老春時代の満足生活情報発信局(お金と暮らしと占いと人生物語)

還暦を迎え、人生を心地よく過ごし、もっと魅力的人間になる「楽しく楽しく生きる」ヒント探しブログです

犬を飼う方、私たちのようにならないように、去勢手術、避妊手術は、犬の為にも、してあげましょう。

6月20日、アリスが、手術をします。

 

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7日に、ビーグル犬のアリスの左胸が、腫れており、触ると痛がるので、次の日に動物病院に予約を入れました。

 

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乳腺炎と言うことで、抗生物質と痛み止めの処方で、一週間。

 

14日に再受診。少しは、腫れが引いているのですが、3,4,5乳頭付近にも、しこりがあり。

 

先生の話では、しこりが、良性か悪性かは、麻酔をかけて、組織検査をしなければならないと言われました。

 

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年齢的には、50代。

 

避妊手術をしていないので、乳腺炎になるのなら、これから可能性の高い病気の、子宮蓄膿になっても、嫌だし。

 

検査をしないで、気づいたときには、手遅れだったというのも嫌だし。

 

夫と話をして、今回、胸のほうは、取ってもらうことに、其れと同時に、子宮と卵巣もとってもらうことにしました。

 

これから、高齢になるのに、麻酔のリスクも高くなるので、今がチャンスではないかと思い、手術をお願いしました。

 

アリスは,病院を嫌わないので、楽なのですが、自分に今日何が起こるかわかっていないので、先生や看護師さんに、愛想を振りまわっていました。

 

私が、診察室から帰ろうとしたら、ついてこようとしたけれど、今日は、ここでいるのと言ったら、首をかしげて、じっとしていました。

 

アリスを買ったときに、どうして、避妊しなかったのかなと夫に言ったら、「家で飼うから、外に連れ出さないからと。

 

あ~あ、そうだったかな?

 

そのころ夫が、犬のお金を出していたので、あまりお金を、使いたくない様子だったから、「外に出さないし、出産させないからいいんじゃない」と言った記憶がある。

 

8年も飼っていると、足が断裂した時もすぐに、夫は手術をさせたし、今回も、手術しようといったけれど、飼い始めたころに、避妊手術していたら、今回のお金はいらなかったかもと思う私。

 

今回手術を、したほうが良いと決断した理由が、もう一つあります。

 

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隣の友人の犬が13年目で、子宮蓄膿症だったと、手術をしたと聞いていたこともありました。

 

なんとなく、うちの子も、気をつけようと思っていたので、乳腺炎としこり。

 

これは、この先、うちの子も、子宮蓄膿症にかかる可能性大じゃないかなと。

 

これから少しでも長く生きてほしいと思い、手術をさせることにしたけれど、これでよかったのかなと思っています。

 

先生が、動物を怖がらせるのは、虐待になるので、検査などどうしても、麻酔を使用してすることになると。

 

押さえつけたり、言ってわかるわけではないので、恐怖を抱かせないようにしてあげようと思うと、どうしても、寝てもらうしかないと。

 

うちのアリスは、とても元気で、少しくらいしんどくても痛くても、食事は食べるし、呼ぶと遊んでくれると思ってじゃれるし、病気は、今回のように腫れたりして、異常がはっきり表れないと、気づかない気がします。

 

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犬の性格もあるだろうけれど、アリスは、構ってもらうのが大好きなので、私たち夫婦が、異常に気づくのが遅くなって、我慢させることになってはいけないと思う、私たち都合の様な気がしています。

 

後悔先に立たず。

 

これから、犬を飼う方、私たちのようにならないように、去勢手術、避妊手術は、犬の為にも、してあげましょう。

 

 

 

 

 

物事全てにおいて、裏表があると思え。  自分が幸せであれば他人を思いやることもできる。

物事全てにおいて、裏表があると思え。

 

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人生50年と言われたのは、いつの頃という感じの今日この頃。

 

昨今は、人生100年と言われる。

 

そんな中でも人の悩みは変わらず、人間関係だ。

 

現在情報発信の時代の中で、SMSなどで、見ず知らずの人からの、誹謗中傷で、命を落とす人もいる。

 

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自分自身を守らなければ、家族も巻き込み、不幸の連鎖が訪れる。

 

では、どうしたらよいか。

 

これは個人差もあるだろうし、人それぞれの考え方もあるだろうが、正直になることである。

 

ここでいう正直とは、他人の思惑など気にしないと言うことである。

 

他人のことを気にすると、いい人でいようとする。これは自分に対して、正直ではないと言うこと。

 

正直になると言うことは、自分に対してである。

 

信頼される人間になる。

 

魅力的になる。

 

優しい人になる。

 

仕事のできる人間になる。

 

思いやりのある人間になる。

 

これらすべて、他人から見られる自分である

 

人間関係において、他人の目を意識しなければ、いけない状態は自分自身が、自分に嘘をつかせることがほとんどである。

 

私は、仕事をしている時に、「怖いけれど、頼りになる。」「あの人が居るから大丈夫」と結構、頼りにされていた。

 

しかし、私自身は、定時に帰りたいから、残業をしたくないから、さっさと仕事を終わらせたいだけで、自分のことしか考えていなかった。

 

ただ、看護師の仕事は、チームですることが多く、組織という考え方なので、チームの仕事が終わらなければ、帰れない。

 

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だから、職場の人すべての人の仕事の進み具合を確認し、仕事のできない人の仕事は手助けし、常に、自分の仕事量プラスの時間配分を心掛けていた。

 

そのやり方が、他人から見ると、仕事ができ、手伝ってくれる優しい人という評価になっていただけだ。

 

自分がしたい事を明確にして、自分に嘘をつかないことを、信条にしていたので、トロトロしている人に対しては、結構厳しかった。

 

できていないのであれば、早くいうこと、自分の仕事がキャパオーバーなら、助けを求めること、でなければチームに迷惑がかかる(私が定時に帰れない、サービス残業が嫌だから。)というスタンスだったのだ。

 

だから、仕事の遅い人からすれば、私は怖い人だったようである。

 

看護師の仕事は、サービス業と人とのかかわりが主なので、アクシデントが、よく起きる。

 

急変だったり、急な入院だったりと。だからこそ、決められたその日の業務プラスの時間を確保することは、必須。

 よく笑顔でいつも仕事をしていると言われたり、やさしい人と言われたりしているが、私自身は、それが楽だからであって、自分のためだ。

 

 私が、笑顔を絶やさないのも、裏を返せば、そのほうが、仕事や人とかかわることでは楽だからだ。

決して、他人を不愉快にさせたくないとかいい人に見られたいとかは全然ない。

 

ハッキリ言えば、不良に見えるような恰好をしていれば、その時点で、損をするレッテルを張られ、したいこともできない。

 

しかし、優等生であればどうだろう。その時点で信頼され、物事がスムーズに進む。

 

物事は、すべて裏があると言うことを忘れないことと、いい人を演じる必要はない。

 

他人に自分を合わせる必要はない。

 

会社に入れば、会社の規則を守り、自分の権利も守る。勤め人とは、自分の時間を切り売りしているのであるから、売った時間は自分の物ではない。

 

その時間は、会社のもであるから、搾取しないように、仕事をする。

 

自分の時間ではないのだから、仕事という関わりでの人間関係で、いい人や良い人間関係を築くなどと、考える必要はない。

 

その日の仕事を完璧に問題なく終わらせることが、すべてである。

 

仕事上の人間関係は、仕事ができれば、いらないと言っても過言ではない。

 

仕事のできる人が強いのである。

 

能力というものは人それぞれである。昔でいうながら族のように、歌を聞きながら、勉強ができる人もいるだろう。何かをするのに、時間がかかる人もいるだろう。

 

自分を知ることである。そして、物事はすべて逆のこととつながっていると思うべし。

 

自分が、仕事が遅いとしよう、ここで言われたからと言って、いい顔をして、引き受けたらどうなるか。

 

引き受けた時は、いい人だと思われるかもしれない、しかし、できなければ無能扱いだ。ならば、自分はその量はできないと言おう。

 

その代わり、できる分はやって、残りの時間があれば、プラスですると言ったほうが、楽である。

 

こんなにできないよ、嫌だな、自分は嫌われているのかな、パワハラかな。もう辞めたいよ。

 

いいことなど全然ない。

 

他人のことを考えて、行動すると碌なことはないと肝に銘ずべき。

 

当たり前のルールを大切にし、会社の規則を守り、自分に嘘をつかないことが自分を守ることができる。

 

人間関係がめんどくさいのは、良い人間関係を築こうなんて思うからだ。

 

そんなことを考える暇があったら、自分を大切にすることだ。

 

私はお洒落をするのが好きだ。しかしだ、誰かにきれいだとかお洒落だとか言ってほしいわけではなく、自分が気持ちが良いから、お洒落をする。

 

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人に、どう思われたいとかがない。

 

他人に対しても、個性がないグループ(みんな似たり寄ったりの化粧やスタイル)を見ていると、あ~あ、依存している、集団でいることで安心している、自分がないと思ってしまう。

 

人として、してはいけないことさえしなければ、自分のことだけを考えて生きていけばいいだけだ。

 

人殺し、詐欺、泥棒はだめである。罪だ。

 

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自分を最大限否定する行為だ。

 

殺すと言うことには、他人の心を殺すことも入ると私は思っている。虐めなどで、心を壊されて、精神病院に入院してくる若い子がいる。鬱になり、自殺をする会社員もいる。

 

本当に人とかかわると、碌なことがないと思う。

 

人として生まれてきたからには、他人とかかわらなければならない。

 

最小限度でいいじゃないか。

 

物事には裏表が必ずあるのだから、困った時は、裏から見てみよう、考えてみよう。

 

見えていることがすべてではない。

 

人間関係で、嫌になったら、我慢するな。今自分を傷つけてくる人が、自分にとって必要なはずがないと思うべし。

 

食べることができ、寝ることができているなら、幸せだ。

 

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しんどいと思ったら、止まってみて、裏を考えてみよう。

 

私は、他人と話すときに、この人は何がしたくて、話をしているのだろうと考えて聞く。その言葉に裏はないのだろうかと考える。

 

子供や老人が、痛みを訴えたり、症状を伝えるのに、全然想像ができない物言いをする、真逆の訴えだったりする。

 

だから、その言っていることの裏を考える。そして、問い返してみる。

 

そうすればすべてではないにしても、近い情報を知ることができる。

 

他人から「あなたって、優しい人ね」と言われたとしても、裏から見れば「優柔不断」「ハッキリしない人」「愚図」と思っているかもしれない。

 

悪いことも、良いことも、裏に転換してみる。

 

これは、人の心や本質を見ることができる。

 

物事の、裏を見ることで、楽に生きていけることがたくさんある。

 

自分のことを考えて、自分を幸せな状態にしなければ、余裕もない人生になる

 

自分が幸せであれば他人を思いやることもできる。

 

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当然と思ってはいけない、当たり前と思ってはいけないこと。  当たり前、当然、は、人として生きるためにに、必要なことだ。   当たり前を大切にする。忘れない。正しい当たり前を身につけよう。

当然と思ってはいけない、当たり前と思ってはいけないこと。

 

昔、小説を読んで、なるほどと思ったことがある。

 

10代の頃の恋愛小説だった。

 

その主人公が、バイトで出前をする客に対しての行動の話。

 

その出前を届ける客は、いつも、おつりはいいからと言ってチップのようにくれる人である。

 

ある日、いつものように出前を届けて、お金を渡してくれたが、「いいよ、おつりは。」という言葉はなかった。

 

主人公は、すかさず「おつり、○○です。」と渡した。

 

客は、夜の商売をしている女性なのだが、びっくりしたように「いつも、おつりを用意しているの?」

 

「はい、あたりまえですから。」

 

「そう、君は、凄いね。人は、間違っていることでもそれが、続くと当たり前になるのに。ありがとう、とても、良い気持ちになったは、このおつりは大切なことを、思い出させてくれたわ」

 

この、シーンは私の心に、とても深く残っている。

 

人の好意を当たり前に、当然と受けてはいけない。

 

いつも、してくれるから、慣れてくると感謝の心がなくなる

 

ともすれば、何で今日に限って、手伝ってくれないのか、助けてくれないのかと、期待を裏切られたと、相手の好意を、忘れて、怒りを持つ人もいる。

 

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この当たり前を大切にしなければと少女だった私は、自分の生きるための指針になった。

 

特に人の心は変わりやすい。

 

昨日は許してくれたことでも今日は、ダメなことはある。

 

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仕事では、自分が失敗したらいつも助けてくれる人がいるとして、それを当たり前のようになって、その人の負担になっていないだろうか?

 

当たり前は、他人に依存することに、繋がることだ。

 

当然ということも、当然だからという人がいるが、何が当然なのだろう。

 

良いことでの当然、当たり前がある。

 

あいさつをすること、食べること、寝ること、人としてのふるまい生きることの当たり前。

 

しかし、人の好意を、当たり前、当然と思ってはいけない

 

それは、自分の価値を下げることにつながるし、努力のできない人間、他人の気持ちを考えない人間になる。

 

親が子供を愛することや守ることを当然と思ってはいけないし、当たり前と思ってもいけない。

 

親も、人間、人である。

 

感情というものがある。子供が、何人かいるとしよう。

 

すべての子供に、同じように愛情が注げるかというとそんなことはない。

 

愛することは、その環境で変わるし、子供の性格でも対応が変わる。

 

生活をしていると、その時の経済状態で、子供の望む愛情を、かけてあげられないこともある。

 

「当たり前」「当然」は、簡単に、手に入るものではないのである。

 

当たり前のことを、すると言うことは、努力と忍耐と人間性が、必要だ。

 

人は、悪いとわかっていても、止められないことがある。

 

喫煙、これは、身体に悪いし、いいことは何もない。ともすれば、他人も巻き込む。

 

禁煙しようとしても、失敗する人の話をよく耳にする。

 

身体に悪いとわかっているのに、当たり前のことなのに止めることができない。

 

そう、人間は、当たり前、当然と言うことを、なかなか、実行し継続できないのである。

 

社会において、「当たり前」「当然」が、守られることは、少ない。

 

仕事においては、当たり前のように、サービス残業があったり、理不尽だらけ。

 

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「当たり前」を口にしても、受け入れてもらうのには、孤立するしかない時もある。

 

その悪しき現実を、「当たり前」「当然」と思ってはいけない。

 

生活がかかっているから、間違っていると思っても言えない。逆らうことができない。

 

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生活をする中で、「当たり前」「当然」は、ない事のほうが多い。

 

「当たり前」「当然」を、実行しようとせれば、まるで、自分が普通でないような扱いを受けることもある。

 

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当たり前をを忘れず、生きていくことが、他人を思いやることができるのではないかと思う。

 

生きていくのに、当たり前と思わないことは、いくつもある。

 

教師が、子供を導く、親が子供を愛する、警察官が正義、政治家が、国を思っている、宗教家が人格者、血のつながりが、絶対等、

 

当たり前と思わない生き方を、忘れない。

 

当たり前ではないのだから。

 

人として集団で生きるために必要なルールから、外れたら当たり前ではなくなる。

 

あたり前の大切さに、気づかないから、トラブルが起き、事故、事件が起きる。

 

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人間は、感情の生き物だ。本来は、動物であるから、生きるためには手段は、択ばない。

 

だけど、知恵があり、理性があり、感情の中に、愛情ということがある。

 

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だから、助け合い、みんなで生きることのために「当たり前」というルールを作ってきた。

 

当たり前、当然、は、人として生きるためにに、必要なことだ。

 

当たり前を大切にする。忘れない。正しい当たり前を身につけよう。

 

いい加減にしろ、生言ってんじゃねと、言ってしまいそうな気持。人間として、成長できる良い恋愛をしてほしい好きは「恋」。「恋」を愛している「愛」に育てることのできない男に、男としての魅力などない

いい加減にしろ、生言ってんじゃねと、言ってしまいそうな気持。

 

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とあることで、恋愛の相談があった。

 

連絡があった時に、(一年以上というか普段全然連絡を取らない人)恋の悩みだと思った。

 

恋愛のことで悩んでてと。

 

どんなことで悩んでいるか聞かずに、話を始める。

 

その間、彼の気持ちを感じてみるが、全然恋愛感情がない。

 

これは、自然消滅っぽい。

 

話をしているうちに、彼から別れたいと言われたと。

 

理由は、スキップシップの温度差だそうだ。

 

何を言ってんだ、この男は。

 

好きだけど好きシップの温度差が原因?もう、はぁって感じ。

 

本人には言わないけど、男に言いたい、飽きたんだろうが。めんどくさいだけだろうが、ふざけんな。

 

男らしくない。

 

恋愛してんだろうが、好きならスキンシップに温度差なんか生まれるか。馬鹿が。

 

中途半端にしたら、彼女が、前に進めないだろうが。

 

好きなら好き、嫌なら嫌と言ってやれよ。

 

何言ってんだ。かっこつけんじゃね。

 

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お金をもらっての鑑定ではないし、どうしたいかを聞かずの鑑定なので、結構言いたいことや、彼の気持ち彼の考えを、運命周期やカード等に占いから伝えた。

 

復縁したいとか女性特有の運命の人か的なことも、伝えた。

結論から言えば、運命の人が、こんない加減な対応を、大切に思っている人にはしない。

 

自己中心的で自分のことしか考えられない状態の人。

 

相手を理解しようとせず、自分の本心を見せず、別れる原因は、自分ではないスタンスを取っている。

 

大人の恋愛ができない、誠実さがない。

 

今は、運命的に重なっていないので、彼のことが本気で好きなら、待つという時間が必要だけど、待つ価値があるかと言うことでは、はっきり言ってない。

 

恋愛で、待つことができるのは、相手に本気の覚悟がある時だけ。

 

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この人でないと自分は絶対にでだめなほど、命を懸けるほど好きなのかを、自分の心に聞いてみるべし。

 

女性にとって、適齢期の恋愛は、自分の人生を預ける、一緒に歩ける人でないと、いけない。

 

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それなのに、スキンシップの温度差って。

 

半年も付き合って、いまさら?

 

正直に、男らしく、「あ、あ、この人を好きになってよかった」と思ってもらえるような別れ方をしろよ。

 

違う環境で育ち、20歳を過ぎるまで、それぞれの人生を歩いてきた男女なんだから、考え方もコミュニケーションの取り方も違って当たり前。

 

だからこそ、お互いを理解し歩み寄り、愛情を育てていくべきなのに、違うからって。

 

俗にいう性格の不一致ですか。

 

離婚でよく性格の不一致というけれど、今まで許せていたものが、許せなくなって嫌になったから、離婚だよね。

 

性格なんて、一致することはないから、理解して歩み寄るから、こんな考え方ややり方があるのだと思えるから、一緒にいられる。

 

相手のことより自分のことばかりでは、許しあえることも譲歩することもできない。

 

男女の関係も、すべての人間関係も、相手を尊重し、譲歩し、理解することで、関係性が、よりよくなるのではないかと。

 

 

世の男性は、女をなめている。

 

男は、絶対に子供を産むことはできない。10ヵ月お腹で育てることができない。

 

女は長い妊娠期間を過ごす。

 

だからこそ、忍耐力が、ある。我慢も不自由差も耐える。

 

男は、略奪。育てることができないからだ。待つことや忍耐力がない。自分中心。いらなくなったら、簡単に捨てる。

 

男は、子供が生まれて女が母親になってしまうと、文句を言う。

 

子供と俺とどっちが大切なんだなんていう男がいる。

 

子ども中心、夫である自分をないがしろにしたから、浮気をしたり、妻を罵倒したり。

 

成長しない男ほど、どうしようもない。

 

恋愛は、自分を成長させるものだ

 

だけど、中には、快楽のみを追いかける輩もいる。

 

好きは「恋」。「恋」を愛している「愛」に育てることのできない男に、男としての魅力などない

 

人間として、成長できる良い恋愛をしてほしいと心から思う。

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釣りをするなら、釣った後のことも考えて、包丁くらい買っておけよと息子に言いたいと、思ったこと。自分が情けない。無理がきかない身体だと実感する

釣りをするなら、釣った後のことも考えて、包丁くらい買っておけよと息子に言いたいと、思ったこと。

 

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腎臓病の持病持ちのため、少し変わったことをすると、いつまでも体調がすぐれず、したい事が、進まない。

 

ブログを毎日、更新という目標を、月初めにするのだが、先月もダメだった。

 

普段は、全然、身体の不調を気にすることはないのだけど、毎日の生活にちょっと違うことを組み入れると、しばらく体調がが悪い。

 

さて今回は、息子の友人が、釣りに行き、ハマチ、ヤズなどの魚を、大量に釣ってきた。

 

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戻ってきたときに、「釣りに行っていました。結構釣れました。」

 

「じゃあ、さばきましょうか?」と言って、クーラーボックスを、覗いて。

 

「えっ」と驚いてしまった。

 

80㎝の鰆を筆頭に、50㎝越えのハマチやヤズが、クーラーボックスいっぱいに、入っている。10匹以上入っている。

 

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「持って帰れなかったから、ほとんどを、釣っては、はなしで、腕が痛いです」

 

これだけ釣れれば楽しかっただろうとは思ったけれど。

 

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息子の家には、捌く包丁がない。

 

魚は捌けるけれど、こんなに大量に、魚屋じゃあるまいし捌けるのか?

 

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「しめてはいるんですけど。」

 

そんな問題じゃなくって、誰かにあげるにしったって、捌かず「はい」って分けにいかないでしょうと心の中で、つぶやく私。

 

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さてどうしたものかと考えて。とりあえず、はらわただけでも、出しておこうと考えた。

 

しかしである。包丁が、全然、きれない。

 

お腹を、さくのにも、非常に時間がかかる。

 

冷蔵庫収まり切れないし。氷を買ってきてもらい、クーラーボックスで、明日まで、冷やして保存。

翌日に、ホームセンターに行き、出刃包丁を買ってきた。

 

さて、さて、魚をさばくけれども、久しぶりなこともあり、苦戦。

 

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ハマチは、骨が固いので、カッツするのに結構力がいる。

 

私は、背が小さいこともあるのだが、息子の家のキッチンは、高い。

 

力を入れにくい。

 

もう、左手があかくなるし、手がだるいし。やりにくい。

 

ある程度の、勢いがないと背骨の骨が落とせない、頭を落とすのが、最初の何匹は良かったが、だんだん、力が入らなくなる。

 

もう、嫌だと思いつつ、格闘。50cm以上のハマチには、大苦戦。

 

刺身用に捌いたり、焼き魚用にと。

 

もうてこずるのは、あら炊き用に頭を裁く時、疲れた。

 

息子たちの夕飯作りもしなければいけないし、。夫の夕飯つくりもある。

 

同じ家に住んでいるのなら、一日をかけて、捌けばいいけど、帰らなくてはいけないから。

 

ほぼ捌いて、冷蔵庫に入れて、帰る。

 

三日目。

 

味噌漬けにしたり、たれに付け込んで冷凍したり、空揚げ用に加工、お弁当用に加工。

 

冷凍庫がいっぱい。

 

吞気そうに「一か月は、魚に困らないね」と息子。

 

「あんたさ、母さんが夕飯作りに来ているから、良かったけれど、どうするつもりだったの?」

 

「そりゃ、持っていくよ。俺、捌けないもん」

 

「ああ、そう」

 

心の中で、釣りが趣味なら、捌くことも覚えろよ、包丁くらい自分で買えよ。

 

もう、出費して、しんどい思いをして、何をやってんだか。

 

見た目元気で、自分が引き受けたことはきっちりやらないと気が済まないので、泣き言も言ったことはないが。

 

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あとから、しんどいのが来る。二時間の立ち仕事はきついし、力仕事はかなりな負担にになるということがわかった。というかいつも、あとから反省

 

こんな時はさすがに、自分が情けない。無理がきかない身体だと実感する

 

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夫は、その姿を見て、今度は、家に持って帰っておいで、教えてもらいながら俺が捌くよと。

 

嬉しいけど、ほんとかな?だって。虫や気持ち悪いものが大の苦手なのにと、思う私。

 

まあ、めったにあることではないことだから。

 

今までは、魚をさばくことができるけれども、出刃包丁がなかったので、丸ごと一匹魚を、買わなかったから。今度から買えると夫に、話す。

 

そう、このことが原因で、未だに、ちょっと、お疲れ気味な私。

 

 

 

 

 

息子の健康診断結果中性脂肪の数値が以上に、高い。今の生活を快適に過ごすためには、知恵と工夫次第。母親を、やっている間は、心配は、永遠かな。

今日は、満月。スーパームーン皆既月食。24年ぶりなのに。

 

残念なことに雨です。

 

仕方がないので、yutyubuの動画を見ながら。

 

今日は、息子の誕生日でもある。29歳。

 

おめでとう。

 

息子は、会社の健康診断が悪かった。

 

若いのに、もう、生活習慣病

 

中性脂肪の数値が以上に、高い。かつ、善玉コレステロールが、低い

 

息子は、子供の頃から甘いものが大好きで、社会人になってから、会社に持っていく飲み物が、1ℓのジュース。

 

職場が暑いからと。

 

糖尿になってしまうよと心配していたけれど、糖尿病じゃなく、高脂血症

 

 

原因は、糖質のとりすぎ。

 

自立してからの食事、特に、シェアハウスをするようになってからの食事が、よろしくない。

 

ここ最近になって、夕食を作りに行くようになったけれど、一か月前の食事は、コメもなく、コンビニ弁当、マックのハンバーグ、取り寄せのピザ。

 

部屋には、ジュースのペットボトルが、転がっている。

 

一年前の健康診断の時は、肝臓が悪いと指摘を受け、体重を落とすことを頑張った。

 

今回は、標準体重なのに、生活習慣病。7キロ減。

 

なのに、服の上から、ぽっちゃりのお腹がわかる。

 

完全に、脂肪がついている様子。

 

中性脂肪が高い場合の原因

 

  • 必要以上に食べている。

 

  • 脂質のとりすぎ。

 

  • 糖質の取りすぎ。

 

  • アルコール多飲。

 

社会に出て、4つの原因にすべて、あてはまる。

 

アルコールは、昨年から控えており、ほとんど飲んでいないと言っていた。

 

アルコール以外は、食生活が全然、ダメ。

 

数値が、500こえている、血圧も高いし、善玉コレステロールは、低いし。

 

もう、動脈硬化起こしちゃうよ、下手したら、いつ死ぬかわかんないじゃないの。

 

それにしても、良いタイミングで、食事を作ることになったな。

 

こいうことがあると、私って、神さまに守られていると思ってしまう。

 

自分の息子の危機に、何気に、行動させてもらえるから。

 

息子の29歳の誕生日に、血液検査が悪いのがわかって、検査が一か月前にしているので、そのころから、食事を作っている。

 

この一か月は、全然、ファーストフードを食べなくていい状態なので。

 

少しは改善しているかも。

 

まぁ、ジュースは飲んでいるようだけど。

 

メールで、息子には、原因を伝えたので、考えてくれるだろう。

 

私は、食事療法のつもりで、献立を考えて、夕食を作ろう。

 

カロリー制限としては、仕事をしているので体重から、1500~1800カロリー。

 

食材は、魚肉、大豆、キノコ類、海藻、野菜中心で。

 

鶏レバー、たらこ、マヨネーズ、卵、バターは減らす。

 

元々、油はごま油と、オリーブオイルを、使う派なので、良かった。

自分が、食事療法をしているので、野菜多め、主食控えめ、タンパクは、豆腐で取ることが多いので、豆腐料理のレパートリーが多い。

 

息子には、飲むなら、豆乳を飲むように、ジュースも、糖質の入っていない野菜ジュースに変えるように話そう。

 

夕食を作りに行くけど、会うことは少ないから。

 

なんといっても、うちの夫が私が、家にいないことを嫌うので。

 

夫が仕事でいない日で、息子が休みの日でないと、会えない。

 

これだから、結婚は嫌なのだ。

 

これが、再婚でなく、息子たちの父親なら、こんなめんどくさい生活しなくていいのだろうな。

 

 

でも、これも人生。方法は、いくらでもあるし、言ってきかない人でもないし、

 

最終的に我慢できなければ、この結婚生活は、止めればいいわけだから。

 

何事も、永遠はないのだから、終わりは必ず来るのだから。

 

今の生活を快適に過ごすためには、知恵と工夫次第

 

自分らしく生きる方法を実行しよう。

 

それにしても、長男は遺伝で(父方の遺伝)糖尿病。昨年から、体重管理と食生活の改善

 

次男は、尿酸値が高くなり、生活習慣の見直し。食生活の改善。きちんと三食を取ること。水分摂取。昼の食事を抜かない(一日一食だった。仕事が忙しくて、食べていなかった。)今は、良くなっている。脱水から、尿酸が高値だったから。

 

三男坊が、生活習慣病だね。これから改善。でもその前に病院に行かせないといけないな。

 

それにしても、、男の子は、食事を作らないな。

 

次男は、昔から、料理をするのは好きなのと甘いものを食べないし、水分はお茶や炭酸。なのに、飲まず食わず状態になって、体調を崩す。

 

長男は、糖尿病予備軍だったから、40歳になって、食生活を見直し、減量させることで、改善中。糖尿病予備軍であることを意識してもらう。

 

四男坊は、どちらかというと、次男坊に似ており、甘いものを食べないし飲み物も、お茶系等。食べすぎる子ではない。

県外に住んでいるので、様子がわからにけれど。今のところ、何もないのだろう。

 

生きて母親を、やっている間は、心配心は、永遠かな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分らしく生きることに、必要なこと。嘘も必要?嘘も方便。自分のために使える時間の確保こそ、自分らしく生きるために、必要不可欠である。

自分らしく生きることを、若い頃は、できていたかというと、どうだろうと思う。

 

還暦を迎えて、子供たちも自立し、自分のことだけを考えて生きてもいいかなと思えるようになった。

 

私は、自分で言うのもなんだが、かなり、めんどくさいことが嫌いで、ウジウジするのも嫌いだし、意味が分からないことで我慢することも嫌。

 

そんな私が、結婚して、子育ての最中には、自分の行動が、夫や子供たちが、嫌な思いをしたり、恥ずかしい思いをしないように、自分の思いを通すことはなかった。

 

だから、自分らしく生きていたかというと、そうでもなかったと思う。

 

自分らしく生きるためには、嘘も必要?

 

嘘が嫌いだけど、じゃあ嘘をついたことがないかといったら、そんなことはない。

 

人に迷惑をかけるような嘘をつくことはしない。

 

生きていると嘘も必要な時がある

 

それが嘘も方便だ。

 

再婚している時に、夫には、私の連れ子が「お父さんが、いてくれて嬉しい」と言ってもいないことを夫の耳に入れ。

 

息子には、お父さんが、褒めてたよと夫が、息子を気に入っているようなことを言っていた。

 

全部嘘。

 

だって、息子は、そんなに自分の気持ちを表現する子ではなかったし、夫も、相手を喜ばせる事を言える人でなかった。

 

人間は、信頼できる人から言われると、信じるものだ。

 

私は、母親、妻という、信頼できるポジションにいたので、生さぬ仲の親子を繋ぐために、嘘を言っていたおかげで、夫と息子は、とても仲の良い親子になった。

 

家族を繋ぐことは、主婦としてしなければならない。

 

再婚して、連れ子がいる場合は、母親、妻の役目が、重大。

 

だから、私は、嘘つきだ。

 

人を傷つけることはしないけれど、嘘も方便は人生には必要だと思っている。

 

 

ブログは誰かの為に考えて、書くとよいと。

 

しかし、気づいたのである。

 

誰かのことを思って書こうと思うと、書け~ない。

 

万人受けは、無理だ。

 

自分らしく生きるために、と考えるとこのブログは人の為ではなく、自分のために書けばいいのではないか。

 

自分が生きてきたことで、誰かためになることを書こうと思っても、ないな。

 

経験した事を、ブログにして、それを読んでくれた人の参考になればそれでいいじゃないか。

 

一人の人生、それぞれの、歩き方があるだろうから、自分と違う人生をのぞき見してくれればいい。

 

世の中には色々な生き方、考え方があるのだと思ってくれればよい

 

 

さてさて、自分らしく生きていけることで、解放された自分を感じることができている。。

 

他人に迷惑をかけていなければ、何をしてもいいと思う。

 

開き直りは、とても気持ちいい。

 

世間でいう常識が、自分に合わなければ、法を違反しないなら、無視してもいい。

 

いい人でいる必要はない。これは楽だ。

 

子供達のために、いい母親でいなければ、決して私のことで、子供が嫌な思いをさせたくないと思って生きてきた。

 

きっと、これは子供の頃に、親に嫌な思いをさせられたことが、トラウマのように、深層心理の中にあるからだと思う。

 

その生活からも解放された。私が、何をしても、理解できる歳に子供たちが成長したし、彼らの父親は亡くなっていない。

 

自分のことだけを考えて生きる。

 

これをする為には、依存しない、自分の生活は、自分でする。

 

自己中でいいじゃない。

 

「自分の人生」を思いっきり、心地よく過ごす方法を、実践する。

 

今は、夫が仕事に行っている間は、自分の時間だ。

 

夫がいるときは、夫に合わせている。彼は、依存的で、私が自分の側にいないとダメらしい。

 

夫は、仕事が三交代なので、夜もいない時があるし、私が一人のなれる時間が、ある。

 

夫が、仕事が休みの日だけは、一人の時間はない。

 

子供の様な夫なので、そこは、合わせている。

 

家の中で、別々に過ごすのは、良いみたいなので、めんどくさいと思ったら、別な部屋で、過ごすこともある。

 

子供がいないので、合わせるのは夫だけで、一か月に、10日くらい。

 

兎に角、子供を育てていた頃は、生活がすべて、家族の為で、家族が多いと、自分の時間など作れない。

 

自営業をしていたので、自分の時間を作ろうとしたら寝る時間がない。

 

だけど、自分の時間は絶対に、作るべきだと。

 

私の子育て時代は、選んだ夫が、手伝ってくれることがなかったが、今の時代の若い人たちは、共稼ぎが多く、核家族が多いから、必然的に、夫も手伝う人が多いと思う。

 

自分らしく生きるためには、「自分の時間」は絶対に必要。

自分に戻る時間と考えたらいいと思う。

 

自分のために使える時間の確保こそ、自分らしく生きるために、必要不可欠である。

 

 

 

 

 

 

 

 

話すのが、苦手なんです。どうしたら上手く、話せますか?コミュニケーションがうまくできない。

「話すのが、苦手なんです。どうしたら上手く、話せますか?」

 

息子が会社の後輩が、話下手で、営業なのに、会話が面白くないと言ってきた。

 

最近、後輩の愚痴?をよく話してくれる。

 

先輩として、何とかしてやりたいと思っているようなのだが。

 

なんて言ったの?と尋ねたら。

 

「とりあえず、他の営業所の女子社員とお疲れ会するんで、つれって行ってみようと思う。」

 

「男の目から見いてもダサいし、それが自分で気づいていないのか、センスがないのか?女性からの目線で、指摘してもらったら、少しは、変われるかなと思って。まぁ、女子営業の人も、ダサいと思っているからそれとなく、言ってくれると言っていたから」

 

「彼って、営業職は初めてなのかな。スーツって、大学出て就活の時以来じゃないのかな。」

 

「暗い、ヘアスタイルがよくない、身体にあってないスーツだし、清潔感がないように見える。営業職として、見た目が悪すぎる。もう、服に着られている感がゆがめない。」

 

「色々と、突っ込み満載だね」

 

社内報で、彼の容姿は、知っているので、差もありだな思いつつ。

 

「自分に、自信がないことも、あるのじゃないかな?」

 

真面目で、融通が利かず、頑固、頭はいいけど、思いやりにかけるというか、人とのコミュニケーションがとれない感じ。人付き合いに、苦手意識がある。

 

人の視線は気になるが、友人が少なく、相談する人がいない。学生時代も目立たない人。集団の中の一人。負もなく可もなくならいいけど、好感を持たれるというよりは、アッ、いたのねという印象。

 

話をしたことがないので、全部がわかるわけじゃないけど。

 

本人は、部長や息子の言っていることを、改善しようと思っている様子なのだが、どうしていいのかわからない。

話が続かない。話が長い。肝心なことを言えない。

 

息子からは、彼はの不満が、同じことばかりだが。

 

話ができない人っは、どう思われるだろうと考えてしまって、話ができない。

 

コミュニケーションが、取れない人は、何をしゃべっていいかわからないという人が多い。

 

私は、占いカウンセラーなので、人の話を聞き、話すことと伝えることが仕事なのでだが、初めての相手だと、緊張もするし、どんな相手なのか、どんな話かけをしてあげたら良いか、凄く怖いと思うこともある。

 

自分のことを知らない相手と話すときは、受け入れてくれるかどうかわからないわけだし、相手も同じだと思うことも大切。

 

仕事だと、相手が求めているニーズに答えることができれば、良いではないか。

 

昔、保険の外交をしていた時に、保険って、ほとんどが、話をする前から、拒否られる。チャイムを鳴らして、会社名を言っただけで、門前払い。

 

そのことを経験している私としては、物を買いに来てくれる人には、その人が望むものを、提供できれば買ってくれるのだから。その人の求めているものを提供すればよいではないかと思う。

 

コミュニケーションが取れない人は、自分からあいさつさえできない人がほとんどである。

 

私の夫が、そうである。一緒に働いた頃、夫が詰所に入ってきた瞬間、

 

「ちょっと、声を出したら、あいさつしても聞こえないようなら、してないのと一緒だよ。無口でも、いいけど声を出すときくらいは、聞こえるように言って。もう一度、どうぞ。」

 

文章にすれば、ちょときつい言い方に聞こえるけど、夫は、私のことを気にいっていたので、照れたような顔と困った顔をして、「おはようございます」と。

 

夫の場合は、何というのか、背が高いこともあって、存在感はしっかりとあることと、自分からはコミュニケーションはとらないけれども、頼まれたことは、きちんとするし、自分から言葉はかけないけれど、他人の仕事もそれとなく手伝う人だったので、嫌われてはいなかった。

 

ただ、喋らない、笑わないと言うことで、ミステリーな人だったので、反対に周囲の人からは見られる、気にされる人。

 

ある意味ちがった意味で、注目人。

 

コミュニケーションは、人付き合いだと思うが。

 

コミュニケーションが取れない人は、必要以上に自分を卑下したり、過小評価している人が多い。自分は他人に、好かれない人間だと思っている。

 

どんなに、コミュニケーションが取れる人でも、他人を怒らせることもあるし、嫌われることもある。

 

  • どんな人が、コミニケションがうまくて人付き合いがうまいというのだろう?

 

マニュアルがあるなら見てみたいし、聞いてみたい。

 

コミニケションの取り方なんて、人それぞれだ。

 

自分のやり方を、見つけるしかないと思う。

 

コミュニケーションが取れる人と同じようにしようと思っても、その人ではないのだから、同じようにはできないだろう。

 

他人と同じようにしても、まねるだけでは、継続性にかけて、結果、コミュニケーションが取れなくなるだろう。

 

自分らしさで、いいじゃないか。

 

真面目で無口でならば、「話すのが苦手なんです。でも聞くのは好きです。」といえばいいじゃない。

 

「でも、質問してくれれば、話せます。答えることが嫌わけでも、話をしたくないわけではないです。話題が、少ないかもです」

 

自分が苦手だとか言えば、相手はそうなんだと思ってくれるから、必要以上に気を使わなくていいだろう。

 

コミュニケーションを取るには、まずは挨拶と笑顔が基本だ。

 

話がうまくできない人は、漫才コンビを見ればよい勉強になるのではないかと思う。

 

話の掛け合いで笑いを取るのだから、そこから学びはあるだろう。

 

しかしである。

 

コミュニケーションをうまくやろうと身構えていては、結局のところ、こんなことでは嫌われる、嫌がられたのでは、面倒がられたのでは、と考えてしまうのではないだろうか。

 

継続して付き合うことが大切なんだから、適当でいいと思う。自分のことを分かってくれ、相手のことが理解できれば、長く付き合うことができる。

 

人間関係で、コミュニケーションは大切だけど、人との関係は、話すのが下手だとか上手いと皮関係がないと思う。

 

誰かを見て、この人はコミュニケーションがうまいと思うなら、ある意味その人の人間性、他人に対する思いやりがあるからではないかと思う。

 

知人から、私はおしゃべりで物怖じしないくって、言いたいことを何でも言う人、人付き合いがうまい、コミュニケーションが取れる人と思われている。

 

実際の私は、一人が好きで、友人は少ない。自分自身は、面白みのない人間だと思っている。

 

実際、家にいると、仕事場で、無口で通っている夫のほうが、よくしゃべるしくだらないギャグや下ネタを言っている。

 

私は聞き役。

 

本来喋らなくていいのであれば、全然喋らない。

 

昔仲の良い友人がいたが、彼女も無口で遊びに来たのに、二人で本を読んで、夕方まで過ごし、「またね」なんていうこともあった。

 

コミュニケーションを絶対に取らないといけないと身構える必要はないと再度言いたい。

 

気楽に適当でよいではないか。必要であれば、話せばいい。

 

大事なことは、いくつかある。

ひとつは、あいさつはする。返事はする。

そこにいなければいけないのであれば、下を向かず、顔を上げて笑顔を忘れない

 

見た目は必要、清潔感だ。だらしないかっこや不潔なかっこは、もうそれ自体が、NGだ。

最低限度、あいさつ、返事、笑顔、見た目だ。

 

人は、暗い人や何を考えているかわからに人に対しては、警戒心を持つ

 

いつ話しかけられてもよい雰囲気でいればいい。

 

営業の仕事で、話すのが苦手なら、質問されたことに対して、誠実に答えられることを意識すること。

 

簡潔に説明できるスキルを先輩たちから、取り入れ自分ように変えていくことではないかと思う。

 

自分に合った付き合い方ができるようになれば、コミュニケーション能力は上がる。

 

コミュニケーションは、人付き合いだ、うまいも下手もない。

 

 

 

 

 

 

人付き合いは、気楽に考えよう、柔軟性を持つことと、感謝を伝えることができていれば、OKだ。

最近のおっせかい。

 

次男の家に、毎日ではないが、夕食を作りに行っている。

 

友人とシェアハウスをしているのだけど、最近友人が、いないこともあり、二か月前から。

 

友人が家の都合で、帰ってきていなかったのだけれど、先日から、帰ってきているらしい。

 

 息子の友人とは会ったことはない。たまたま、訪問しても、すれ違いが多いので。

 

息子から、連絡があり。

 

「まだ友達に言っていないのだけど、友達の分も、夕飯作れる?」

 

「一人分作るのも、二人分作るのも変わらないから、いいけど。彼は、夜勤もあるのでしょう。夜いない時はどうするの?」

 

「朝帰ってきたら食べると思うから。彼に聞いてみるね」

 

次の日に連絡をくれると言っていたがくれず、前日に、食材を追加で買ってきてもらっていたので、連絡はなかったが、訪問。

 

家の鍵は預かっているので、勝手に入って、ごそごそしていると、息子が起きてくる。

 

ギョーザスープを作って、息子に出し、朝と昼兼用で食べている。

 

「お弁当を持っていくって言っていたようだけど、作ろうか?」

 

「いいんじゃない、持っていくように言うから」

 

夕飯は、酢どり、キャベツのサラダ、大根の甘酢、みそ汁。

 

弁当は、のっけ弁当。(魚のフライ、ニンジンナムル、卵焼き、空揚げ、大根の甘酢)

 

息子に出来上がった弁当を見せると「おいしそう」

 

「そう、でもキャベツやらを入れているのだけど、マヨネーズとかは会社にあるのかな?」

 

「知らんけど、今度聞いとくよ」

 

食事を作るのは全然、苦にならないのだけど。

 

息子には、都合が悪いときは連絡するから、その時は、適当に食べるように話す。

 

冷凍庫の中に、弁当用の冷凍商品があったので、弁当を詰めてもっていっているのだなと。思ったので、ついでだからと。

 

 

 

先日は、夕飯の後かたずけをしてくれていた。息子は、全然で、食べた食器も、自分の部屋に置いたままだったし、一度も、洗い物はしてくれていなかったので、全然、洗ってくれていると思わなかったので、ちょっと嬉しい。

 

当たり前のことなのだろうけれど、私が勝手にしていることなので、洗い物があっても気にしないのだが、言葉を交わさなくても、食器を洗ってくれていることが「感謝」として伝わってきた。

 

人に対しての思いやりを、さりげなくできる人は、いいなと思う。

 

息子の友人は、母親がいないようで、離婚されたのかもしかして死別なのかわからないが、当たり前のことをそれとなくできるのはいいなと思う。

 

自分が勝手にしていることは、相手が嫌がらなければ、感謝をしてほしいとか見返りを期待しているわけではないので、特に問題はない。

 

それでも、さりげないちょっとした感謝を表す行動をしてくれると、つい調子に乗って、お弁当作ってあげようかなと。

 

私って単純。

 

「もし、残しても構わないし、作ったものが口に合わないものだったら、食べなくていいよ。気を、使わないでと言って、おいてね」

 

先日は、買い出しは彼がお金を出したらしい。

 

いるものを買ってきたくれていた。

 

息子に、冷蔵庫に買ってきてほしいものは、メモにして張っておくので、買っておいて。

 

友人は、最初、いいよ、僕の分まで作ってくれなくても遠慮したらしいのだが、

 

「母さんの料理は、量があるから、少し増やすだけだから、気にしなくていいよ。」といったら、納得したらしい。

 

息子としては、帰ってきたら、夕食ができているのは楽なようで、自分だけ食べるのも気がひけることと、食費が圧倒的に、安くなったこともあるようだ。

 

私の日常は、家事サービスに無償で、行くことになった。

 

長男と最近、次男の家にも行っていることを話すと、「俺が結婚しても来るのかな。」

 

「嫁さんがいる家にはいかない。なんか、面倒だし、嫁さんも、勝手に来られて、食事を作られるのは嫌だと思うよ」

 

「家事サービスは、無償でしてるし、男の子たちだから、気にならないでしょ。」

 

「気を使ったり、迷惑と思っても言い出せずに、我慢されるのは、嫌だからね」

 

「俺が、頼んだときはくる?」

 

「嫁さん次第かな。その、お嫁さんが、姑が嫌いだったら無理でしょ。兎に角、嫁さんをもらってからだね、まずは。」

 

お付き合いは、お互いに気兼ねなくできるなら良いとしている。

 

息子たちが、いいよと言えば作りにはいかない。

 

次男の家の食事作りも、ずっとできるかやっていみないとわからない。友人が、ストレスになるようなら、止めないといけない。

 

人付き合いは、気楽に考えよう、柔軟性を持つことと、感謝を伝えることができていれば、OKだ。

 

 

 

夫の二度目のコロナワクチン接種その後。コロナワクチン接種は、一か八か。まるで博打だわ。

夫の二度目のコロナワクチン接種その後。

 

二度目のワクチン接種があった。

 

一度目の接種で、副反応が出たので夫は、受けるのをやめようと思っていたが、

 

上司から接種するように申しこんでいると言われ、接種。

 

接種日から、とても不安な様子。

 

当日は、接種部位の痛みを訴えていた。

 

「前の時は、いつ調子が悪くなったかな?」

 

「次の日だよ」

 

接種日の夕方から、鼻が詰まりだし、シュン、シュン言わしている。

 

顔色が悪くなり、体がだるいと言い始める。

 

当日は、早く寝る。

 

二日目の朝も、鼻ずまりや鼻水がある。

 

身体がしんどいと言う。その日の午後に37.6の発熱。

 

寒気を訴えるので、熱が高くなるのが見えているので、解熱剤を内服し、休む。

 

夜間、汗をかいており、下着を着替る。

 

その後も、暑いのか布団をはぎ、眠っているが体動がはげしい。

 

朝には、37.3だったが、頭が痛い、身体が痛いと言っていた。

 

この日は、日勤だったが、夜には夜勤で出勤しないといけないので、休む。

 

日中は、熱は高くはならなかったが、相変わらず、鼻の調子が悪いようで、漢方薬(耳鼻科でもらっている)を飲んで様子を見る。

 

夕方には、36.3だったが、寝る頃には(夜勤入りなので18時ころ)体が熱いと言っていた。

「解熱剤をのもうかな」

 

「飲んでもいいけど、身体も痛いみたいだし、だけど、熱は出てないよね。」

 

「早く寝るのだから、夜勤に行く前に飲んだほうが、身体の痛みが取れないかな」

 

「そうだね、じゃ、もう寝る」

 

23時20分まで、起きて見守っていた。寝汗をかいて、寝苦しそうに何度も寝がえりをうっている。

 

出勤一時間前に起こす。寝汗で、パジャマがびっしょり。

 

出る前に、シャワーをしていけれるか聞いて、シャワーをしてから仕事に出る。

 

寝る前には、熱は下がっていたのだろうけれど、やっぱり発熱したようだ。

 

コロナ感染熱は、下がっても上がるので、ワクチン接種も同じ症状が出るようだ。

 

ワクチン接種後は、風邪のような症状が出て、発熱、身体の痛み、倦怠感。

 

今のところ、巷で言っている副反応が夫には、出たようだ。

 

夜勤から帰ってきたら、同僚も、倦怠感や軽く発熱があったりした人が多かったと言っていた。

 

一度目では、出ない人でも、二度目では何かと軽い副反応が出ているようだ。

 

この様子を聞くと、やっぱり私はしたくないと思う。

 

持病をもち、インフル予防接種でも、熱が出るのだけだから、考えるだけでも、確実に、副反応は出るだろう。

 

痛みだけなら我慢できるが、倦怠感や熱だけは、ちょっとしんどい。

 

普段でも少し早歩きや、階段上りは息切れがするので、怖い。

 

何がきっかけで、自分の健康状態が崩れるかもしれない。

 

絶対にコロナ感染にかかるとわかっていないし、コロナはどんどん変化しているのに本当にワクチンは効くのかと考えると、現所維持できている今の健康状態を崩したくない。

 

ワクチン接種は、死ぬようなこともあっても、デメリットを隠しているわけではない。それこそ、自己責任で終わりそうだ。

 

国は、4420万のお金を出すと言っているが、因果関係を証明できるのが難しい場合が多いようである。

 

死んでしまったら、お金をもらっても仕方がない。

 

それにしても、なんで高齢者から何だろう?

 

高齢者は、重症化するから

 

持病のある人が優先なのも、重症化するから?

 

というか、医療費のかかる人間で、治験か?と悪い考えが。

 

高齢者医療で、頻拍してるし、生きていても社会に貢献できる要素がないから、ちょうどよいから?

 

持病持ちも、高齢者も、行動範囲が狭く、健康に気を使っているから、大勢の人の集まりに、出ることもないし、感染拡大のお手伝いはしていないと思うのだが。

 

会社、学校、コンサートなど、人とかかわる場所に、行かない。

 

私の住む地域は、年寄りが多いのだが、感染を避けるためなのか、ヨシケイなどの食材配達を利用している人が多くなっている。

 

隣の人も、スーパーなどの人ごみに出るのが嫌だからと言っていた。

 

未知の病原菌みたいに、どんどん変化しているようだし、ワクチンもどう考えても、見切り発車の様な感じがするし。

 

治験が十分でないと耳にしたけど。

 

色々な憶測やデマもあるようだけど、何が正しいのか、嘘なのかが見分けられない。

 

コロナワクチン接種は、一か八か。まるで博打だわ。

 

ワクチン接種を受けて、死んでしまったら、運が悪かったということか。

 

じゃあ、コロナ感染も、一緒じゃないだろうか?かかるかかからないかは、運しだい。

 

博打はだめじゃなかったかな、日本は。

 

お金じゃなくって、命を懸けるってか。こわいわ~!

 

どうでもよいのだけど、政治家が一番に打つべきじゃないのかなと思うのは私だけかな。

だって、高齢者ばかりだし、無駄金を使っている人ばかりじゃないかな。

 

議会で、居眠りしているのに、していないとか、嘘ばっかり。

 

本当に、何を信じていいのやら。

 

 

次男との結婚トークから、同棲婚をお勧めする。結婚をしてしまって、後の祭りでは、人生が、辛いものになる

次男との結婚トークから、思うこと。

 

「母さんは、同棲反対派?賛成派?」

 

突然、次男からの問いかけ。

 

「同棲賛成派。結婚すると、離婚をする時に、非常にリスク、エネルギーも使うからね。」

 

「そうだと思った。」

 

「結婚して離婚して、思うのだけど、結婚に向かない女の人って、本当に要るよ。」

 

「結婚は、女性にとって、凄く生活が変わることだからね。まぁ、どちらもだと思うけど、外でたまにあっている時間って短いから、自分のいいところしか見せないから。」

 

「一緒に、生活をすることで見えてくることのほうが、多いからね。」

 

「昔のように、顔を見ずに嫁いで、一生添い遂げるなんて、今はないからね。」

 

「結婚したら、借金があったとか、給料が少なかったとか。かっこ悪いところは見せないからね。」

 

「結婚前提で、同棲をして、結婚してからの二人の生活ライフをどのようにするかを、考える、お互いに本当に、籍を入れてもよいか、見定める。」

 

「すごく大事だと思う」

 

「結婚は、あこがれや、好きだからだけではやっていけない現実だからね。」

 

「実際に、生活を一緒にするとその人のお金の感覚や生活に対するこだわりが見えてくるからね。」

 

子供を育てて、離婚を経験して思うことは、予行練習ができるものはしたほうが良いと言うことかな。

 

私の場合は、断って、もめるのがめんどくさいなぁと言うことでの結婚と、離婚することは人生の通過点という考えの持ち主と言うこと。

 

他人に何を言われようとあなたに何の関係があるの?

 

あなたに迷惑が掛かってる?

 

私の人生の何がわかるの?

 

私の人生にあなたが責任もってくれるの?

 

本当に強気な私。(このくらい強くないと4人の息子の子育てできません)

 

人生は自分が納得して生きていくことが大切だと思っている。

 

後悔をするような人生を送らないように、努力をして、失敗したと思ったらやり直せばよいと思っている。

 

それよりも、こんなはずではとか思いながら今の自分に満足せずに流されて生きていくことに何の意味があるのかと思っている。

 

同棲は、何も残らない。せいぜい、彼女、彼、昔同棲してたんだってだ。

 

バツ同棲なんて言葉はない。

 

離婚は、書類に残り、バツという言葉までつき、一生、ついてくるが、同棲婚はついてこない。解消すれば終わりだ。

 

離婚をすると、ともすれば、欠陥人間のように言われることや、汚いもの(言葉がうまく出てこなかった)のように言われることもある

 

そして、離婚経験のある女性は、経験があるのではないかと思うが、「さびしくない?」とセクハラを受ける。

 

世の男性に、言いたい。女を馬鹿にするな。離婚した女を、性の対象物のように見るな!

 

特に、20代、30代の離婚では、覆うにそのような扱いを受ける。

 

私自身も、離婚を経験していることがわかると、そのような誘いがあった。

 

非常に、腹が立ち、こいつのまたぐらにけりを入れてやろうかと思ったことがある。

 

まぁ、そのような男性に対しては、社長であろうと、議員であろうと、「あほか!」と二度とかかわりを持たなかった。

 

人徳があると言われている人に、言われたときは、しばらく男って何だと思った(若かったなぁ、私。今は、気にしないけど)

 

反対意見もあるだろうが、世の親に言いたい。

 

特に、女の子の親には、結婚させるなら同棲をさせて、うまくいくなら、籍を入れること。

 

婚約させたら、模擬結婚をさせること。

 

離婚は面倒だし傷つくのは、女性だから。

 

結婚式を挙げて、子供ができるまで籍を入れないのもありだと思う。

 

子供が生まれるまで、同棲婚でいいと思う。入籍は、その後。

 

同棲婚であれば、借金があれば、その借金をかたずける(本人が)

 

結婚をしてしまって、後の祭りでは、人生が、辛いものになる。

 

今の世の中、昔と違い、処女でないといけないなんて、ないでしょ。

 

男性と付き合わずに結婚する人が世の中に、どのくらいいるだろう?

 

身体の相性も大切な一因だと思う。

 

私のように、失敗も経験、この出来事は必然。自分の人生にとって必要なことだと考えて生きていけることは、少ないだろう。

 

他人と暮らすことによって自分の気づかない考え方や生き方も見えてくる

 

同棲婚をお勧めする。

 

 

 

 

 

 

 

 

結婚、再婚、再々婚を経験して、人生を振り返る。(その3)二人幸せな方向に、歩けたらと思っている。

 結婚、再婚、再々婚を経験して、人生を振り返る。

再々婚をして、7年が過ぎた。

 

何で結婚してるの私って、感じ。

 

しかし、再々婚は、二度の結婚と大きく違うところがある。

 

それが夫が14歳年下と言うこと。

 

年下の男性と結婚することになるとは夢にも思わなかった。

 

入籍をして、7年になるが、仲は良い。

 

三度目の結婚で、色々な夫婦関係があるtと思っている。

 

現在の結婚は、私的には楽だ。

 

私は、今家計を預かってない。家計管理をしていない。

 

結婚を承諾するときに、まだ、子供たちにお金がかかっており、私は、自分の家族を養わなければいけなかった。

 

夫と結婚しなくても、4人の子供と不自由なく生活できていた。

 

夫と家計を一緒にすることは、凄く嫌だった。

 

めんどくさいことと、私が夫のお金は夫のものでという考えがあり、自分の物を買うことに抵抗がある。

 

要するに私にとって、夫の金は他人の金なので、非常にストレスになる。

 

夫の金を預かって、私が子供たちに使うお金が、家計(夫のお金)から出ていると言われるのも嫌だから。

 

家計を預かって、家計簿をつけていても、男は、一緒に家計管理をしてくれるのは稀だ。

 

前夫たちは、私が毎月、家計の話をしても、全然協力してくれず、家計の管理は女(主婦)の仕事だと思っていたのではないかと思う。

 

家計は女の仕事ではない、夫婦二人で管理するべきものだ。

 

もっと、おたがいの生活を一緒に、考えるべき。

 

なのに、自分の欲しいものは、当たり前のように、買ってもらえると思っている。

家計を一緒に、考えてくれることがない。

 

二番目の夫にいたっては、自営業だったけれどどんぶり勘定。

 

会社を回すのに、必死だった。帳面上は、黒字だけど。

 

現金を動かすのが、大変だった。

 

毎月貯金をしていたお金を、勝手に義兄に渡したり、私が、勤めに出だしたら、給料の振り込みがあった翌日に、全額引き出しす。

 

辞めてほしいと言ったら、「支払いにいるから」と。

 

「日々の生活は、その日の売り上げから、取ればいいだろう」と。

 

離婚を考えていた頃で、この給料の搾取は、許せなった。

 

腎臓病がわかり、6ヶ月休んだ後、勤務した会社の給料は、夫に渡さなかった。

 

それから、一年。

貯金をしてシングルマザーになっても、大丈夫になってから、離婚した。

 

兎に角、夫には、一緒になっても、4人の子供の生活を見ないといけないので、生活費は一切入れない。

 

子供たちは私と一緒に住んでいたマンションで、私が結婚した後も暮らす。同居はしない。

 

夫の家は、家族が6人住むのには狭い。部屋の数も少ない。

 

そして、次男と夫の関係がやばい。

 

子供たちは、私の人生なので結婚することに、反対はしないけれど、その相手を自分たちが受け入れることは別問題。

 

マンションと自宅は、歩いても、10分とかからない距離。

 

私は、子供達全員が、学校を卒業するまでは、入籍をしないつもりだった。

 

名前が変わることが、めんどくさいし、正直、結婚をしたくない。

 

一緒に住むと言うことは、付き合っている時とは違う部分も見えるし、二度も離婚を経験していると、結婚することに、必要性を感じない。

 

何より、私は子供が大切だった。

 

ただ、夫も、再婚なのだが、何というか性格に問題があった。

 

このことを、話すのは、ちょっと、難しい。

 

今現在も一緒にいるが、他人を信用しない。コミュニケーションがうまくない。

 

離婚した時に、非常に傷ついているようで、前妻に、裏切られたと言うことと親も信用してくれなかったことで、精神状態が不安定になったようだ。

 

そのため、私に対して執着と依存。精神的な部分なのだが。側にいてほしい。

 

夫も子供がいるのだが、私が子供を大切にしていることを、理解してくれない。

 

子供のところに、帰ってしまって、二度と自分のところに戻ってくれないのではないかと不安になっていたようである。

 

もう、子供が一人増えた様な感じである。

 

よくケンカをした。

 

母親なんだから、子供のことが心配なのは当たり前。

 

夫には、親友がいるのだが、その親友から「おまえ、いい大人なだから、奥さんが怒るのは当たり前だろう。何、奥さんの子供になってんだよ。夫だろうが、子供じゃないだろう」と言われた人だ、

 

本当に、赤ちゃん返りをする子供と同じだった。

 

籍を入れないことも、不安だったようだ。

 

仕方がないと言えば仕方がない。

 

結婚をあきらめてほしいと思っていたし、籍を入れて、離婚ってなったら、考えただけでも、嫌だと思っていたから。

 

結局のところ、子供たちが全員就職して、籍を入れた。

 

それでも、子供たちにお金がいることもあるので今現在も、家計も管理しないし、お金もいれない。

 

だけど、自分にかかるものは、すべて自分で買うし、病院代も出してもらったことはない。

 

現在は、無職になって、稼ぎはないけれども、夫にお金を出してもらっていない。

 

税金も、車の購入も、衣類も、すべてである。

 

時々最近は、夫に言う。

 

「結婚していると言っても、籍が入っているだけだよね。」

 

「食べるものも、私のものは自分で買っているし、今までは、子供のこともあったし、仕事をしていたからだけど、今ね、仕事していないのにあなたは、私の生活費が、足りているか気にならない?」

 

「結婚しているっていうのかな?」

 

これからどうなるのかわからないけれど、私が死ぬまでに離婚をしなければそれはそれだけど、私は、やっぱり、離婚をしないとは言えない。

 

だから、今の形は、楽だ。

 

気軽だから。

 

出ていこうと思えば、いつでも出ていくことができるから。

 

一応住むところもあるし、一人なら生活するのに問題はない。

 

三度目の結婚は、尽くすだけという感じではない。

 

夫は、とても強力的というか、色々な事を自分でやってくれる。

 

ゴミ出しも、夫がしてくれる。頼んだわけでもないのに、家中のごみを集めて、ごみステーションに出す。

 

洗濯も、私もするが、夫は一週間に一度選択をする日を決めている。(出勤と帰宅時の間だけしか、私服を着ないので、一週間着たら洗濯。)家中のタオルや犬の服やペットのベットシーツなど。

 

毎日、入浴の後、私が干している洗濯物があれば取り込んでたたんでくれる。

 

私が居なくても、生活できると思うのだけど。

一人でも生活できる人なのにと思う私。

 

これまでの結婚は、言わないと手伝ってくれない、自分でするほうが面倒でなかったので私がしていた。そのことを考えたら、良い旦那だと思う。

始めは、洗濯、掃除、自分ことは自分ですることになれなかったし、私の下着をたたんでくれるのもびっくり。

できないのは、料理だけ。

 

慢性腎不全を、持病として抱えて、動くとしんどいこともあり、今の夫は本当に助かる。

 

凄く、夫の精神状態は心配なところはある。これは、一緒にいるからわかることで、人はうつ病になるように、自分の心が一度でも不安になると、その不安を感じた時に、同じことになる。

 

夫は、私のことをとても必要としてくれている。

 

側にいてほしいと思っているので、丁寧に説明をすれば、わかってくれるが、夫は、他の人のことは聞かない。

 

他人に対して、とても警戒心というか、心を開かない分、一度開くと疑わない。

 

最初の夫もそうだったけど、人を信じると疑うことができないのかもしれない。

 

反対に、嫌だ、嫌いだと思うと、これまたひどい。

 

だから、私が良い人、信頼ができるというと、付き合うことができるが、自分からは、他人との付き合いを広げることをしない。

 

プライベートを見せない人。

 

いいところもいっぱいあるし、優しいところもあるけれど大人にならなければいけない所が、ちょっと大人になっていない。

 

本当に、話せないことや、解決しないといけないこともあるけれど、

 

現在進行形の結婚である。

 

未来はわからないけれど、夫とは仲良しだ。

 

今は、子供たちが自立してくれたので、私だけのことを考えて、二人幸せな方向に、歩けたらと思っている。

 

 

 

結婚、再婚、再再を経験して、人生を振り返ってみる。(その2)人生って、何とかなるもんだ。

再婚の相手は、17歳年上。恋愛結婚。

 

交際期間を含めて、23年。

 

私の悪い癖なのかもしれないが、最初から離婚するだろうと思っての結婚。

 

自分自身が、結婚に固執していないことも、一人で生きていくことも全然気にしていない。

 

この時は、シングルマザーだけど。生活に困っていたわけでもなく、結婚は必要なかった。

 

恋愛をしてはいたけれども、そろそろ別れようかと思っていた。

 

そんな中のプロポーズ。

 

え、え~。めんどくさい。

 

じゃあ、なぜ結婚したのかと言うと、始めの離婚の時に不思議と、子供が一人いたのになぜか、(私、この子一人だけと言う気がしないなぁ。でも、結婚したい気はないのにね)と、予感した。

 

恋愛を楽しむタイプなのかもしれないが、付き合う男性は、私がべたぼれだと思うようである。

 

そんなつもりではなく、付き合うなら、楽しい思い出でがいっぱいあるほうがいいという考え。

 

人との関係は、永遠ではないといつも思っていることもある。

 

うぬぼれの強い人間は、こっちが本気で言っていることを、自分都合で考えるようだ。

 

再婚の夫も、若干そのタイプ。私が別れたいと言っていることは、自分の気持ちを確かめていると勘違い。

 

別れる方向に、流れない。あ~、もう中年男はって思ったわ。

 

そして、最大の原因は、息子が、夫になる相手を好きだったことと、夫の連れ子が私になついていたこと。

その生さぬ仲の息子が、自分のお父さんと結婚してほしい。

 

夫に、私の子供と、彼の子供が、うまくいくならと言う条件を出した。

 

これが、間違いだったと後悔をしている。

 

母一人子一人の関係は、特別で、母親が困ることはしないのである。

 

子の再婚で、他の三人の母親になれたことは、後悔はないのだが。

 

長男にとっては良かったのだろうかと今も、考えている。

 

この結婚で、長男は、夫の連れ子に、虐めにあった。

 

そのため、脳内出血をする怪我をして、今も、耳鳴りと、右耳で、小さな音が聞こえていない。

 

息子には申し訳ないと思っている。

 

結婚期間は、約18年。

 

何回か離婚をしようと考えた事があるのだが、初めて離婚を息子に話をした時に「おとうさんがいなくなるの?」と聞かれたこととで、父親のいない生活をさせることはだめだと思った。

 

結婚で、三人の息子が生まれる。

 

結婚では、よく頑張ったと思う。

 

夫には、いたりつくせり、生さぬ仲の子供も色々やってくれ大変だった。

 

子連れの再婚で、自分の子供が良い子だと本当に助かる

 

もしも、私の子供が、手に付けられない子だったら、子供が原因で離婚していただろう。

 

再婚は、常に最初の結婚と比較させれるのではと言う感情に悩む。

 

再婚相手の離婚は、元妻の浮気だった。そのため、夫は、今でも憎いと思っていても、好きなのではと。自分は二番手と言う気持ちと戦うことになる。

 

さて、さて、離婚に至る理由は、たくさんあるのだけれど、離婚するだろうと思ってのスタートだったので、離婚をしたことの、傷はない。

 

もっと早く離婚していればよかったかなと思うこともあるけれど。

 

結婚が続いていて、どちらかの人生の終焉の別れなら、辛かったことや頑張ったことが報われて幸せだったと思えるかもしれないと、終わり良ければ総て良しと言う考えで、離婚を回避していた。

 

けれども、次男が、夫を、父親と思わなくなった。

 

子供は特に男の子かもしれないが、両親を見ている。

 

次男が、私が急性腎不全になった時に、その原因は父親のせいだと。

 

なぜそのように思ったかを話をすると、長くなる。

 

そしてあることがきっかけで、夫と口をきかなくなり、無視をする生活が始まる。

 

夫には何度か、子供と話をするように言ったのだが、取り合わない。

 

私は、血がつながっているからこそ、親子であると言うことに甘えてはいけないと考えている。

 

この次男は、一時期私が自分は捨て子で、私が拾って育ててくれたと思っていたことがある。

 

夫のほうから、折れて話をするなりしたほうが良いと言っても聞かない、軽く考えている。

 

この時に、もう駄目だわ、しんどいわ、親としての自覚はないし、疲れた。

 

身体のこともあり、一人で子供を育てたほうが良い。夫の面倒まで見れない。

 

慢性腎不全だったけれども、病院に勤めていたので、生活はできる。

 

離婚するには、勢いが大切

 

二度の離婚をすることになるのだが、いつも笑顔で生活をしていたので、笑うのがもう嫌になった時点で。他人と一緒にいるのがダメな人が私だとよくわかる。

 

他人と一緒にいると言うことは、一人だけ頑張っても仕方がないと言うことだ。

 

自分が楽しいと思うこと。

 

相手を思いやること。

 

このことを守って、頑張っていると、一緒にいる相手は、良いかもしれない。

 

しかし、自分は、自分を、ごまかしている生活をしている。

 

二度の離婚で思ったことは、男は、結構学歴を気にすると言うこと。

 

二人の夫は、中卒だった。

 

私は、専門学校を出ていることと、資格持ちであることもあり、二人の夫たちに、同じことを言われた。

 

「自分が、学歴が上だから、馬鹿にしているだろう」

 

「お前は頭がいいから」

 

もう離婚を考えていた頃の私の態度が、上から目線だったせいのようだある。

 

二人の男から、言われたことで、はぁ~、何を言ってんだ、自分の結婚している夫の学歴が気になるなら、鼻からあなたたちと結婚なんかしてないわと。

 

私をどうしようもない人間、女だと思いたかったのだろうと思う。

 

この時は、私が頭が良いとかではなく、「生きる」ということに、バイタリティーがあっただけ。

 

そして、いたりつくせりを止めただけ。

 

亡くなった父親が言っていたが、母の家の女性は、男を立てるのがうまいと。

 

確かに、私たち姉妹も、夫や恋人に対して、とても相手を立てる。これは、祖母を見て育ち、母を見て育ったからだろう。

 

私は、非常にわかりやすく、もうやめたとなると、氷のように冷たい態度になる。まず、笑顔がなくなる。無視をしてしまう。

 

この豹変は、同じ人間と思えなかったのではないかと思う。

 

自立ができている人間は、他人に依存しない、生活力がある。そのため、こうと決めたら、頑として考えが変わらない。

自分の責任で、後悔の内容に行動するのみだ。

 

そのような人間には、弱い人間が寄ってくる。

言葉は悪いが、私は、男運が悪いと言うことだ。

これは自覚しなければならないよう注意点だ

 

私の夫たちは、私が立てて愛してるふり、夫婦仲良く、人に、自分の夫の愚痴を言わず、幸せオーラを出していた。

 

再婚の夫の夫婦関係は、業者(自営業していた)、知人たちから見ると、「理想の夫婦」「奥さんたちのような夫婦にあこがれる」と言われていた。

 

夫も、「嫁を大事にしているから」「夫婦が仲が良いのは当たり前」と言っていた。

 

そんな風にいえる状態をいつも作っていただけだ。

 

仲が良い夫婦だと、他人に思われているほうが、楽だから。

 

離婚後、30年以上付き合いのある(夫との関係のほうが長い会社)社長に、言われた。

 

「〇〇さんは、全然夫さんの愚痴をこぼしたしたことがない。前の奥さんは、凄く言っていたのに。」

 

「社長、結婚している時になんで、自分の家のことそれも自分の夫の、価値を下げることをペラペラ他人に、言う必要がある?」

 

「自分の夫のことを、愚痴を言っても何の得にもならないし、自分の価値も下がるじゃないですか。まぁ、今は関係がないし、あの人が社長にも迷惑をかけていることを知っているから、喋りますけど。」

 

「でも、、社長、離婚してからも、付き合ってくださってありがとうございます。」

 

「〇〇さんが、結婚してから、支払いが早くなったからね。きちんと取引をしてくれたから。」

 

「信頼できる人だからね。○○さんは」

 

この会社の社長は、夫と若いころからのお付き合いだったけれども、私と離婚をしてから、ひどい信頼を裏切ることをしている。

 

夫と前妻の子供達も信用されていなく、頼まれても付き合うことがない。

 

私の子供たちとは、この会社は、気持ちよく付き合ってくれる。

 

会社は自動車会社。二代目社長夫婦とも、よくしてくれる。

 

人間関係は、信頼関係が大切だと本当に思う。

 

私の奥さん業、母親業の様子は、はたから見ると満点だと思う。子供が6人いても、いつも奇麗にしていたし、家族仲は、いいし。

 

離婚なんて、どこから出てくる状態。

 

夫婦仲よくは、子育て中に、絶対だと思っている。

 

子供たちには「一にお父さん二にお父さん。三、四がなくて、五にお父さん。あなたたちは、その次ね」と笑顔で言っていた。

 

両親が仲が良いと言うことは、子供が幸せを感じる第一条件。

 

次男は、「小学生の頃は、僕のお父さんとお母さんは自慢だったよ。」

 

子供たちの前で、喧嘩をしたことは一度もなかったし、夫に対して怒るという行為そのものがなかった。

 

縦の物も横にしない夫だったけれど。

 

わたしのいたりつくせりは、めんどくさいと言うこともあった、自分が動いたほうが早いし、夫に何も期待していなかったから。

 

結婚して、この人は、口ばっかりの大ぼら吹きで見栄っ張りなんだと。

 

ならば、その部分が満足していればいいだけの人なんだと。

 

そんな風に思ったきっかけは、一緒の生活をしている時に気づいていくのだけど、兎に角、子供たちのために、幸せな家庭をまもろうと。

思っていたけど、次男のことがあった時に、もういらない。

 

父親になれない男なんて、たてる必要もないし、何の価値もない。

 

本当に、頑張るのは良いが、やはり、早い判断は必要。

 

しょうもない男は、父親にはなれない。

 

子供のために我慢するべからずだ。結果、子供のためにもならない。

 

この再婚は、いまでも、三人の子供との縁のための結婚だったと思っている。

 

切り捨てにすれば、20年近く一緒にいて、投げ出してはいけない、終わり良ければ総て良し難だからと思っても、身体を壊してしまうようなことではダメだ、

 

自分の直感は大切にするべき。

 

人を呪わば穴二つというが、心から、不幸になれと思った。

 

というか私と別れたら、この人は寂しい老後だろうと思った。

 

離婚してからも、あ~、この人はと思うことがあったが、結局のところ、認知症になって、最後は食べられなくなって、亡くなった。

 

結婚は、依存してはだめ。

 

自分一人が頑張ってはだめ。

 

頑張っていることをわかってくれないような男はだめ。

 

あ~、本当に、一人が気楽でいい。

 

恋愛はしてもよいけど、生活を共にするのは嫌だ。

 

 結婚をするなら、劣等感のない人と。

 

結婚するなら、それなりに、自分で人生を切り開いている人と。

 

世間で言う、学歴を気にする男性がいる。

 

付き合っている時には、そんなそぶりを見せないくとも、生活をしている中で、気にする人もいるというか、上手くいかなくなると、傷つけることを、言ってくる。

 

これは、本当に情けない。学歴を気にするなら結婚しないっつの!

 

母が生きている頃に、私に「あなたと旦那さんとでは、身分が違う」と言われたことがある。

 

その時は「このご時世に何を言っているのや。」と思ったが。

 

姉から「卑しいということだったのじゃないか」と言われた。

 

身分違いと言うことではなく、考え方、感性の違いだと思う。

 

何が嫌いと言って、お金に汚い人が大っ嫌いな私なので、夫のあることで、何、この人と思ってしまったことがある。

 

これは、後々の離婚を引っ張ってくる私の心のもやもやになった。

 

30歳での再婚だったけど、17歳も違う人だったので、大人に感じた。

 

付き合っている時は、痘痕も靨だったのだろう。

 

ただ、占いをしていたので、占ったときに、尻すぼみの人生とでたけど、私が中年以降運気が良くなるから、いいかと思っていた。

 

でも、ダメだった。上手くいかないもんだ。

 

そんなこんなで、離婚は必然だった。

 

これから結婚する人にも、している人にも、結婚がすべてでない。

 

結婚をすることを考えている女性たちに言いたい。

 

同棲をしてから考えてみ、案外一人のほうが良いと思えるかも。

 

子供が欲しければ、早く結婚して、ある程度大きくなったら、嫌なら離婚すべき。

 

自分の人生は、最後まで、計画を立てよう。

 

人生はいつどうなるかわからない。

 

一人で生きていかないといけないことが、突然やってくるかも。

 

私のように腎臓が悪くても、4人の子供を連れても離婚する勇気は大切。

 

人生って、何とかなるもんだ。

 

我慢しても良いことがあるなら頑張るでも、嫌だったら、壊すのも大切と思うべし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人間関係をうまくしようと思う必要はない。  自分が笑っていられるなら、どんな生き方をしようと、他人に、とやかく言われることを気にする必要はない。

人間関係をうまくしようと思う必要はない。

 

友人、親、子供、先生、自分の周りの人間関係を、見てみよう。

 

親は、子どもを慈しみ、育て自立させるなんて、思っている親がどのくらいいるだろう。

 

結婚して、子供ができ、親になる。

 

母親である私は、子供たちの母であることに感謝している。

 

しかしである、妊娠している時に、行動の制限や身体の辛さがあったりと、早く生まれたら楽になるのにとも思った。

 

赤ちゃんが、生れて、今度は、不自由差を、感じた。したい事ができないのである。

 

妊娠した時はうれしかった。でも、身体の不自由を感じた、

 

誕生した時もうれしかった。でも、見ていなくてはならずその中で、生活をしなくてはならなかった。

 

本当に、子供がいることはうれしかった。でも、その代償は、結構大きい。

 

子どもを育てて、思うことは子どもは、親のことは考えない。

 

世の中で、犠牲と義務が必要な関係は、親子関係だ。

 

自分がきちんと生きていても、子供が犯罪を犯せば、苦しい人生になる。

 

他人から攻められ、人格否定をされる。

 

私の親は毒親だった、だから、反面教師として自分はまじめに、頑張って生きてきた。

 

あの親の子供だと言われたくなくて、看護師になり、親になり、人に後ろ指をさされることのないように。

 

人の付き合いは、なくてもいい。

 

それは、どんぐりの背比べと言う関係のことだ。同じレベル、同じ環境の中でいたのでは、成長しない。

人間関係の悩みは、同じレベルに立っているから起こる。

 

小さな器の中でいるから、起こるのである。

 

友人なんて、いつ裏切るかもしれない。離れてしまえば、その関係もなくなる。

 

人脈を作ることが大切。

 

自分が自分らしく生きるためにに、人脈を作る。

 

人脈関係だ。

 

成功者は、人間関係を大切にしているわけではなく、人脈を大切にしているのだ。

 

そのために、自分に誠実であること。

 

他人が裏切っても自分は裏切らない強い人間になること。

 

人から、信頼できる人でいること。

 

なれ合いの人間関係を作らないこと。

 

自分が得意だと思うことを一つでも身に着けること。

 

本当に、信頼できる人間こそ人脈をつくることができ、人集まる。

 

引きこもりで友達が居なくてもいい。

 

遊ぶ仲間がいなくてもいい。

 

仲間、友人は、自分が生きていると必要か必要でないかわかる。

 

親の為、友人の為、同僚の為、恋人の為。

 

為人間関係が、悩みを生む。

 

自分の為の人脈を作れば、良い話や、自分が成長できる。

 

人脈はなれ合いではなく、対等もしくは自分が成長できる関係。

 

もっと、嫌らしく言えば、損得の関係。

人間関係は、対等でないことが多い。

 

上下関係がすべてと言ってもいいかもしれない。

 

友人関係も親子関係も、すべてだ。

 

血のつながりの関係が一番めんどくさい。

 

血のつながりのほうが、傷つく。

 

遠くの親戚より近くの知人も関係のほうが、楽な時もある。

 

人脈は関係よりも、頼りになる。

 

自分が、しっかりとして、色々な世界の人間とつながる。

 

なれ合いになるのではない、なれ合いは人間関係だ。

 

人脈は、甘えや依存があったら、作ることはできない。

 

自分が、歩いてきた人生の中で、人脈が生まれる。

 

その中での人間関係が、本物だ。

 

人脈を作るには、自分を自由にしてあげよう。

 

そして、孤独でいよう。

 

何人にも、傷つけれらることのない強い精神は、孤独から生まれると、信じて、一人になってみよう。

 

人生とは、始まりと終わりだ。

 

どんな人生も終わりがあるから、明日と言う日が絶対ではない

 

だから、自分が満足する一日することだけを考えて生きてみよう

 

自分がつらくなるような、嫌な思いをする人間関係は、なくてもいいじゃないか

 

自分が笑っていられるなら、どんな生き方をしようと、他人に、とやかく言われることを気にする必要はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

結婚、再婚、再々婚を経験して、自分の人生を振り返ってみる。(結婚その①)

結婚、再婚、再々婚を経験して、自分の人生を振り返ってみる。

 

一度目の結婚は、父親の勧めで、披露宴が、結婚式の日と翌日と、結構大きな結婚だった。(9歳年上)

 

二度目は、17歳年上の夫との結婚。

 

三度目は、14歳年下の夫との結婚。

 

最初の結婚は、父親が、金持ちの家に娘を嫁に、嫁がせたかったこと。

 

私自身は、そもそも、結婚には向いてていない人間だと思っていた

 

貧乏で毒親の元で育って、家事全般ができ、資格を取って、自立をかんがえていた。

 

毒親から離れたかった。

 

両親は、私のことをしっかりした素直な子供と思っていたのではないかと思う。

 

父親は、姉か私のどちらかと結婚させたかったようだ。夫は、金持ちのボンボンで、父親にしてみれば、お金を引き出せると思っていたのではないかと思う。

 

私は、夫が金持ちではなく、親が金持ちだから、関係ないと思うけどと、捕らぬ狸の皮算用だと思っていた。

 

私は、見た目は、家事もでき家庭的女の子に見えていたのかもしれないが、見た目と性格は、全然違う。

 

家事ができるのは、母がしないから、自分のことは自分がしないといけなかったから。

 

夫には悪いが、9歳年上だったが、離婚しやすいと思っていた。

 

好きではなかった。いい人だと思っただけ。

 

結婚は、信頼関係だと思っていたこともあり、恋愛感情はいらない。

 

子供の頃から、食べられない生活や貧乏生活を、変えたいと思っていた。

 

食べるために生きるために、資格を取って、普通の生活がしたいと思っていた。

 

自由な生活をしたいと思っていた。

 

嫌だったのだと思う、いつも、嫌な顔をしたことはないけれど、抜けだしたいと思っていたのではないかと思う。

 

学校の物を買ってもらえず我慢したりしていたけれど、貧乏だから仕方がないと思っていた。

 

だからこそ、早く大人になりたいと思っていた。

 

誰かに頼りたいとも思っていない。自分の周りの大人を信用していなかったのだと思う。

 

結婚は、私にとって好都合だった。

 

結婚すれば、毒親から、離れることができる。

 

そして、一度結婚し、離婚したら、バツイチということで、女として生きやすいと考えていた。

 

と言っても、絶対に夫と離婚しようと思っていたわけでない

 

長く結婚生活がつづくのであればそれは、それで私の人生とも思っていた。

 

でも、夫の母親を見た時に、絶対に離婚すると予感がしていた。

 

結婚生活は、5年間。

 

夫の父親から「おしんのような子」だと言われたくらいだから、どんだけ、小姑と小姑にいじめられたか。

 

若いから、すぐに別れると言われたくなかったこともあるし、学校卒業しての結婚だったこともあったので、離婚してからの生活を考えて、計画離婚だった。

 

夫の実家は、小金持ちだった。

 

義姉夫婦が、ひどい夫婦だった。親の金を、当てにしているというか、変わっていると思ったのが、この義姉が、私より先に、男の子を生まないといけないと,言っていた。

 

夫が跡取りなのだから、嫁に行った姉が男の子を生んだからと言って、関係がないと思うんだが。

どこの馬の骨かわからないとお手伝いさんと義母が話をしていた。この言葉を聞いたときに、結婚するときに、連れ書きなるものを出したはずだが。みていないのか。

 

毒親だったけれども、自分の親を、「馬の骨」と言われたことは許せなかった。結婚して、3ヶ月の頃の話。この時の夫とのかかわりも、信頼できないと思うのに十分な行動だった。

 

結婚をしている時は、誰が見ても仲の良い夫婦に見えただろう。離婚するなんてことは、他人からは見えないだろう。

 

私は、一緒にいる時に、ギスギスする気はなかったので、タイミングを見極めていた。

 

離婚をした後、最初の結婚を知っている元職場の上司にあった時、とても驚かれた。「あんなに仲が良かったのに、信じられない」と。

 

私はいつも、今の状態がずっと続くと思っていない。自分の思い通りの生活をする為なら、我慢をしなければいけないならするし、ダメだと思うと、次を考えている。

 

人は見た目が大切だと思う。

 

私は、見た目は、良い人に見えるのではないかと思う。「優しそう」「親切」「素直」とおよそ人を不愉快にさせる感じはない。何でも、断り切れない人に見えるのだろう。

 

人間関係において、人にごちゃごちゃと言われるのはめんどくさい。それゆえの、防御態勢。

 

そして、おとなしく見える人間が攻撃すると、まず相手はびっくりする。

 

いつもニコニコと笑顔でいるが、それが優しいと勘違いされるのかもしれない。

 

親切は、人に言われて動くのがめんどくさいから、自分から声をかけるだけ。

 

素直なのは、直ぐに反応したほうが、トラブルにならないから。

 

自分がしている行動の中で、手を絶対に休めないといけないことは、わずかだから、ほんの少しのことで、トラブルにならないなら私は、動く。

 

ただ、なんでもイエスではない、断ることができることも必要。

 

発言を求められたときに発言をしないというようなことはしない。

 

これは、仕事の時は絶対。きちんと意見を言うことができるから、攻撃もされない。

 

少し話がそれたが。

 

最初の結婚の時は、私が、若く世間知らずのお嬢さんくらいにしか見えていなかったのだろう。貧乏でひもじい思いをした人間にとっては、虐めくらいはどうと言うことはない。

 

小金持ちは、井の中の蛙大海を知らずだと思っていたし、人間として、あさましいと思っていたので、義母たちの虐めは、「馬鹿だこいつら」と常に思っていた。

 

義父は、やさしい人だったので、自分の父親より好きだった。離婚をする時に申し訳ないと心から思った。

 

離婚をするには、まだそれなりの理由があるのだが、夫との家族との関係は、かなり離婚をする原因になると思う。

 

この夫は、その後再婚をしたけれど、離婚した。そして、義父がなくなり義姉夫婦に、義母がだまされて、多額の借金を抱えて、家もなくし、孤独死だった。

 

私は、夫が気の毒だと思っている。もしも、私が、一緒にいれば孤独死をすることも、義姉夫婦に、義母が利用されることもなかっただろうと思うから。

 

人の良い人だったから。

 

夫には私との間に、息子がいるので、亡くなった時に警察から連絡があり、義姉たちが、遺体を引き取らないと言うことで、連絡があった。引き取らなかったら、無縁仏になると。

 

息子の父親が、無縁仏なんてと思い、引き取りに行った。

 

今は、息子のところに。

 

息子は、離婚してから会ったことがないので実感がないようである。

 

人間関係と言っても、血がつながっていると言っても、関係ない。血がつながっているほうが残酷なこともある。

 

だから、生きていることは、自分が後悔しないように生きることだと思う。

 

人間は、自分のことしか考えない人もいる。

 

人を憎むことはないけれども、夫が義姉に、迷惑をかけられたことは知っているし、義兄の性格の悪さも知っているので、あんな人たちが、生きていると言うことが、腹ただしいと思う。

 

まぁ、ずるい人間、立ち回りの良い人が、出世したり、お金持ちになるのは確かだから仕方がない。

 

自分が、ずるい人間になりたければなればよいけれど、人生の幸せって、歳をとった時にわかる気がする。

 

人生は、一度きりだから、自分が幸せになるため、自分らしく生きるためには、

悔いのないように過ごし、今を生きていることに感謝することだ。