見ない、聞かない、言わない、私は猿になると思って、仕事に行ったのに。
やっぱり無理だった。
なんともはや、ここの仕事の人たちは、愚痴を言っているばかり。
愚痴を聞いて、何かを助言しても誰もう動かないわけで。
「やれと言ったら、するしかないし、できているから」
「違うでしょ、できていないよね。できているふりをしているだけでしょ。」
「そのしわ寄せは、誰にいっているかを考えてみたら。」
「それに、愚痴を言ってそこで終わるのもどうなの?」
「○○リーダーが、気を使っているよね、大変だよねって思うなら、自分達の意見を一緒に、上司に持って行かないといけないでしょ」
「結局、あなたたちは、他人事で、何かあれば、上司が悪い、私たちは知らないってことでしょ。」
「人は、愚痴を言って、文句を言っても、意見は言わない。きちんとした場所、言うべき人に言って始めて、愚痴も文句も、意見になる。」
「個々の人たちは、結局、言わない。言いやす人に、言うだけ。私は、看護師だから、聞いてあげることはできるし、こう思うということはできても、決めるのは正社員の看護師や施設長、看護主任なのだから、その人たちに、無理があると思うならそのことを、看護リーダー一人に丸投げは、どうなのかと思うよ。自分達の仕事のことなのだから、事故が起こってからは遅いと思う」
私自身は、やってみて無理だと思えば、根拠をもって、できないと言うので、まずは言われたことはする。
しかし、どうして、働くものは、5分と5分なのに、ちゃんと意見を言わないのだろう。
責任を持ちたくない?上司にめんどくさいと思われたくない?
仕事なんだから、責任持つのは当たり前、めんどくさいと思われたほうが仕事はやりやすい。
仕事は生活の中心なのだから、楽しくしたいと思う。
自己中心でいいじゃないか。
仕事を大切に思うなら、責任と義務を果たそう。
改善をするなら、自分たちの意見を言おう。
陰でこそこそ言っても、変わらない。
でもね、結局のところ、どうでもいい、無理だと思えば、やめればいいやもあるかな。
上の人間は、仕事をしている人間は、やめると言う選択を最終的にすると言うことを、忘れてはいけない。
組織も会社も、人がいなくなったら、だめになる。
自己陶酔の強い上司、仕事がわかっていない上司、自分が楽することしか考えていない上司、どうもならん。