老春時代の満足生活情報発信局(お金と暮らしと占いと人生物語)

還暦を迎え、人生を心地よく過ごし、もっと魅力的人間になる「楽しく楽しく生きる」ヒント探しブログです

歳をとると、やっぱり気になることは死後の世界でしょうか?死ぬということはどいうことだろうと。 この歳になってもわからない。

歳をとると、やっぱり気になることは死後の世界でしょうか?

天国、地獄、あの世と色々なことが、巷では、話に上がる。

霊はいない。科学的に証明されるという方も。

私もやっぱり色々と考える。

占いカウセラーなどという仕事をしているせいもあるが。

自分の親や親しい人、子供の頃に良く見ていた俳優、タレントの死。

やっぱり死んだらどこに行くのだろうと思う。

私は今は生きているけれど、明日の朝生きているとは限らない。

ついさっきまで、動画を見ていた私、一時間前には、息子の家から帰ってきた私。

時間の流れを、不思議な気持ちで感じる。

説明がつかないのだけど、こんな気持ちの時は、子供の頃の私、父や母がいたころの私の時間はどこに行ったのだろうと思う。

死ぬと言うことがいつか来るのだけど、自分の事なのにわからない。

人が死ぬ場面に、看護師という職業柄、遭遇してきたけれど、さっきまで、生きていた、さっきまで、息をしていたのにと何度思ったことか。

死ぬということはどいうことだろうと。

この歳になってもわからない。

死ぬと言うことが怖いという気持ちはない。何というか、不思議な未知の世界だ。

霊能者が、ひどい死に方をした人を、浄化して、今は大丈夫ですとか言うのを聞いたことがある。

死んだのがわからない人がいるとも。

心霊スポットとか。

幽霊とか、怨念とか。

生きていれば、意識と言うことなのだろうけれど、死ぬと、霊というみたいだけど。

この霊という物を否定する人もいる。

重体だと命に係わる状態で、ほぼ、意識がない状態だ。意識が戻らないと、危ないというようなことを医療の現場でいう。

この意識とは何かといつも考えていた。

霊は、存在しないと言う人は人の意識の説明をしてほしいと思うことがある。

植物人間で、意識がない状態、脳死と言うことで、意識が戻らないから死。

この違いは何と思うことも。

植物人間の方は、脳死ではないから生きている。

脳死の方は、なぜ死んでいるとなるのだろうか。

死とは人間の生命活動ができない事としたら、脳死でも、体は生きていると言うのに、それは死と言うことになるのか。

死後の世界はわからないから、怖がる人もいる。

私は生きているので、「死」は会たくても会えなくなることかなと思うようになった。

関わった時間があり私の中に残っている。でも、死んでしまったら、あえなくなること、話ができなくなること。

私の願いは、自分の子供たちが幸せな人生を送ってくれることだけど、これは死んだら、忘れるのかな、それとも、身体がなくなっても思いが残り、子供たちを見守ることができるのかな。

ウクライナの戦争で、痛い思いや怖い思いをして死んでしまう人がいる。

その人たちは、死んだらどうなるのだろうと思う。

悪いことをしたら、その報いを受けるというけれど、それって死後のことだろうか。

不思議な世界を見たりすることはないけれど、霊能者たちは、本当に死後の世界はある説明できる人がいるのだろうか。

ある霊能者は、亡くなった人が、今も側にいますよと言うことを言われる人がいる。その人たちは、どこに行くのだろうか。

最初の旦那が亡くなった時に、不思議なことに、心霊写真なるものが取れたことがあった。

不思議と、側についているんだと感じた。45日が過ぎてからは感じなくなったので、霊って、本当にいるのだなと思った。

だからと言って、いつもいつも、霊を感じるわけではない。

一緒にいたかったのだなと思った。

成仏というのだろうか、どこに行くのかわからないけれど、死んだら行くところがあるのだなとその時に思った。

そのせいかもあるのだけど、「死」という物は怖くはないけれど、自分の「死」が突然に、ならなければいいなと思っている。

不思議なものだけど、精神病院で勤務している頃に、患者が、「お迎えが来る」と言っていたことがあり、まだ元気なのに、なぜそんなことを言うのだろうと思っていたけれど、その患者は、一カ月しないうちに亡くなった。

医療に携わっていると、本当に自分の死期を悟る人がいる。

特に癌患者さんから、「ありがとうね、お世話になった」と言われるのが一番つらかった。

人は、自分の死期を感じる人もいれば、突然の事故などで亡くなる人もいる。

私はできれば自分の死期がわかるような人生の終わりを迎えられたらいいなと思っている。

できればちゃんと、「幸せな人生だった」と子供たちに伝えてなくなりたいと願っている。

 

 

 

 

老春時代を生きている私。 自分の生きてきた人生を、認めること。自分の今までの人生で頑張ってきたことの結果が、幸せにつながっていると実感。 だから今は、ゆっくりと何かを見つけて進みたい。 そして人生は自分で自分を認めてあげることだと思う。褒めてあげてもいいじゃないか。

老春時代を生きている私。

自分の生きてきた人生を、認めること。

最近、思うことは、慢性腎不全になって、で来ないことが多くなったことで、若い頃のこと、できていた頃のことを、考えると、「私ってよく頑張っていたなぁ」と思う。

貧乏で、十分な学用品も買ってもらえず、食べるものもなくてひもじい思いをした子供の頃。

その幼少時代の経験から、食べられる生活、ほしいものを人並みに買える生活を望んで頑張って生きた私。

根なし草の様な両親の元では、自分のことは自分で守らないといけないと。

他人の信頼は自分で作るしかないと。

あの親の子供だからと言われないように。

おかげで、他人には親切に優しく、いつも笑顔で元気よく後、身についた。

貧乏だからと卑屈になることなく、環境に負けることななく大人になった。

母親になり、自分と同じ思いだけは子供にさせたくないと、頑張った。

社会で生きることを頑張り、他人に迷惑をかけないことを念頭に、生きてきた・

誰も頼らず、泣き言を言わず、前だけを見ていた気がする。

そんな私が還暦を過ぎて、持病を抱えて、のんびり生きている。

今のこの時間は、神様からのご褒美だと思っている・

8月に体調を壊した時は、このまま腎臓が悪化して、透析になるのでは、寿命が短くなるのではと、あるいは死ぬのではないかとさえ思った。

まぁ、粘り強い私なので無事に復活した(良かった。)

ゆっくりしていると、自分の人生を振り返る。

頑張ったと自分で認める中で、何を頑張ったのか何を、達成できたのかと思う。

それは、食べられ生活をしていない事、普通に自分が欲しものを買える自由。

他人にさえ迷惑をかけないのであれば、他人に関わらなくてもよい鋳物環境。

社会というか仕事を開いていた頃は鎧をかぶっているようなもんだった。

他人を傷つけて生きたいる人も社会にはいた。

学校、会社、と集団が集まる場所は、善悪がはこびる場所だ。

被害者ぶって他人を傷つけるもの、権力をかざして他人を傷つけるもの。

そんな中で、子供を守る育てることが私の一番大切なことだった

子供時代、どうしようもないことで苦労させないように、親として守ってあげることは、幸せな親でいることだった。

私はいつも嘘をつかないと言うことを守っていた。親を信用できない子は他人を信用できないと思っていたから。

これは自分がそうだから。

親がいい加減で嘘つきで、自分のことしか考えない親だった。それが反面教師となって、正直な親であろうとした。嘘は子供を傷つけるとわかっているから。

離婚をする時もきちんと話をした。自分の人生を大切にしているからの選択だと。

両親がそろっているのは当たり前だけど、人間として向き合えない尊敬できないことは私にとっては、一緒にいる意味がない。

人として、自分を人生を大切にしていることも子供に教えると言うことを、大切にしてきた。

今の自分の立ち位置に、満足している。

子供の頃、学用品を買ってもらえなくて、「忘れました」と言わななければいけなかったみじめな私。だからといって決して、親にわがままを言ったことはなかった。

2歳年上の姉は、学用品もちゃんと買ったもらっていた、給食費もちゃんと持たせてもらっていた。私が、親に差別をされていたのではなくて、単にお金がなくて、だけど姉は、きかない人だったから、我慢する私にお鉢が回ってきていた。これは結構つらいものだった。

親にしてみれば、我慢をして何も言わない子は助かったのだろう。

そんな生活から、自分が働きだしたら、抜け出せた。

働いたら自分でほしいものが買えるから。

父や母は相変わらずな生活だけど、私は両親や姉弟とかかわらない生活をしていた。寮に入っていたから。

生きることは、自分が強くなることだ。

この歳になって、自分の人生は幸せだと思っている。

他人とかかわらなければトラブルもない。

私はは本来お節介な人間だ。だから困っている人を見たり相談されると力になろうとするし、何かできることはないかと考える。

だけど、経験上から、普通に生きていれば困ることはない。

困っている人は本当に困っているわけではないと思えるようになった。

そして、他人のことを思ってあげてもその人の意思にそぐわなければ、手ひどい思いをさせられる。

強い人だ」と言われるが強いわけではない、他人い依存せず、迷惑をかけないようにしているだけだ

迷惑をかけないと言うことは、不快な思いをさせないことも入っている。

だから、他人のことを詮索しない。

私が必要であれば、力を貸すが、私自身は、他人に力を借りることはない。

私は、なぜかわからないけれど、弱い人間や、利用しようとする人が集まってくようだ。多分、強い人というイメージがあるからかも知れない。

そう、ずるい人間が、偽善者を装って、なんども、おひとよしだから、力を貸そうとする。

だから他人とかかわるときは、自分がしたいからしていると思うことにしている。

人は喉元を過ぎればその時のことを忘れるだから、何も期待しない。望まない

人付き合いに関しては、親を信じられない環境下で育ったため、他人はもっと信じられないという感覚がある。特に子供の頃は大人を信じない子供だった、顔にも態度にも出さなかったけれど。

だから、周囲の大人は私を素直で家の手伝いをするいい子として見ていた。

ブログを書いたり、色々な人のツイッターを見たりすることで、日々を過ごす今の時間が貴重だ。

若いころと違って、ゆったりと流れていく時間。

必死になって、強い自分でいる必要がない、自分のことだけを考えて生きている時間。

家族の為、親の為、人の為、そんなもので縛られない自分がいることに、最近気づいた。

人とのかかわりがなくても平気な自分がいるし、下手に関わると、嫌な思いをするだけで何の得にもならない。

ただ寂しいくないのはそれなりの訳もある。

それは子供達。

自分の人生の中で、子供達がとても大切で、生きる糧だった。育てること、母親でいることに頑張れたこと。これが今の私の幸せをくれている。

子供たちが、私のことを母親として大切に思っていることが感じられるから。

頑張ってよかった。この子たちの母親に慣れてよかったと思える自分がいる。

自分の今までの人生で頑張ってきたことの結果が、幸せにつながっていると実感。

だから今は、ゆっくりと何かを見つけて進みたい。

そして人生は自分で自分を認めてあげることだと思う。褒めてあげてもいいじゃないか。

頑張って、生きてきたこと他人に迷惑をかけずに頑張ってきた人生を。

 

健康、「慢性腎不全の日常生活」食事制限はあるけど、結構好きなものを食べます。あ寿司も焼肉も食べに行くよ。

健康、「慢性腎不全の日常生活」

9月に、旦那が血圧が高いことを気にして、「アマニオイル、トマトジュース、納豆」を毎日食べる事を、実践して、感じている事。

血圧も、以前は、上が130台になること、下も80台を超えることがあったのだが、超えなくなった。これはいいのかもと私。

そして、もう一つ。

最近、朝晩が冷え込んできたのだけど、朝寒くない。

スッとベットから、降りて一階のキッチンに。

血液の循環が良くなったのだろうか?

先日の診察時に、「魚は好きなのだけど、腎臓が悪くなって、食べると上がってきてウェッとなるので、オメガ3が取れるアマニオイルを毎日食べている」。

先生は「DHA,DPE.オメガ3は、魚からだね。腎臓が悪くなると魚が食べれなくなる人が多いよ。だから、サプリメントを使う人もいる。」と。

実を言うと私も、腎臓を悪くしてから、食事制限があるし、魚が食べれないしでサプリを、飲んでいたことがある。

月に1万円は超えていた。ビタミン、鉄剤、亜鉛DHA,DPEと。でもあまり効果を感じられなかった。

定年退職をして収入が減ることもあり、止めた。

16時間ダイエットも、週に2日で継続中

こちらは、ダイエット目的というよりも、身体の中の余分な、蓄積物を出すつもりで。

もともと、食事療法をしているので、食べすぎると言うことはないのだけど、たまに、焼肉やお寿司(刺身は食べれる)が食べたくなるので、こいうときの調整も含めて。

「アニマオイル」は、朝のお通じも、良い。以前は一日おきに、便秘薬(2錠飲むのを1錠だけ)を飲まないと、排泄がうまくいかなかった。

それが、「アニマオイル」を飲むようになって(トマトジュースに、5ccを入れて飲む」毎日朝、排泄がある。

もうこれは私にとっては、嬉しい。

下剤は、夜飲んで朝、排泄があるわけでなく、いつ出るかわからない。そして、出るまでのお腹の張りとグルグル感。若干の腹痛はあるし。

その苦しみからの解放。最高ですよね。

排便は少しの油が必要と、何かの本で読んだけど、油飲む訳にはと思っていたから。

さてさて、ダイエットを頑張っていたのだけども、8月に体調を崩して、体力をつけるために、16時間ダイエットと食事療法を緩めたために、体重が、2キロ増えた。

それで、16時間ダイエットをしようと思ったけど、毎日できない、更に軽い運動もしていたのだけど、これも、しんどくてできない。

これはかなり、やばいなと。

無理をしないようにしないといけないと考え直し、体調を整えることを考える。

そして運動をしなくても体重を落とせる方法がないかなと。

リンゴ酢ダイエットなるものを発見。

元々、食事療法をしているから、この方法ならいいのではないかなと。

運動はできるときに、もっと、体が楽になった時にすればいい。

リンゴ酢ダイエットは、三男坊が、運動では体重がこれ以上は落ちない。内臓脂肪は、運動では落ちないと医者から言われたと。

私の心の声は(あんたは食生活が全然できていないから。マクドナルド、ピザの配達、菓子パン、インスタントラーメン、ペットボトルの砂糖の入ったジュース。生活省看病まっしぐらの食生活。それで痩せようと。もっと、自分の生活環境をかえないと。思ってはいるけど言わないけど)(三男坊は、こだわりが強いから下手に言うとしない)(炭水化物の食べすぎもある。)

そんなこともあり、リンゴダイエットなるものを三男坊に勧めた。と言っても用意して飲みなさいよと強制だけど。自分で買ってまでしないからこの人は。

さてさて、そんなこともあり私もお付き合いで、一緒に始める

私は純リンゴ酢15㏄+酢150ccかける2を。一日に100ccを食事中に飲む。

おちょこに入れて、ちょっと、お酒を飲むような気分で。

11月4日から飲んでいるのだけど、体重が1キロ落ちた。まだ飲み始めて6日目。

お腹周りがすっきりしてきた。

もう一キロ減れば、体調を崩す前の体重になる。

食事療法ができているから結果も早く出たのだろう。

運動は、できるときに、ラジオ体操、ストレッチ体操のみ。

そして、水分摂取は、ショウガ水。寒くなってきたので、体を冷やさないために

納豆を食べるときは、たれは使わない、代わりに胡麻を小さじいっぱいかけて食べている。

食べるものでよいというものをどのようにして取り入れるかが、私の課題。

胡麻は美容にも良いし、栄養も高いので、取りたいと思っていたのだけど、胡麻を、そのまま食べるのはちょっとできなかったので、納豆にいれたらどうかなと。

納豆はたれなしでずっと食べていたので、胡麻の風味で、とてもおいしい。

リンゴ酢は、炭酸で飲んでいるのだけど、飲むと、満腹感が出るみたいだ。

人それぞれだろうけど、飲めるなら、食事を食べる前か、少し食べてから飲むと胃に良いと思う。

まとめると。

朝 フルグラにバナナ半分+ヨーグルト。

トマトジュース100cc+アマニオイル5cc。

リンゴ酢10cc+炭酸水100cc。

昼 わりとしっかり食べる。特にこだわるのは野菜を食べる。

リンゴ酢10cc+炭酸水100cc

夜 納豆+胡麻小さじ一杯。炭水化物なし。おかずだけ。

一日に水分を、1.5ℓ(リンゴ酢の水分はカウントしない)

食事時間は、朝は旦那に合わせるが、夕は、早めに食べている。17時ごろまでに食べる。

旦那は仕事から帰ってきて腰椎体操をするので、、夕飯を食べるのが遅くなるので、一緒に食べない。

食事に関しては、朝は決まったものを食べる。昼は比較的に、しっかり食べて、夕は、少なめだ。

1か月に2~3度は、寿司や焼肉等を食べに行ったりする。

昼は旦那と、弁当を買ったりして食べる。

一日の食べる量を、考えて食べるので、今までに、食事療法で失敗がないようだ。

血液検査も、優等生。

我慢できるところは我慢して、食べたいときは食べる方式だ。

といっても、無茶食いをすることはない。

実際には、お寿司にしても、スシローやくら寿司で、5~6皿くらいしか食べない。

食事療法をしていると少食になる。

何かを食べたら、夜に調整するから。丁度良い。

先生からもメリハリをつけることで、食事療法は、成功すると言ってもらえている。

血圧管理、体重管理も、きちんとしないといけないと思うから、チェックは怠らない。

何といってもすべて自分のためだから。

美味しいものを食べて、体調管理をして、老春青春を楽しむべし。

 

 

 

 

慢性腎不全の日常生活で思うこと。自分の身体は自分にしかわからないです。 医者と相談しながら、自分の身体をも守っていきましょう。

慢性腎不全の日常生活で思うこと。

 

先日、定期診察日、8月に体調崩して血液検査の数値は、元の横ばいまでに戻ってほっとした。

ここ最近、ちょっと動くと息切れがする。

思うに、BNPが上昇していたことの関係があるようだ。

8月に安静にしていた時は、。クレアチニンなどの数値が悪かったが、BNPは正常だった。

考えられることは、検査を受ける前に、息子の家の、猫部屋を一階から二階に移す作業をしたのがいけなかったのではないかなと。

何度も、階段を往復し、ゲージやキャットタワーを運んだ。6時間以上休まず、動いた。

そのあと、検査をする日まで、身体がしんどくて、足は痛いし「はぁ~、歳には勝てないわ」なんて思っていた。お気楽なのね、考えが、自分が腎臓が悪いという自覚に欠けている。

毎晩、足をマッサージし、ポンポン叩いて、休んだ。

血液検査日にも、少ししんどいなと感じていたけど、今ほどではなくて、血圧も良かったから、ちょっと疲れているのかなと。

早く寝るようにしているし、でも、身体のしんどさが、動くとめまいがするし、「どうした私」みたいな感じ。

それで血液検査の結果を見て、「あ~、頑張りすぎたのか。」「にしても、足のだるさは階段のせいと思っていたけど、重いものを持っての作業が、心臓に負担になったのか」

以前の私なら、そう、まだ、腎臓が悪いのがわかったころなら、あのくらいの作業で、しんどくなったりはしなったけど。

見た目に反して、弱っているのだなと自覚した。

動脈の検査もしたのだけど、血管年齢が81歳。年齢とともに脳、心疾患のリスクが高くなると注意。

前々回の時はまだ69歳だったのに、気をつけないといけない。

しかし、健康というか50歳手前までは、腎臓病を持っていても、少しくらいの無理は、負担がなかったけれど、50歳を超えてから結構疲れるようになった。

60歳を超えたら、階段の上り下りや、少し早く歩くと息切れがしたりするようになった。

これは老化の影響なのだろう。

慢性腎不全になると、歳をとると言うことは、日常生活で普通にできていたことが負担になるようだ。

還暦を過ぎて、今回のことも含めて、自覚しないといけないと大いに反省した。

8月には、体調が悪くてずっと寝ていたので、体を使うことがなかったから、BNPは、まったく正常だったようだ。

運動もしているのだけど、9月、10月は、簡単な運動だったけど、しんどいなとできなかった。

10月の終わりから、リンパマッサージ、ストレッチ、ラジオ体操を、少しずつ開始。

簡単な、ラジオ体操だけど、第一、第二、第三まで、すると息切れがする。

身体を動かすことは、必要だと思っているので、ながら運動に、切り替えた。

集中して、運動、体操をしようとすると、しんどくなるようなので、食後の体操を2分間。朝は、ラジオ体操だけ。昼から、ストレッチ体操5分。

日常生活に、取り入れて普段使わない筋肉を動かすことにしている。

今は、猫の散歩に行くのも、息切れがするので、無理をしないで、できることを。

慢性腎不全を持って生活をしている私だけど、持病がある人に言いたいのは、看護師として、医療に携わってきたからこそ、思うこととして。

病院の先生は治療は考えてくれるけれど、それは、悪くなった時だ。

最近思うのだけど、西洋医学は、治療ができるのは治療が必要になった時だ。

予備軍の時は、観察だけだ。

警察と一緒で、事件にならないと動かない。

だから、東洋医学のように、体質を改善して根本から治し自己免疫力を上げるのとは違う。

故に、医者は、予防している患者のことは患者任せだ。

それはそうだろう、だって医者は健康だもの。

医療に携わっていたから、よくわかる。悪くなるのは自分のせいなのだ。医者は、データーだけを見て、まだいい、治療段階ではないとなるのだ。

悪化させない努力は自分次第だ

だから、血液データーを自分でしっかりと見て、どうして、この部分の数値が悪くなったいるのかは自分で考えないといけない。

検査データーも、人任せににしてはいけないと言うことだ。

もっと言えば、医者を信用してはいけないと言うことだ

血液検査は、自分の身体に起こっていることが表れているのだから、それをもとに、自分の生活状態を見直したり原因がないかを考えるのは自分だ。

私は、医者にも看護師にも「優等生」と言われる。元々、看護師だったと言うこともあるが、慢性腎不全になっってから14年間、問題のない患者だ。

医者が気になることがあるときには、必ず私はこれが原因かもしれないと言うことが言えるから。

内臓疾患は、目に見えないけれど、自分しんどい事おかしいと感じることを大切にしないといけない。

健康人が医者や看護師をしているのだ。そして、データーからしか判断しないのだから。

民間療法は、自然の知恵と経験から施行する療法だ。

私は民間療法をしているわけではにけれど、本当に、正しい民間療法に出会えればよいなと思う。

そして先日、先生に最近し始めて事を話をした。

「朝トマトジュースにアニマオイルを入れて飲んでいる。無塩の物です。まだ飲み始めて、2か月ですが、以前は時々、血圧が130台、下が80台の時があったのが、最近、なくなりました。オメガ3を取るのに、魚を食べないといけないのですが、腎臓が悪くなってから、好きだからと食べると吐き気がするので。どうしたものかと。アニマオイルが、魚と同じ効果があると知って始めたのですが。」

夫が血圧が高いことを気にして始めたトマトジュース、アニマオイル、納豆食事作戦)

「いいですよ、体に合っているのですね」

「後以前は風邪を引いたら、先生にもお願いして風邪薬を出してもらっていたのですが、此処寒くなってきて、ちょっと寒気がするなと思うときは、葛根湯を飲んで寝ることにしているのです。8月の時に軽い風邪状態から、扁桃腺を悪くしたので。と言っても、一日分を飲むことはないです、一回だけです。」

と話をしたら、先生が、「じゃあ、葛根湯を出しておこうか」と。

「次の診察までだからどのくらいいるかな?」

と看護師と相談し始めた。

60日分出そうかと。え~、180回ぶん!

「先生、60回くらいでいいです、毎日飲まないから」

「足りなかったらもらいに来ますから」

葛根湯は体を温めてくれるので、私にはあっているようだ。

持病を持ったいる方は、すべてが絶対ではないけれど、漢方薬を試すのも良いかもしれません。

自分の身体は自分にしかわからないです。

医者と相談しながら、自分の身体をも守っていきましょう。

 

 

 

 

 

国旗と国歌について。 動画で、「韓国の旭日旗舞う海上国際観艦式」について話をしている。国旗のことを考えてみた。

国旗と国歌について。

動画で、「韓国の旭日旗舞う海上自衛隊国際観艦式」について話をしているのを見た。それで、国旗のことを考えてみた。


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私が子供の頃は、カレンダーにも、祭日は国旗がのっていた。祭日には、玄関に国旗を掲げていた。

国旗を玄関に、掲げることはいつの間になくなったのだろう?

祖父の家に、家族で住んでいる時は、玄関に、国旗を掲げるることは当たり前にあった。

祖父が亡くなって、核家族になってから、アパートだったためもあり、国旗を掲げることはなかった。

子供を育てて、子供の入学式、卒業式に参加するようになって、国歌を歌わないことになんでだろうと?

子供は4人いるのだけど、長男と次男は10歳年が違う。

長男は、国歌を歌えるが、3人の弟達は国歌を歌えない。

私の子供頃は、音楽の教科書の最後に「君が代」が載っていた。

いまはどうなのだろうか?

日本人として今、国歌を歌えるのは、スポーツ選手だろうか?

表彰式の時に、国歌が演奏される。

日本人として、自分の国の国歌を知らない、歌えない。

ずいぶん前に、ニュースで、教師が、国歌を歌わないといって、問題になったことがあるけれど、何だろうと今も思っている。

天皇様と同じで、日本の国歌は、歴史のある歌である。

解釈は色々あるのだろうけれど、私は、子供の頃に、日本が永遠に続くように願う歌だと、教えてもらった。


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天皇のことを、歌っているから反対(違うかもですが、そのようなニュースだったと思う)というけれど、天皇は私たちの象徴。日本人であることを、ほこりに思えるのも、天皇がおられるからだ。

私たち日本人の歴史は長い。

そして、日本の先人たちが世界の平和を願う素晴らしい人たちが、今の日本を守ってきたからこそ、日本は素晴らしい国だと思う。

当たり前に日本人として国歌、国旗を大切にすることを、教えていない、今の教育はどいうことなのだろう。

国歌、国旗を愛することができないのは、日本人であることを放棄しているのだろうか。

日の丸の旗は美しい。日本の国歌は世界で一番短い。でも、その短い歌詞に、人々の幸せを願う歌だ。

もっと大切にしてほしいと思う。


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私の慢性腎不全について。透析のデメリットは?メリットは?看護師を経験していても、病気は不安だ。

先日、今年の3月に相談を受けていた知人が、シャントをして透析をすることになったと、友人を介して知った。


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知人は、元職場の職員だったのだけど、同じ部署で働いていたことがあり、面識はあったが、看護助手と看護師の立場だったのであまり関係を持っていなかった。

私が、当時から腎臓が悪いと知っていたらしく、仕事をやめたのは透析をしたからだろうかと思っていたらしい。

自分が、このままだったら年内透析と言われて、私が透析をしているなら、どんなものか知りたいと思ったらしい。

旦那が、同じ部署のために旦那を通して連絡があった。

それが、今年の、3月。

それから、約二か月、食事療法や生活改善を相談にのったけれども、彼女は、その当時から、身体が限界で、しんどかったようだ。

私に相談した時には、透析をしても良いと思っていたのかなと、いまさらながら思う

病院を変えたりして、薬を変えてもらったりしたけれども、透析を少しでもしない方向に頑張りたいと言ってはいたけれど、実際には、先生や看護師に対して、不平、不満だらけだった。

薬も勝手に飲まないし、これはだめだなと思った。

本人に、今血圧と貧血を少しでも良くするための治療をしていると先生から説明を受けたのだけど、全然聞かなかった。結果、元の病院に戻った。

転院した先生から、「あなたの思い通りの要求を、聞けない」と言われてたことが、原因でもあるのだが。

彼女は、元々、通院していたクリニックで、薬を勝手にやめてしまい、ドンドン腎臓が悪くなっていった経過がある。

先生に、薬を飲みたくないといったら、「あなたの考えもあるでしょうから、止めましょう」と薬を先生がストップしてくれたそうだ。

私は、その先生のやり方は、違うと思ったのだけど、二か月、彼女と付き合って、よくわかった。

この人は、自分の思い通りにしてくれるといいのだろうと。

インターネットで、調べて、この薬はダメだからとやめる。先生の診断は無視して、インターネットの情報の自分に都合の良いところを、当てはめて、先生に話す。

これではさじを投げたくなるだろう。

彼女が元のクリニックに戻った時点で、私は、付き合いをやめた。

それから、5カ月で透析。

仕事も、傷害者年金で生活するからとやめた。

仕事をやめてから、しばらくハローワークの失業保険などで、生活をしていたようだ。

傷病手当をもらったり、色々とされたのではないかと思う。そのような、生活をする為のことは、付き合っている時に一緒に調べたので。

彼女はきっと、凄くしんどかったのだろう。

今日は、私は採血の日だったので、クリニックに行った。

そこで、、看護師に、透析をするとどのくらい生きられると聞いた。

「透析をすると、10年くらいと前に先生から聞いたことがあるのだけど}

「人それぞれですよ。普通に説明すれば、50歳で透析を始めたとして、その人が80歳まで生きれる人だったとしたら、15年くらいかな。」

「私も、透析になるのかしら?」

「大丈夫ですよ。ずっと、横ばいですし、緩やかですからね。透析になる方は一気に悪くなりますから。生活習慣や食事療法ができない事がほとんどですからねずっと、あなたを診てきましたけど、優等生ですよ。」

「そうですか?体調を崩した時に、ちょっと合悪くなっていたから、ドキドキ物ですよ。今回の血液検査もちょっと食事療法がうまくいかなくて、心配なんです。」

私は、透析のあるクリニックで働いていたことがあり、食事療法の指導に関わっていたこともあるので、食事療法の大切さは身にしみてわかっているので、頑張ってこれているし、看護師をしていてよかったと思っている。

だけど、やっぱり不安である。

透析のデメリットを見てきているので、透析はできるだけしないで、歳をとりたいと、努力を続けようと思う。

一番怖いのは、看護師時代に、シャントが詰まったと、まだ務めて間がない頃に、患者から連絡があり、先生に連絡したら、「すぐ来るように」。

夜勤の私と先生で緊急オペ。

オペ経験はあるけれど、シャント増設にはかかわったことがないので、機械がわからない。

「先生、私、シャントのオペ道具わかりませんよ。主任を呼びましょうか?」

「大丈夫だよ。オペ経験があるのだったら、僕が機械を用意するから君は、指示の通りに、動いてくれれば」

今思い出しても、何をどうしたのかわからないけれど、無事に終わり、その患者はその日は入院、翌朝、退院した。

「良かったよ。あのまま詰まったままだと死んでしまうから。たまにあるんだよ。寝ていて、シャントを抑えて詰まらせることが、たまにだけどね。」

え~、それって、眠ったまま知らずに死ぬってこと?

土色で血の気のない顔で、来院したけど、今でも私の中では、ゾンビのようなイメージ。(患者さんには悪いけど)。

だから、透析だけは嫌だなと思った。

まさか自分が腎臓硬化症になり慢性腎不全になるなんて、その当時は想像さえしていなかった。

そのため、私は、血液検査、血圧、体重、その他もろもろに注意して、生活をしている。

生活習慣改善、自分の体力等きちんと把握して、食事療法をしっかりとすることは皆無だ。

自分の生き方、人生、命の時間を大切にしたいと考えている。

できれば、透析は80歳過ぎてがいい。それならば、85歳まだは生きれるだろうから。

臓器も老化していくので、その分は徐々に血液検査血も悪くはなっているが、緩やかなことが大事らしい。

先生も、腎臓が悪くなった人は急激に悪くなる人が透析に移行するのが早いといっていた。

糖尿病患者からの腎不全が一番透析するスピードが速いらしい。

食事療法が、糖尿病患者時代にきちんとできないから進行があっという間。

それは言えると思った。

糖尿病患者の食事療法指導は、患者に自覚がないので、一生懸命説明してもできな人がほとんどだった。男性に至っては、配偶者に説明しても本人が、病識がないから、もう悲惨。

苦い思いを看護師時代にしたなと思いだす。

看護師を経験していても、病気は不安だ。

自分の身体だけど、検査をするまで悪くなっているかわからないから。三か月ごとの検査までの、生活をちゃんとすることを頑張るしかない。

「透析をすれば、しんどいのは取れるから」と看護師は言ったけれど、自分の生きる時間が少なくなるデメリットがある。

身体は楽になるかもだけど、拘束され、自由がなくなる。

病気を持っていても、自分の身体で生きていたい。

 

 

 

 

 

自分の人生を最後まで生きるために必要なこと。「もしもを考えて、終活をすること」もしもは、未来を見ている事、人として生き抜くために、必要なこと。

久しぶりに、ブログが書ける。

 

8月に体調を崩してから、時々無理をして、(対した無理ではないのだが)しんどいとなり、頭が回らなくなる。

 

そんな時は、ツイッターも観ないから、何も考えないで、ボーッとしている。

 

少し元気になってさあ、今日はブログを書くぞと思ったら、入力がおかしくなっている。

 

ローマ字入力が、できない。かな入力はできるけど、したことがないから、前に進まない。

 

原因は、パソコンを開いている時に、うちの猫ちゃん特に、鈴が、パソコンのキーボードを横断する。

 

そのためにどこかを踏んでしまったのだ。

 

さてさて、普段、パソコン操作は決まったことしかしないから、こうなると、直し方がわからない。

 

iPadで、検索。

 

これが何をどのように、検索していいのやら。

 

ここから悩み、色々と、検索してみる。

 

思う答えが出ない。

 

ユウチュウブ動画でも、探すが、見つからない。

 

他にすることもあるし、時間がかかる。

 

昨日、やっとのことで、見つけた。

 

実際のところは、このキーじゃないのかと思ったキーだったけど、タイピングの仕方が悪るかったのか、直せなかった。

 

検索した記事を見ながら、何度か挑戦して、直り、てやっと記事が書ける。

本題に入ろう。

以前にもしようとしていたのだけど、終活として、「もしもノート」なるものを作ろうと。

急に亡くなった時どうしてほしいか。

 

お墓の事、供養の事、法事の事、葬儀の事。

 

この部分は、特に大切かなと思っている。

 

再婚しているために、この部分はちゃんとしておこうと思う。

 

私の母も再婚はしなかったけれど、事実婚で亡くなった時にどうするかを聞いてはいなかった。

 

一緒にいた相手の方が、(母はがんで入院していた)生活もちゃんと見ていたので、亡くなった時も全部、任せたのだけど、その方の墓に入ることもできなかったから。

 

長男(弟)が、父の墓を見ていたので、お寺に問い合わせて、一緒に入ってもらった。

 

その後の法事等は、事実婚の男性がするしないは、まかせた。

 

葬式も簡易てきだった。

 

経済的にゆとりがある人ではなかったので。

 

できるだけ、その方に負担がないように、葬式はしなかった。

 

その後、その方が他の女性と暮らすようになり、私たちの母の形見分けも、できなくなった。

 

余談だが、姉がひどく怒っていた。

 

何の因果か、その男性も急死してしまった。

 

この時、病院から連絡があり、私が、病院に行った。

 

この男性の家族の連絡先を知っていた長野県の松本まで、母と私の家族と遊びに行ったことがあるから、自分の母と事実婚であったことは、男性のの家族も認めていた。

 

男性の家族に連絡を取り、男性の家族が来るまで、病院の安置所で待っていた。

 

そんなこともあり、人が亡くなると言うことは、事前にどうしたいかを考えていないといけないと思った。

 

母の事実婚の夫のことも私が、かかわって知っていたから、良かったけれど、そうでなければ、職場の人や他の人が大変だったかもしれない。

 

職場の人たちが、病院まで、来てくれ母の娘であることを告げると、知っていてくれた。職場の方から、母が亡くなった時にお香典をもらったいるのも知っていたし、事実婚であることを会社の方が知っていた。

 

事実婚でもちゃんと夫婦として、母を認めてくれていたことが嬉しかった。

 

そんなことも経験し、私も再婚して、子供たちとは違う生活をしている。

 

もしもの時のことを考えると、準備をしておかないといけないと思っている。

 

私は、お墓について、色々と考えたけれど、4人もいる子供たちが、結婚していないし、誰かのお墓に入るにしても、名前も違う。

 

墓を見るのは面倒なことだなと思う。

 

未来に、繋ぐような家もないし、かといって、夫の墓には入るのもためらう。

 

夫には子供がいるのだけど、墓参りに来た時に自分たちの母親ではに人が一緒の墓参りは嫌ではないかと。

 

それで、私は、お墓に入るのではなくて、散骨をしてもらおうと。

 

散骨なら、生きるものがすべてが始まった命の場所だから。海に返してもらおうと。


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樹木葬も考えたけどお墓に近いかなと。

 

その費用を用意して、家族には伝えた。

 

「自分ノート」には、介護施設に入所した時などで困らないように、携帯電話、銀行口座、クレジットカード、パスワード、年金手帳等がわかるように、しておこうと思っている。

 

家族と言っても、離れていたりすると子供でも分からに事のほうが多い。夫でも、個人情報は知らないことのほうが多い。

 

何を考えているかなんて、わからないことが多いだろう。

 

そして、「もしも」なんてことは、考えないようにしていることのほうが多い。

 

だけど、自分の人生最後まで自分流に、終わりたいではないかと、切実に思っている

 

「もしも」を考えることは、この歳まで生きてきて、とても大切だと思う。

 


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若い時と違って、時間を意識してしまう.老人脳についての動画を見て考えてみた。西剛志著書「80歳でも脳が老化しない人がやっている事」

今月は、姉の誕生日があった。

姉に、おめでとうと連絡をして、やっぱり衝撃を受ける私。

あと、4年したら姉は70歳になるのか。

姉が、50歳になった時も、もうそんな年なのかと、ショックだったのが昨日のことのようだ。

若い頃は、誕生日はうれしものだった。

今も嬉しい気持ちはあるけれども、歳をとることの寂しさを感じないではいられない。

若い時と違って、時間を意識してしまうから。

生きる時間、命の時間があとどのくらいだろうと考える自分がいる。

子供の頃から知っていたタレントや俳優がなくなると、もうそんな歳かと、寂しさを感じる。

ネガティブでなく、今の生きる時間を大切にしたいと思う。

 

先日、老人脳についての動画を見た。


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フムフムと、納得して、自分が当てはまるかを検討してみた。

1・ネガティブな考えをしない。

2・マインドを持つ。

自分は若いと本気で思いこむ

いくつになっても「欲」「生きがい」を持つ

脳が老化するネガティブな言葉を使わないようにする

3・デジタルツールをドンドン活用しまくる。=新し事にどんどん挑戦する。

「自分は重要な人」を実感できる場を作る=自己重要感。

いつまでも働き続ける=言語能力を使う仕事。

 

ネガティブな考え方をしないは、しない。楽しくないから。だからネガティブな考えをする人と付き合うのが嫌。

 

自分は若いと言うことに関しては、子供たちがうるさい。男の子なのに、私の見てくれが、悪いと、指摘される。「母さんは若い」と思ってくれているので、この部分は頑張っている。

奇麗な物が好きなので、お洒落が大好き。実のところ、私の母が、若く見えた人で、遺伝はしっかりと受け継がれている。

子供の頃に「○○ちゃんのお母さん、若くてきれいね」と言われるのが自慢だった。だから、私も子供たちに言うまでも奇麗だ、若いと思われたいから、努力を怠らない。

いくつになっても「欲」と「生きがい」については、「欲」は小さいなりにある。

「生きがい」のほうが大きい気がする。

変な生きがいだけど、亡くなる時に「幸せな人生だっった」と感謝できる生き方をしたい事。

それから、「子供たちの幸せを願う時間」が生きがい。

そのためには元気でいることが生きがいにつながている。

ネガティブな言葉は嫌いだから言わない。

いったとしても、でも、これはこれでよかったと、すぐに否定してポジティブにかえる。

新し事に挑戦するは、必要なことだから、好奇心が旺盛なので、すぐに手を出す。

自己重要感については、占いカウセラーの仕事柄、必要とされていることを実感している。

家族にも必要とされていることを実感しているのが幸せ。

働き続けることは、持病があるため体力的にはむりだけれども、家事やブログなどで補っていると思っている。

 

結構ちゃんと当てはまると思った。

ただ、慢性腎不全であるために、身体が無理ができない時に、「老化」を感じることがある。

運動をすると息切れをしたり、長時間の家事ができない等だ。

でも、最近は、学生時代のように、時間割作戦でやりくりしている。

1時間作業をしたら、休憩をする。

ながら作業に、する。小分けにする。

簡単な運動も、毎日するけれども、休憩時間の時にしている。

老化防止、80歳までボケずに、生きれるために、のんびりと、時間を使うことが大切な気がしている。

 

それから、幸せな気分になりたいときは、若い頃の歌謡曲を聞く。

最近は、動画で、若い頃に見ていたドラマを見たりして、楽しんでいる。

もう一つ大事なことなんだけど、「私は、旦那が大好きだな」と思うことと、相手に伝えることを忘れない。

これは、自分も楽しいけど、旦那が照れる顔が好きだから。

幸せな気分になることが、老化防止につながっている気がする。

 

 

小沢一郎氏の自民党に対する苦言について。もう、小沢氏の事大っ嫌いになった。もともと嫌いだったけど。

小沢一郎氏、「国賊」発言で村上議員を処分方針の自民党に「一番処罰されるべきは誰なのか」と苦言

 

よろず~ニュース

 

2022/09/30 17:51

 

© よろず~ニュース

自民党が30日、故安倍晋三元首相を「国賊」と呼んだと一部で報じられた同党の村上誠一郎行政改革担当相の「処分」をめぐり、10月12日に党紀委員会を開く方針を決めたことを受け、立憲民主党小沢一郎衆院議員がツイッターに新規投稿し、「一番処罰されるべきは誰なのか」と〝処分をする側〟である自民党の見識を問うた。

小沢氏は「本当に倫理・正義・道徳に反する人間は誰なのか、権力の私物化・乱用により日本の政治を腐敗させ、行政を破壊し、立憲民主主義を滅茶苦茶にしてきたのは誰なのか、一番処罰されるべきは誰なのか、自民党がそんな簡単なこともわからないなら、もはや政権政党の資格は無い。彼らに必要なのは鉄槌である」と苦言を呈した。

さらに、小沢氏はこの投稿に先立ち、村上氏の処分について「統一教会との長年の癒着で国民に多大な被害をもたらしてきた多くの所属議員を処分することなく、逆に教団の最大の守護者であった安倍氏を批判した議員を処罰しようとする自民党。倫理観が異常で、意味不明。自民党は完全に壊れてしまったが、我々は日本を壊す訳にはいかない」と訴えた。

村上氏は自民党衆院議員として、27日に実施された安倍元首相の国葬を欠席。その決定に至る過程を問題視しての国葬欠席という、与党議員としては異例の行動で注目された。その中で「国賊」発言が一部で報じられた。

(よろず~ニュース編集部)

 

小沢さんは何を言っているのかわからない。

 

自民党という組織にいて、その組織がぐらつくようなことを言い、国葬にも参加しないというのは、与党議員としてあり得ない。

 

倫理感が異常なのは、小沢氏の考え方では。

 

村上誠一郎氏をそのままにするような自民党なら、其れこそ、自民党を支持する国民が納得しない。

 

それがわからない、立憲民主党の小沢氏のほうがおかしい。自分の党議員が、他の同胞を批判しても知らん顔をすると言うこと?

 

本当に、何を言っているのかわからない。

 

名誉棄損で訴えてもいいくらいの内容で批判した人だよ。

 

国葬が終わって、安倍元総理が、どんなに頑張っていたか、心の強い人だったか、優しい人だったと感じた。

 

日本国のことを考えていた安倍元総理を、国賊というような、人を、何も罰さないなら、それこそ、国葬をした意味がない。

 

生きているなら、安倍元総理は、一笑したかもしれない。でも亡くなってしまった人を悪く言う人が、安倍元総理の思いを、引き継ぐことはできない。

 

そんな、人が自民党員を名乗ってほしくない。

 

もう、嫌いとか言ってはいけないと思うけど、小沢一郎氏が大嫌いになった。

 

子供には、人の好き嫌いをすると、人間関係がうまくいかなくなるといったけど、友達でもないし、かかわらないから、いいか。

 

 

国葬を見ていて気になったインドのモディ首相。ブログに「私の友人、安倍さん」と7月8日に記事にしているのを知った。

国葬を見ていて、献花をされている1人の外国人方がすごく、気になった。

 

あれこの人誰だったかな。見たことある人?


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暫くして、あっ、インドの人だ。

 

何というか、本当に他のどの海外のかたよりも、悲しみを感じてしまった。

 

所作の様子から、その表情からも。

 

私は、あまりインドにはよいイメージがない。

 

女性問題が、ちょっと怖いから。カースト制度も嫌いだし。

 

でも、海外の方から、こんなに、悲しみ本当に心からの思いが伝わってくると思っていなかった。

 

友人だといっていたトランプ元大統領も来なかったし。

 

安倍元総理の国葬は、日本人だというのに、反対とデモをしているのに。

 

同じ日本人として、恥ずかしいし、悲しいと。他人を思い立る気持ちのない日本人が、、、。

 

国葬の献花の時に、マスクをしているけれども、その姿勢や、しぐさを見て、心をとらわれる人はいなかった。

 

そんな中で、インドのモディ首相(調べた)は、とても心に残った。


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インドのモディ首相が、ブログに「私の友人、安倍さん」と7月8日に記事にしているのを知った。

インドの私たちは、彼が開かれた心で私たちを抱きしめたように、彼の死を私たち自身のものとして嘆き悲しんでいます。彼は自分が最も愛していたこと、つまり彼の民を鼓舞して亡くなりました。彼の人生は悲劇的に短くなったかもしれませんが、彼の遺産は永遠に続くでしょう。

インド国民を代表して、また、日本国民、特に安倍昭恵夫人とその家族に、心から哀悼の意を表します。オム・シャンティ。

この方も、菅前総理と同じ思いなのだと。

安倍元総理が素晴らしい人だったことを、知っている人達、国があることが本当にうれしい。


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安倍元総理とかかわったこともないけれど、演説の姿勢や、テレビ番組で見る飾らない安倍さんが好きだった。

政治家なんて、嘘や駆け引きがあって当然の世界。その政治の世界で、海外の政治家から友人と言われる安倍さんを、心から、尊敬する。

日本の国だけでなく、世界の国が幸せになれるように尽力していたのだろうと。

 

昭和天皇が、世界の平和を祈っていたように、素晴らしい日本の代表、私たち日本人が誇れる人だ。

それを今回の国葬で、モディ首相のおかげでさらに認識し、国葬を決断してくれた、岸田総理に感謝したい。

 

 

 

 

9月27日安倍元総理の国葬。 安倍元総理の思いをはせて、思うこと。安倍元総理の国葬で、人とはとあらためて考えさせられた。

9月27日安倍元総理の国葬


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安倍元総理の思いをはせて、思うこと。

 

自宅にテレビがない事で、情報は自分でインターネットから探して見る。

 

これは見たいものしか見ないという、ちょっと偏った情報収集かも知れない。

 

国葬に反対する国民がいることも知っていたけれど、それは、どんなことにもつきものだからという体だった。だから、あまり興味もなかった。

 

ただ、日本人として嫌だな、死者を辱める行為だし、死者にだって人権はあるし、最低だなと。

 

それで、国葬ライブ配信で、ずっと見ていた。明日はまた、色々という輩がいるのだろうなと思いつつ。

 

そんな中で、今日朝からツイッターを見ていてある人のツイートが目に留まった。

 

反対デモをしている人達は高齢者が多いということ。


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これって、もしかして、平和ボケ老人かと思った。私が子供の頃に、学生デモがあったが、その年代の人かなと。

 

若い頃に(子だもだったし、今もだけど何でデモをしていたか興味がないけど。あさま山荘事件は、デモをする人たちは、仲間同士で殺しあいをするような人間の集団と思った)安保とかなんか意味が分からないけど、テレビでよく見た。

 

集団で行動することは大切だけど、気に入らないからと、ハンガーストライキをする子供と一緒だと。

 

そして、貧乏で食べるものもなかった私にとって、大学まで親に行かせてもらい何をしているのだろうと思った。

 

なので、デモをする人たちは、昔の一揆によく似ているし、宗教団体と同じだと思う。

誰かが先導して居るから起こるのではと感じないではいられない。

 

マインドコントロールされている人と同じ。

 

菅前総理が、若い人たちの多くが、一般献花に来られていることに触れていた。

若い人は、インターネットや海外から日本を見て、私の若い頃よりも、情報をしっかりと見ているのだろう。


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だから、安倍元総理の功績をきちんと把握していると感じた。

 

海外にいる日本人のほうが、日本国に対して愛国心が強く、心配したりしている話を聞く。

 

今回の国葬で、日本の若い人が、無気力だったり無関心だったり他人よりも自分中心、人のことに関心を持たないと思っていたけれど、チャンと、見る所を見て感じることをしっかり感じている、若者たちを見れてよかった。

 

今の若いものはというが、平和ボケをした老人よりも、政治を無関心なようでしっかりと感じている若い人達に、ありがとうと言いたい。

 

自国を守るという愛国心がないような、老害にはなりたくないと心から思った。

 

国を守るために時代に合った、憲法改正は必要だと考える。

 

戦後頑張ってきた大人たちが親で、その子供が、老人になったら老害って悲しすぎる。

 

高度成長期に子どもだった人は幸せだったのだろう。うらやましい限りだ(嫌味)

 

生きることに必死だった子供は、大人になって、子供の親になって思うことは、自分の子供に、安倍元総理の言うように、美しい日本、誇りの持てる国を残してあげたいと思う。

 

他人のあらさがしばかりをしている人間にはなりたくないと思う。

 

化石化する老人にだけは、なりたくないものだ。

 

他人を思いやれない老人なんて、幸せな人生を送ってこれなかったのだろうと思う。だから、他人に対して攻撃的なのだろう。

 

安倍元総理の国葬で、人とはとあらためて考えさせられた。

 

 

再々婚の条件。私と夫の結婚は、ちょっと変わっている。結婚観は人それぞれでいいじゃないか。幸せならば。

再々婚の条件。

 

私と夫の結婚は、ちょっと変わっている。

 

一番変わっているのは、夫の両親が、結婚をしていることを知らないことだ。

 

それは、夫と結婚するときに、私の希望だったこともある。

 

50歳になろうかという私、そして最初の結婚で、離婚した原因は、嫁姑問題。

 

そして、自分にまだ学校に行っている子供たちがいることも。

 

夫が、結婚に対して凄く執着していたので、夫には、籍を入れるのは、子供が自立するまでは、名前が変わる結婚、籍はいれない。

 

私の中では、5年後には別れているかもしれないし、結婚をあきらめてくれるかもという気持ちがあった。

 

離婚した時から、子供を育てること、まだまだ、お金がいるので、他の人との結婚は考えられない事。

 

夫には、結婚を今しても、生活費は出せない事。

 

そして、旦那が私よりは、14歳年下である事。

 

私に持病があり、もう無理ができない事。

 

最大の原因は、夫の家族が、夫の離婚原因は私のとの不倫だと思っている事。

 

同じ職場で、働いていたことで、ダブル不倫をしていると言うことが噂になってしまった。

 

と言ってもその当時、私は離婚をしていてシングルマザーだったけど、そのことは職場の人間は誰も知らなかった。

 

離婚したばかりの私にとって、4人の子供を育てるの一生懸命だったから、恋愛をしたいとも思っていなかった。

 

ただ、私の見た目は、40代後半だったけれど、28歳から30歳にしか見えない。4人の子供がいるようには見えない。

 

他人が見ると、お洒落で自由で、生活をエンジョイしているように見えていたと思う。

 

ただそれは、遺伝で若く見える家系だから。母も、美魔女だったから。そんな母を見て育った私は、お洒落をすることが好きだし、奇麗な母のようにいつまでも若々しくしていたいと思っていた結果だから。

 

プライベートと仕事、公私をきちんと分けていた私は、自分のプライベートを一切はなさない人間だった。

 

そして夫も、自分のプライベートを話さない人間だった。

 

夫の元妻が勤務先に電話をかけてきたことから、職場で「ダブル不倫」という噂になる原因になった。

 

夜勤明けなのに「夫がまだ、仕事から帰っていないのですが」というような電話だったらしい。

 

そしてその電話を聞いた人のプライバシーを、知りたがる職員が、私が夜勤相手、これは二人が一緒だと言うことで、「不倫」をしているという構図ができ、あっという間に、広まってしまった。

 

自分の知らない所で、勝手に噂されていると思っていないから、私の態度は変わらない。

 

夫とも他の職員の男性とも、変わらない態度で仕事をしていたのだけど。

 

問題は、夫。夫は、無口で、笑わない人なんだけど、私とは笑って話をしたりするから、余計に誤解をしていく人が多かったみたいだ。

 

色眼鏡で見てしまうと、妄想の世界に引きずり込まれるのかもしれない。

 

私が、うわさのことを知った時に、同僚の看護師に聞いたら、衝撃な答え。「だって年下の男との不倫ってはやっているから」

 

はぁ~、それだけのことで勝手に事実確認もせずに、うわさ話で、他人を傷つけるのかと。

 

人のうわさも75日と思っていたけれど、うわさはどんどん、エスカレート。

 

看護部長にまで疑われ、看護部長に至っては、うわさ話を否定しに二人で行ったけれど信じてもらえなかった。

 

そのため、看護部長からは、しっかりとパワハラを受けましたよ。

 

ひどかったのは、、友人たちと自宅で、パワーストーンブレスを作っていた時に、電話があり、「そこに○○君、いるでしょ。靴のサイズを聞いてちょうだい」と看護部長から連絡があったこと。

 

私はブチ切れてしまい「何でここに、○○君がいるのですか?私の家ですよ。今いるのは友人ですが、変わってもらいましょうか?」

 

後でわかったのだけど、夫は、看護シューズの注文サイズを記入していなく、その日が注文最終日だった。看護シューズはその当時一年に一回配給だった。夫は、まだ、シューズはしっかりしているから今回は注文しなくてよいと思い記入していなかったらしい。

 

それで、自宅に連絡したら夫は出かけており、私も休みだったので一緒だと、私の携帯に連絡をしてきたのだった。

 

病院からの連絡は、普通、自宅にかかってくるのに変だなと思ったのも、それで納得。外であっているから、私の携帯に連絡してきたと言うこと。

 

私が、看護研修に出かけた翌日に、職場で、看護部長から、「昨日○○君と一緒だったのではないでしょうね」と。

 

何を言っているのだろうと思ってしまった。だって、看護研修は、他にも3人の職員と一緒だったから。それに、夫はその日の仕事は準夜、仕事が終わるのは、夜中。

 

私は、体調のことも考えて、研修会場のホテルに前日に泊まっていた。そしてそのまま、研修会場で他のメンバーと合流。夕方まで、きっちりと、研修を受けていたのに。

 

夫は、夜中仕事が終わってから、自宅に帰らなかったらしく、職場に朝から連絡があったらし事で、私に看護部長が、質問してきたということ。

 

でもね、私が受けに行った研修場所に、夜中仕事が終わって、来るとしたら、車で3時間。だって、電車はは知っていませんから。そしたら、夜中の3時は過ぎますよ。

普通に考えても、私と一緒って。

夜中に来て、私の研修が終わる夕方まで、○○君は何をしているのだと、私は思わず考えてしまった。

 

人間って怖い。否定をしたのに本人の言うことよりも、うわさ話を真に受けて行動をするなんて。

 

こんな人が上司なんて、情けない。悔しいと思った。

 

だから、うわさ話が、本当であったというような行動はしたくなかった。

 

夫は、本当に私に対しては気に入ってくれているのは仕事をしている時から感じてはいたけれどそれは、先輩看護師と言うことと、受け止めていた。

 

ただ、話をしていることで、夫の家でのトラブルも少しずつ知っていたので、妻から離婚話が出ていることも、自分は話をしようとしても聞いてくれないと。

 

私は離婚を二度もしていることや、以前に生命保険の外交員をしていたことで、司法書士の先生を知っているので相談したらと、紹介したことがある。

 

結果、夫は離婚調停をして離婚をすることになった。

 

そして、離婚後、夫から交際の申し込み。

 

私は結婚する気はないけれど、友人としてなら付き合っても良いと。

 

歳をとってから嫁と姑の付き合いなんて、面倒と思っていた事。

 

ただ、夫は離婚で、精神バランスを崩しているのは感じていたので、友人として、付き合ってもいいと考えたのが甘かったなと、今は思っている。

 

私に対する依存と執着がこれほどまでになると思わなかったから。

 

結果、5年してもあきらめず、私に事情もあり籍を入れることになった。

 

仕事をやめた。身体の調子が悪くなっていたのが最大の原因で、職場は、定年退職後のパート職員はいるけれど、それ以外のパート職員を取らない所だったこともあるから。

 

うわさ話でしんどい思いをするのはストレスになる。これは経験したからこそ。うわさ話に付き合うだけの気力がない事も。

 

これからの私たちの再々婚の形に代わるのかは、未知数。

 

最近は、夫の義両親の介護のことも視野に入れて考えているから、どこかでは、私たちの結婚を夫の両親に話すことにはなるだろうな。

 

自分が、精いっぱい生きることだけだった若い頃。占いと私。

自分が、精いっぱい生きることだけだった若い頃。

安倍元総理襲撃事件、旧統一教会と政治、そして様々な、悲しい事件を。聞くにつれて。

若い頃、霊感商法の頃は、初めての育児で、ニュースや世間の事の無関心だった。日々の生活の中で、悩んでいる暇などなかった。

子供に関する事件には、反応していたけれど、だからといって何かが変わるわけじゃないと思っていた。

兎に角、生活をすることは、ある意味井の中の蛙大海を知らずになる。

自分の周りの事だけ。

それは、時間に追われているからだろう。若い頃は考えるよりも行動。

私の性格だろ思うけど、テレビを見たりすることもなく、世間の情報を気にすることはなかった。

誰かのために、なんて考えることもなかった。

自分の親が、ろくでもない毒親だったから、頼ることもしない。

親兄弟、友人、知人に頼ることはしない。

だからこそ、必死だった。

子供の頃から、貧乏だったことと親の社会的なものが皆無。そのために、社会、大人たちを信用していなかった。

助けてくれる人はいない。

攻撃してくる人間はいるけれど。

特に親というものは、自分の子供を守りたいと思うのだ。だから、私の様な子供は親から嫌われる。私という人間を見ないで、バックの親を見て判断するから。

だから、いい子でいた。そのほうが他人に傷つけらないから。子供の頃からの、自分を守る方法だった。

そのせいか、自分の本心を言うことはなく、泣き言も言わないし、忍耐力のある大人になった。

あの親の子だからと後ろ指をさされないように、これが子供の頃の私の生活の指針だった。

おかげで、冷静に自分の人生を見ることができた。

欲しいものは、自分で頑張って作る、買う。

他人と、決して、仲良しこよしはない、何かしらの、損得でかかわってくる。何かあれば保身に走り裏切る。

今も、知人はいるし他人とはそつなく付き合うが、自分からはコンタクトは取らない。

自分から話をすることがないから。困ることがないから。

来るものは受け入れるけど、継続的な付き合いはしない。

人のうわさ話(井戸端会議の話は嫌い。)と、他人の生活を覗き見たいだけだから。

自分の人生は与えられた環境、状況の中で、自分の思い通りの生活をするために生きる。

だから、興味がなかった,世界平和なんて大きなことは、平和に越したことはないけれど、私一人で、何ができる?

自分を幸せにすることで回りの自分に関わった人が幸せになっていくなら、私はいつも笑っていよう、強く弱音を言わない人間になろう。

少しずつ成長するにしたがって、自分と関わる人は、私から元気のパワーをもらいにくるのかと。

気づけば、学校、職場などで、話し相手になっていった。

自分はなぜ生きるのかと考える子供だった。そして自分のことを知りたい要求が強く、いつの間にか、占いの世界に入っていた。

占いは、自分を知るためにとても分かりやすい道具だった。

自分を知ることで、こんな時は、こんな行動をする。感情が抑えられないときは?

物事が起こった時に、自分の感情、考え方がわかっていると、こいうときはもっと考えないと、これは感情的になってはいけないとか、気を付けることができる。

起こったことの原因がわかりやすい。

そうすれば反省をして二度と同じことの失敗をしないように頑張ってみることができる。

だから、人生を生きるために、自分とはを考えてみるといいかもだ。

占いは、当たるも八卦当たらぬも八卦とは違うと思っている。

占いは自分の見えないもの気づかないものを導き出してくれるものだ。

 

 

 

慢性腎不全食事療法開始。健康オタクに目覚めた夫?亜麻仁油、トマトジュース、納豆、玉ねぎの皮のお茶。

健康オタクに目覚めた夫?

最近、頭が、ぼーっとするという。頭が痛いというのか、すっきりしないらしい。

元々、血圧が高い。以前から、ちゃんと毎日測ったというのだが、実行しない。

血圧が、薬を飲むほどではないけれど、私よりも、高い。

それで、最近私も体調を調整するのに、食事療法をもとの戻すことにした。

毎日の、食事のメニューを考えることに。

ユウチュウブを見ていたら、血圧を下げるのに効果があるという食べ物があった。


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夫と、見て1か月頑張った看ると言うことのなり、実行することに。

亜麻仁油、トマトジュース、納豆、玉ねぎの皮のお茶。

玉ねぎの皮は、以前にも、血圧を下げる効果があると聞いたことがある。

夫は、玉ねぎと聞いただけでちょっと嫌そう。

それで、玉ねぎの皮のお茶以外の物を、毎日の食事に取り入れることに。

夫は、納豆は、夜食べる。

夫の朝の食事は、フルグラ、ヨーグルト、バナナ、食パン、コーヒーが定番。

血圧低下のために、トマトジュース、亜麻仁油を追加。

昼は、これまで通りに弁当。夕食は、納豆が追加。

私は、フルグラ、ヨーグルト、バナナ、トマトジュース、納豆、緑茶、亜麻仁油

青汁酵素入りはヨーグルトにかける。寒天は水分補給もかねて。

昼は、普通に、食事成分を考えて、しっかりと食べる。

ある日の夫婦二人の昼食

夕は、野菜いっぱいの汁物を食べる。

私の場合、体調を崩す前は、中性脂肪などを改善するために、朝のフルグラ以外の炭水化物を取らないようにしていた。

今は、もう少し、体力を回復したいので、昼も炭水化物を取ることに。

16時間断食は、12時間断食に変更。

アマニオイルのいいことは、魚を食べないと垂れない、栄養が取れると言うこと。

ずっと、魚を食べたいと思っても、少量だし、腎臓を悪くしてから、魚のにおいがダメになった。焼いた魚や煮魚が、苦手になった。食べれないことはないのだけど、あとから、「うっぷ」と上がってくるのが嫌。刺身は大丈夫だけど。青魚はダメだ。

私自身は、子供の頃から、好き嫌いがなく何でも食べれていた。魚も嫌いではない。どちらかと言えば好き。

鮭の焼いたの食べた~い。塩サバ食べた~い、ぶりの照り焼き、おいしいよね。

夫に料理をしてあげるたびに、思う。スーパーの鮭弁当美味しそう。サバ弁当いいな、と思う。

でも、食べた後、「うっぷ」は嫌だから我慢だし、一人前の、切り身が食べられないから、美味しい部分が食べられない感じがして、それも嫌。

たまに、夫の食事から一口と、つまみ食いするのが楽しみかな。

腎臓病の食事療法は、塩分、タンパク、カロリー制限があるけれど、私にとっては薬と同じなので、たまに、おいしい物が食べれたら、抵抗はない。

腎臓悪化が進むとカリウム制限、水分制限が入り、さらに、低栄養になるので、決められた量をきちんととることは大切。

私は、長く続けるためには、三食全部を毎日献立を考える必要はないと思っている。

だから、食事療法の塩、タンパク、カロリーを、三食の一食は自由に、食べるようにしている。

寝る前には、余り食べないほうが体に良いようなので、夕食も少ない。

朝、食べるものが決まったいるので、昼は好きなものをしっかりと食べる。

夕は、一日分の残りの制限分で、食べる。

昼、案外好きなものを食べるので、食事療法がうまく続けられてきてようだ。

私の考え方なのだけど、塩分もタンパクも、体内に蓄積されるから、血液検査が悪くなると思っているので、毎日、おいしものを食べていれば、当然、悪くなるだろうけれど、普段、きちんとしていれば、ひと月に一度や二度、食べ放題の焼き肉屋にいっても、回る寿司に行っても、大丈夫。

  • そんなに食べれるものでもない、普段から、節制しているから「よし、今日は食べる」といって出かけても、食べてない。

結果、「う~ん、焼き肉食べ放題は、そんな気がする」と思ったりしている。

でも、家族と気兼ねなくする食事会は、やっぱり楽しい。

食べることは、幸せ、それが、自分の大切な人たちとならなおさらだ。

だから、普段は、色々考えて、制限を守ることは、何の苦にもならない。

食事は、大切。おいしく楽しく食べよう。

そうそう、玉ねぎの皮の煮だし汁だけど、オニオンスープにしたら夫が飲んでくれた。

玉ねぎの皮のお茶、癖がなく飲みやすかった。

それで、、オニオンスープにしたらいいかもと。

「これ、玉ねぎの皮のスープだよ」と、飲んだ後に話をしたら、「おいしかった」と。

 

 

先月は、体調を崩して、何もできなかった。復活し始めた私。女の身支度、朝の鏡を見る習慣は、若さの秘訣だと今回つくづく感じた。

先月は、体調を崩して、何もできなかった。

本当に、このままどんどん悪くなって透析にまっしぐらかなと思った。

8月の検査で、やはり、主治医から自宅安静を言われた。

と言っても、しんどくて、動けない状態。

体力をつけないといけないと思って、それまで、していた食事療法をせず、16時間断食もせず、炭水化物をほとんど食べない状態だったのだけど。

何といっても食べるとなるとご飯。

沢山食べれないけれど、5~6回に分けて、少量ずつ食べた。

しんどいから、旦那は仕事でいないので、ひたすらご飯。おかずを作ることもままならないくらいしんどかったから。

レトルトの丼物を、かけて食べる。後は、麦茶をかけて食べる。

栄養など考えずに、食べて寝るを繰り返していた。

炭水化物ばかり食べたら、20日間で、2キロ超えた。

やっぱり痩せようと思ったら、炭水化物は食べない方法がいいのだなと認識した

運動もせず。

もう、ここ何年もしたことのない生活。

46歳から、慢性腎不全と病名がついてから、食事療法を厳しくして、運動も取り入れ、血液検査で、少しでも、悪い所があったら次の検査までに改善するようにしてきた。

だけど、今回は、体調が悪すぎたのと、旦那が、全然、手助けをしてくれずに、熱が下がる頃まで、食べ物らしいものを口にしていなかったので、体力は落ちるし、自分でわかるほど、痩せた。

正直に言って私このまま餓死するのかと思った

少し動けるようになって、近くの店までいき弁当を買って冷凍したりした。それでもしんどいほうが強くて、食べることが進まない。

人間は、不思議なもので、少しでも動けるようになれば、生きると言うことに向かえる。

今日は、9月4日。主治医に安静を言われているので、できるだけ動かないようにしている。

しかし、8月末の頃よりは楽だ。

車で、買い物に出かけたら、まだ、しんどくて、辛かったけれど、今は、30分くらいなら、しんどくない。

9月1日に朝弁当を作った時はまだしんどかった、けれど、今日はそうでもなかった。

ただ、家事をしても30分くらいがいいようだ。それ以上になるとやっぱりしんどい。

昔なら、しんどくても多少は無理をしていたが、今は、安静を言われているので、休憩のほうを重点にしている。

元気になってきたなと思うのは、ブログの記事をかけるようになったこと。

ツイッターを見るようになり投稿できるようになったこと。

家事も休み休みなら、できる自信が戻ってきたこと。

しんどいときには、猫たちの世話もできなかった。

余談ですが、体調の悪いときは、茶々も、全然散歩の催促がなかった。

鈴、小鉄、福丸も、おやつも催促しなったし夜の運動会もしなった

今は、朝の涼しいときに、茶々が散歩の催促をしてくる。

鈴たちも、食事やおやつの催促をしてくるようになった。

猫たちから見ても、元気になったと言うことかな。

それにしても、猫って不思議な動物だ。

体調が、少し回復して、旦那に「何を考えているのだ。妻が体調悪いのがわからないのか。あんたは、看護師だろうが」と始まり、喧嘩をした。

結果は、旦那が超反省。

10月に検査があるので、それまでは、安静にしているので、休み休み家事はする。

「私は、全然元気そうに見えるのと、しんどいと泣きを言わないようにしてきたけれど、あなたは「しんどい」と言ってもわからないようだから、今日は何もしないという」からと伝える。

大きな息をすると、咳が出る。身体全体はやっぱり前と違う気がする。

けれども、自分の中で、そろそろ体調管理をしないといけないと思っている。

明日からは、バランスの良い食事と食事療法を再開する。

本当は15日までは、パジャマ生活をしようかと思っていたのだけど、性格かな。

無理だと、毎日の規則正しい生活は、生きることには必要不可欠だと思う。

パジャマだと、洗顔もしない髪もバサバサで、肌も潤いがなく、婆になった気分。

しんどくても、休みめる状態を作って、規則正しい、朝のルーティンは大切と気づく。

女の身支度、朝の鏡を見る習慣は、若さの秘訣だと今回つくづく感じた。

老春時代を、楽しむには、やっぱり、女であることを意識しなくちゃね。