私の人間関係の中で、腹が立つと言うことが起こる時。
仕事とか学校とかで、嫌な人に関わらなければならない時は、丁寧に、付き合うだけである。
環境というものの中で、他人との接触はあるだろうが、いちいち、その人間に関わり、自分が一喜一憂する必要があると思っていない。
他人とかかわり、「された」という意識があると、怒りの感情がおこる。
これは非常に、身体に悪いと思っているので、「怒り」という感情は、起こさないようにしている。
怒ることは、自分が不愉快になるだけなのので、私に攻撃をしてくる人に対しては、「ふ~ん、そうなんだ。で私にたいして何がしたい?」「そうか、嫌なことでもあったのね」と思うだけ。
他人に対しては、あ~あ。この人はこんな人間なのだから、付き合う必要はないと思う。
要するにその人の価値観なのだと思うだけで、価値観が違うわと思うだけ。
自分の心の中で、その人を受け入れていないのだから、感情は動かない。
他人の言ったことを受け取るのは自分である。決めるのも自分。
人間関係において、怒ることは損だと思う。
怒ることは、自分の感情なので、要は勝手に自分を自分が、不愉快な状態にしているだけだ。
だから、感情も自分の意志次第。
幸せだなと思える自分がいるけれど、それでも、私が感情的になるのは、夫、息子たち。
腹が立つときがある。
そんな時はどうするか。
きっちりと、私は、こんなことで腹が立っている、と言う。
大切だからこそ、話をする。その時は、感情あらわ。怒りや、悲しみ、情けなさなどを、素直に言う。
取り返しのつかない言葉は言わないが、かなりひつこく、自分の気持ちを伝える。
親子、夫の関係は、こじれると大変だから。自分の一番大切なものだから。
夫も子供たちも、私が怒る時は、何に怒っているか、感情的になっているかわかるので、しっかりと受け止めてくれる。
私がとても家族愛が強い人間であると、知ってくれていることも大きい。
家族を愛しているから、怒ることなどないだろうと言うことはない。
誤解することや、伝え方が悪かったら、やっぱり感情的になる。
そして、ため込むのは嫌いなので、怒る時は、遠慮しない。
一概には言えないが、理不尽なことには、他人のことでも腹が立つことはある。
ニュースなどを見ていて、子供が殺されたりする話には、凄く腹が立つ。
社会は理不尽だらけだけど、自分に向いてくることは自分の意志次第だと思っている。
人生は、常に、自分との闘いだと思う。亡くなる時に、「幸せな人生だった」といえるといいなと思っている。」