老春時代の満足生活情報発信局(お金と暮らしと占いと人生物語)

還暦を迎え、人生を心地よく過ごし、もっと魅力的人間になる「楽しく楽しく生きる」ヒント探しブログです

私のこと(エンディングノートその1)

エンディングノートを書くことで、自分のこれまでを振り返る

インターネットでダウンロードしたものをつかっている。連絡先があるのだけれど、「友人」で考えてしまっている。

「友人」はいないわけではないけれど、自分が死んだときに連絡をしてもらいたいと思わない。

私にとって「友人」とは?

親友はいるけれど、自分から連絡をとる事がない。他人から見ると、大変社交的に見え、友人もたくさんいるように見えるようである。

友人と知人の区別がないように思う。私が亡くなって、連絡もらって何をするのだろう。普段いつもいつも、あっているわけではないし、連絡をする必要があるのだろうか。

50代の頃、友人が癌で亡くなった。職場で知り合った人だけど、私が職場をやめたら、プライベートでも付き合いたいと思っていた人だった。私は、看護師をしているときには、職場の人とはプライベートでのお付き合いはしないと決めていた。親しくなるといいたいことも言えないから。結構、心が弱いのかもしれない。仕事とプライベートをごちゃごちゃにする人が、多いせいもある。仕事は仕事。プライベートでつるむと同僚や職場の悪口の言い合いになって、仕事が楽しくなくなるという事もあったから。彼女とは、なんだかんだといいながら、仕事場では本当に良い同僚で信頼のできる人だった。

もし彼女が生きていたら、私が亡くなったときには、お線香をあげてほしいと思う。

彼女がなくなる当日の夜20時まで意識のない彼女の手を握っていた。面会時間が来たので「また明日ね」と。明日が来ないことはわかっていたけれど。

後悔のない人生と思って生きてきたけれど、彼女のことを考えると、なんで職場にいるときに、プライベートでも付き合っていればよかったと思う。

彼女のことは、亡くなったけれども、今も私の中では笑顔の彼女がいる。意識のない彼女でも苦しさと痛みに耐えていた彼女ではなく、笑顔の彼女。

30年以上親しくしている人がいるけれども、亡くなって彼女に連絡をしてほしいかといえば別にいいのではと思っている。私から、彼女に連絡をすることがないことがあるのかもしれない。

この二人のことで何が違うかというと、私を利用したという事かもしれない。私は、本当の友人なら困っていれば力になろうと思う。友人に「嘘をつかせてはいけない」と思う。本当に大切な友人なら、利用してはいけないと思う。この友人を信じることができない。う~ん、ちょっとちがうけれど、親しき中にも礼儀ありが欠けた人になってしまったことかも。

私の考えている人生の終わりは、家族に「さようなら」ができればよいだけ。子供たちに出会えたことが、私の人生で一番の幸せだから。私が亡くなって心から、泣いてくれたり、忘れないで覚えていてくれるのは、子供たちだとおもうから。

友人欄には、誰も書く人がいないと気づいてしまった。

家族葬でよい。

 

 

 

(私のこと)エンディングノートを書こうと思った訳

気にならない人もいるだろうけれど、自分のルーツを知ることは、必要ではないのかと。子供達も、何かの時に知りたいと思うのではないか。

その時に、私がいなかったらと思ったことが、書こうと思ったわけ。

私の二人の妹は、子供の頃に養女にに出されている。すぐ下の妹、自分には姉が二人いたことは記憶にあった。だけれど、両親がどんな人達で、自分は何故養女に出されたのか、自分の本当の縁者は何処にいるのだろうと。もらい子ということで、養父母達の親戚から、ひどく疎外感を味わったらしい。

私が18歳になった時に、連絡して、再会した時に、話を聞いた。当たり前のように両親と暮らしていることは、それだけで根っこを確認しているものなのかもしれない。

私は、小学5年くらいまで、父親の祖母が後妻だとは知らなかった。母とたいして歳が変わらないことも。もの心ついた時から「お婆ちゃん」と呼んでいたので、名前も知らない。父親から、祖父母の話を聞いたことはない。父とずいぶん年の離れた弟がおり、よくわからないけれど、父はその弟に家を継がせるために自分は、外に出たと聞いた。母からは、義祖母にひどく意地悪をされたと聞いたことがある。しかし、祖母はなぜか私を大変可愛がってくれた。私も、父方の祖父母になついていた。母親の祖父母とは、一緒に暮らしていたこと母から話を聞いたりしていたので、名前も祖父母の生活もわかっている。

本来あまり、親戚とかいまの時代必要ではないかもだけれど、人は案外自分のことを知りたいと思うものだと思う。

私の両親は、親戚付き合いをしていない人というか、親戚から嫌がられていた。父親の方がひどかったようだ。父は、どうも調子の良い人というか夢を見る人というか、大きな事を言うというか、見栄っ張りでお金にルーズで、だらしがなかったのではないかと思う。母親は母親で問題のある人だったけれど。

そんなわけで、あまり私自身も親戚のことはわからない。それでも、子供達にルーツというものを残してあげたいと思う。

 

断捨離したいけど。

還暦を迎えて、しないと行かないなぁと思っていることに、断捨離がある

先日も夫から、二階のパソコンの部屋が物置といわれてしまった。

物が多いのである。特に、服。

体型が変わらないのをいいことに、捨てられない。

断捨離をできない理由

1・他人からもらったものは悪くて捨てられない。

1・母の形見

1・下手に手芸ができてしまうので、ボタン等無に、駄使うであろうと捨てられない。

以前勤めていた職場の子供さんに、結構もらってもらったのだけど。

捨てられないので、人にあげればいいのだけれど、ブランド品でもないし、サイズが「Sサイズ」「子供サイズの150㎝」と誰でもというわけにはいかない。

しかし、何とかしないと。

部屋が狭苦しい。

といっても、ほとんど一階のリビングで過ごすので、二階にいることはあまりない。

その事もあって、断捨離につながらないのかも。

洋服は、流行を気にすると、次々に買い替えるのかもしれないけれど、私の場合は、「色」

よくわからないのだけれど、その年で着たい色がある。昨年は、「紺」。

洋服を買うときも、「あ、この色あの服とあう」という感じで買う。

それと、1000円以下でしか買わない。

季節落ちというかプライスダウンの時に、フラッとお店に行き気に入ったものがあれば買う。もうこれはある意味、ストレス解消かも。

毎月2000円以内が、洋服代として消える。

これでは増えるばかり。

だけど、姉からもらった35年目のプリーツスカート。今とっても活躍している。もらった当時は、なんだか全然似合わなくて、はけなかった。子供が無理してきているようなチンチンクリンな感じだった。

今は、大人可愛い感じで着こなせている感じ。

25,6歳にきていたブラウスも今着ているし。合わせるスカートで全然違和感がない。言わなければ、30年以上前にきていたものだとわからない。

断捨離できないものに、本。

壁という壁に、本棚があり、たくさんの本が。本は、読まなくなったものを処分すればよいのだけど。図書館にでも引き取ってもらおうと最近考えている。

あと、書類。看護師をしていたこと、占いの仕事をしていたこともあり、資料などたくさんファイルしている。困っているというか、どうしようと悩むのが、占い師の時の、お客様のファイル。占いのデータとしての、役割があるので整理をしてパソコンにデーター化できればベストなのだけど。仕事に(パート)出たせいもあって、整理をしていく時間がない。

あ~あ、すべていいわけだ!

すっきりと生活しないといけないと思うのだけど。

家に引き込んで、おしゃれをしないのは老いを加速させる気がする。

断捨離もして、かつおしゃれもして、エンディングノートも作って、したいことが山ほどある私の人生。

老いても、全然忙しい。

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安い服

昨年よく来ていた服。三着で、1500円。

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スーパーでゲット

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お値段

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安い服

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お値段

安物買いの銭失いはしない。必ず試着して買う。着ないものは絶対に買わない。

先日、友人と買い物に行った。「GU」に行ったのだけれど。あそこの店って、100円だったり390円だったりすごいプライスダウンのものがあったのだけれど。私がショッキングピンクの服が100円だったので、あ、持っている服に合うと思って買おうしたら、「私も買おう」。いいんだけれども、着ないのであれば100円でももったいないしゴミになるよと。「大丈夫、貴女が来たのを見てからきるから」いやいや、私とあなたとでは、服の趣味もちがう。私は、Gパンにシューズとお庭で掃くようななんていうのかな、クロックス(?)自分が持っていないから名前がわからない。はかない。あわせない。パンプスだったり、どうしてもおしゃれっぽいものになる。

友人は、今日の服も黒と白の格子模様のシャツ、黒の細身のGパン。シューズ。普段もどこのいくのもおしゃれをしているところを見たことがない。ピンクの服なんて来たのを一度も見たことがないし、本人は「赤ばかりきていたことがある」というけれど。

色をきるということは、自己表現に近い感じがするのだけれど、彼女は秘密主義というかちょっと変わっているので、自己表現を服でするのは無理のような気がする。

断捨離の話がそれってしまった。

これだから、老いというものは、、、、、、。

 

アリスの服

うちのアリスは女の子。でも、ビーグル犬なので、私からすると男の子っぽい。

それで、飼った時から、首輪飾りをつけている

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黄色の首輪

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紅白の首輪

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紫の首輪

あと、オレンジ色、赤色、水色。

首輪をしているお陰で、脱走した時に、見つけやすい。(今は怖い思いをしたために玄関が開いていても脱走はしない)

今、生理中なのだが、紙おむつの上からパンツをはいている。市販のベルトを使ったのだけど外してしまう。

子供用のパンツに、しっぽが通る穴を幅広ゴムではかせていた。首周りのゴムで首のところがすれて赤くなる。どうしたものかと。

現在は、ダイエットをして、くびれが出てきたのだが、前回の生理の時に、Lのおしめが小さくて(ちなみに、人間の赤ちゃん用のものにしっぽの穴を開けて使用している)ビッグに変えた。ぱんつも当然小さい。今回新しく女の子用の(120㎝)ボクサーパンツを購入。

ゴムでは、首回りが赤くなる。思案した結果、洋服にスナップ止めはどうだろうと試してみることに。

ちまちまと、5個のスナップを。

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いかがでしょう

う~ん、ずれないし良いと思った。でもね、ボクサーパンツだと男の子みたいと思うのは私だけ。夫は、紙パンツが見えないし、首回りも擦れないから「グッド!」といわれる。

という事でボクサーパンツ。三枚セットだったので、他の服にもスナップをちまちまと頑張ってみました。

令和になって、なかなかブログ更新ができなかったのは、裁縫をしていたため。

令和は、手作り作業ではじまった。

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私のこと(子供たちの言うこと)

私のイメージ

 

子供たちがそれぞれ自立を始め、たまに会うと母である私とういう人間をどう思っているか感じることがある。ただ、私自身が私という人間はこうであると思っていることとは随分違う。

二度目の結婚していた時に、なさぬ中の息子に「母さんは、おまけなしの定価販売な人だ」と言われたことがある。要するに、融通がきかないということらしい。ダメなものはダメ、家のルールは守るべし、友達の家がOKでもうちはうち。

そんなに厳しかったとは思っていないのだけれど、男の子ばかりでも、中学生までは、門限が19時。高校生の時は、20時。門限に遅れる場合は、連絡を入れること。でなければ、学校に連絡をする。

夕食は家族で食べる。

義理の息子は、ちょっとだけ悪ガキ、勉強ができない子だったので、高校生の頃、早退して、友達とカラオケに行ったり、夜遅く帰ってこようとしたり。本当の母親のところで生活をしたり。しかし、本当の母親のところに行くと、学校での生活が乱れる。高校二年の担任に、私のところで、生活をさせてほしいと。私は、私の家にいれば家族として面倒を見るが、養子にしているわけではないにので、権限はない。父親と話をしてほしいと。父親は、母親がちゃんとみていると思ったらしいが、母親をできるタイプではない人。二人の息子を見ればわかる。子を見れば、親がわかるという感じ。私が、この息子のお陰で自分の子供たちでは、決して経験できない親をさせてもらった。今は、真面目に働いている。私が、離婚をしてからは、コンタクトはない。関わりたくないと、思っている。この話はまたいつかできればいいかな。

我が息子達からの私は、めんどくさい親だけど、頼りになる。正しいことしか言わない。強い人。見た目は優しそうだけど、怒らせると手がつけられないと。手がつけられないほど怒ったことはないのだが。怒らせると般若だそうだ。

末っ子は、猫をかぶっていると言う。なめてかかっていくと、大火傷をすると言う。

どうも、誤解があるように思うのだけど、なぜかな。

思い当たることを考えてみる嘘が嫌いだから、嘘をつかれると怒る、だけど誰でも怒るよね。他人に依存しない、なんでも自分でやってみる。真面目。黒白をハッキリさせる。

う〜ん、窮屈ということなのかな。別に強いわけではなく、他人に後ろ呼びを刺されるようなことをしないだけなのだが。

すごく、心配性だから、子育て中は自分との戦い。本当は、あれもダメとか言いそうなのをがまんしたり、可愛い子には、旅をさせろだよねとか。本当は、すごい神経質だけどそれを見せないように、努力したり、男の子だから、どんなに悪いことをしても、子供の前では泣かない。男の子は、お母さんが泣くとすごく傷ついてしまう。なにが悪いかを考えられるようにとか。

こだわりが私の中にあったから、厳しい母親、強い母親のイメージなのかも。

私自身は、とても小心者だと思う。小心者だから、嘘をつけない、裏切られたくないから、自分から、他人に近づかない。去る者は追わず。子供の頃の環境下の影響があるからだと思う。親を信じられないから、他人に深入りしない。人は裏切る。自分は、傷つけるつもりがなくても、傷つけることがある。人は、自分の言動に責任を持っていないことが多い。気づかずに、自分以外のものを傷つける。だから、私は小心者。他人を傷つけるなら、一人が良い、気楽である。

子育て中は、どんな事があっても、子供を信じる、何かをした場合、必ず訳がある、頭ごなしに、大人の考えを押し付けない。子供を子供扱いしない、人格を大切にそれぞれの個性を見ると。感情的に、判断しない

考えると、かなりしんどい親だ。「嘘つかない」「盗まない」「殺さない」自立のできる大人にと、正しことを正しいといえる勇気のある大人になってほしい。

子育ては、成功も失敗もない。親にしてくれてありがとう。この子達の、母親であることの感謝。これに尽きるとおもう。

しかし、強くもない普通の母親のつもりなのに、子供達から見ると普通ではないのか

 

私のこと(線引きをしない)

私は、何事に対しても、「だから」を言わない事にしている。

「もう、歳だから」「女だから」「貧乏だから」「だから」は、自分の可能性や夢や希望を、諦める事だと思っている。「だから」を言い訳にしていると、楽しいことがドンドンなくなってしまう。絶対に、人生を楽しくする為には邪魔な事

「だから」を言う前に、やってみる。歳だけど、やり方がある、女だからできることがある、お金がなかったて、できることがある。「だから」と考えるよりも、やってみよう。

「だから」を言わないということは、自分の可能性に線引きをしないという事。自分を否定しない。人様ができていることはやってみよう。下手でもいいじゃない。やってみたら、案外自分に向いているかもしれない、案外、好きになっていつのまにかプロになっているかも。

線引きをしないということは、「だって」「でも」言わない。否定してたら、したいことが何もできない。

もったいない、人生は、時間の経過。躊躇していたら、幸せが逃げちゃう。自分の人生だもの、自分の生きたいように生きる為に、線引きをしない。

老いらくの恋とか言いますよね。何故だろうと思ってしまう。時間の経過とともに、歳は取る。あたりまえのこと。けれど、気持ちはどうだろう。歳をとるのだろうか。還暦を迎えたけれど、気持ちは若い頃と変わらない。年下の夫と、一緒にドライブしたり、外食したりする時には、夫が喜んでくれるおしゃれをする。お出かけとなると、すごく嬉しい。デート気分。若い頃と変わらない。夫婦だから、誰に遠慮せずにイチャイチャ出来る。若い人がイチャイチャしていたら、「若い者は」って言われる。けど、夫婦で仲良くしていたら、誰もなにも言わない。反対に「いつも仲がいいですね、羨ましい」と言われる。

そう、老春時代は、線引きをせずに、やりたいことをやって、若々しく楽しむべし。

若々しくあるために、刺激を求めて、夢や希望をいつまでも、追いかけよう。

歳をとるということは、できなかったこと、やりたいことができるということ。

私は、人付き合いがめんどくさい。買い物を一緒にとかランチとかは無理。でも会話は好きである。主婦にとって、井戸端会議は、ストレス解消に繋がると何かで読んだことがある。確かに、必要な人もいるだろうけれど、私は井戸端会議は苦手。それよりも、同じ趣味の人や、刺激し合える人と話がしたい。

線引きををせず、自分に限界を作らず、今の自分ができる最大の努力をしたい。男であろうが、女であろうが、子供であろうが、金持ちであろうが、歳であろうが、一人一人の人生の時間は、生まれた時から死ぬまで、人それぞれ。持っている時間は、違うだろうけれど、線引きをした人生では、後悔をしてしまうかも。そんなことのないように、楽しかったと思えるように、積極的にやろう。

 

 

平成最後の満月

4月19日は平成最後の満月でした。

4月の満月を「ピンクムーン」というらしいです。ピンク色に見えるわけではないのですが、なんだか、とてもロマンチック。桜の色ですね。

私は、満月の日にはあまり運転をしません。事故にあいやすい気がするので。狼男のように満月を見ると、血が騒ぐのかも(笑)

満月のせいではないと思いたいのですが、この日はちょっと夫と小けんか。夫は毎日腰痛体操をしているのだけど、体操の後外出をするといっていたのだけど、体操が終わった後も動く様子がない。またか、、、。いったことを忘れている。私は怒りマックス。

「出かけるのではなかったの!出かけるというかから、食事は帰ってきて作ろうと待っているのに。自分の言ったことで相手が、合わせているという事を考えてくれないかしら。外出をやめたのなら、外出をやめたとか。あなたに合わせて、私の家事の動きも変わるし、予定も変更しないといけないということがわかっているの!」「もういい、勝手にするといいわ。食事はすぐ作るから勝手に食べればいい。言っときますけど、夕食はあなたの日課に合わせて作っているのですけど。私は、夕食は取らないのだから、まるでお手伝いさんのように、一人分の夕食を作っている。暖かいもの、作ってすぐの方がおいしいと思っているから。」たったと15分ほどで、マカロニサラダ、肉ニラ、中華スープ、わかめと春菊の和え物を作る。テーブルの上に並べて、勢いよく二階に上がる。

カッカッとしながら、インターネットをみていたら、「あっ、今日は満月か。フム、だから興奮して腹が立つのか、また、やっちゃたかな。」まだおさまらないけれど、二階の窓から満月を見ていたら、落ち着いた。

ちょっと、まだ怒ったような顔で「今日、平成最後の満月なんだって、見に行こう」夫は食事を食べていた。「まだ食べていなかったの」と不機嫌そうに言う。慌てて、食べ終わる夫。

「どこに行こうか」「干拓は?」「どこかで饅頭かっていく?」「いいよ、夜は食べないから」う~ん、夫はお月様には満場と決めているのかな、私は、団子のイメージだけどなと心で思う。

さて、茶々も一緒に出掛ける。「運転気を付けてね」

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あまりきれいに取れなかった

少し雲がかかっている。実をいうと、家の二階から写真は撮っていた。干拓に、むかっていったのだけど、ついたら、雲がかかってお月さまは隠れて出てい来ない状態。

 

昔の花追いかけ

花が大好き

花が好きでよく見に行くのだけど、今年は桜だけ。

今までの花追いかけの写真を少しアップします。

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紅葉狩り

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備北公園

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神辺町ヒガンバナ

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神辺ヒガンバナ

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岡山のイギリス庭園

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結構同じ時期にいっても、全然だめで、ちっていたりと、良いタイミングでみれないことがあります。

写真は、一人でとる事がないので、夫と一緒です。

もっとうまく取れるようになったらいいのだけど。

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今年は、どのくらいけるかな

本当にブログ下手でいやになっちゃう。

どうして、皆さんのブログは見やすいのだろう?

気づいている方もおられると思うんですが、私、本当にわからない状態でブログを書いています。

iPadで書くことが多いのだけど、なんというのか、見出しを大きくしたり、文字に色を付けたりができなくて、公開したあと、パソコンで編集してます。パソコンで、書けばよいのだけど一階に、猫の茶々と犬のアリスがいるので、一階で作業をするようになるのです。(パソコンは二階にデスクトップ)

iPadでも、たぶん編集はできると思うのですが、わからない?トホホなのです。

本当に何もかもが、無謀ですね。

書きたいことも、まとまらず、今一つ伝えられない気がするし。

でもこうして、書いていると「誰かが言っていた、下手でもよいから毎日でも書くこと」って。

一人自分を励ましている。自己満足でしかないけど。

それでですけど、さっきまたやっちゃたような。

なにかというとですね、わかんないけど何かに参加したら、楽天のマークやらアマゾンのマークやらいっぱいでてきた。

これから、どうなるのだろう?

明日は仕事が休みなので、はてなヘルプを見て勉強します。

下手の横好きでいいじゃないか。

私のような人もいるとわかったら、頑張れる人がいるかもしれないじゃないか。

誰が反応してくれるわけでもないけれど、もしかしたら、いつか少しでも良くなったら、うまくなってきたとか、わかってきたなと思ってくれる人がいるかもと思うだけでも、ワクワク、ドキドキする。

 

 

私のこと(ひとりで出来ないこと)

ひとりの時間と一人でできない事

私は、ひとりが好きだけれど、できない事がある。行動力も好奇心も多いにあるのだが、ひとりで食べにいかない。行けない。食べることは好きなのだけれど、ファミレスとかで食べたいと思わない。冷凍食品を使っているところが多いから。それなら、業務スーパーなどで買って、家で食べた方が安く上がると思ってしまうから。外食するなら、家では中々作れないものとか、本当に下ごしらえから時間がかかって待っても良いし、少々金額がはっても、お金を出しても惜しくないと思える外食がしたい。

だから、友人とは行かない。ランチに、500円以上出すなら自分で作る方が良いから。もうひとつ、腎臓が悪いので、食事制限があるから、美味しい物を気兼ねなく食べるのは、月に一回までと決めているから。美味しい物を食べに行く時は、制限の1600cal、塩分6g、蛋白40gを全て一回の食事に持ってくるので、三回の食事の二回は、水分とほんの少しご飯手のひら程度、もしくはトマトジュースだけになる。

食事を楽しみたいのでお喋りだけのため、ランチに高いお金を出したくない。お喋りなら、家でお茶でも良いと思っている。

わたしにとって外食は、食べる事が目的。「ああ、美味しい」と舌鼓を打ちたいと思う。

外食は子供達と一緒。特に、次男坊と出掛ける。次男坊は、付き合いが結構広く、美味しい店を知っている。私にとって、外食は家族と楽しく過ごす時間でもある。

若い頃、大変良くしてくれたホステスのお姉さんがいて、妹のように可愛がってくれた。その方が、会社の社長、弁護士、医者等結構お金持ちの方と食事をする時に連れて行ってくれた。ひとり「万」はするであろうと思われるフランス料理のディナー、高級寿司店、高級焼肉店、豆腐専門店等上げればきりがなく、料理って美味しい思った。高級食材をふんだんに使う。どうしてこんなに美味しのだろうとプロは違うと思ったものである。シェフの方が私が中学生にしか見えないのもあるのか、美味しそうに食べるのもあるのか、テーブルに呼ばれると説明をしてくれた。子供に見える私に対しても(当時27歳)きちんと接してくれることにも感激だった。食事は、芸術と創作だと思った。

食事は、楽しむもの、幸せにしてくれるものだから、食材と料理人に感謝して食べたい。お店を出る時に、心からのありがとうを贈りたい。

私にとっての外食は、至福の時間を作るものである。家族と楽しむのがわたしにとっての外食。だから、ひとりでできないことなのである。

私のこと(おしゃれについて)

一人の時間とおしゃれ

私は、ひとりが好きである。子供の頃から、勉強をするのも家族の寝てしまった時間に起きてする。ひとりで、料理をする、洗濯をする。何かをする時に、できればひとりがいい。

だけど、生まれて此の方、ひとりだった事がない。

最近、見つけた本の著者「三津田富左子」さんの本が好きである。この方、夫を50歳で亡くされ、53歳で娘を嫁がせ、その後は一人暮らし。私の望んでる生活。でも、三津田さんは、おしゃってる、家族がいても、ひとりの時間を大切にと。

私が一人になりたいと思うのは、人に気を使って疲れるからかも。子供の頃は、弟の世話で弟がべったり。看護時代は学生寮でルームメイト。学校を卒業したら、すぐ結婚。離婚をしたら、シングルマザー。再度離婚して、子供が自立したらひとり生活と思っていたら、再、再婚。現在に至る。

でも、夫は三交代の仕事をしているので、一人の時間が沢山出来た。

ひとりが好きなのだが、他の人には、いつも周りに人が居るイメージのようである。50歳の頃、職場のひとに、「キャピ、キャピして、遊んでいるように見える」と言われた事がある。見た目のせいではないかと思っている。両親共に、若く見える家系。いつも、最低でも10以上若く見られる。私は、姉、妹、弟との五人、みんな若く見られる。特に私とすぐ下の妹は、小柄のこともあって、歳を当てられた事がない。若く見えるということは、自然に服装やヘアスタイルに、気がいくようになる。

他人は見た目だけで、判断して、話をしたこともない人たちが興味を持って噂するもののようだ。以前勤めていた職場で、自分の部署以外の人が、さも私のことを知っているように、噂していた。私は、全然知らなかったのだけど、不倫しているとか、年下の男とつきあっているとか、いつも出歩いているとか。火のないところに煙はたたないというから、原因は、私が、職場の人達と職場以外でつきあわないために、私生活がわからなかったことのようである。わからないということは、想像力や妄想につながるようである。

私は、おしゃれが大好き。子供の頃貧しかったために、きれいな服や欲しいものは買ってもらった事がない。ゆえに、働くようになって、おしゃれをするようになった。

私のおしゃれは、年齢にとらわれない。自己満足で良いと思っている。似合うと思うものを着る。洋服は、色で着る。流行は気にしない。きれいな色を着る。赤、ピンク、オレンジ、青。着ないのは、暗い色。特にねずみ色は着ない。私の色というか、その年、年で、着たい色が変わる。オレンジ色ばかり着たい年、ピンク色だったり。色をきるという事は、自分の色気を出すという事。色気といっても、女の色気ではない。自己表現、自分の内面の色である。おしゃれは、自己表現ができることである。やる気を出したいときには「赤」。優しい気持ちの時には、優しい色を選ばないだろうか。おしゃれは、自分表現。きたい色が今のあなたではないかと思う。

おしゃれをする理由がある。子供の頃、母が綺麗な人で参観日などで、友人から「お母さん、綺麗ね」と言われるのが嬉しかった。だから、自分の子供達にも、おしゃれな母親と思ってもらいたいと思っている。60歳になったが、その年齢には見えない。子供は四人、息子ばかりである。もう60歳だから、ショートカットにしてみようかなと言ってみるが、子供達からは、良い返事は返ってこない。「白髪が目立ったら、切れば」「似合うとおもわないけれども、切りたかったら切れば」「今のままでいいんじゃない」「なんで?」。私の髪は、腰まである。この歳になっても白髪染めもせず、頭頂部も薄くなっていない。幼稚園児の頃から長い。黒々としてフサフサ。子供の頃、美容師になりたかったこともあり、髪のカットもセットも全て、自分でする。美容院に行ったのは、片手くらい。美容院で、満足した事がないから。パーマも自分でかける。

私のおしゃれは、あまりお金がかからない。一つは、流行を気にしないので、服を買う時は、気にいった色の物を7割引とかで買う。シーズンオフに買い物に行く。

おしゃれをするのに、欠かせないとこの歳で思うことは、体型もある。私は、中学生の頃から、体重も身長も変わらない。148㎝、40〜45㎏。そのため、いつまでも昔の服がきれる。

洋服を買う時には、この服はあのスカートとあわせるといいかもという具合に自分の持っている服が頭にあり、コーディネートがすぐできる。

おしゃれをするために、こだわっていることの一つに、バック、ベルト、靴の色を揃える事がある。七色とまでいかないが、黒、ゴールド、シルバー、レッド、オレンジ、ベージュ、紫、紺、ホワイト。多彩な色の小物を持っている。靴箱の中は私の靴でいっぱい。ベルトは、引き出しがふたつ。バックは、一面の壁に。アクセサリーは、手作りが多い、髪飾りやネックレス等はほとんど。ブランドのものは一切持っていない、本物なのかの見分けがつかないから。

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同じ型の色違い

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靴の一部です

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階段に吊ってあるカバンです



おしゃれは、自分を表現するものだから、こだわりを持ってすると良い私の夫は、40歳後半。夫の服は大変少ない。着る服を決めているから。冬は、スポーツウエア。夏は、テイシャツGパン。Gパンはこだわりがあるようで、ブランドが決まっている。夫は洋服数は少ないけれど、お金は夫の方が高額。夫のこだわりなので、それで良いと思っている。ただ、私がおしゃれをしているのに、スポーツウエアの上下の夫には、さすがに結婚した頃は抵抗があった。夫婦のバランスもあるだろうと思ったりもしたけれど。最近は、それも二人の夫婦の形、それぞれと思うことにした。

夫が気に入ったおしゃれをしていると、嬉しいらしい、夫は、スカートが好きなので夫との外出は、できるだけスカートをチョイスする。キラキラしたものが私には似合うと思っているので、一緒に買い物に行くと、派手な色やゴールド物を勧める。夫の好みの服装をするのは、夫婦円満の一つかも。

おしゃれの一つに、化粧があるが私が化粧を毎日するようになったのは、40歳を過ぎて、看護師の仕事に戻った時である。それまでは、冠婚葬祭くらい。若い頃美容部員だった姉が、化粧は若いうちはしない方が良いと。その為そうかと素直に、化粧はしなかった。当然、乳液や化粧水などもつけず、普通に石鹸で顔を洗い、ニベアクリームを塗ったり、オロナインだったりとかなりいい加減。今も、ニベアクリーム。メイクはダイソーの物。色々な口紅があって、面白い。

「三津田冨左子」さんも言っている。女は死ぬまでお洒落でなければと。女と生まれたからには、自分の魅力を発散させるような、自分なりのお洒落をたのしみたいと。人の真似をすることはないと。

 

 

結核の検査は、保健所で受けた。

以前勤めていた会社で、結核にかかった人がいて、接触があったという事で、結核の検査を受けるように、保健所から連絡がありました。

近くの医院で受けることができるといわれたのですが、保健所ではだめですかと聞いたら、4月12日ならという事で、行ってきました

行って正解。もし病院だったら、40分で終わらない。最低でも、2時間はかかる。問診と血液検査だけなのにね。普通の診察の人たちと一緒だから、待ち時間がいるからね。

すこやかセンターで問診、先生の診察、その後すぐに採血。

待ち時間がないって最高!検診は保健所がおすすめ!

職員の方は、親切だし、スムーズ。

子供の検診(乳児)以来だから、かれこれ25年ぶりだ。

皆さんも、保健所で予防接種や検診を受ける方が良いですよ。

 

茶々丸が車になれてきた。

車での外出訓練中

茶々丸がだいぶ、車になれてきました。

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夫の腕の中

二月に、香川県に行きました。この時が、茶々丸の初めての遠出。車の中で、大きなトラックの音にびっくりしたりと、落ち着かず、ちょっとかわいそうでした。朝早くだったために、スーパーで仮眠を二時間しました。

スーパーでの夫の足の上で、手足を伸ばして寝たのが良かったみたいで、車の中は安全と思ったようです。

この後、運転中も夫の膝にのって、くつろいでいました。夫は、ちょっと嬉しい様子。

茶々は、私を母親だと思っていて、いつも私に抱っこされるので、夫はあまり長い時間抱くことができなく、少し寂しい気持ちがあったみたい。危ないから、抱くよといっても、「僕の膝でじっと眠っているから、大丈夫」と嬉しそうというか、優越感。

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夫に抱き着いている

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眠っています

この後神社に行ったときは、車から降りたら、私から離れず、人とすれ違うたびに、背中によじ登りでした。車に戻ったら、落ち着きました。

人と外がこわいのか、耳がよいから、音に敏感なのか、茶々ごめんね。みんなで、お泊りができるように頑張ろうね。

アリスと茶々を連れて、お花見

お花見に行ってきました。

夫が休みだったので、岡山県の早島公園に、行ったのですが車が止められずに、笠岡市の運動公園に、変更。実をいうと、私内心、20台しか駐車できないのなら、絶対無理。

向う道中、笠岡の運動公園の桜咲いてるから、あそこでもよいと思うけどと、一応言ってはみたのですが、夫は、どうしても、早島公園がよいらしい。始めての場所ということもあり、迷った挙句、入れず。本当に、二時間も車で、アリスも茶々も疲れるでしょうが。結果、朝早く出発し、笠岡に舞い戻ったので、約4時間車の中。

夫には、むかつくけど、、、、。きれいな桜を見せたいという気持ちには、感謝して何も言わず。

笠岡の運動公園の番長桜とてもきれいです。白っぽい花。そして、ソメイヨシノの薄いピンクの桜。

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桜道を散歩

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茶々と桜

アリスは、散歩が大好きなので、夫と一緒に、はしゃいでいました。茶々は、たくさんの人がいるので、ちょっとびくついていました。抱いていたのですが、アリスが寄ってくると、地面に降りて、アリスの後ろについて、お散歩。

家の中に尋ねてくる人たちからは、すごく人懐っこい猫ちゃんといわれているのに、外出すると、人見知りが激しい。子供たちもきらいなのか、可愛いと話しかけてきたら、私にしがみつく。

だから、アリスとお散歩も人がいないと、ついて歩く状態。

でも、茶々を見た人隊の声が、アリスと一緒のため、「あ、わんちゃんだ、あれ、ねこちゃんだ!」と。茶々を、見た人たちは、アクアブルーの瞳をほめてくれる。

動画も取ったのだけど、アップの仕方がわからないので、お見せできなくて、残念。

アリスの後を、しっぽピンと立てて、一生懸命においかけていく後ろ姿は可愛いです。

だけど、人がいたり、自転車にはおびえて、後ずされします。

猫は、昼間は眠っていることが多いから、本当はあまり連れ出すのはどうかなと思っているのですが、とにかく、夫が家族でお泊りしたいので、茶々に車での移動になれてもらうために、連れ出しています。

この日は、笠岡の道の駅に、寄って帰りました。菜の花がとてもきれいでした。

あなたは、大殺界だから動いてはいけないといわれた!

時々、以前のように、電話占い会社にに所属しないで、うらないを受けることがある。

仕事の事で、相談を受けた方なのだけど、私が以前この日が面接に良いと伝えた方が、内定をいただいたと。良かったですねと、返事をしたのだけれど、歯切れが悪い。

話をしていると、他の占い師に、見ていただいたら「大殺界だから、動いてはいけないといわれた」私から、エネルギーが強いので、この日とこの日に面接を、するとよいといわれたので動いたら、結果が良かったので、他の占い師に見てもらったら「大殺界だからダメ」といわれ、私のところに予約を入れてきた。

その占い師は、いつが動くとよいと等のアドバイスはなかったということだった。

なんというか、このような鑑定を伝えることは、占い師として、本当にはらただしい!

脅しですよね。本当に、大殺界で運気が悪かったら、受験しないのか?妊娠している人に、運気が悪いから生むなというのか?

雨が降ったら、外出しないのか?傘をさして出かけるだろう。困難なことがあれば、さけるのか?困難だとわかれば、覚悟決めて、頑張るだろう。努力するだろう。

相性が悪いから、別れなさいというのか?

悪いことがあるからと避けてばかりいては、何も変えることができない。

占い師は、結果が悪ければ、最小限になるアドバイスなる、乗り越える方法を伝えるべきだと。良い結果が出れば、油断しないように、今の状態を今以上に、良くなるようにアドバイスをするべきだと考える。

私は、悪い結果の方が良いと思っている。運気が悪いなら、困難があって当たり前、うまく事が運んでも油断するなと思うし、相性が悪いといわれれば、相性が悪いのだから喧嘩が多くって当たり前だと思うし、相性が悪いという事は、自分とは全然違った考え方や行動をすることができる人なのだと思うから、参考にしようと思うし、反面教師とも思う。相性が悪い方が、面白いと思う。

占い師は人生のアドバイスをする、カウンセラーだと思う。他人の人生を決定してはいけない。アドバイスを聞いて、最終的には本人が決めることなのだから。占い師が、その方の人生の責任をとる事なのできないのだから。相談者の幸せになることを考え、思い、迷いの先が少しでも見えるように、伝えるべきだと思う。

びっくりしたと、どうしようと予約をしてきた相談者。

霊能者のように、本当に見えるのであれば、見えたことを伝えるのもあるのかもしれない。しかし、大殺界だからというようなうらないで、他人の人生を止めるのはアドバイスといえるのかと思ってしまう。

人生の中で、とても大切な人に出会った、将来を結婚できるのかといわれたら、運気が悪いから別れなさいというのだろうか、この占い師の方は。相性が悪いから別れなさいうのだろうか。

占いは、悩む相談者の答えのヒントになること、何故に答えることであると思う。

脅すものではない、助けるものである。