老春時代の満足生活情報発信局(お金と暮らしと占いと人生物語)

還暦を迎え、人生を心地よく過ごし、もっと魅力的人間になる「楽しく楽しく生きる」ヒント探しブログです

あ~あ~、文才がないな。 でも、落ち込んでいても仕方がない。 いっぱい書いていれば、何かを、感じてくれる人もいるだろうし、いなくても自己満足でもいいか。

還暦を超えて、体を壊し(ちょっと大げさ)大好きだった看護師の仕事をリタイヤ。

 

家にいて、ボケ防止のため、過去のことを思い返し、ブログにアップしている。

 

私のブログを見た人が、昔の人はこんな感じだったとか、今も昔も人生は一緒なんだと、人が生きることは、変わらないと思ってくれたらと。

 

何だけど、なんか、子供の話とか人間関係の話をしていると、暗いというか重い気がする。

 

どんなことがあっても自分の人生を、見直す時間が来た時は、長い時間がたっていると思う。

 

その時にきっと、頑張った自分を見ること感じることができるはずだから、辛いことがあっても、面白くなくても、生きることが、大切で、それだけでも幸せ。

 

それなのに、私の話は、元気にならないな。

 

自分の自慢話か、私ってこんなに、可愛そうだったのってか。

 

あ~あ~、文才がないな。

 

でも、落ち込んでいても仕方がない。

 

いっぱい書いていれば、何かを、感じてくれる人もいるだろうし、いなくても自己満足でもいいか。

 

最近、「死」について、考えてみることが多い。

 

私は、自殺をしたりしないでほしい、虐待を受けたりしても耐えてほしい。

できれば逃げてほしい。

 

あきらめないでほしい。

 

生きて自分の人生の意味を、自分を大切にしてほしい。

 

死ぬほどの勇気があるなら生きてほしい。

 

死ぬほどの勇気がないほうがいい。

 

若い人の死は、悔しく思う。もったいないと思う。

 

死ぬほどの絶望ってあるのだろうか。

 

精神病院でうつ病の患者から、「死ねという声が聞こえる。死にたくない。看護師さん助けて。」と。

 

その患者は、その言葉を私に訴えた翌日の朝、自殺していた。

 

あり得ない方法で。

今も、忘れない。あの患者の「看護師さん、助けて」の訴え。

 

精神科では、見守り強化の部屋がある。モニターがついている部屋だ。

 

だけど、死角の時間が必ずある。それは、人の少ない時間。就業時間が始まっていない、夜勤者だけしかいない、見守りができない時間。

 

不可抗力の時間。

 

朝の食事時間は、食事介助などで、手が取られ、時間通りの見守りが精一杯。

 

その朝の夜勤者を責めることはできない。

 

わかってはいたけれど、日勤に出勤して、ショックだった。

 

そう、精神患者とかかわると、「死」ということに、凄く近いことがある。

 

看護師をしていると、「死」は短だ。

 

「生きてほしい」と願う人たちと沢山かかわった。

 

だから、どんなことがあっても生きてほしい。

 

生きていることで、きっと、なぜ自分が生きているのかわかるから。

 

私が想像もできない人生を、生きている人もいるだろう。

 

死んだほうが楽だと思うことも。

 

私は、このようなことを考えるのは、かかわったことはないけれど、相手の人は知らない他人だけど、それでも、ドラマなどで、身近に感じている人がなくなることが多いからだろう。

 

死ななくても必ず、「死」は訪れるのだから。

 

即死ならともかく、意識があった時に、何を思う。

 

「死にたくない」と思わないのだろうか。

 

飛行機事故や船の事故で亡くなる人達、神風特攻隊の手紙などを読んだときに、覚悟を持って「死」を迎える人。その人たちは最後まで、生きたと思う。

 

生きたいという気持ちも強い、だからこそ、生きているものに何かを伝えている。残された人の幸せを。

 

今、生きている人に言いたい。

 

誰かに、自分の人生の重みを、背負わせないで

 

他人に危害を加える人に言いたい。あなたの家族にあなたの人生で、辛い思いをさせないで。

 

人生は、人として生きることなのだと思う。

 

思い出してほしい。

 

あなたを知っている人が、必ず、あなたの死を知った時に、なぜと思う。

 

私自身も、小学生の同級生が、亡くなった話を聞いた時から、なぜと思っている。一緒に、遊んだこともない男の子だったけれど。

 

忘れない。今でもこの年になっても、なぜと思う。

 

交通事故などの事故で、亡くなった場合、若さや早いと思うけれども、なぜと思う重さは、抱えない。ご家族は違うだろうけれど。

 

私のように、還暦を迎えて、生きる時間が、ある程度わかる歳になると、心から思う、せめて、私の歳を超えるまで生きてと。

 

 

 

 

子供の頃の話。子供の心は素直だ。親は、無条件に子供の中では、すべてだ。 親に、嫌われることなど考えられない 。自分の環境に何の疑問も思わない。

子供の頃の話。

 

隣に、三人の兄弟が住んでいた。その兄弟とは私たち姉妹は同い年だった。

 

私は、小学3~4年生だった。

 

となりの兄弟は、お姉さんと年が離れていて、お姉さんは時々帰ってくるだけだった。

 

そして、お父さんは酒飲みで、乱暴な人だった。いつも、お隣からは、大きな怒鳴り声が聞こえていた。

 

それでも、そのお父さんは、私たち三人の子供たちには優しかった。

 

家は、テレビがなくなることがあった、父が質屋に持っていくから。

 

私の子供の頃は、テレビのある家庭が、まだ少なかった。私が小学6年生の頃は当たり前になっていたけど。

 

東京オリンピックの頃に、すごく、テレビを買う家が多くなったころだ。

 

それだから、まだ、テレビは質屋さんに持っていくとお金になった。高額商品と言うことかな。

 

私たちは、そのために、お隣にテレビを見せてもらいに行った。お隣のおじさんは、私たちがいるときはにこにこしており、怖くなかった。

 

さて、その子たちがある日、お父さんから怒鳴られる様子が、聞こえて、私は、外に出た。(暴力をふるう、今でいうところの虐待かな)

 

まさに、兄弟が、家から追い出されている所だった。(逃げ出している)

 

私は何となく、一緒に近所の保育所の砂場までい一緒に行った。

 

このことをすごく鮮明に覚えているのは、小学生の私にとって、その兄の言った言葉が不思議で仕方がなかったからだ。

 

「もう、生きていてもしようがない、なんで、こんな星の元に生まれたんだ」

 

子供心に、なんか芝居かかっている。何でそんなことを言うのかわからない。

 

全然、同情できなかった。

 

私は、そのころ時々食事が食べられないこともあったし、それでも、学校に行ったら給食があるし、先生もいるし、友達もいる。毒親でも、親のことが大好きだったから。

 

今思うと、母は親らしいことはしなかったけど、怒ることはしない人だった。ただ単に、無関心というか、子供のことを考えていなかったのだろう。

 

父も、家にほとんどいなかったので、これまた、自分のことばかりの人だったのだろう。ただ、両親からは、暴力は受けたことがない。

 

だから、ひもじいことも貧乏であることも受け入れていられたのだと思う。

 

幼少期、学校に上がる前までは、祖父母たちと一緒に暮らしていたので、祖母が、私たちの世話をしていてくれていたので、ひもじい思いも、辛い思いもしていないのが、良かったのだろうと思う。

 

生まれた時から両親だけだったら、どうなっていたかわからないけど。

 

死ぬと言うことは考えられなかった。

 

それよりも、早く大人になって、お母さんたちに親孝行したいと思っていたから。生きるという力になっていたと思う。

 

子供って言うのは、本当は親がいい加減で、出来損ないなのに、わからずに、親を喜ばせることを一生懸命考えるものだ。

 

だから、親のせいで死にたいという彼の言葉は理解ができなかった。

 

貧乏なのは、何が原因なのか分からない、子供の目からすれば、父がいないのは仕事に行っているからだと思っていたし、母親はホステスをして、一生懸命に仕事をしていると思っていたから。

 

大人になって違う、子供を育てて違うと色々分かったけれど。

 

子供の心は素直だ。疑うことをしない、親は、無条件に子供の中では、すべてだ。

 

親に、嫌われることなど考えられない。

 

自分の環境に何の疑問も思わない。

 

私が欲のない子だったのか、馬鹿だったのかと思うけれど。

 

子供の頃は、大人の事情なんて分からない。

 

大人になり、母親になり自分の親に、迷惑をかけられることで、私の親は、いい加減な人だったと。

 

大人になり、この歳まで生きてこられて思うことは、隣の家の子の様な考えを持たない自分でよかったと。

 

そのおかげで、親を怨むことも他人を恨むこともなく、客観的に他人を見ることができる人間になった。

 

人は人。

 

自分の人生は自分の物。

 

私の人生を歩くのは私だけ。

 

どんなことが起きても、自分が選んで生きていく。他人に左右されない。

 

言いたい奴には言わせておけ。そんな奴こそ、心が弱い。

 

妬みや、他人をさげすまないと生きていけない極悪人。

 

他人と競争するのは生きる糧になるけれど、戦うのは自分自身とだ。

 

 

心の中は自分が王様。

 

誰にも侵されない自分の世界を持とう。

 

私は、普通のおばさんだけど(還暦過ぎているけど、おばあさんという自覚がない)後悔のない人生を歩んでいると思っている。

 

感情の起伏が、結構あるので怒ると物事を壊しかねない勢いで、行動する欠点にはいまだに悩ませられているけど、自分が大好きだ。

 

 

 

 

人間関係の苦手な人へ。人間関係で自信がない人は、ポジティブに考えられないのであれば、鈍感になればいいと思う。 鈍感になるのは難しいけれど、心が感じなければ傷つくことはない。言葉の攻撃のみ限定だけど。 直接の暴力に鈍感になるのはだめだけど

次男との会話から、人間関係の苦手な人のことを考えてみた。

 

次男は、仕事の話というか、会社の部長との話をよくしてくれる。

 

私が、部長と息子のやり取りを面白く聞くからだ。

 

「母さん、こんばんは。元気?」

 

「うん、元気」

 

「今日さ、久しぶりに、部長が来たんだけどさ。母さん、ポケモンのゲームわかる?」

 

「しないけど、わかるよ」

 

「そう、俺は、ゲーム全然しないから、わかんないのだけけどさ。」

 

「部長がさ、○○さんは、今日残業なしな。」

 

「はぁ、どいうことですか」

 

「うん、20時には、俺とポケモンゲームしないといけないから。」

 

「えっ、部長とゲームするなら、残業なしですか。それなら僕もしますよ。」

 

「お前は無理。全員帰ったら、仕事が止まる。」

 

「はい?僕は、残業ですか」

 

「お前、残業好きだろう?」

 

「何言ってんですか。好きでやっているわけじゃないですよ。まったく。」

 

「それよりも、○○営業所の○○さん、ゲーム得意ですよ。対戦相手になってもらえばいいじゃないですか。」

 

「いや、ダメだ。強すぎる相手は面白くない。俺は、負けるの嫌だから。」

 

「それって、なんか、職権乱用ですし、わがままなだけですよ」

 

「お前は、本当にかわいくない、いっぺん死んで来い」

 

「アハハ!相変わらずだね。あんたと部長のやり取りは」

 

「本当に人が忙しくしている時にしょうもないことを言ってくるし、わけわからんわ」

 

次男は、この部長といつも、漫才をしているのではと思ってしまう。

 

しかし、このやり取りは、知らない人が聞いたら、パワハラに感じる人もいるかも。

 

この部長は、他の営業職員たちも、次男の営業所の店長も、課長も、怖がられていて一目置かれている御仁。

 

その、部長とのやり取りは、入社した時から、聞かされていた。

 

だけど、この部長は、話を聞く限り、次男がお気に入りだと感じていた。

 

私は、タヌキ部長と呼んでいる。

 

次男は納得できないと、上の人間にも、歯向かうし、こびへつらうことがない。

 

自分が思うことはきちんと伝える。

 

ある意味、会社人間としては、損をするタイプではないかと思う。

 

次男は、私が、占い師で、他人の言っている言葉から、その人の気持ちを探ったり、言霊から、優しさや、意地悪をしているかを見ることについて信頼している。

 

入社当時から、この部長からは、次男に対して、期待している感じを受けていた。

 

だから、部長が言っていることをこんな風に考えて、対応したらと助言していた。

 

周囲の人間からは、怖がられている、嫌われているタイプ。

 

そのタイプに遠慮せずに言いたいことや、行動する次男は、普通ならたたかれるだろうけれど、このタイプはめげずに、対応して来る人間は好きになる。

 

次男とは、時々、知らない人が聞いたり見たら、パワハラに見えるかもなんて話す。

 

次男と部長のことを、考えると、相手を悪く思わなければ、なにをいっても、傷つかないのではと思う。

 

相手を疑ったときに、信用できなくなったら、優しい言葉も、本当に、考えているからこその言葉も、届かないのではと思う。

 

「部長は他の営業所では、ふざけたこということも、乱暴なことを言うこともないのではないの。」

 

「他の営業所の職員からは、緊張するって聞いているでしょ。」

 

「あんたは、部長に対して、そんなことないでしょ。」

 

「うん、部長が馬鹿なこと言っていても、忙しかったら無視だし。」

 

「ここで突っ込みを入れてくれよと言われるときもあるしそんな時は、えっ、見てわからないんですか。僕、忙しいですから、っていうし。」

 

「部長、聞こえてますよ、悪口」

 

「悪口じゃないぞ、陰口。」

 

「何ってんですか、部長はいつも、陰口になってませんよ。」

 

「おかしいなぁ、小さい声で言ったのだけどなぁ。」

 

次男は、部長が営業所に来ることを嫌がってはいない。仕事も、助けてくれるし、居心地は悪くないようだ。

 

上司に、信頼されている自信は、仕事にも反映されると、息子を見ていると思う。

 

他人との関係は、自分の取り方次第かなと思うこともある。

 

良く、天然という人がいるけれど、みんながみんな、天然だったらどうかな。

 

他人の言うことを、悪く考えない。

 

言われることすべてを、ポジティブに置き換えることができるなら、傷つくことが少ないかも。

 

感情で考えるから、自分に自信がないから、他人目線で、物事を考えるからかも知れないと、思うこともある。

 

人間関係は、難しい。

 

親、兄弟だって、仲が悪い場合。

 

血が、繋がっている分他人よりも、感情のもつれはひどくなることがある。

 

ひどい場合は、憎しみに近い状態。血が、繋がっているからこそ、許すことができない状態になることも。

 

それを考えれば、他人とは切ろうと思えば、切れる。

 

自分次第で、どうにでもなる。

 

嫌なら無視。

 

他人に対して攻撃をする人は、自分に対して、不満がある人だろう。

 

私は結構、鈍感で子供の頃に同級生の嫌味な発言が、わからなかった。

 

ある日、学校の帰りに同級生の話を聞いていたら、姉が「あんた達、もういっぺん言ってみて」と怖い顔をして、立っていた。

 

その子たちは、慌てて、逃げていった。

 

私は、不思議そうにみた。

 

「あんたさ、何で黙って聞いているの?あの子たち、あんたを馬鹿にしているじゃない。鈍感。」

 

私はその子たちよりも、姉が怒った事がわからない。

 

今でも、思い出すのは、そうか、馬鹿にされていたのかと思うけれど、何を言われていたのかせ覚えていない。

 

要するに私自身は全然、同級生の子たちの言っていることは、何の影響もなかったと言うことだ。

 

その同級生たちは、ちょっと裕福な子供たちだった気がする。

 

私は貧乏だったけれど、元気いっぱい明るい子だったから、幸せそうにしているのが気に入らなっ方のかもと思っている。

 

だけど、どのような経緯だったかわからないけれど、二人の同級生のことを、どちらの子供に対しても、可愛そうな子だなと思ったことがある。

 

一人は、自宅に行った時、奇麗な家だったけれど、この家は寒いと思って、何だか、その子に同情した。子供心に、家庭の温かさを感じなったような気がする。その同級生の、心だったのかも知れない。

 

もう一人の子は、理由はわからないけれど、祖父母に育てられていたけれど、その祖父母たちの勉強に対して凄く厳しくて、私の目の前で、テストが満点でないことを怒られていた。

 

その時に、いつも、私に接してくる様子と違うその子を見て、可愛そうと思った。

 

その子たちにすれば、貧乏で、勉強もできないのに、いつもニコニコしている私が、嫌だったのだろう。

 

今思えば、そうなのだろうなと。

 

ある意味、その子たちの私に対する行動は、心のSOSだったのかもしれないと、大人になってから、思う。

 

その子たちのことは、今でも、どんな大人になっているのだろうと考える。

 

話が次男との会話からそれたけれど、人との付き合いは、鈍感なほうが良いかなと思う。

 

次男は、結構相手がどんな人間か、自分のことをどう思うかをよく考える人だ。

 

おかげで、新しくかかわった人の人物像の助言を求めてくる。

 

その人はこんな行動や話し方をしない?と投げかけるものだから、ほぼあったているので、その人の考え方や気持ちの行動の説明をするから、それを参考に付き合っているようだ。

 

次男は、自分のことを(空気の読めない人間)とよく言う。他人の事がわからないからと。

 

他人のことがすべて、わかるなら、もめごとは何も起こらないのじゃないと返すことにしている。

 

他人のことがわかったとしても、なんでいつもこっちが合わさないといけないと思うこともある。

 

これは、夫婦関係のあるあるかも。

 

虐めを起こす原因の一つに、自分の中に何かしらの不満があることで、ストレス発散。

 

中には、優越感だけで他人に危害を加える人がいるけれど。

 

だけど、それらすべて、自分の問題で、それを解決できない、どうしていいのかわからない。

 

人は何かしらの、プレシャーを一つや二つは、持っているのではないかと。

 

それをどうしていいかわからないから、他人にぶつけるのではないかと思う。

 

それが弱い人間に対してと言うことなのだろう。

 

だけど、私の子供の頃のように、鈍感もしくは、天然なら虐めだとは感じないだろう。

 

人間関係で自信がない人は、ポジティブに考えられないのであれば、鈍感になればいいと思う。

 

鈍感になるのは難しいけれど、心が感じなければ傷つくことはない。言葉の攻撃のみ限定だけど。

 

直接の暴力に鈍感になるのはだめだけど

 

 

 

 

 

 

節分の日に、「夫鬼は外をして、豆をぶつけてやりたい」うちの旦那の嫌なところというか、何というか、あんたはねぇ~と言いたい。

もう、もう、わからないことはないけれども。

 

うちの旦那の嫌なところというか、何というか、あんたはねぇ~と言いたい。

 

野良猫親子を保護して、先住猫の茶々のテトリーが侵されていて、ニャルソックをするキッチンの窓際の棚に、上れない。

 

子猫たちとは、仲良くじゃれるのだけど、母猫の鈴とは全然だめで、茶々は、寄ってくるとすぐ逃げるし、自分の居る所を明け渡す。

 

それで、キッチンの窓際に、突っ張りキャットタワーをつけたらと思い立ち。

 

Amazonで購入。

 

 

 

届いたその日に、設置をしようと頑張った。

 

簡単なので、組み立てには問題がなかったのだが。

 

古い家なので、天井が低い。

 

立てるのに若干苦労。

 

さて、汗だくで、頑張っていると、手伝ってくれる様子。

 

私のすることに対しては黙ってみていることが多いのだが、口を出すと私が怒るから。

 

しかし、私は、夫に手伝ってもらうのはあまり好きではない。

 

何故かというと、文句が絶対に出るから。

 

いませんか?

 

こうしようとか、こうすればと言っても、絶対になんだかんだという人。

 

あなた何か案があると言えば、言わない、他人の意見にクレームをつけたいだけ。

 

夫はまさにこのうタイプ。

 

反対に私はやってみよう、やってダメなところは改善、考える。やらないと、良いか悪いかわからないでしょタイプ。

 

やる前から、何でも反対して、デメリットばかり言う人は嫌い。

 

だから、何事も相談はしない。事後承諾。これに尽きる。

 

そのような時は、全部私がお金を出す。

 

家に棚など取り付けるものは基本、置けるものだけ。壁などに釘など(押しピンでさえ)もってのほか。

 

傷をつけることは、ダメなのだ。

 

もう、釘を使えない。ねじを使えないから私のDIYは、紐、テープ、接着剤などだ。

 

ダイソーのツッパリ棒とネットを、フル活動。

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額縁さえ釘なしだ。

そのくせ自分が、くぎを打つのはいい。入居した時には、時計などは釘を使っていた。

 

家は、古いので、桟があるのでそこにフックをかけて、ネットを使って、飾り棚を作ったりしている。

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さて、突っ張りキャットタワーだけど、家の天井が低いので、立てるときに斜めにして、ゆっくり起こしていくのだけど、天井がこすれて、(夫が起こしていた)激おこ。

 

それでも、何とか立てた。

 

キッチンの窓際に立てたのだが、グラグラする。

 

それでも、猫たちは喜んで上っている。

 

「グラグラして、危ないじゃないか」

 

「天井にぴったりと、つけないとダメじゃないの。突っ張らないと」

 

「天井がすれて傷がつく」

 

「それじゃ、カーテンレールに括り付ければいいじゃない」

 

夫は、納得しないようで、怖い顔をしたまま。

 

もう、もう、倒れて猫が怪我をしたらどうするのよと心のなかで、プンプン。

 

今日、夫が出勤した後、私は、そっと、ねじを回して、ツッパリ、支柱をカーテンレールに、麻ひもでで縛った。

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きっとは、夫は気づかない。

 

夫は、看護師なのに、観察力がない。様子に、記憶力があまりないと思う。だから、変わったのがわからない。

 

天井が低いので、購入したキャットタワーの、止めるねじを全部(4個)外しているので、天井の板は、緩んで来る。

 

カーテンレールに止めていないといけないと思っていたので、鬼のいない間にである。

 

節分の日に、「夫鬼は外をして、豆をぶつけてやりたい」

Yutyubuで、星屑スキャットという動画見て、60年間生きてきたからこそ思うことは、しあわせは、自分の中にある人は必ず、死ぬのだから、後悔のない人生せめて、自分自身で自分を傷つけることのない選択をして、ほしいと願う。(なんとなく、神田沙也加さんのことを思った)

Yutyubuで、星屑スキャットという動画を見た。


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女装も個性、才能だと思う

 

何年か前に、3男が、化粧をしたいと言ったことがある。

 

普通男の子が化粧をしたいと言ったら、親はどう答えるのだろう。

 

私は、「奇麗に、女装できるのならいいよ。汚いのは、嫌だけど。女の子が欲しかったから、女装した息子とショッピングもいいかも」

 

「なら、化粧品を買いに一緒に行って」

 

次男から。「母さんはやっぱ変わっているわ。俺らが、男を好きになっても許してくれるのじゃない?」

 

「まあ、その時になってみないとわからないけど、う~ん、なんかそうかそうか、好きな人がたまたま、男性ね。男とか女とこえちゃったのかと思う気がする。」

 

人を好きになるって、その人をしっかり見ていて、理解することから始まるのかなと思っているからかな。まあ、実際に、その場にならないとわかんないけど。」

 

「猫でも、犬でも、心から愛せるじゃない、だったら、たまたまそれが男性だった。その人とずっと一緒に居たいと思う相手が同棲だっただけと思う気がする。」

 

「自分以外の愛する者心を通わせたい相手が見つかるほうが大切な気がする」

 

三男は、それから、脱毛器を買ったりしていた。

 

社会人になってからだけど。

 

さてさて、お洒落に目覚め?お洒落だよねこれも。

 

化粧をして、かつらをつけたりして、友人に写真を送ったりしたけど、今はやめている。

 

仕事が、工場勤務になり、残業が多く、自分のプライベートの時間があまりなくなったことと、女装するのには、努力と忍耐がいると言うことで、できなくなった。

 

「おねぇタレントさんたちは、それで、食べていっているから、時間も努力もできるんだよね。普通の一般人がしようと思ったら、かなりの努力がいるよ。俺、ゲームもしたいし、今は飽きたかな。」

 

私の心の声。(え~、最近しないなと思っていたら、何だ残念。一緒に、娘と買い物に行く感じを楽しみにしていたのに)

 

今は、おっさんの様な体系だ。

 

当時は痩せていて、目がパッチリの可愛い感じの子だったけれど。

 

友人と、シェアハウスをして、男二人だと飲む、食うが増えて、太っちゃた。

 

四人兄弟で一番可愛い(幼少期の頃から)目鼻立ちだったけれど、今は、おっさんに見える。

 

本人に言わせれば、一番しんどかったのは、ムダ毛の処理だったそう。三男は、非常に毛深い体質だったから。

 

そんなこともあり、「星屑スキャット」のメンバーを見ていると肌も奇麗だし足も奇麗、努力しているしお金もかけているのだろうなと思ってしまう。

 

だけど、歌も上手いし、表情も良いし、女性らしさを感じるほどなので、おねぇするなら、こんな風に、してもらいたい。

 

男が女装する場合、おかまか女装なら、女装がいいな。

 

おかまって、なんか気持ち悪い。奇麗じゃないから。

 

女を馬鹿にしていると思ってしまうから。

 

女装している奇麗な男性は、努力しているな。凄いな、女性の良いところをしっかりと見てくれていると思ってしまう。

 

女性であっても、もう女捨てている人を見るより男性であるからこそ、奇麗な女性になっている人は、性別を超えていいと思う。

 

心の問題で、女性、男性で悩む人がいるけど、人として、接すれば、こだわりはない。

 

看護学生の頃に、一学年後輩の女の子に好かれたことがあるけれど、夜中に私のベットに潜り込んでくるのには参ったかな。

 

この子は、女の子が好きなのねとは思ったけど、気持ち悪いとは思わなかったけど、恋愛感情が起きなかったから、迷惑だったかな。

 

まぁ、そういうことだよね。

 

恋愛感情が、起こるかどうかだよね。

 

その子体格も良くて、いつも男の子のようなかっこしていたよ。もう、女性らしくなくて、白衣が似合っていなかった。

 

この子の場合は、本当かどうか知らないけど、小学生の時に、集団強姦されたせいで男が嫌いで、何かその反動で、男みたいになったと言っていた。

 

だけど、ちょっと思ったのは、女の子に手を出そうとするのは、自分がそういう目にあったことへのある意味復讐かなという感じがした。上手く言えないけど。

 

歪んでいると思ったかな。凄く傷ついているのかとは思ったけど。

 

だけど、こっちはノーマルだし、女子寮だから、先輩の部屋に私は良く逃げ込んだ。

 

やっぱりね、体を触られて、夜中に目が覚めるのは、ギョッとする。

 

結果、先輩から病院の奥さんに言ってもらえて、その先輩と私が卒業するまで同じ部屋になった。

 

まあ、遠い過去の話だけど、その子のことは風のうわさで聞いたけど、学校は卒業できたらしけど、看護師免許が取れなくて、同僚の子のお金を窃盗して、警察に捕まって、病院を辞めさせられたらしい。

 

その子の環境に同情はするけれど、自分を大切にすることは必要だと思う。

 

どうしようもないことってあるから、それは、自分のせいではないと思うことは大事。

 

親を選べないことや、自分が女であることや、環境だったり子供だったりする時の出来事は、どうしようもないことだ。

 

自分で生きられるようになったら、自分のやることは自分で決められるし、守ることも、壊すことも自分の責任だ。

 

過去にこだわって、自分をおろそかにしてはいけないと思う。

私がいつも思うことだけど、自分に恥じない生き方、後悔をしない生き方は自分が選ぶ。他人に、左右されるものではないと。

 

人は人だ。自分に代わる人間は、世界中探してもいない。唯一無の物が自分だと思う。

 

自分を傷つけるのも結局自分だと思うから、嫌な出来事や苦しい事にはいつまでも捕らわれてはいけない。

 

自分を開放して、誰かが言っていたけど自分以外の人たちに迷惑をかけないのであれば、好きなことをして自分の人生を楽しくなるように頑張るべきだ。

 

自分を変えなければいけないほどつらいことがあるかもしれないけれど、すべて自分次第だ。

 

幸せも、不幸せも、自分が作り出すと思うのが一番。

 

いつも、話の本題がそれる気がする。

 

いつものことなので、「まぁ、いっか」でいってみよう。

 

人生は一回限りというじゃないか。自分の人生をどう生きようが構わないけれど後悔のない人生にしよう。

 

還暦過ぎた私が思うことは、今だって、あれがあったらとかあれもしたいとか思うことがいっぱいある。

 

60年間生きてきたからこそ思うことは、しあわせは、自分の中にあると思う。

 

強くなれとは思わないけれど、いっぱい泣くことはあるだろうけれど、嬉しいこともいっぱいある。

 

人は必ず、死ぬのだから、後悔のない人生せめて、自分自身で自分を傷つけることのない選択をして、ほしいと願う。(なんとなく、神田沙也加さんのことを思った)

 

 

 

 

 

 

今年の目標は「何事にも、感謝の言葉を口にする」かな。人生振り返って見れば、自分人生も、ホームドラマ。「ありがとう」と言われたほうが幸せな気持ちになるだろうし、行っている私も、感謝が口にできるほうが、素直になれそうな気がする。

新しい年になって、今年はどんな年かなと考える。

 

不思議なもんで、昨年と言っても15日ほど前だ。

 

1月の不思議だ。1月は、行くと言うが、もう半月たった。

 

おぼろげに今年はどんなことができるだろうか。

 

昨年は、どうだったかな。

 

ブログは頑張って書いた気がする。今年も、書いていけそうと思っている。

 

他人を意識しないで、自分の思いや考えを、その時の気持ちで、それが誰かのためになればいいかなと思うことで、書きやすくなったから。

 

昨年から頑張っている「オートファジー」は、ずっと続いている

 

三か月ごとの定期受診に向けて、体調管理としてしているが、今回は、食事療法を変えているので、2月の診察が楽しみとちょっと、怖い気もする。

 

この報告は、2月になったら、書こうと思っている。良い結果が出れば、慢性の持病を持っている人の参考になるといいなと思っている。

 

昨年で挑戦して、できなかったことは、宅建試験。残念なことに途中挫折。

 

これについては、老化防止のためのつもりだったけど、仕事に出るわけでもないから、大義くなった。三か月坊主だった。

 

年末に、夫と喧嘩をしてしまった。私の体調がすこぶる悪かったことのせいだけど。

 

そのことで、今もいろいろ思うことはあるのだけど、夫は反省してくれているのだけど、これも、長続きはしないかも。

 

一年に何度も同じパターンで喧嘩をするから。

 

だけど、今年は、喧嘩の回数を減らすために、「ありがとう」の言葉を使おうかと思っている。

 

感謝の気持ちが、足りないから喧嘩になるのかもしれない。

でも、夫は、「ありがとう」と言わない人なので、それはそれで、腹が立ってしまうかも。

 

それでも、今は、感謝の気持ちを言葉にしたほうが、いいような気持ちだ。

 

「ありがとう」と言われたほうが幸せな気持ちになるだろうし、行っている私も、感謝が口にできるほうが、素直になれそうな気がする。

 

今年の目標は「何事にも、感謝の言葉を口にする」かな。

 

そういえば、昔、水前寺清子石坂浩二の「ありがとう」というドラマがあったような気がする。歌もあった気がする。忘れたけど。

 

古いな。

 

昔のホームドラマは、良かったな。

 

さてさて、人生振り返って見れば、自分人生も、ホームドラマだよね。

 

ではでは、今年はハッピーエンドが多いホームドラマになるように、頑張ろう。

 

 

 

 

2022年4月から、成人年齢が18歳に。それに伴い、女性の結婚年齢が、16歳から18歳に引き上げられた。これまでだって、十代の出産がある。望むと望まない場合があるだろうけど、結婚ができなければ、未婚の母か。

今年の4月から、成人年齢が20歳から18歳になる。

 

明治時代から140年間か。

 

それに伴い、女性の結婚年齢が、16歳から18歳に引き上げられた。

 

時代にあっていないようなと思うのは私だけ。

 

今は、男女間の性交行為が、非常に早い。責任もない、性の知識もない。

 

日本は、性知識について遅れているのに、若い子は、好奇心、誤った情報で、先走る。

 

義務、責任感、他者への思いやりが、少なくなっている(私だけがそう思うのかも)小学生が、虐めで、集団レイプを起こすようなことも、ニュースで聞く。

 

社会は、体だけが大人になり、精神が大人になり切れない、他人とどう接するかもわからない。

 

大人になれない子供たちに、人として、教える環境も未熟、。

 

他人を構っていられない大人たちの真似をして、育つ子供たちの将来が怖い。

 

日本という国が、どんどん、変わっていくようで、不安だ。

 

男性を16歳からというのならわかるけど。

 

中学を卒業したら、働けるのだから、結婚できる年齢は、16歳でいいではないのだろうか。

 

これまでだって、十代の出産がある。望むと望まない場合があるだろうけど、結婚ができなければ、未婚の母か。

 

最近の子供の成熟は早い、初潮が、小学校の中学年で、始まる。

 

妊娠ができる大人になったしるしと、私は小学5年生で、保健の時間に習った。

 

だから、体を大切にするようにと。

 

でもその時になんで、女の子だけなんだろうと思った。

 

男の子には、保健の時間に女性の体の変化、成長を教えないのはどうして?

 

何かあったら、知っている女の子の責任で、妊娠できる体だと知らないに男の子には責任がないの?と思った。

 

大人が、責任ある行動を、教えられるほどゆとりがあるのだろうか?

 

むかしは、男の子は15歳が元服で、大人扱いだったかな。

 

まぁ、人生50年の時代だったからかも知れないけど。

 

生きることを、教える場が少ない気がする今の世の中。

 

学校での勉強しかない状態で、社会経験がない子供たちが18歳で大人か。

 

でも、善悪がわかる歳であるから、事件を起こせば、大人として厳しく処罰もあるのだろう。

 

匿名ではなく、名前も公開されるのだろうか。

 

コンクリート事件のようなことがあれば実名報道になるよね。主犯は、19歳だったものね。

 

成人が、18歳ならそれなりに、責任や義務も、法律を守ることも、学生であっても、警察介入もあるのだろうか。

 

少年法も変わるのだろうか?

特定少年という立場か。成長途上にあり。ふ~ん。

 

原則として、厚生のための保護処分を行うという少年法の基本的な枠組みの維持ね。

 

意味あるのかな。

 

まぁ、刑事責任を負うべきと考えられる内容は増えたみたいだけど。

 

例えば、現住建造物等放火罪、強制性交等罪、強盗罪、組織的詐欺罪、などか。

 

それにしても、反対に犯罪の誘惑が、もっと年齢の低いものが、やらされるようになるかも。

 

18歳成人の改正に基づいて、杞憂することも多々あるけれど、子供たちが、しっかりと教育されて、大人になり、日本がより良い国になることを願いたい。

次男との会話。「母さんさ、同棲についてどう思う?」女性を、守るためにも結婚だったけど、離婚をすることで、結果、女性が不利になることも多い。

次男との会話。

 

「母さんさ、同棲についてどう思う?」

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「なに?突然。」

 

息子は、唐突に変な質問をしてくる。

 

「う~ん、やっぱり、一緒に生活するなら、結婚?」

 

「何、同棲したい相手でもいるの?」

 

「何言ってんの。俺に、彼女がいないの知っているだろう」

 

「アハハ!そうだった。」

 

「母さんは、離婚を二度しているじゃない。離婚するって結構めんどくさいし、大変なんだよね。」

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「男と女が、一緒に生活するすのは、女性のことを考えると、結婚というのが昔からの流れだよね。」

 

「でもさ、今は、女性も働いてライフスタイルが変わったと思う。」

 

「昔は女性を、守るためにも結婚だったけど、離婚をすることで、結果、女性が不利になることも多い。」

 

「まず、変な言い方だけど、籍が汚れるみたいな。離婚したことによって、女性としての能力が、ないような、我慢ができない人だとか。

あとはね、経験したのだけど、離婚をすると何故か、馬鹿な男が、(寂しい女だから誘ったら乗ってくると考える男がいる)こと。

これは、本当にセクハラだよ。なんで、そういう対象にみるのかしらね。こんなこと言う男は、もうどんな偉い社長でも、軽蔑するわ。若い頃に、本当に言われたからね。ぶん殴ってやろうかと思ったわ。」

 

「離婚して、いい勉強になったとも思っているよ。男は、結婚した女は、人間として扱う前に自分たちの道具と思うやつもいるってね。」

 

「母さんは、古い考えを持っていて、子供はやっぱりきちんと結婚して生んであげるほうが良いと思っているよ。」

 

「でもね、女性のためにも、同棲は賛成というか、結婚を考えている人がいるなら、同棲を始めてみるべきだと思っているよ。」

「なぜなら、月に何度あうことができる?生活を一緒にすると言うことは、何時間も時間の共有をするでしょ。短い間なら、カッコもつけていられるし、優しい振りもできるよね。でも、生活を実際にすれば、えっと思うことや、これは我慢できない事なんかがわかるからね。」

 

同棲なら、籍も汚れないし、別れてしまうのに、エネルギーははるかに少なくて済む。

結婚を考えたら期間を決めて、同棲をして、一緒にずっといられる人か、結婚してからのライフスタイルを考える時間を設けるべきだと思うよ。」

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結婚は、人生にとって、今までとは違うかじ取りをしないといけない大事な選択だからこそ、段階を踏んで、進むことがいいと思うよ。」

 

「それに、相手の親の性格で付き合いなども、彼女と嫁では違ってくるからね。」

 

「遠い昔は、女性が強くって、男性は通い婚みたいにして、嫁になる人の家に通って、相手の親に、値踏みされたいた時代があったよ。

ちょっと、覚えていないけど、財産を引き継ぐのが女性だったと思う。持参金が、嫁のほうが多かったと言うことだね。

だから、男性は、金のある女性と親に気に入ってもらうことが、自分の出世にも響いた殻みたいだったと思うよ。光源氏の時代だったと思う。

へぇ~って思ったよ。女性は弱いからこそ、実家がまもるってことなんだな。」

 

「母さんのように、結婚を一つの人生の通り道。

好きか嫌いか、嫌か嫌じゃないかを大切にして、嫌になったら、一緒に暮らせないと思って、別れることに対して、エネルギーを使うのを、嫌じゃないのであれば、結婚は一つの、ライフスタイル。

いつだって別れても大丈夫。どんな、時にでも、自分が選んだ人生と受け止めることができるなら、良いけど、そんな人間は少ないでしょう」

 

「母さんみたいな人は、芸能人ならいるけど、普通の人は少ないよね。

でも、母さんは、人に対してある意味、その人を大切に思っているから、一緒にいることで傷つけうならと思っているのかなと思うよ。」

 

「ありがとうね、母さんは、臆病なだけ。傷つけられるのが嫌だから、他人と一緒はしんどい。

なんだろうね、子供の頃から貧乏で、ほしいものは何一つ買ってもらうことがなかったけど、心が自由だったかな。

おばあちゃんが、厳しくない人で、関心がないからかもだけど(子育てに)何をしてもにこにこしていたし、ダメと言われることがなかったから、反対に家の事(洗濯、掃除、料理など)をしたら褒めてくれる人だったから。

自主的に物事を考えられる人間になれたと思ている。」

 

「だからこそ反対に何でもできるから、依存する男の人に好かれるみたいだね。

強い人に感じるのかもね。でも、頑張るけれど、相手が、尊敬できないとか、こいつダメだと思うと一緒にいられない。」

 

「母さんの話が、長くなったけど、相手の女性の親が納得してくれるなら、同棲婚はするべきだよ。お試し期間は、必要だと思う。」

 

「むかしと違って、今の時代は、女が家で家庭を守る時代ではないから。

家庭は、二人で守らないといけない時代。男は外、女は家という時代は終わったと思うよ。」

 

核家族で、自分達だけで、助け合わないといけない時代だからこそ、タッグが組める相手か、お互いを幸せにできる相手かを見るためにも、知るために、同棲は賛成だよ。」

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「でもね、子供は結婚してからのほうがいいよ。婚約していて、結婚が決まっているのなら、授かり婚だと思うけどね。

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子供ができたから結婚は、できちゃった結婚だから。何の覚悟もなく生むから、不幸が降ってくるし、かわいそうな子供が増える。

必要として愛されて生まれてくる子供のほうが、やっぱり幸せだと思うし、親に愛されて、成長する子こそ、頑張る力もある気がするよ。すべてではないかもだけど。」

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「だから、あなたも、結婚を考える人ができたら、同棲婚から始めて、籍婚に移行すればいいよ。幸せなライフスタイルには、相棒は不可欠な存在だよ。」

 

自分の人生を、思い通りに生きるならその過程は大切にしないといけないと思うよ。これは母さんが、結婚をして感じることだよ。」

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「そう考えると、昔の人はすごいよね、顔を見ずに結婚して、戦争に行くほんの少し前に結婚。それで、ずっと、女性は待っている。政府が女性も働けはたら家の時代だからね、今は。

どちらの選択が、幸せはわからないけど。

女性であるから、できることは、子孫を育てることだよね。」

 

「そして国が栄えるのは、やっぱり子供がいる国だと思うよ。女性が働くことは賛成、でも、出産できるときには、期間があるから、そこをもっと大切に考えてほしいと思う。」

 

息子は、「そうか、長い人生を大切にするために、結婚を考えるのか。でも、同棲婚なんて、認める女性の親はあまりいないだろうな。」

 

息子に話したことは最近の女性の状態と、私自身が働きながら子育てをして、助けてくれるような人ではない二番目の夫に懲りているから。

 

こんな男に自分の娘(いないけど)が、結婚したら、辛い。体を壊してまで、働いて結果、離婚を選ぶ。

 

私は強い人なので、ここまでこれ以上は無理と次に動き出すタイプだったので、後悔もない、自分ができることはやったと実感しているから。

 

世間からどう見られるかを気にしたり他人に対して依存する人間は、負の経験はつらいだろう。経験から物事は学べる、自分の新たな発見となると、わかっていれば、何の問題もないのだが。

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ポジティブに考えられる私だからか。なんでも、まず行動と思ってしまう。

 

私の子供達も、経験こそ財産だと思ってほしい。

 

慢性腎不全だけど、焼き肉を食べに行った。食事療法をしている人たちに、一年に何回か、好きなものをお腹いっぱい食べる。

昨日は、夫と焼肉を食べに行った。

 

ぐりぐり屋。17時に予約。


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税込み2200円の食べ放題。と言っても今日は、バスディークーポン仕様なので、1000円の値引きあり。

 

ここの焼き肉は夫が大好き。やみつきカルビがお気に入り

 

45品の食べ放題。

 

85品の食べ放題もあるけど、二人ではそんなに食べれないので、45品の食べ放題で十分。

 

私は、オートファジーをしているので、いつも、18時までに、夕食を食べ終わるので、それに合わせての、夕食。

 

さて、さて、今日は朝から、バナナ1本。こんにゃくスープのみ。食事療法の1600calを全部、焼き肉のために。

 

タンパクは、この際無視。塩分も、仕方がない。

 

でも、たまにこうして、焼き肉や寿司を食べに行っている。

 

焼肉は久しぶりだ。

 

現在、炭水化物を食べないので、ひたすら、肉のみ。パクパク。

 

最近、焼き肉屋さんって、レモン汁が置いてあるからうれしい。

 

焼いた肉を、レモン汁の中にたっぷりつけて、たれを落とす

 

少しでも、塩分カット。

 

腎臓が悪くなる前は、ごま油と塩をたれ替わりで、たれ付けしていない肉を焼いて食べていた。今は、塩分制限があるから、いつもレモン汁だ。

 

ナムルの盛り合わせ。キムチの盛り合わせもせっせと口に運ぶ。

 

夫は、ご飯を二杯食べている。

 

ぐりぐり屋のコンロは炭火。だから、とてもおいしい。

 

私たちは、普段の食事は、鳥と豚肉なので、牛肉は、焼肉に行った時だけしか食べない。

 

基本中華や和食が多いので、ほとんど牛肉を買わない。

 

すき焼きもたまに、いいなと思うけど、私が食べれないので、肉たっぷりのおかずは作らない。

 

すき焼きなんて、一人で食べてもおいしくないだろうから、家では作らない。

 

肉タンパク、卵、たっぷり。タンパク質がいっぱい。

 

一口食べたら、おしまいだもんね。

 

夫が、一人でおいしそうに、食べてたら、絶対に嫌だもんね。それに、お酒も飲みたくなるよね。

 

夫はかっらきし、お酒はだめだけど。

 

前の結婚の時には、すき焼きも焼肉も、家で、よくしていた。

 

なんせ、楽だから。冬は鍋料理、夏はすき焼き、焼き焼きは、定番だった。家族が多いと本当に楽なメニュー。

 

大勢で食べるとおいしいし。子供たちも喜んで食べる。

 

次男から、「俺の家は、食事が豪華だったのかなと高校生の時に思った」

 

「なんで?」

 

「普通の家は、俺の家のように、月に何度も焼肉なんか食べないって、言われたから。」

 

「ふ~ん、そうなの。お店していたから、お肉安く手に入ったこともあるかな。」

 

「食べ物屋の息子だったからか。でも、自分の子供にも、俺のように食べさせてやりたいな。」

 

「そうだね、しっかりと稼ぎなさい」

 

確かにね、食べ放題でも、子供4人大人3人だと、15000円はかかるものね。

 

今は、私の身体が食事療法をしているので、誰かと一緒に食事を行くことがあまりない。

 

昔は、何も気にせずよく外食に行っていた。

 

子供4人で、回転ずしに言ったら、20000円で、おつりがくるくらい。

 

懐かしい話。

 

過去のことが夢かというほど、焼き肉を食べなくなった。

 

1人、家で食べる焼肉なんておいしくないもんね。

 

一年に何度か、夫とささやかに、食べに行く焼肉もおいしいものだ。

 

普段は、いっぱい、我慢しても、たまには美味しものを食べることが、食事療法をうまくすることにつながると思う。

 

夫と私は、焼肉を食べた次の日は、昼ごはんを食べれない。お腹が空かないから。

 

今日は夫が、準夜なので、13時30分に、バナナとヨーグルトを食べた。

 

夕食用の弁当は、ちょっと、ボリュウームがある弁当を持って行ってもらった。

 

このところ和食中心だったので、ハンバーグ弁当。煮込みハンバーグの上に、見えないくらいのポテトサラダ、きゅうりの和え物、ゆで卵。ほうれん草とベーコンの炒め物。

 

写真を撮るのを忘れたので、アップできない。

 

食事療法をしている人たちに、一年に何回か、好きなものをお腹いっぱい食べたからと言って、病気は進行しない。

 

たまには、家族と好きなものを食べることで、日々の食事療法が、苦にならないと思う。

 

 

 

 

 

ウォークマンに買い物。.Yuutyoubuの動画で、「Walkman女子」なるものを見た。ウォークマンデビュー!

先日、夫とウォークマンに買い物に行ってきた。

 

夫が、洗車をする時に寒いので、ナイロン製の上下の服が欲しいというので。

 

ウォークマンでは、長男に、撥水加工で3Dのズボンを買ったことがある。

 

長男は、自転車通勤をしているので、冬の雨は、寒いし、普通のズボンだと水を通すし、雨具でも、濡れる。

 

ウォークマンで買った、ズボンは、とても良かったようで、自分でもう一本購入するほどだ。

 

Yuutyoubuの動画で、「Walkman女子」なるものを見た。


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ふ~ん、女性用もあるのを知ったので、店内をぐるぐる。

 

それで、普段は着ないマイクロリースの服を見つけた。

 

色がシンプルで軽い。

 

私の家は、築50年以上なので、とても寒い。

 

そして、私は、腎臓が悪いこともあって、凄い寒がり。

 

GUやユニクロなど他の店でも、マイクロフリースは見たことがあるのだけど、なんか、縫いがしっかりしていなかったり、試着してもそんなに温かいと思わなかった。

 

今回、試着すると、思いのほか温かいし、軽い。体にまとわりつかないし、動きやすい。

 

「働く人の店」だから、外で作業する人たちのための物なのかな。

 

丈夫だし、軽い、縫いがしっかりしているのに、値段が安い。

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パーカー、マイクロフリースワンピース、マイクロフリースの上着を買った。

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ウォークマン上着



ワンピースは、エプロン代わりに、ぱっかと頭からかぶり、家事をしている。

 

普段は、シャツ+Tシャツ+セーター+カーディガン。ひどいときは家の中なのにコート。5枚から6枚くらい重ね着。

 

もう、沢山着るから、動きにくい。肩も凝る。

 

なのに今は、シャツ+セーター+ウォークマンのワンピース。3枚のみ。

 

ちょっとした外出にも、コートが手放せなかった私が、近所のスーパーまで、歩いて買い物に行く。

 

いつもは絶対に車。だって寒いから。歩くなんて、考えられない

 

その私が、とことこと、散歩がてら歩く。凄くないですか。

 

商品が、少ないのが難点だけど、もう、ウォークマンのファン。

 

お店が少ないのも、難点かな。

 

仕事をやめて、家にいるので、普段着としてすっきりと動きやすい働く人のための服はいいかも。

 

生活保護について、北海道の帯広の話から。日本人は、困っても、国に助けを求めず、餓死する人がいたりするのに、外国人が、生活保護を受けれるのだ。

ちらちら耳にする、外国人の生活保護をもらっている人たちの話。


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本当に、よくわからない。

 

生活保護は、日本人国民が、最低の生活を保障してくれる国の制度だと思っているのだけど。

 

違うのかな。

 

日本に住んでいれば、誰でも受けられるものなのだろうか。

 

生活に困窮するものに対して、その困窮の程度に応じて必要な保護を行い。生活保護をするとともに、自立を助長することを目的。

 

不法に滞在しているものや、国民でない人達が、医療費はただ、生活費もただ。

 

この、生活保護のお金は、私たち国民の税金ではないのか。

 

北海道の帯広では、市営住宅に入っている中国人がたくさんいると。

 

そして、生活保護を受けていると。

 

家賃もただ。

 

なんで、日本人は、困っても、国に助けを求めず、餓死する人がいたりするのに、外国人が、生活保護を受けれるのだ。


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私の母も、生活保護を受けていたが、それは医療費のみだった。

 

歳をとり、肝臓病で働けなくなり、一緒に暮らしていた人はいたけど、せきをいれているわけではなかったので、生活は、その人が見てくれたので、病院にかかる費用すべてを、生活保護にお願いすることになった。

 

母は、いい加減な人だったけど、生活保護を受けることをすごく嫌がった。

 

働けなくなり、一度受けていた生活保護も、一緒に生活する人がいれば(内縁関係でも)生活保護を切ることができると。

 

結局は、医療費だけはお願いするようになったけれど。

 

この時の民生委員はひどかったな。

 

働けないから、全面的にすべてを見てもらう生活保護ではなく、一部生活保護の受給なのに、病床の母に、早く退院できないのかと。

 

母は、肝臓がんで、進行しており、癌が足に転移して、歩けなくなっていた。

 

その後一年くらいで亡くなった。

 

こんな、ひどい民生委員がいるのに、なんで、外国人が生活保護が受けれるのだろう。

 

あの毒親の母でさえ、生活保護は恥ずかしいと思っていたのに。

 

生活保護は、地域の民生委員がかかわってくるので、その人物によっては、平滑保護の申請が通らないこともあると聞いたことがある。

 

なのに、なんで、外国人が通るの?

 

国民が、一生懸命に働いて、税金をおさめているけれど、他の国の人を養うためのものではないと思うのだが

 

二番目の夫の家族も、夫自身も、夫の長男も生活保護を受けている。

 

夫の長男は、学校を卒業してまともに働いたことがなく。シンナーをして、俳人に近い状態になり、50歳の現在も、生活保護

 

働いたことがないと言うことは、税金を納めたことがまるでないに近い。

 

そんな、自分勝手な生活をした人間を養うために、必死に、税金を納めている、私たちはいったい何と思ってしまう。

 

二番目の元夫も、事業に失敗し、生活保護。わたしと離婚して、何年後だったかな。

 

この時は、ざま見ろと思ったけど。

 

結果、認知症になり、あっという間に亡くなった。孤独に負けたのかもしれないと思っている。

 

脱線したけど生活保護を受けるなら、外国人は、帰化して日本人になってほしいし、生活ができないなら自国に帰るべきだし、日本の国も、外国人は強制送還するべきだと思う。

 

人類愛で他人を助けることは大切だと思うけれど、ずるをしたり、働かなくてもよいのが日本だと思っているような輩に、生活保護を受けさせるなんて、言語道断と思うのは、私だけだろうか。


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野良猫親子保護から、5ヶ月目。最近、困ったことが起きているのだけど。先住猫の茶々の事。一階に、茶々の入れれる場所がなくなった。

野良猫親子保護から、5ヶ月目。

 

母猫の鈴がなれてきたのだけど、何故か、一階で過ごしている。

 

全然、二階の猫部屋に来ない。20時過ぎたら、子猫たちは猫部屋で寝るために、二階に連れていくのだけど、鈴は、全然動かない。

 

猫部屋から、開放した2~3日は、ちゃんと猫部屋に戻っていたのだけど。

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最近、困ったことが起きているのだけど。

 

寂しいのか私も寝室に上がると、夜中の2時すぎに、階段のところから、鳴く。

 

そうすると、猫部屋の子猫たちが、ニャア、ニャアと騒ぎだして、とてもうるさい。

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猫部屋の脱走防止に上る子猫たち



鈴に声をかけると、ダッダダダと一階に戻る音がする。

 

しばらくすると、また、鳴いて子猫たちに影響を与える。

 

このところ毎日。

 

少しずつ、母猫の鈴が、慣れてきているのがわかるのが、呼べば、自分の名前を憶えたようで、チュールを上げるときに呼べは反応する。

 

台所に立つと、足元にきて、体をつけてくる。

 

シャアと威嚇することもなくなった。

 

夫が、夜勤明けだったりする時は、弁当を作らなくてよいので、寝坊をすることにしているのだけど、7時30分すぎると、階段の下から、結構大きい声で鳴いて、起こす。それでも、起きてこなかったら、寝室のドアまで来て、鳴く。

 

起きて、子猫たちを猫部屋から出して、一緒に一階に降りて、みんなでご飯。

 

外出して帰ってくると、玄関に出てくるようになった。

 

トイレに行くと、みんなに交じって、鈴も待っている。

 

時々、ドアを開けた時に、鈴にあたったりするけど、「ごめん、ごめん」というけれど、特に逃げることなく、ドアの前で、ゆっくり歩いて出てくるのを待つ。

 

ちょっと、ソファから立ち上がると、眠っていたのに、起きてくる。

 

ちょっぴり、ストーカーっぽくなっているような。

 

そして、今困っているのが、先住猫の茶々の事。

 

茶々は、母猫の鈴が、嫌いというか苦手というか、避けている。

 

鈴が寄ってくると、すぐ逃げる。

茶々は、キッチンの窓際の棚が、定位置で、今までは、誰も、その位置には、来なかったのだけど、昨日から、鈴が、上がってくるようになった。

 

もう、一階の茶々が、その時々で、眠っていたり、くつろいでいた場所を、野良猫親子に、譲ってきた。

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キッチンの棚の定位置まで取られてしまい、一階に、茶々の入れれる場所がなくなった。

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二階の猫部屋で、一人で過ごしている。

大人しい子なので、全部、譲ってあげて、自分は、我慢しているみたいに見えるのは私だけ。

 

鈴たちもかわいいと思っているのだけど、茶々が、目に見えるところにいないと、私は寂しい。

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私が、ソファにいて、茶々が側に寝ていると、鈴が来る。茶々は、さっと降りてしまう。

 

鈴は、当然みたいに、寝る。

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茶々は、白猫の福ちゃんとは気が合うのか、よく遊んでいるし、一緒に、並んで座っていたりする。福ちゃんも、良く、茶々の後をついて言っている。

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仲良く窓枠

 

小鉄は、ちょっと腕白なせいか、茶々は遊ぶけれど、福ちゃんのように、引っ付いていることはない。

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そんな様子を見ていると、茶々は、穏やかな関係が好きみたい。

 

鈴にいったっては、始めに何度か、威嚇したり、引っかいたりしたので、絶対によって行かないし、寄ってこられると、びっくりして、逃げている。

今日、「鈴ちゃん、茶々と仲良くして頂戴」と言ったら、とコトコト茶々のところに行ってくれたのだけど、茶々はやっぱり、飛びのいた。

 

茶々のことを考えると、鈴のことはストレスになるのかな。心配。

 

長男が、鈴をもらってくれる予定だけど、子猫たちと離したら、どうなるのか心配。

 

もっと、慣れてくれるのだろうけど、野良猫親子を保護して、先住猫の茶々のことでこんなに心配事ができるとはと思っていなかった。

 

猫って、結構相性があると思うのだけど。

 

喧嘩をするわけではないから、大丈夫かなと思っていたけれど、茶々のストレスが心配。

 

Yuutyoubuで、うちの様な猫関係の動画がないか探してみるけど、ないのよね。

 

  • ほとんどが、先住猫のほうが強い。うちのように、穏やかな猫で、何でも譲っている猫の動画はない。

 

今の心配は、茶々は今は、私と二人で寝ているので、夜だけは私を独り占めにできているので、いいのだけれど、もっと慣れてきたら、鈴が寝室にきて私と寝るようになったら、どうなるのだろうと。

 

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だけど、きっと私は、寝室のドアを、しめる気がする。

 

やっぱり、一番は茶々なんだよね。

 

 

 

「最高の人生の見つけ方」の日米のビデオを見た。吉永小百合・天海祐希。モーガン・フリーマン・ジャック・ニコルソン。

最高の人生の見つけ方」の日米のビデオを見た。吉永小百合天海祐希モーガン・フリーマンジャック・ニコルソン

 

癌で余命6カ月の、大富豪と一般人の、旅をする話。

 

このようなことは、非現実だなと思う。大富豪と一般人がかかわるなんて、そうそう、ない

 

だけど、この「最高の人生の見つけ方」は、好きだ。

 

占い師をしていた時に、ある鑑定者から、離婚をして、癌が見つかれどうしたらいいのかという相談があった。症状を聞き、病名を聞き余命がないことを知った。

 

相談する人もいなく、離婚して間がなく、子供がひとり。親が毒親で、癌にかかっていると言ったら、出ていってくれと。金はないと。

 

治療費がないし、どうしたらよいのかという相談だった。

 

この時の鑑定者は、電話占いだった。会社の規定で、個人的な連絡は取れない。

 

どんなに不安だろうと。

 

現実に、できることを伝えた。

 

まずは役所に行き、生活保護の申請をすること。

 

そうすれば、医者代も、生活費も見てもらえること。

 

子供のことは、元夫に話すこと。子供さんにも、辛いだろうけれど、病気のことを話すこと。

 

何度か、指名をして電話鑑定にきてくれた。電話鑑定はお金が高いので、メール鑑定に切り替えることを提案した。

 

病院での検査結果を聞く限り余命がないとわかった。

 

この映画のように私が大富豪なら、この親子とかかわったなら、もっと力になれただろう。

 

だけど、会社の規則もあり、できる範囲での、助言しかできない自分の状況に落ち込んだ。

 

電話鑑定師をやめる頃に、会社に、そのお客が、他の占い師の予約を取ったりしているか聞いたことがある。最近は「先生のところが最後で、ぜんぜん、利用されていないですね」

この頃には、亡くなったのではないかと感じていた。占い師ということもあるけれど、プラス看護師だったことも手伝って、亡くなったと。

 

この、利用者には「先生、私亡くなるのでしょうか?」と聞かれたけれど「占い師は、生死の有無については占ってはいけないの。だから答えられないわ」

 

この人は、余命は一年ないだろうと感じていたけれど、私は医者でもないし、どうしようもない。

 

この時は、電話占い師であることのもどかしさと、自分が何もできないことの無力を感じた。

 

今でも、心に残っている。顔も見たこともあったこともなく、声だけ。

 

だけど、話をした彼女の声は、今も、私の中にある。

 

生活保護の申請が通り、アパートも借りれたこと、治療方法など、伝えてきてくれていた。でも、治療方法を聞いていても、助かることはないと思っていた。

 

「先生と縁があってよかった。治療もできるし、住むところもできたし、ありがとう」と。

 

不安で、泣きながら電話鑑定にきてくれたこともあるけれど、こんな時こそ当たらなければいいのにと思う占い結果。「死」というものがしっかりと出ていた。

 

何を言えばいいのやら、気休めしか言えない。看護師の仕事であれば、嘘をつくこともできる。患者に病名を言ってはいけない時は、嘘をつくから。

 

でも、それは直接、関わりを持っているので、その人を感じて、その患者も、この看護師が言うのなら、本当は嘘だと思っていても、だまされてみようと。

 

何といえない悲しい関係になることもある。不思議な看護師と患者の関係だ。

 

最高の人生の見つけ方」それは、やっぱり自分の中にある気がする。

 

還暦過ぎて、命の時間が、そんなに長いわけではない。

 

余命がハッキリと告げられているわけではないけれど、人生100年時代と言っても、まだ、女は87歳という。

 

ならば、私が、生きれるのは、24年だ。でも、病気でもっと短いかもしれない。

 

事故だったら、明日亡くなるかもしれない。

 

余命なんて、普通に考えれば、みんなある。それが短いか長いかではないだろうか。

 

最高の人生の見つけ方」私にとって、それがどんなものかは、死ぬときになら泣ければわからない気がする。

 

だけど、この歳になって思うことは、今ある自分の人生に感謝することが、大切な気がする。

 

人生にとって何が最高なのかは、わからないけれど、少なくとも、感謝をすることは、何故か、心が、温かくなり、子供にも、夫にも、一緒に暮らしている猫たちにも幸せをもらっていると思ってしまう。

 

お金があればと思うこともあるけれど、お金がなくっても、幸せだと思える時は、感謝を感じている時のようだ。

 

青い空を見た時に、50歳の若さで、癌で亡くなった友人を、思い出す、そんな時、空に向かって、友達として関わってくれたことに、最後の日までその友人の手を握って、いられたことに感謝する。

 

心の中で、私がそっちに言ったら、いっぱい話をしようねと思う。

 

そんな友人がいたことが、幸せな人生だなと思う。

 

生きている中で、「感謝」できることが、最高の人生の見つけ方かもしれないと思う。

 

映画を見て、楽しく生きることを、楽しむことを大切に、自分の人生に感謝することが、最高の人生かなと。

 

 

 

 

 

 

2022年。年末から年始と体調不良と夫婦喧嘩。 先の思いやられる一年になりそうと思いいつつ。何を残せるか、何ができるか、幸せな時間をいっぱい残せれば、後悔ない人生の終焉を迎えることができるのではないかと思っている。

2022年。年末から年始と体調不良と夫婦喧嘩。

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先の思いやられる一年になりそうと思いいつつ。

 

持ちつ持たれつでいこう。

 

今日も今日とて、身体はまだ重いし、寒気もする。頭痛もするけれども、夫は出勤。

 

お正月バージョンのお弁当を作って持たせ、お見送り。

 

あっ、弁当の写真を撮るのを忘れた!一年間の弁当を、取っていこうと思っていたのに。やっちまった!

 

本人は年末の、車掃除で体を冷やし(朝の6時から10時まで)風邪をひいている様子。

 

昨日の午後から、寝ていた。夜も夕食を食べて早く寝ている。

 

私に怒られて、シュンとしていることもあり、覇気がない。

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夫婦喧嘩のあと少しの間だけ、おとなしい。

 

さてさて、夫と長男の勤務表を見ながら、初もうでの日を模索するが、うまく折り合わない。

 

できれば、午前中が良いのだけれど、そうなると7日しかない。

 

三交代の勤務者の休みは、やはり合わしてとらないといけないな。

 

昨年の12月に、長男から休みの希望の話があったのだけど、この時も夫と喧嘩をして、もう希望しなくていいと言い放った。

 

だって、ハッキリしないから旦那が。

 

それで、義妹が急遽、帰ってくる日程を変えたから、唯一一緒に行ける日が流れてしまった。

 

ふぅ、もう長男と二人だけで行こうかしら。

 

まあ、最悪、7日に出雲大社につれって行ってもらおうかな。

 

それにしてもなんだかんだと聞かれたら、夫とは仲が良いのです。はい。

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さ~てと、今年のやりたいこと、昨年できなかったことの再チャレンジだ。

今年は、夫が一階の部屋のフローリングを張り替えたいと言っているので、本箱などの、移動をしようと考えている。

 

猫ちゃんたちが増えたので、できるだけ、物を出さないようにしていこうと考えている。

 

日中、ほとんど私と一緒に、猫軍団が一階にいるので、少しでも、広くなるように、模様替えをしていこう。

 

今の身体でなければ、一気に部屋の模様替えをするのだけど、今は、少しずつでなければ、何日も調子を崩す。

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ちょっと、心不全っぽい症状が出て、ゼイゼイと言ってしまうので。

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昨年に続き、断捨離。

 

数秘方位術の編集も再開しなくては、3年くらいでまとめれるといいのだけど。

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体調管理。昨年はオートファジーなるものに出会え、とても身体の調子が良くなった。2月2日に血液検査があるので、データーが少しでも良くなっているといいな。

 

先生からは、オートファジーは良いと言われたからね。

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このお正月は、ちょっと解禁していて、食事療法も甘くして、オートファジーも守っていない、4日から、元に戻して、2月の検査まで、また頑張る。

 

でも、あまり食べすぎにはならないけれど、炭水化物を食べないようにしていたので、お餅やお寿司など、結構、炭水化物をとっている。

 

夕食も、久しぶりに夫と一緒に食べている。昨日は鶏鍋をしたのだけど、美味しかった。

 

今日と明日。二日間は、楽しもう。

 

体調がよければ、もっと、楽しいと思うのだけどのんびり、のんびりで、いいよね。

 

今年から、年賀状を出すのを、止めた。すべて、ラインや+メッセージで、新年のあいさつに切り替えた。

 

その訳は、いつどんなことが起こるかわからないので、元旦を迎えた朝に、あいさつをみんなに届けたいと思うから。年賀状を出して、年賀状が届いているから元気と思っていたら、訃報が届く世代になったことに気づいたから。

 

年賀状が届いている友人にも、返事を出したら、近況報告がより詳しく届いた。今の思いを届けられたから、これがいいやと思っている。

 

しかし、私は年賀状を出す友人、知人が少ない。

 

友人の一人は学校の先生なので、沢山の生徒とのつながりがあり、年賀状を出す枚数が多いだろうなと思う。その友人は、私のように電子年賀状は無理だろうなと思ってしまった。

 

フェイスブックツイッター、インスタグラムの使い方をしっかりと、マスターしたい。

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なんとなく始めているけど、未だに、使い方がわからない。

 

パソコン操作も、もっとできるようになりたい。

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ユーチューブで、色々な方が発信してくれているので、家にいても、練習できるので、この一年できる所から頑張ってやってみよう。(毎年思っているのだけどな)

 

キーボードタッチの練習もしたけど、やっぱり手元を、見る癖が抜けない。今年こそは、画面を見ながら、打ちたい。

 

継続は、力なりと言うが、仕事もなく、(たまに、占いの仕事はしてます)時間を縛られることがないからこそ、自分管理が、大変。

 

自分に厳しくはなかなかできないものだ。

 

一日一日を大切に、過ごすことが今年の最大の目標なので、その日のやれたことを、形に表していこうと思う。

 

ブログに、残していけば、いいかなと思っている。

 

書く人私。読者も私というつもりで。

 

看護師の時代に、看護記録をかくことがないという看護師がいた。私は、観察したことを書き考察し、問題点を挙げていけばいいし、看護師が記録がないという人は、「お前は、仕事をしているのか」と心で思っていた。

 

病気を持っている人を観察するのだ、同じであるはずがないし、変化や気づきがないのは、おかしい。看護計画は何のためにあるのかなんて思っていた。

 

だから、自分のことも、同じ日なんてないと思う。反省することも、いっぱいあるし、考えていることや、昨日と違うことは、必ずある。

 

そのことを発見できないのであれば大切な一日というか、自分の命の時間がもったいないという気持ちになる。

 

短ければ70代、長ければ80代まで生きれるとしたら、10年から20年しかない。

 

何を残せるか、何ができるか、幸せな時間をいっぱい残せれば、後悔ない人生の終焉を迎えることができるのではないかと思っている。

 

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2021年さようなら。2022年こんにちは。今年の終わり、どうのような年末になっているのだろう。

2021年さようなら。2022年こんにちは。

 

2021年に思いをはせて。

 

最近一年の立つのが早い気がする。

 

もう一年たったのかと思ってしまう。

 

今年は、野良猫親子を保護して、夏以降バタバタした。

 

4ヶ月たって、母猫が少し慣れて。まだ、あまり触れないけど。

 

何故か、私が座っているところに来てくれて寝る。

 

ニャーと可愛い声を出して、足元にすりすりしてくる。なのにこちらから、スキンシップを取ろうとすると逃げる。部屋の中で、歩いている時も、ちょっと、まだ警戒心があるみたい。

 

猫の性格もあるのだろうけど、まだ、信頼関係が薄い気がする。

 

先住猫の茶々が、とてもなつくのが早かったので、三匹の猫は、ちょっと勝手が違う。

 

何をしてほしいのかが、いまいちわからない。

 

先住猫の茶々は、私の言うことがわかるし、この子は、猫の姿をした人ではないのかしらと思うほどだ。

 

元野良猫親子達は、時間をかけていこうと思っている。

 

来年の目標は、しっかりと、家族の絆を作ることだ。

 

さて、今2021年の一日目が終わろうとしているこの時間に、昨年を振り返り。今年はどんな年だと思っている。

 

本当は、大みそかに記事をアップしたかったのだけど、体調を崩し、のびていた。

 

誕生日の頃より、少しずつ、やばいなぁと思いつつ、頑張っていたのだけど、年末の買い物で、どっと来てしまった。夕方から、最悪状態になり、おせちの用意も、できなかった。

 

元旦の初もうでも、息子と約束していたけれどキャンセル。

 

具合が悪くなったのは、夫と2021年最後の喧嘩になったことも、原因。

 

持ち越しの喧嘩になり、私は、悪寒と頭痛で、吐き気がして、起きれなくなった。

 

いつものことと言えばいつもの喧嘩なんだけど、なんでしょうね。

 

原因は、夫が実家に帰ることを嫌がったこと。

 

「めんどくさい」と言ったことで、私の科人袋が切れた。

 

この男は何度言ってもわからないのかと。

 

親孝行をしろと言っているのだが、自分視点でものを考えて、相手に対する思いやりがない。

 

実の親がめんどくさいなら赤の他人の嫁は、もっとめんどくさいだろうがと、どなってしまった。

 

私も還暦を過ぎて、あと元気でいられるのは何年だろうと思うので、70歳を超えた夫の両親の生きている時間は少ないのに、「めんどくさい」などと言って、行こうとしないこいつはと思ってしまった。

 

妹の家族が帰ってくる日が、変更して、帰る日にちが変更になり、予定が変わることも嫌だったようだ。

 

しかしだ

 

年末から元旦に、帰るようにしていたので、私は、正月の用意も大晦日の用意もしていなく、急遽、支度をしなくてはいけなくなり、旦那一人の為の、正月を準備しないといけない。

 

これは大変。

 

年末は、食材も高いし、毎年正月は、私ひとりなので何もしないから。

 

実家で、正月を過ごしてもらうので、正月気分は味わってもらえると思うし、義両親も、夫との初詣を楽しみにしている。

 

今回も、帰ろうと思えば帰れるのに、めんどくさいと。

31日に帰って、元旦の朝、義母が仕事に行けばいいと帰ってくることを言ってきた。

 

本来は、31日に帰って元旦の夕方に帰ってくる予定だった。

 

それが、朝早く帰ってくるのがめんどくさいと。

 

予定の変更を余儀なくされるのは、義妹の家族が、実家に帰る日を変更したから。

 

夫は、離婚してから義妹と会っていない。昔から仲が悪かったらしいのだが、嫌いらしい。

 

まあ、義妹の性格では、確かにと思ってしまうが。

 

さてさて、そんな、こんなで、実家に帰るか帰らないかでもめてしまう、また、夫が義母に送ろうとしたメールの文面を見て、更に私が切れる。

 

何々してやるとか、つれって行ってやるとか、何様のつもりか。

 

仮にも、自分の親だろうが。

 

感謝の気持ちがないのかと。

 

私の親の様な毒親でもなく、高齢になった母親が、年金暮らしの親が、子供たちが帰ってくるだろうと正月準備をして待ってくれているだろうに。

 

たとえ親であれ善意でしてくれている人に対して感謝の気持ちがあれば、そんなことは言わない。

 

いたわりの気持ちのかけらもないのか。

 

あんたは馬鹿か。

 

離婚をして、子供を育てててないからわからないのか。

 

私の子供たちは、私に絶対にそのようなことは言わない。まして親のことをめんどくさいなんて言わない。

 

派手に、喧嘩というか、私は大爆発。

 

そのほかにも、その日の買い物であったのだけど、(発端はそこから)。

もう、この男はみたいになってしまった。

 

さて。今現在はどうなっているかというと、夫は私のご機嫌伺。

 

私自身も、少し熱が下がり吐き気が収まったので、考えている。

 

元旦早々から、体調が最悪な状態で、年末からの夫の行動と相も変わらない勝手な思い付きな言動に、付き合いきれないと。

 

しんどい、本当に、嫌だと思う私。

 

なんでこんなに、夫は他人に対しての思いやりがないのだろう。

 

自分の親をぞんざいに扱うなら他人の嫁なんてもっとだろうと思ってしまう私。

 

性格と言えばそうなのだが、その性格に私が合わす必要がないと思っている。

 

今年の幕開けから、この一年が、同じことの繰り返しになりそうで嫌だ。

 

まあ、どこまで自分が納得して、我慢ができるかだろうと思っている。

 

結婚を続けたいなんて全然思っていないので。

 

その分、気楽と言えば気楽。

 

出ていこうといつ実行するかだけだ。

 

今年の終わり、どうのような年末になっているのだろう。