老春時代の満足生活情報発信局(お金と暮らしと占いと人生物語)

還暦を迎え、人生を心地よく過ごし、もっと魅力的人間になる「楽しく楽しく生きる」ヒント探しブログです

老春時代日記。子育て時代に感じた、先生の話。教育者として、そのスタイルはどうなの?

老春時代日記。教育現場の動画を見て、昔の子育ての時に、思ったこと。

中学一年生の次男が、学校から帰って聞いてきたこと。

『母さん、ヒッピーって何?』

『うん?』

『今日、技術の先生が、僕にお前はヒッピーかと言ったから』

その瞬間、私は、プチっと。

この、先生が息子にいった言葉は、褒め言葉ではない、馬鹿にした言葉だと。

息子には、ヒッピーとは、お母さんが若い頃に流行したかっこというのかな、人から見たら、風変わりなスタイルや定職をもたず、放浪した人、道徳観や生活様式が、自由な人達のことで、アメリカからながれてきて、波及した。その人達をヒッピーと呼んだの。

『それって、僕に対して、おかしいやつと言ってるんだね』

『そうね、その先生は、ちょっと問題ね。事を大きくはしないけど、明日学校にいくわ』

『母さんね、その先生の、授業参観の時の服装に、びっくりしたから。でも、校長も何も言わないのかなと。気になったけど、ことを荒げることもする必要がないと思っていたから。』

『学校に行くの?』

『うん、一応学年役員だからね。あなたに言ったことは、授業中でしょ。みんなの前で、そんなことをいうと、イジメになることもあるし、その発端が先生ていうのはね。あなたも、嫌でしょ、みんなから、おまえは、ヒッピーだなんで言われるの?』

『うん、嫌だ』

息子が、ヒッピーと言われたのは、息子が、髪を伸ばして後で括っていたからだと。

小学高学年から、伸ばしている。理由があるのだけど。まあ、その話はまたの機会に。

次の日に、学校に、朝連絡を入れ、担任と話。

そして、生活指導、教頭、校長。

謝罪を、して欲しいという事ではなく、改善を。

技術の先生は、息子の、スタイルに対して、差別用語もしくは、他人を馬鹿にする様な発言をされてます。子供が傷つくとは考えなかったのかと。

私からすれば、技術の先生のスタイルはいかがな物ですか?

思春期の中学生、女子生徒に対して、先生のスタイルは、教師として、普通なのでしょうか。

上は、Tシャツ、下は、短パン。首にタオル。

学校では、男子生徒は、夏でも、ワイシャツに長ズボンですよ。女子生徒も、ワイシャツに、プリーツスカート。

体育の教師が、スポーツウエアでおられる事は、わかります。あー、体育教師だなと。

息子は、髪をのばしてはいますが、ちゃんと後で括っていますし、学校の規則では、女子は肩につく髪は結ぶとなっていますね。男子が髪は清潔にです。ですから、息子はきちんと結んでいますから。不潔ではないですし、中学に入学した時に、きちんと担任に息子の髪の件はお話しして、許可をいただいています。

制服を生徒に着せて、スカートたけや学生服のボタンなど、注意される先生が、短パン、Tシャツ姿で授業。

親として、大人として、見本になるなら、TPOも考えてください。

この技術の先生のスタイルは、他の特に女生徒の親から、クレームが、役員の耳に入ってきていた。

口にはしませんでしたが、太っていらしゃいまして、母親目線からも、なんだこのだらしないカッコの先生はと、思っていた。

そんな、だらしないカッコの先生が息子に対して、差別用語をいうなんてと、非常に不愉快だったけど、そこは、お首にも出さず。

成人して母親である私でも、ヒゲモジャの足を出して、授業しているのを見た時に、気持ち悪いと。

なおさらですよね。思春期の女の子なら。

服装は、その方の品位も、表現します、言い方は悪いかもしれませんが、その様な、カッコで授業をされるから、生徒に対して失礼な言語を言うのではないでしょうか?

子供達には、相手を不快にさせる様なカッコをしない、TPOは大切。

制服は、信頼や安心を与えたり、時にはコミニュケーションをとりやすくすると、おしえています。

中学生の制服を着ることで、自分に責任を持つことや、中学生らしいと思える効果もあると。

今回のことは、学校全体もしくは、校長、教頭の責任もあると思います。

息子には、今回の事は、勉強になったと思いますから。

技術の先生には、少しおやせになれば、教師らしいかっこができるのでは。それから、夏は暑いのは当たり前、それでも、生徒はちゃんと、制服をきてますよ。と嫌味を言ってしまいました。

息子は、ヒッピーという言葉を知らなかったから、怒るより前に、どういう意味だろうと、考えだけど、良い言葉ではないと感じたみたいで、わたしに質問してきました。

他の役員と、技術の先生のスタイルは、学校に、話をしないといけないと。

保護者会の時に、クラスの話し合いに議題として出そうとなっていた。

昔の歌に、ボロはきてても、心は錦はあるけど、やっぱり、他人に、物を教えるなら、まして教師なら、尊敬されるスタイルをするべきだと思う。

その後、技術野先生は、短パン、Tシャツは、やめられた。

f:id:compass-life:20240414184647j:image旦那の弁当

 

 

 

老春時代日記。知らぬ間に、忍び寄る老化。

最近、内臓老化を、感じている。

症状として、便秘。腸蠕動が上手く機能してないダメだなと。

腸活をしようと決意。

食事でなんとかしたいところだけど、慢性腎不全で、食事療法をしているから、制限がある。

それでもと、思考錯誤。

毎日、、ヨーグルトは、食べていたのだけど、乳酸菌が足りてないかなと。

主治医に相談。サプリメントを取ることに。

ラクエイド。お値段高いけど。

お腹がスッキリして、善玉菌が増えるならいいかと。

まずは、3ヶ月。スタート。

そんななか、最近、凄く、喉がイガイガして気持ち悪い、風邪かなと寝る前に、葛根湯を飲んだり、風邪薬を1日9錠を寝る前に2錠。

だけど、なんだかしんどくて、高熱は出ないけど、体熱感があり、汗がでる。

先月に、血液検査と診察があったのだけど、前回よりも、数値は良かったのだけど、軽い脱水をおこしていて、水分摂取ができていなかった。

確かに、意識してなかったなと.反省。

だから、体が、しんどいのだろうと思っていたのだけど。

検査、診察が済んだら、寿司か焼肉を食べに行くのだけど。

今回は、焼肉を食べに行っていなかったから、夫と、焼肉を食べに行った。4月4日に。

4月にはいってから、排便が上手くいっていないという感じがあったのだけど。

食べ過ぎたのかなと、思うほど、胸焼けと、みぞおちに鈍痛がある。

ずっとお腹が張って、苦しい。

夜寝ているのに、吐きそうになり目が覚める。

便秘のせいかなと思い、下剤を内服。

それでも、スッキリしない。

食べると、胸焼けとはりかんがあり、胃上部から、喉元まで、食物がある様な不快感。

咽頭が赤い。舌が、ザラザラ感と、少し緑っぽい

苔状態。

寝る時に、クッションで上体を起こし寝ていたけど、8日の早朝.吐きとゲップでたまらなくなり。

トイレで、嘔吐。

冷静に状態を考える。

イレウスではない、なぜなら排便は、今は下痢状態.下剤をのんでいるから。

一つ、一つ、当てはまる症状を考えて、思い当たるのは、逆流性食道炎

老化に伴い、老人に多い。

なるほどと納得。

水分でさえ、気持ち悪くて、なんとか飲まないとと頑張っていたから。

素人ではあるけど、素人ではないか、医療従事者だわ、元だけど。

薬局にいき、ガスター10を購入。

一週間飲んで、、あとは漢方胃腸薬を飲むことに。

今日で、4日目。少し楽になってきた。

8日からだけど、9.10日は、まだ食べると不快感や胃のもたれ、ゲップが出てきていたけれど、

10日の昼からは、食べても、あまり、胃もたれをかんじなかった。

夜も、トイレ以外には、起きなかった。

体熱感や、しんどいのも、楽になってきて、家事を再開。

それにしても、自分の体の中の老化はわからないな。しんどいは痛いと違って我慢するから、結構、悪くならないとわからない。

見た目は、老人じゃあないのだけど、中身は、それなりに、老化が進んでいるようだ。

暴飲暴食をすることは、ないのだけど、これまては、月に、何度かは、寿司や焼肉は食べに行っていたけど、食べ方を変えないといけないと反省。

今はまだ、消化の良いお粥と、野菜はスープ.スムージーにして、摂取。

固形物を食べると、まだ、少し負担なので。

色々考えるけど、仕事を辞めて、運動不足もある。

とくに、2022年夏に、体調を崩してから、上手く体調管理ができていないこともある。

お腹のマッサージ、ストレッチなどで、身体に刺激をあたえて、少しでも、老化を楽しみ、老春時代を満喫しようと新たに、決意している。f:id:compass-life:20240411085721j:image

今日の旦那の弁当。

昨日からやっと、旦那の食事も作る。

此処何日かは、旦那は、インスタントカレーや惣菜を食べていた。

私は、絶食状態だったから。

昨日の夕飯は、他人丼、かぼちゃのに物、具沢山の味噌汁。

嬉しそうに、カボチャ美味しいと言っていた。

2024年4月6日。老春時代日記。 はてなブログを整理しようと思っています。

2024年4月6日。老春時代日記。

今日は、はてなブログを整理しようと思っています。

以前から、占いカウセラーの話や飼い猫の話など、ごちゃごちゃで、良くないなあと思っていたので。

大きく分けて、猫の話のブログ。占いカウセラーの話。老春時代日記の三ブログにしたいなぁと思います。

猫の話は、保護した経緯、猫友達の話、愛猫の様子などを中心に。

占いカウセラーの話のほうは、たくさんの方とかかわってきて、占いカウセラーとしての思いや、悩みの相談出解決したり、前向きになった人の話など。

老春時代日記は、私の日常の楽しみや、今やっている事、主に私生活の話を。

老春時代日記には、記事が500を超えているので、これを整理するにはきっと、時間がいるだろうとは思うけれども、ペットの猫の話が好きな人、占い師の話を聞きたい人と、分けておいた方が、読みやすいかなと。

何も考えずに、ブログを始めたから、今になって、反省。

自分の経験や人生の話だから、仕事も、ペットの話もしてきたけど、自分が何を伝えたいのかを考えたときに、整理しないといけないと。

人生65年も生きてきたら、いろいろあるし、今だからこそ話ができることも。

大切なことは自分も呼んで、わかりやすくないといけないと。

あれもこれも詰め込んでいたのでは、だめだなと。

これは、ユウチュウブをやってみようかなと思ったことからもきています。

ユウチュウブとブログを連動しようと思ったら、あまりにも、ごちゃごちゃだったことに気づいたと言うことです。

ユウチュブって、何かに特化したことで、配信しているから。

シニアの方でも、日常の様子を配信している人達を見ると、年金の話、お洒落の話、料理の話とジャンルがきちんとしていると思いました。

健忘帳のつもりで、頭の体操につもりで、ブログを書いてきたけれど、自分の中で、話はいっぱいあるけれども、このブログは、こんな話をしているとわかったほう良いと。

パソコンを打つのは遅いしなかなか、時間がかかるだろうなと思いつつ。頑張ろう!



 

 

 

人間関係の悩み。悩みを作っているのは自分。相手ではない。

2024年3月28日老春時代日記。

人間関係の悩み。

先日、知人の悩み相談で、何でそんなに、悩んでいるのだろうと。

すごく簡単に考えれば良いのにと思って話を聞いている私。

話を聞いてもらえてて、元気になった職場を変えることはやめると。

知人の場合、相手の気持ちを考えすぎることと、自分が思うような相手からの言動がないからだと、それが不安になり、辞めたいとなるようだ。

幼少期からのトラウマかなと思える節が、ちらちら感じられる。

親が支配的な子育てをされてきた人に多く感じる。親の気持ちを気にして、怒られないように、親の言うことを聞かないといけない。親の言うことは絶対。

だから、他人からどう思われるのかを、すごく気にする。

相談ごとに対して、私は、決めるのは本人だと思っている。

そして、その選んだことは、自分が望んでいることをする為。だから、反対をすることはない。そうしたいのならなぜ、そうしたいのかを聞き、そうすることのメリットを話す。

現状に不満があるから、今を変えたい、逃げたいと思うなら、本人にとっては、必要なことなのだろうから。

投げかけることは、今の状況が自分のライフスタイル、もしくは、生きにくいのであれば動けばよいと言うことだ。

だけど、今ありてを考えないといけない。

人間関係の悩みは、自分が思うような結果が起こらないことで、自分で嫌になることだから。

解決せずにいれば、逃げてばかりで、結果何度も同じことの繰り返しになり、どんどん自分が嫌になる。

今を、いろんな角度から考えて、誰かに話しをして意見を聞くのは大切。

自分の今を正確に知ることで、未来が変わると言うことを、考えるべき。

嫌な人間、嫌いな人間はいる。虫の好かない人や、人間としてどうなの?と思う人も。

それでも自分の考えしだい。

嫌いな人に好かれようとする必要はない。自分が嫌いなのだから好きになってもらうことは無理。

人間としてどうなのと思う人を、自分のテトリーに入れる必要はない。

合わせる必要もない。

社会にはルールという物がある。職場には職場に。

仕事をすると言うことは、会社に勤めることは自分の時間を対価で売ることなのだから、その時間は自分の物ではなく、会社の物だ。

なのに、あの人が嫌だ、あの人は優しくないとかは関係がない。仕事をするに至って、障害になるなら、会社に報告すればよい。そして、仕事の中で、邸内に付き合えばよいだけ。そこに、自分の感情を入れることをしたり相手にどう思われたを気ににするとことは、相手に対してのある意味、依存。

めんどくさい人間関係なら、仕事以外で話をしない事、プライベートの話をしない事。あいさつをきちんとすること。公私をしっかり分けることだ。

動物の世界ではルールがはっきりしているし、生きるために必要な狩りしかしない。縄張りを守り子孫繁栄のみ。

人だけが、感情という物に左右されて、ともすれば、自分で持て余し、鬱になったり、自己評価が低くなり、周りの人間を巻き込む。

考えてみると、確かに、仕事という時間は8時間。実際には、もっと長い時間他人といる。ストレスも、あるだろう。

コミュニケーションはたいせつだけれども、仲良しこよしの人間関係は皆無だ。

他人に期待をして裏切られたと感じるのは自分だ。相手の思考などわかるわけがない。

だったらそんな無駄なことを考えずに、言われたことをい合われたようにとる。

相手がどう思って言っているのかなど考えるのは、必要がない。今の現状を見て、判断すればいいだけ。

悩みを作っているのは自分。相手ではない。

 

「おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!」とか最近流行ってる「BL小説。アニメ」などを見て、思うこと。

2024年3月17日老春時代日記。

「おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!」とか最近流行ってる「BL小説。アニメ」などを見て、思うこと。


www.youtube.com

還暦を過ぎて4人の息子を持つ親として、子供が同性愛者だったらと考えてみた。

簡単に言えば、受け入れる。理解する自分がいる。だって好きなんだから仕方がないじゃあないかなと。

誰にも迷惑をかけているわけじゃないし。

ただ気になるのは、エイズが、同性愛者同士、特に男性同士の関係で、多いという情報。まあ、確かな情報であるかは、わからないけれど。

それは置いといて。

巷のニュースで、同性愛者の婚姻を認めろという裁判が、起きていることを見た。

それについて、思うのだけど。

男女の婚姻は、子孫繁栄のルール。社会の秩序としての決め事だと思っている。遺伝の問題が大いに関係しているから、近親婚を禁じているし、婚姻できる年齢も決まっている。

人間愛として考えるなら、同性愛者の結婚も認めるべきだと思う。


www.youtube.com

だって、結婚とは、愛し合うものが、家族として助け合うもの。

昔から、男妾とかあるし、歴史を見ても、そして男性ばかりの学校や刑務所など、男性ばかりの社会では起きていることだ。

男性ばかりではないだろうけれど。

昔、私が、看護学生の寮にいた頃、年下の後輩に、迫られたことがある。一年と二年は同じ部屋だったから、深夜二段ベットで寝ている時に、なんかもぞもぞすると思ったら、後輩の子が私の身体を触っていた。ベットから驚いて落としたけれど。

私にはその気がないし、同性とそいう気持ちにはなれない。

彼女の場合は、小学校高学年の頃に、レイプされて以後男性が好きになれなくなったのと、女の子に対する何というか、同じ目に合わせたいというゆがんだ感情があったのではないかと思う。だから、完璧に彼女が男役。ショートカットで、いつも男の様なかっこをしていた。

私はその後は、先輩の部屋に移動になったり、そのこと二人になることを避けて、無事に看護師になったけれど。彼女は結果、看護師にはなれなくて、同僚のお金を取って、病院をやめた。

話がそれたけれど、結婚というルールは、社会が決めてものだし、外国では、同性婚を認めている国もある。

それならば、国会で「家族婚」というような法律を作って、同性婚を認めればいいのではないだろうか?

結婚をすれば、どちらかの戸籍に入る。入籍をすれば、住民票には、世帯主と配偶者になる。

結婚をする時に「家族婚」として入籍を作るのはどうだろうか?

戸籍の筆頭者は、入籍すれば夫がなる。家族が増えれば、そこに入籍がされて、家族が増える。

子供が欲しければ、そいうシステムも作ればよいではないか。

特別養子縁組という制度もあるのだから。

子どもを育てたくない、育てられない赤ちゃんが、殺されることも少なくなるかもしれない。

簡単なことではないだろうけれど、

社会が必要としているルールではないかと思う。

何と言うのかな?

若い頃に、50代や60代の恋愛など考えられないだろう。でもね。身体は老化というシステムで、おばちゃんお爺ちゃんになるけれど気持ちは変わらない。誰かを好きになることは、若い頃よりはおおくはないけれども、恋愛をする気持ちは変わらない。

だから、同性愛者も、人を好きになる気持ちは同じだと思う。

お互いが好きで、一緒にいたいと思うのは自然だから、異性同志の結婚と同じように、ルールを作っていけばいいのにと思う。

結婚していなくても長い間、内縁関係だと結婚していたと認めるのなら、同性愛者の人たちが一緒に生活をして家族になって要るのなら、認めてあげることの法律を考えてあげるべきだと思う。

私は楽観的なのだろうか?

だけどもしも自分の子供の好きな人が同棲者で、一緒になりたくても家族としての力がなくて、手術の同意書のサインも、損人が亡くなった時にも何も残してあげられない。保険だって、受取人に慣れない。

県民共済などは、戸籍優先だから。一緒に生活をして支えても、家族でなければ、何もできないのだから。

愛している人と一緒のお墓に入れない。

もしも、私の子供が、同性婚ををしたいと言われたら、二人に幸せになってほしいと思う。

まあ、公正証書で、国は認めていないけれど、私たちは夫婦ですとのこすかな。

難しいし、簡単に同性婚を、認めない人もいるけれども、どんな人でも憧れたりした同性はいるだろうし、それが、強い気持ちになって、お互いにとってはなくてはならない人になるのだろう。

 

 

2024年3月2日老春時代日記。寂しいという知人。

お金持ちの知人。私が知ってから、16年。生活費を自分で稼いだことがない。

若い頃は、会社で働いていたみたいだけど、辞めてからは仕事してはしていない。

大学院卒業。スペルはかなり高い。

もう、60代に手が届く。二人兄妹なのだけど、兄は、社会に出たことがない。

すごいなぁと思う.私の次元ではない。

親のお金だけで、子供二人、働かなくても生活できるのだから。資産家なのだろう。

年齢高いのだけど、恋愛がしたいというか、結婚がしたい。

最近は、熟年結婚も、恋愛も多いと思う。

しかし、彼女は、何というか現実を見ない。

社会生活をまともにしていなく、自立をしていない女性と、結婚したいと思う男性がいると思っているのだろうか。

これは、何もこの女性に限らず、昨今は、自立していない女性の結婚は難しいのではないかと思う。

昔のように、専業主婦で、家庭を守って、男は仕事なんていう環境は、かなり、ハイスペックな家庭だと思う。

女性が労働者としては、国が力をいれているのだから、仕方がない。

マァ、仕事ができるようになると、結婚は、必然的に遅くなる。女性は、今や結婚するよりも、自分のライフスタイルを充実させている。

話が逸れたが、彼女には、自立をしないと結婚は難しいのではと話しをした。

彼女の好きになる人は、何故か自立出来ていない、何というかタレントや芸人のように、成功すれば、良いけど、まだまだ、未知数。

そんな相手が、自分の生活も、カツカツなのに、仕事もしていない女性と結婚したいと、考えるわけがない。

相手が自分の気持ちをを知っているのに、何故答えてくれないのか。

寂しいと言う。

本当に好きならまず、その人を支えるだけの力をつけるべきだと話しをしているのだけど。

彼女から来る連絡は、まるで、夢物語。

若い女性の恋愛相談だ。

彼女の恋愛は、障害ありすぎるのだが、60代がこようとするのに、まるで、改善がない。

パートナーが欲しい、結婚したい。

だけど、恋愛結婚。

出会いがないから、恋愛対象が、習い事の先生だったり、普通の男性を好きにならない。

結婚は、したいと考えた時に、どんな相手が今の自分に、合うかだと思う。

就職と同じで、やりたい仕事で就職できるのは、若い年齢層だ。

看護師でも、40代をすぎると、就職先が厳選される。

やりたい仕事ではなく、雇ってもらえる仕事になる。

彼女の場合、結婚したいけど、なのである。 

今の現実をみて、結婚を考えるべき。

資産家の娘だから、若い頃はお見合いがあったのではといえば、なかったと。

よくわからないなぁと思うのは、ご両親。

兄妹、二人とも結婚させない、自立させない。

ご自分達が亡くなったらどうするのだろうかと、ひとごとながらに、心配してしまう。

彼女の寂しいという気持ちは、依存からかなと。

働いて、一生懸命に生活をしていたら、寂しいなんて、考えている暇はない。

今日、どのように生きるか、毎日やることは、たくさんあるから、若い頃の様に、感情に、振り回されることもない。

あしたの糧を考えて、生きている事に感謝していると、寂しいなんて考えることはない。

彼女は、寂しいと思うと長いメッセージを送ってきたり、電話をしてくるが、現実を見ていないから、何を話をしても仕方がない。

今の彼女は、恋愛が上手くいかないから、寂しいと言ってきているから。

片思いで、全然相手が、自分の思う様にならないから。

好きなら好きと言って欲しい、私の気持ちはわかっているくせに。

大人の恋愛は好きだけでは上手くいかないと思いますというのが、正直な気持ち。

 

 

 

2024年2月17日老春時代日記。65歳の健康について考える。

2024年2月17日老春時代日記。65歳の健康について考える

仕事もやめて,子供達も社会人になり、一安心。

仕事を辞めた後、暫くは、まだ自分のことよりも子供たちのことが気がかりだったけれど、昨年頃よりやっと、自分のことを考えられるようになった。仕事を辞めた後、しばらくは、何かしないとという気持ちが、強くて、あれもしてみようと欲張ってみたけれど、何もできない。

根を詰めるというか、焦りというのだろうかよくわからない気持ちに追い立てられるみたいな。

で結果、できないことや続けられない事で落ち込んでしまう。

今年は、色々なことを再認識して、のんびり、暮らしていこうと。

まずは、体調が今一つ、昔のようにコントロールができない。

見た目や気力は、かわらないのだけれど、さすがに、65歳を、老化という物が現実とした感じる。

身体は若い頃から柔軟性があり、自信があったのだが、何と、左肩が五十肩で、痛みがあり、服を脱ぐのも着るのも痛い。

えー、えー、何?これって歳と言うこと。ショック。

人の身体は7年ごとに変わるというから。

確かに、24歳の女の厄年から、7年。

31歳の頃、何となく若い頃とは違うと。

38歳の頃は、もう中年、子育て真っ最中で、体調の事に気を配る時間も考えもなかった。自分のことは後回し。

45歳の頃は、まだまだ、元気で働けたけれど、若さを保つことを意識し始めたかな。この頃、腎臓が悪いのがわかったから、余計に体調管理を意識した。

52歳。歳を感じた頃。初めて、自分の年齢を意識したころ。

7年から10年ごとで、本当に体調や体力などは、意識して付き合わないといけないとつくづく思うようになった。

60歳になった時は、まあ、60代に入ったのだから、老化も仕方がない。でも痴ほうにならないように、脳の刺激は忘れないようにしようなんて、思った。

現在65歳になって、非常に体力の低下を感じている。特に内臓。

食事療法などずっと、頑張っているのだが。

一度体調を崩すと、血液検査が途端に悪い。むきになって、食事療法をやりすぎてしまうが、結果が思うようにならない。

老化というか歳をとると言うことは、本当に、見えないところから老いると感じている。

生きている限り、元気でいようと思ったら、「腸」の活性化を怠ってはいけない気がする。

40代後半から、便通障害、要するに便秘に悩まされるようになった。この歳になって、不肖化便。

腸が弱くなって活動をしていないことが、わかる。

腸活がうまくいっていないと、食事がおいしくない。

最近は、腹部マッサージをしたり、便秘薬を飲んだり。

腸に活気がないと身体もしんどい気がする。排便が、良好の時には身体も軽い。

腸活が、うまくいっていないとイライラもする。

若い頃は、お腹の悩みなんて全然、なかった。若さなんだなと思う。

慢性腎不全のために激しい運動はできないけれど、運動は必須だと実感している。

代謝も悪くなり、自己免疫力も下がる一方。

本当に今年は、これまでと違い、自分のことを見直さないといけない年だ。

65歳って、美術館や、レストランなどで、入場料が無料だったり、食べ放題などは半額だったりと、もう、もう。高齢者扱い。老人扱い。

これは嬉しいやら悲しいやらとても複雑。

食べ放題なんかが半額だったり割引があるのは、慢性腎不全の私にとっては、嬉しいのだが。

家族で行った時は、焼き肉なんかは食べ放題だから。私は、少量だから、お得感は全然なかったから。

歳をとるといいこともあるけれど、健康管理は大切。自分を立て直すことも、人生100年を生きるには必要だと思える今年の始まり。

 

2024年2月10日老春時代日記。 明日は、建国記念の日。

2024年2月10日老春時代日記。

明日は、建国記念の日


www.youtube.com

私の子供の頃は、祝日の説明が、小学校であった。先生が「明日は、○○の日。」

そして、国旗を玄関先に出す日と。


www.youtube.com

私が祖父母宅で、住んでいた時は、祖父が、朝早くに国旗を出していた。

祖父が亡くなって、核家族となり、貧乏生活だったこともあり、国旗をださなくなった。小学校では、時々国旗の販売があった。

小学校に上がる前は、祝日には、国旗をだすものだと。日の丸を見て、祖父が感慨深い表情をしていた事、誇らしい顔をしていたことが、忘れられない。

父や母はなぜ、国旗を出さないのかといつも、心に気になったいた。よその家の国旗を、祝日の日はうらやましく思っていた。

大人になって、いつの間にか。玄関先の国旗を見なくなった。

だから、私もいつしか、国旗に対しては、(祝日には国旗をだしていたなぁ)と思うくらいで過ごすようになった。

それでも、日本人としてだろうか?寂しいと感じることがあった。

今の地域で、一軒だけ祝日に国旗を出しているお宅がある。私の家から、見えるので、なぜかほっとする。

明日の建国の日の記念に、国旗を注文した。明日には間に合わないけれど、次の祝日から、玄関に国旗を出そう。

そして、建国記念の日とはと調べてみた。

「建国をしのび、国を愛する心を養う日」。初代神武天皇の即位日旧暦の紀元前660年1月1日にあたる。明治に入って、換算した日付が2月11日。

私は、建国記念日は、国ができた日、法律ができた日だと思っていた。

恥ずかしい限りだ。

祝日が、どうしてできたかを、再確認しながら、国旗を出そうと決心した。

祝日は、祝う日だ。国旗を見て、日本人として、誇りと愛国心を忘れないようにしたい。

正しい心を、伝えていきたいと心から、思った。

2024年1月25日老春時代日記。 昨年と今年の違い。今年の私は、その日を穏やかに過ごせることだけを考えようと思う。

2024年1月25日老春時代日記。

昨年と今年の違い。

昨年は、あれもしよう、これもしよう、還暦を過ぎて、時間を有効につかおうと、したい事を書き出したりした。

前半は、腎性貧血のために身体がだるくて、日中眠たくて、何でと、何もできないく一日を過ごしてしまい、イライラした。

定期診察で、タンパクが足りていないことで、貧血の改善ができていないと。食事療法を厳しくしていた。2023年に体調を崩したから、食事療法が崩れて、仕切り直しと体重が増えたのでダイエットもしていた。

腎臓を悪くしてから、食事療法は完ぺきで、主治医殻も、褒められていたので。

食事療法には自信を持っていたけど、体調を崩して、血液検査が悪化したことはとても、怖かった。透析をするのは嫌だと思っていたから。

なんとか、食事療法で、元の戻せないかと。

暫く、タンパク質を多めに取るように、したけど。3月にならないと結果はわからない。

昨年は、したい事や頑張ることを計画したけどできなくって、イライラして、旦那とも喧嘩ばかりだった。

今年も喧嘩をしたのだけど、何というのか、何かをしようとか、時間を大切に有効に使いたいとか凄く思っていたことが、いけないのではないのかと思ってしまった。

喧嘩をするのも私がイライラするかだからと思ってしまった。

それで今年の今の私は、ボーっとしてもいいんじゃあないかなと。少し動いたら、息切れしてしんどくなるし、焦る必要はないかなと。

自分の人生の時間は、どのくらいあるのかわからないなら、毎日が、のんびりと、過ごしても罰は当たらないのではと。

自分の人生を振り返って、よく頑張ってきたじゃないか。

今の生活、身体を壊して仕事ができなくなっても旦那が居るから、それも14歳も年下。私の生活は旦那が見てくれる。

欲しものはないし、子供たちもそれぞれが自分の人生を歩いてくれている。

身体は壊れているけれど、神様から、残りの時間は、のんびりしなさいと言ってくれているのではないかな。

旦那と離婚してもいいやといつも思っていたのだけど、1人でも暮らしていけるしと

だけど、旦那は、本当に私が好きで、一緒にいたいみたいだから。私の態度が、いけない所も多分にあって、いつも不安を与えていたのだと思う。

今年の私は、その日を穏やかに過ごせることだけを考えようと思う。

 

2024年1月20日老春時代日記。 「大人になり切れない人」の心理という本を読んだ。自分のことを自分が愛することから

2024年1月20日老春時代日記。

「大人になり切れない人」の心理という本を読んだ。

占いカウセラーとして、心理関係の本をよく読む。

精神科看護師として、医療従事者として、患者の気持ちを知るために、よりよい看護ができるようにと、精神科に従事して、勉強することが今でも、心理関係の本を読むことにつながっている。

さて、この本を読んで、自分はどうだろうと考えてみる。

いつもだけど、心理を見るのには自分に当てはめて考えることが多い。

自分の子供時代、大人になる過程、環境などがどのように影響して今の自分が形成されているかは、非常に興味があるから。

自分で気づかない性格や物の見方や考え方を知るきっかけになるから。

大人になり切れない人とはどいう人たちか。

一口に言えば、自分一人が生きるのに精一杯なのに、社会的責任を負わされて生きるのが辛くて、どうにもならなくなっている人たちである。と書いてある。

「つまり五歳児の大人」なのであると。子供のまま大人になってしまった人ということ。

年だけ取り見た目は30歳でも、精神、考え方が子供のまま。

確かに子供のままでは大人の社会は生きにくいだろう。

大人の社会ではしたくないこともしないといけないし、駄々をいう事もできないし。

確かに何で、人の気持ちを考えないで、わがままを言うのだろうとか、どうして、急に怒るのだろうとか、社会人としてどうなのという人がたくさんいる。

精神科で、10~20代で入院してくる人は、とても子供の頃にいい子で優秀人が多い。そして親は真面目で厳しいかったり、いい子でいないといかない環境の子供時代を過ごしてきた、褒められることで、自分の居場所を確保していた子供。社会に出ると、褒められることよりも、怒鳴られる、注意を受ける、今までにない経験、環境から、どのよう対応していいかわからなくなり、自己否定を経験して鬱になったりしての入院。

更に、親は、いい子だった、優秀だった子供の変化を受け入れることができずに溝が深くなり、自宅と病院を出たり入ったりし、そのうち入院が長期化する。こうなると社会復帰は、皆無だ。

大人になり切れなかった子供を、親は認めない。

看護師として、親に手を差し伸べているのだから受け止めてあげれば、いいのに。もう一度、子供の側に、いてあげてほしいと願うことのむなしさを何度経験したか。

親を信頼できない精神患者は、他人も信用できないけれど、依存してしまう。そして、試し行動をする。悪いことをして親の愛情を確かめようとする。

だけど、身体は大人だから、暴れたり暴力が起こると親は恐怖になり、寄り添うことよりも、自分たちの身を守るために、病院に入院させる。

悲しい現実だ。

手のかからない良い子は、自分の居場所がない子だ。他人から見た良い子でいるために我慢して、やりたいことも言わないで、いるから、常に、愛されたいという気持ち、愛がほしいと思ってしまう。

手のかかる子供はどうだろう。親が、愛していると伝えようとするし、自分たちのできることはないだろうか?この子が幸せになれるように、このママ大人になったらと、子供をさだてようとする。

手のかからない子は、親からは褒められるだけで、愛情をもらっているわけではない。子供は親の為に愛してもらうためにいい子でいようとする。だけど、親は楽だから、愛情を見せる必要がない。

他人から愛されるためにいい子でいようとするが、その心の闇は、残虐な心を育ててしまうことがある。善人ぶっていても他人に対して憎しみを持ってしまう。

私は、子供の頃とても良い子だった。家のことをして、常に姉弟、両親の為に、頑張っていた。貧乏で、食べるものがなかったり、学用品を買ったもらえなかったり、我慢を強いられる環境だった。

だけど、いつも「大人になったら」と思っていた。大人になったら働いて親を楽にさせてあげようとか(家が貧乏なのは親の生活設計が、その日暮らしだったから。父親がきちんとした仕事を持っていない人母親がホステス。父はよくわからないけどあるい意味紐生活だったのかも)

私には大人になったらという目的があった。日ごろの貧乏生活も家事をすることもすべて、苦痛ではなかった。他人からは、いい子ね、しっかりしているとと褒められるので、嬉しかった。

貧乏であると言うことで、生きる目標を持てていたから早く大人になりたいと。

どちらかというと、子供なのに早く大人になっていた気もする。

大人になり切れない人は、目標がない人、生きるということがあやふやなのかもしれないと思う。

自分の人生を生きることができないから、「愛」と言うことに執着し依存している。

他人からの愛情を欲しるあまり相手を傷つけてしまう人の多い事。そして手に入れられない「愛」はその相手が悪いとなる。

子どもだから、相手から構われたい自分のほうを向かせるために何をすれば

良いかわからない。

それが、攻撃や嫌がることをしてしまうことになる。

この歳になっても、自分が大人と言えるかと言えば、自信はない。それなりにわがままだししたい事はするから。

ただ、他人に対して、何も望まない。困ったいる人がいれば手を差し伸べるが、基本関わりたくないと思っている。

私の中の大人になっていない部分かなと思っている。

心理的本を読むと自分を見ることができる。私は、元来お節介で姉御肌だ。だけど、社会に出て、たまたまなんだけど依存心の強い人との関係が多く、しんどくなっているようだ。

だから、他人とだできれば付き合いたくないと思っている。

ご近所付き合いも、食く場にいるときも人間関係で、困ることはないけれど、他人と付き合うのはその場その場だけだ。

職場なら職場だけと言うことだ。自分のプライベートに他人を入れるのはしんどい。

女の子同士が休み時間に、一緒にトイレに行くなんて私はすごく嫌だった。何かをするのに協力、チームでするということはするけれど、自分のプライベートまで一緒とかは、ありえない感覚。

公私をきちんとしたいし、親しき中も礼儀ありが、絶対だ。

何かの折に、誰かの助けになったとして、すり寄ってこられるのはとても嫌だ。

話しやすいとか、頼りになるとかと思われて、いつも一緒とか、凄く嫌だ。

何というのか仲良しこよし表面だけの関係が嫌いなだけなのかもしれないけれど。

いつも誰かを頼りにしてかつ自分はすごい人だと思いたいのかなと思う人との接点が多いからかも知れない。

このようなタイプは、大人になり切れていない人ののかもしれない、付き合うと本当に疲れる。

自分も大人かと言えばわからない。他人に迷惑をかけることはしないし、誰かに愛されたいとかも思っていない。

それよりは自分が好きでいることのほうが大切だ

人は好きだから、大切にするけれどそれは、困っている人と遭遇した時だ。

普段は関わらない。めんどうだから。

特にこの歳になると時間がもったいないと思ってしまうのと、今mで、家族のために頑張ってきたから、自分一人の時間が楽しいのかもしれない。

大人になり切れない人は生きづらいだろうけれど、自分のことを自分が愛することから始めたら生きたやすいのではないかなと思う。

自分が自分のことを嫌いだったら、他人が好きになってくれるだろうかと思うから。

大人でも子供でも幸せは、自分の中という気がする。

 

 

 

 

老春時代日記。 2カ月ぶりに行った息子の家の現状と、コロナ感染の話

2024年1月19日老春時代日記。

2カ月ぶりに行った息子の家の現状と、コロナ感染の話。

 

三男坊がコロナ感染にかかったと、連絡があった。

身体中の関節痛がひどくて、クリニックに行ったら、コロナだと診断を受けたと。

今は、インフルエンザと同じ扱いだから、5日間で、熱も下がれば仕事のも復帰できるだろうと話をした。

クリニックでもそう言われたと。

「母さん、ロキソニンない?」

「どいうこと?クリニックで、くすりでなかったの?」

ロキソニンが5回分だけ。ほかのクスリはないよ。」

「えっ、そうなの?他には症状はないの?」

「鼻水だけ。咳はないよ。」

コロナは確かに、薬はない。だけど、他の症状を抑える薬はあってもいいと思うけど。

高い熱が出るので、頓服として解熱剤が出たのだろうけど、薬で高い熱だけ下げても、しんどいだけだ。

仕方がないので、市版の風邪くするや、食べ物飲み物を持っていくことにした。

コロナ感染がひどい時に、ワクチンをうった後の高熱には、カロ―ナルに服薬だったはず。

息子には、アセトアミノフエンの風邪薬を毎食後飲むように。

それでも、高熱になった時に、クリニックのロキソニンを使うように言った。

熱が高くならなかったら、ロキソニンは飲まないように話す。ついでに、ロキソニンを飲むときは胃薬も飲むように言って、胃薬も渡す。

高熱のアップダウンは、体力を消耗させるから、風邪薬をのめば、アセトアミノフエンがはいっているから、高熱にはならないから、きっと、身体の関節痛にもいいと思うから。

それから、夕食後の風邪薬を飲むときに、一錠減らして、葛根湯を飲むと、体が温まるから、寝やすくなるし、体の痛みもとってくれるよと。

私は医者ではないけれども、耳鼻科の先生は、症状一つ一つに、薬を出してくれるので、その処方を参考にしている。

二年前に、コロナ感染だと思う症状で、苦しい思いをしたので、その時の経験も含めて、息子には、伝えた。(私は病院へ行かなかったので、確定診断は受けていない)だって、病院は、悪化すれば対処してくれるが其れまでは自己管理だから。受診するのも面倒だし、コロナ感染は、治療薬がないのだから自宅安静だから。

実際に、息子も、ひどくなれば来るように言われている。まったく、確定診断を受けるために行くだけで、解熱剤を5回分で、終わりって。なめとんかなんてね。

実を言うと、息子のかかっているクリニックの先生は、あまり腕はよろしくない。ハッキリ言って、藪医者だと思う。

だって、私がかかっていた時も、とても頓珍漢だったから。腎硬化症からの腎不全なのに、クレメジンを処方してくれた。

尿毒症には程遠く、クレメジンの助けはいらない状態だった。先生は、劇的に、改善すると言われたけれど、変わらなかった。

その当時、3か月に一度大きな病院の泌尿器科内科にかかっており、日常のかかりつけとして、クリニックを利用していた。

だから私の息子たちは、今も、このクリニックで、お世話になって要る。

私は、かかりつけの腎臓専門クリニックに通院しだしてからは、お世話になっていない。軽い風邪なら、耳鼻科に行く。

しかし、普段全然、他の病気になることなく、3か月の通院のみだ。

優しい先生なんだけど、看護師の目線から、藪だと思う。

それにしても、薬のない病気は自分の免疫力で乗り越えるしかない。

普段から体力作りや無理をしないで自己免疫力は上げておくべきだと思う。

規則正しい生活が一番だと思う。

息子は、いつ感染したのだろうと言っていたけど、年末年始に自堕落な生活をしていたせいだと息子の部屋を見て思った。

仕事をしていると、規則正しい生活をしないと、三交代の仕事なのできついようだから。

朝から、パソコン三昧、、デリバリーサービスで、ピザを取って、部屋の中はペットボトルとピザの箱だらけ。マクドナルドの紙袋も散乱している。

接触せずに帰ろうと思ったけれど、ごみを片づけて、キッチンの洗い物をして、食事を作り、はぁ~しんど!となった。

ペットボトルは、ごみ袋3つ。これは明日捨てる日なので持って帰ることにした。

かさばるごみの為、燃えるごみは5袋。

奇麗にしろよと心で思ったけれど、息子は、私の顔いろを読みながら言い訳。

「ピザは、一カ月に一回くらいだよ。捨て容易と思って、箱をt部していたんだけど、コロナになったから」

「早く治るといいね、安静にね.じゃ、帰るから。」

それにしても思うことは何で、ごみを貯めるのかしらね。食器も二階に持って上がるな、おろさないから、洗うときに汚れが落ちにくいと、文句を言いたいけれど私が勝手にしていることだからいいやと、黙って片付けた。

環境が良くても教養があっても、生きずらい人生は何だろう。原因はわかるけれど本人は、わかっていないのだろうなと思う話。

2024年1月13日老春時代日記

50代独身の知人の話。

知人は一度も結婚をしたことがない。恋愛は今もしているけれど、上手くいっていない。

恋愛相談を、ずっと受けた来たけど、この人は自立をしていないのだなと。

もう、50代後半なのに、働いていず、ご両親と暮らしている。

将来の不安がないのだろうかと。

仕事の話をしたときに、時間給が2000円でないといけないと何年か前に聞いたことがある。そんな高い時間給を出す仕事は何?と思った。都会なら看護師でも、時間給は高いかもだけど。

地方では、1300~1500円だ。

彼女の自分に対するその時間給は、どこから来るのだろうかと。不思議に思ったものだ。ツッコミもしなかった。

ただ、彼女はお金持ちのお嬢さん。現金はあまりないけれど、カード払いは、何も考えずに使っている。

彼女を知った時は、一人暮らしをしていた。と言っても働いておらず、習い事をしており、時々外国に行ったりしていた。生活はどうしているのだろうと不思議だった。お金に困っている節はなかったから。

今は、その疑問は解けたのだけど。

恋愛の相談も、好きか嫌いかで。

結婚したいとか言うのだけど、自立していない女性、働いていない女性と結婚したいと思う人がいるのだろうか。

現実的ではない。

お金があっても、親に養ってもらっているわけで、親が死んだらどうなるのかなと他人事ながらきになった。

先日そんなことを言ったら、彼に頼ったらいいようなことを私が言ったと言っていたが、絶対に私は言っていないのだが。

大学院まで出ているのだけど、生活感というか生きることは働いて自立することだと思うのだが。

彼女には、それがない。自宅も高級住宅地にあるようだ。

それにしても親は、なぜこんなお嬢様を今まで、嫁にも行かせずに手元に置いていたのかわからない。

先日も、親が彼女の事をどう見ているかを聞いたときに、何だそれと思ってしまった。好きなところと言ったら外見のみ。

普通は、頑張って自分のことをしているとか成人した大人の部分をほめて、立派に成人したところを言うのではないだろうか。まるで小さな子供に言ったら喜ぶことばかりだった。

この人の親は娘が結婚もせず、働きもせずに家にいることを心配ではないのだろうか。

自宅が持ち家で、財産があると言うことなのだろうか。

世の中には、働かなくても食べていける人はいるけど、少数ではないだろうか。

彼女の父親の職業は聞いたけど、その職業で、娘を働かせなくてもいいのだから、資産があると言うことかな。

でも親が死んだらどうなのだろう。

そして彼女の恋愛観が、まるで子供。好きなら好きと言ってほしい。求めてばかりと男性の側にいる人たちに対して、嫉妬ばかり。

結婚したいというのだけど現実を見ていない。

恋愛なら好き、好きでいいけれど、結婚はお互いを理解して助け合わないといけないのだけど。

私が男だったら絶対にこの女性とは結婚できない。

仮にこの人が結婚できるとしたら裕福で、依存体質の情勢が好きな人だけだろう。

そして、年齢。全然意識をしていない。55歳を過ぎているのに、恋愛の様子は、まるでアラサー蚊若い女性の感覚だ。

彼女の好きになる人は、人から見て才能が形として現れている人だ。

秀でた才能がある人。

だけど、成功している人ならいざ知らず、発展途上の人と恋愛はできないでしょう。その人たちは自分の才能を開花させるために頑張っているのでプライベートは後回しだ。

見た目はお嬢様で、学歴もよく言っていることもまとま以上で。他人を上から目線で見る人なので、高根の花タイプ。

疲れさせる相手で癒しもなくわがまま、本人は自分が正しいと思っているから、世間を知らないというのか気に入らない相手は切ってしまう。付き合わないのだから、自分の周りは、本当の人間関係は築けていない。薄っぺらい。

だけどそんな中でいるから、自分は、いい人優しい慈愛のある人間だと思っている。思っていた。

この人は自分で気づいていなかったのだろうと思うが、自分の思うようにならないと攻撃をするタイプだ。そして相手が反撃をしてきたらすぐに謝る。だけど決して、心から誤ってはいない、誤ったほうが楽だから誤る。自分で私はすぐに謝ることができるから素直だと言っていた。

誤ったら何でも許されるものではないから、何回か同じパターンでされると周りの人は、この人は謝るけれど、誤っていない。傷つけたと心から思ってくれていないと思うから人が離れていく。

それがわからず、裏切られたとその人を切る。

悲しいことにお金があるから、裕福だから、人が集まってくるけれど、人間関係の継続ができない人だ。

でも孤独は嫌で常に人を求めている。

自分を愛してくれる人を。だけど、それは自分が望む愛で、愛してくれないと不満ばかりで、我慢できなくなり相手を攻撃する。

愛情はお互いが育てていくものだと思うのだが、私が好きと言っているのだから愛しなさいと言って愛を返してくれる人はいない。

まるで子どもだ。

精神性が低く、自分の考え方が全て。その他は受け入れることができない。

これから先この人の悩みを解決することができるのだろうか。

咸鏡が素晴らしいくても、手に入れるものが多くあったとしても、大学に行くときには頑張って勉強しただろう、子供の時は優秀でいい子だったのだろう。だけど、社会に出たら現実を見ないといけない。

この人の不幸は、環境が良すぎてぬるま湯から抜け出せなかったことだろう。

努力したと彼女は言っていた。子供の頃から先生や親の期待を裏切らないように勉強を頑張ったし、色々なところで、ちゃんとしていたと。だからずっと褒められていたし、優秀だったと。

もう、会社では働いてもキャリヤもないのだから、最低賃金だろう。

もう60歳になろうという歳で社会経験がないのに、プライドだけが高い。

咸鏡が良くてもひとりで生きていけないこの人はどうするのだろうか。

65歳なった私は、本当にこの人の人生をこれから、どこまで応援できるのだろうか。

ある意味血のつながりはないけれど妹のように思っているので、できれば幸せになってほしいと思っている。

 

 

仕事は自分がやりやすいように工夫すべし。辞めるときは他人のせいにするな。

2024年1月2日老春時代日記。

昨年、元同僚が仕事を始めた。定年退職をして2年。パート勤務。

看護師だったけれど、施設の配膳の仕事。

メニエール病のために耳が聞こえにくいことがある。看護師の仕事の時にもめまいなどで休んでいた。

定年退職をする時に再雇用を希望したらしいのだけど、再雇用してもらえなかったと言っていた。

知人として友人としては、良い人だけど、ちょっと、思い込みが激しい人で、悪い人ではいけれど、本人も言っているけれど、コミュニケーション能力が今一つ。

仕事をしてもらうのには、難がある。

再雇用にならなかったのは、なんとなく、納得した。本人は、何でダメだったのかなと言っていた。まぁ。そらそうだろう。余程の能力が低くない限りは、再雇用はされているから。

人間的には悪くない人だけど、誤解されるタイプ。それと、正直すぎる。感情表現がうまくなく、ちょっと、何を考えているのかわからない人のように感じられる人。ものの言い方が、上から目線というか、相手の人に対して威圧感を、与えてしまうタイプ。これは彼女が人見知りをすることと、他人に対して心を開かない事、他人を信用しない所のせいだと思う。

上司にすれば、扱いにくい人だろう。

何というか、会社のルールもちゃんとこなすし、特に、問題があるわけでもないけれど、めんどくさい人と認識されたのだと思う。

元職場なので、管理職のメンバーを知っているけれど、彼女は、好かれていたとは思えない。いてもいなくてもよい人認定されていたのだと思う。

看護師の能力も、評価されていなかったのだと思う。

再雇用されていない人は、他人に依存して、いる人。

再雇用されなかった人の名前を聞くと、あの人はダメだろうなとすぐにわかる。

まぁ、なんでこの人が再雇用されるのと思う人もいたけど、取り入るのがうまい、生きるのがうまい人なんだろう。

不器用な人だから、理解してもらえなかったんだろうなと思う。

パートを希望したと言っていたからだろうけれど。元職場は、夜勤はしなくても、基本8時間労働だ。

パートの看護師は、一人もいない。そのこともあったのだと思う。

 

さてその彼女だが、ライン電話があり。

「仕事、ダメかもしれん」

「えっ、なんで?」

「次のシフトで、全部一人でやってもらう、指導の人は、手を出さないと言われた」

はぁ、確かにね、大丈夫かなと思っていたけれど。早、まだ、仕事して10日言ってないよね。

「旦那もやめるなら、早いほうがいいと言ってるの」

「結構、大変で、ひとりひとりのご飯の量を測らないといけなくて、入居者が部屋から出てきたら、直ぐに、用意しないといけないのだけど、まだ、入居者の名前と顔もわからないし。介護さんも、流動食に方、優先で、手伝ってもらえないし」

「何というか、教えてくれる人が、お局様みたいな感じで。お正月は、ひとりでと言われたの」

正直言って、彼女からは、きっと、不満を言ってくることは予想していたので。

結構、きつい話をすることに。

まだ務めて、日が浅いのはわかるよ。でもさ、流れはわかってきたんだよね。今自分がしていることで、完璧にできない。ひとりでできない。というけれど、いつならできるの?第一、流れがわかっているのなら、その流れをスムーズに自分ができるようになる工夫をしたの?

部屋から出てきた人の名前を分からないなら、聞けばいいでしょ。覚えられないというなら、茶碗に名前を書くなり何かしらの工夫をすればよいだけでしょ。

名前を聞けばと言えば、何度も聞くのはというし、介護さんに聞けばと言えば、無理だという。茶碗に名前を書けばというと、教えてくれる人がちょっとお局様みたいだからそれはという。

止めることを決めての話なのか、どうしたいのかわからないけれど、パートでも仕事だから。

あなたの時間に対価をもらうわけじゃない。本来一人でする作業を、今は教えてもくれる人と二人でしているわけ。

会社は、あなたが仕事をしてくれる、覚えてくれる時間は与えてくれているわけなんだから、自分はいずれひとりでしないといけないことはわかったいた事じゃないの?

なのに、まだできないというのはおかしい。

第一、一人でやってください、見てますと言ってくれていると言うことは、どのくらいできるようになっているかの確認をしてくれるわけで、私が指導する立場でも、そうするよ。

自分自身がどのくらいできるかできないかを確認するためにも、必要なことだと思うよ。

それに、あなたは看護師だったんだよ。医療、介護の世界では、どうしても、看護師のほうが上だという目で見られる。こんなことぐらいできるでしょとね。

まぁ、その職場の人があなたを看護師だったと知っているかわからないけれど。

看護師の仕事をしていたなら患者の名前を覚えるのはまず、必須。

でないと、仕事にならない。看護師の仕事は、サービス業だからね。

自分が、その職場で仕事をするなら、何を一番に覚えないといけないかでしょ。

流れがわかったいるのなら、後は入居者の名前の一致だけだよね。

そのことに対して何もあなたは努力をしていなくてできないというのは違うでしょう。

仕事に対しての覚悟がなさすぎると思うよ。

もう辞めたいと決めているわけではないようだから、色々と話をしたけれど、よく考えて、決めるといいよ。

「ありがとう、考える」

後日、頑張っていっていると連絡があった。

彼女にも話をしたけれど、勤めてすぐにやめる人は、何故か、そこの会社の気に入らないことや職員の悪いことを言って、辞めることをいう人が多い。特に早期に辞めたいという人は、指導してくれる人のことを悪くいう。

時間を割いて、指導してくれることに対して感謝の気持ちはないのだろうか?と思う。

事実私も、職場にいるときに、新しい人入ってきて、一週間や一カ月で辞められたら、凄く嫌だった。

自分の仕事もしないといけないのにその人のことを見ないといけない。

看護部長から「○○さん、辞めたのよ、あなたにすごくよくしてもらって感謝していると言っていたわよ」

それならやめるなよと心から思った。

私のスタンスは、とにかく仕事の慣れることよりも、職員の名前、患者の名前、病棟の流れを覚えてくれたらよいというところからだった。気になることや、自分がしたいと思うことは、遠慮なく言ってくれればいいからと。

中途採用者に対しては本当に特殊な科だから、慣れることが先だと。そうすれば、何年も看護師をしてきているのだから、医療的なこと、看護は変わらないからと。

新人は、またべつな指導の仕方があるの。何もわからない新人のほうが指導しやすいと思っていたな。

指導する側としては、仲間になってほしいと思っているのに、本当に、仕事を何と考えているのかしらと思う。

仕事は、自分の時間を買ってもらっているのだか自分の時間ではないと認識すべし

だから、雇用者とは対等だ。

やとわれているという気持ちはいらない。

対価に見合う仕事をすればよいだけだ。

私は、そのように考えて仕事に取り組んでいたから、公私の区別をしっかり分けていた。

特に看護師の仕事は、職場の人とプライベートで付き合うことはしなかった。

プライベートで付き合うと、言うべき時に遠慮して言えなくなるのが嫌だったから。

そんなに強くないから。友人になった人に意見を言うことは、女同士だと変に対立したりするから面倒ということもあった。

そう、看護師の世界は、女の職場だからね。

仕事は自分がやりやすいように工夫すべし。

人生は、老春時代のほうが長い。楽しい老春時代を過ごすために、自分に線引きはしないで、心は自由、体はシンプルに。

老春時代を楽しむために、したらいいなと思うこと。

一つ、恋愛しましょう。

私の場合、占いカウンセラーをしていることもあり、恋愛相談が多くある。

恋愛相談を受けるたびに、恋愛の気持ちを考え相談者の気持ちを理解しないといけない。だから、ある意味疑似恋愛しているようなものだ。

 

人を好きになるのに、年齢は関係ないと思っている。

これは、母親が恋多き人だったこともある。母は、男性が好きだったのだろうと思う。いつも恋している人、言い方を変えれば、生涯女性だったのだと思う。だから、いつまでも若い。

 

母が最期まで一緒にいた人は20歳も年下の人だった。

好きな人がいると言うことは、いいところを見せようとするし甘えじょずな人だった。

そんな母見て育った私は、何歳になっても恋はするべきだと思っている。

ワクワクドキドキは、心が若返るし、脳も若返る。

 

だから、タレントや俳優の押しがいる人は、活動的だし、若いと思う。

恋愛小説をドンドン読もう。

恋愛ドラマも見よう。

 

本当に恋愛しなくても、ドキドキワクワクすることが大切。

 

私は、14歳年下の旦那がいるけれど、好きだと言うことを伝えることを大切にしている。

文句も言うし、もうなんて怒ることも多いだけど、でも感謝の気持ちと欠点ばかりだけどお互い様、やっぱり好きだわと思うし、相手にも伝えることにしている。

 

「好き」という気持ちと言葉に出すことは自分を若替えさせる元だと思う。

脳の活性化につながるし、恋愛感情があると、お洒落もする。

 

好きな人がいると、奇麗でいたいと思う。

 

二つ、お洒落をする。髪をきれいにしよう

自分のためにお洒落をしよう。家に、姿見を置いて、誰も見ていないのだから、たまには、自宅で、自分ファションショーをしよう。

自分が若くかわいく見えるファションを見つける。

65歳の私だけど髪は腰まであるロング。だけど、子供達からも夫からも、ショートにしたらと言われない。

若い頃から、ずっと変わらないロングだ。変わったことは、クルクル巻き髪にしていること。

50代の頃は、ストレートでもよかったのだけど、若い頃に巻き髪をしていたら、無理に大人ぶっているみたいで似合わなかった。

最近は、ストレートだと似合わなくなった。

老人で長い髪を、ぼさぼさにしているのはダメ。

髪は女の命だと思う。これは私が子供の頃から、思っていることで、忙しくても、毎日同じ服を着ていても、髪だけはきちんとしていた。

お金がなくて、お洒落ができないなら、髪だけでもきれいにしよう。

 

時々、町でばさばさの髪の人を見るともったいないと思ってしまう。

髪がきれいだと表情も生き生きして見える。若さは、髪に現れると言っても大げさではないと思っている。

老けたと思う人は、髪型を変えて、新たな自分を発見しよう。

 

三つ、運動をしよう。

簡単の物でいいから運動をしよう。歳をとると血の循環が悪くなり、冷えが来る。これは老化には、大敵。体を温める運動をしよう。

腰痛体操は、もってこいの運動だ。下半身が温まる。一日一回、短時間の腰椎体操を。

 

四つ、水分を取ろう。これは血の循環をよくするためと排泄を促して、体の老化物を外に出すため。

トイレに行かないと膀胱に細菌がたまり、身体が寂れる。膀胱炎なる厄介な病気になる。外に、どんどん体の毒は出そう。

水分が足りないと、便秘になる。便秘になると腹は膨れるし、体を動かすのも、面倒になる。肌もあれる、食事もおいしくない。

 

身体の毒を出す排泄はとても大事。

帯状疱疹で悩んでいる人はどんどん水を飲んで、外に出そう。

帯状疱疹はウイルスが神経に入り込んで、体調が弱ったら暴れだすわけだから、人間の身体は、水分が70%もあるわけで。新しい水分を補給して古い水分は外に出すことで体の毒が体外に出れば健康になる。

 

人生は、老春時代のほうが長い。楽しい老春時代を過ごすために、自分に線引きはしないで、心は自由、体はシンプルに。

 

 

 

 

 

 

 

2024年1月1日老春時代日記 65歳になり、これからの残りの人生を、どう生きようかと考える。

2024年1月1日老春時代日記

65歳になり、これからの残りの人生を、どう生きようかと考える。

何がしたいと言うこともないのだが、今の自分を振り返ってみようか。

 

まずは一日の生活について。

 

46歳で、腎臓病がわかり、それからは、食事療法をし、透析をせずに人生を終えたいと頑張ってきた。

2022年の8月に、高熱を出し(コロナ感染だったのではと思っている)腎臓病の数値が上がり、定期検査時に医者もどうした?という感じだった。体調を崩したとだけ伝えた。

コロナ感染の可能性があったが、病院に行くほうが、怖かったから、診断を受けていない。

病院を信用していないからなのだが。コロナ感染の対応は、薬もなく対処療法だけ。

私は、腎臓病が悪いことでリスクが高いし、看護師は医者の指示に従うが、ちゃんと病気を把握している看護師、医者なんてそうはいない。自分が興味があればよいが、でなければ、普通の人と変わらない。

 

個人個人の既往歴を把握することは、皆無だ。病気のことはわかっているのだろうが、個人に合わしての診断や看護ができる医者や看護師はいないと思っている。

だから、コロナ感染にかかっているという疑いはあったが、病院に行かなかった。病院に行ったほうがリスクが高いと感じていたから。

 

怖いことではあるが、自分似合った療法をするほうが、得策。それに、呼吸困難等の症状でもあれば、自宅には、酸素もないから病院に行かないといけないだろうけれど、コロナ患者で、一杯の病院に行ったら、もっと悪くなっていただろう。

それだけ、医者も看護師も信用していない。重症患者にかまけて、悪くなるまで、わからないし、訴えたとしても、他人の苦しみも、痛みもわかる医者や、看護師はいない。

だから、自分の自己免疫力を信じて、どうせ、病院で安静と熱さましと対処療法だけなら、自宅で十分。

幸い、夫と二人家族だったので、他に感染させることもなかった。

 

それでも、体調が万全に戻るのに、一カ月はかかった。

 

それからの自分の体調は、クレアチニンが上昇し、体調がよくなっても、ちょっと油断するとやばい感がある。

腎性貧血もなかなか治らず、2023年の前半はとてもしんどかった。

後半になりやっと、腎性貧血も軽減した。

昨年の一年で、生活ライフを見直さないといけないと、考えている。

兎にも角にも、少しでもしんどいようなら、休む。無理をしない。

 

半年ほど、食事療法が、ゆるめだったために、貧血は良くなったけれど、カリウムが上昇。

冬になり、風邪をひくことが怖いと思って、毎日、ミカンを一個食べていたせいかなと。普段は、果物はあまり食べないから。

腎臓病がわかってからも、カリウム制限はないけれど、意識して果物を食べることをしていなかった。

老化現象で、目のケアを考えて、この頃パイナップルを食べていたことも重なっている。

バクバク食べたわけではなかったけれど、あの量を毎日食べるとカリウムが上昇するのがわかった。

 

今回、色々と改善するべきことがわかったので、食事療法を見直している。

 

介護の必要な老人にはなりたくないので、老化に良い食材を取り入れての食事療法再開。

 

今年の三月の検査まで、やってみて、血液検査の改善を狙っている。

 

運動療法も、取り入れて、足腰が少しでも弱らないように。ストレッチ。ラジオ体操、腰痛体操を、集中的にするのだはなく、一日の中で、5分とかして合計30分から1時間は運動をして体を動かそうと考えて実行。

仕事もしなくて、身体を動かすことがないので、まとめて集中して時間をとるのは大義

そして、猫たちがいるのであまり外出もしたくない。

家を空けると、猫たちは寂しいと思うようで、5匹が甘えてこられても、対応に困るから。

 

そして運動をする大きなことは、冷え。家が古いので、暖房をかけても足が冷えて、寒い。これを解決するのは運動が一番。

 

冷えは、大病の元だと思う、冷えから風邪をひく。風邪は万病のもとだから。

 

ダイエットを意識して、食べるものを制限したのもよくなかったようだ。たんぱく質が足りなくて、貧血の改善ができなかった。

なので、体重を落とすことはやめた。今の体重でも、標準体重だから。

 

食べることに対しては、全然、執着がない。

だから、毎日同じものを食べてもなんともない。

特に、腎臓病がわかってからは、食事は薬と同じ感覚だから。

それだから、食事療法が楽なのだ。決めたものを、きちんと食べる。

 

目に見えて、食べたものがわかるので、定期検査の時に何が多くて何がダメだったのかを把握しやすい。

毎日の食べたものを記録する必要もないから。

 

そして何かの記念日や食べないといけない時は、お付き合いをする。

たまに、普通に食べることはいいは、長年の食事療法で感じている。

食事療法の振り返り、自分の健康維持の取り組み。

 

自分の今の健康維持について、食事と運動を考えて実行する。

 

慢性腎不全はあるけれど、これ以上悪くならないように、他の病気にならないように、生活を楽しく、過ごしたい。