介護主任もいるのに、なぜか事務所にいる。

 

意味わからん。

 

人が足らなかったら、看護師も手伝うべきだし、ましてや介護主任が事務所で、ケアマネが、ケアマネの仕事をせず、送迎や介護って。

 

ここの上に立つ人間は、なんなの。馬鹿なの。

 

Uさんが「私とMさんがいなくなったら、ここの施設は、どうなるのかしら」といったと聞いた。

 

私は、凄い自信だと思った。謙虚さがないし、自分が本当に、仕事ができていると思っているところが怖い。

 

私は、最近は何も言わない。

 

私自身は、自分の仕事をきちんとしているし、何を言ってきても言い返すことができるから。ようするに、言う口をもっている。

 

私の目から見ると、Uさんは、鬱になるのではと思っている。

 

仕事をするに至っては、自分の仕事ができないなら、それは虐めだあるし、本人も、ちゃんと言わないといけない。

 

私はこんなに頑張ってしていると思ってやっても、見ている人間からすると、それはそれで仕事のできない人である。

 

本来の仕事である仕事ができないのなら、仕事をしていないのと同じ。

 

ケアマネージャーとして、入社したのなら、その仕事が優先。それができずに、他の人に(わたし)に言っても。解決にならない。

 

ここの職場の人は、おかしな人ばかりだ。

 

自分の仕事ができないのだあれば、しっかりと主張するべき。

 

それにしても、送迎ではじまり、夕食介助で終わるって。

 

施設長は、このUさんを便利に使っているが、この人がやめるとは、思っていないのだろうか。

 

施設長は、この人の言うことは絶対に聞かない。仕事が溜まって困ると言えば、やり方が悪いのではと助言されるらしい。

 

勤務時間は、8時間しかないのに、受診の送迎をさせたら、ケアマネの仕事なんてできるわけがない。

 

以前は、理学療法士が、送迎をさせられていたようだが、その人は辞めた。その分、Uさんに、負担がかかっている。

 

看護師が二人いるのだから、看護師が受診の送迎をすればよいのに、一人しかいないケアマネが送迎なのかなと思う。

 

ここの看護師も施設長も介護主任も事務員も、おかしい。

 

人が集まらなくなると、企業はだめになる。

 

どっちもどっちかもしれない。

 

心の中に、私がいるから個々の施設は持っていると言う気持ちがあるのかも。

 

お互いが協力して、組織を動かすことができていない。

 

管理者が馬鹿だとどうしようもない。馬鹿ほど、知らず知らずに、パワハラをしている。本人も自覚がないだけに、たちが悪い。

 

降りかかる火の粉は、払うが、自分の火の粉は自分で払わなければ、大やけどをすることになる。

 

ブログの記事は、直接、打つのかな?私は、ワープロでうっているのだけれど。

ブログ記事を毎日書くのは、看護記録を書くのと似ている。

 

看護記録は、看護計画をもとに、患者を観察して、記録をするのだが

 

同僚が、書くことがないと、嘆いていることがあったが、私は「?」という感じだった。

 

看護計画があるわけだから、計画に沿って、観察したことや、考察を書けばよいのだから、書くことがなければ、ニーズが充足されているのだから、計画を見直すカンファレンスをすればよいと思うなんて、思って仕事をしていた。

 

ブログは、計画はないけれど、一日の中で、何もない日はないと思う。

 

昨日と今日は違う。

 

特に、私の場合は、雑記帳なので、何を書いてもいいわけだから、書くことがないなんてことはない。

 

今日感じたことや、今日したかったこと、ネタはたくさんある。

 

ただ、誰かのためになんて、考えていると書けないので、最近は、あまり考えずに、感じたことを書いている。

 

最近、記事はワープロで書いて、コピーしている。

 

原稿のつもり。自分のブログにいって、確認したりするのに時間がとられることに気が付いたから。

 

ブログの記事は、直接打つ人のほうが多いのかな。

 

以前は、文章にしたものは、コピーをして、綴じていた。

 

誰かに聞いてみたいな。

日本の高齢者は、不幸せだと思う。どれだけの人が、思い通りの人生の幕引きができているのだろう

特養老人ホームと老健について、思うこと。

 

看護師として、働くなら、老健のほうがいい。

 

皆が皆ではないと思うが、特養は、お迎えを待つ場所だと思う。

 

体調が悪くなっても、治そうとい感じはないから。

 

心不全の症状がでても、診察に行けるわけではないし、褥瘡ができても治療してもらえるわけでもないし。

 

よく施設に掲げている「自宅で生活しているように」「家庭的介護」絶対嘘。

 

だって、家なら、調子が悪そうに見えれば、病院につれていくでしょ。

 

施設では、高熱にならないと絶対に、受診はない。

 

痴ほうや寝たきりで訴えることができないのだから。

 

受診をすれば、持ち出しで、利益がすくなくなるから。

 

老健は、少しは、ましかも。医者がいるので、毎日回診もあるし、異常があれば対応してもらえるから。

 

それでも、積極的治療はしない。

 

特養は、本当に看護師が、高齢者の看護や、観察の経験がないと、悲惨だ。

 

看護師をしていて思うことは、年をとっても、施設には入りたくない。

 

私の場合は、きっと、透析をするようになるだろうから、施設よりも病院かもしれない。

 

お金があったら、自宅でいられるかな。

 

私の祖父は、自宅で亡くなった。往診に先生が来ていた。

 

家族も3世代、10人の大所帯だった。

 

今は、核家族で、女性も働きに出ているから、家で家族を見ることができない。

 

便利にはなったかもしれないけれど、人の関係というか家族の関係が、なくなっているのかな。

 

家出の介護となると、家族には、家族の生活があるわけで、介護をして、それぞれの自由がなくなるのは嫌だから、自分達が、しんどいから、施設に入れるのだろうと思う。

 

金銭的余裕があれば、家での介護は可能かな。

 

専属の介護士を個人で、雇うことができるなら、できるかな。

 

夫の両親が、在宅看護を望んでいる。

 

私は、年が義母と8歳しか変わらない。まして、腎不全の持病があるので、介護なんて無理。

 

夫には、そう遠くの未来ではないのだから、両親ともっとちゃんと話をしてと言っているのだが、のんきなもんだ。

 

自宅を、リフォームして一緒に暮らせるようにするしかないのではと思っているのだが。

それはそれで、色々と問題がある。

 

まだ時間はあるから、対策を考えていこうと思うし、できれば、夫の両親の希望通りに、在宅介護にしてあげたい。

 

施設は嫌だ。

 

現場にいるからこそ、はっきりと言える。

 

胃瘻なんてしてはだめだ。食べれないと言うことは、自然なことで、自分達の気持ちだけで、胃瘻なんてしたら、最悪な状態になる。

 

以前の施設で、職員の義母が入所していたが、一人息子が、胃瘻を希望して、胃瘻をしたが、その息子は、その母親より先に病気で亡くなってしまう。その嫁である職員は、義母と仲が悪く、かなり嫌な思いをしていたらしく、凄く冷たい。

「胃瘻なんてするから、いつまでもくたばらない。私は、反対したのに」と。

この職員は、ケアマネなのだが、ケアマネになる前は、介護士だった。しかし、絶対に、義母の世話はしない。気にもしていない。

 

毎日、仕事で職場に来ても、義母に対して、話しかけることも、部屋に行くこともない。もともと、他人であるのだから、仕方がないのかもしれないが。

高齢者の時代になっても、若いときは、現実として感じないのであろう。看護師として、かかわっていると、日本の高齢者は、不幸せだと思う。