老春時代の満足生活情報発信局(お金と暮らしと占いと人生物語)

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占い師をしていると、霊能者と勘違いしているのかと思う人と話をすることがある。基本的に、占い師と、霊能者は違う。

占い師をしていると、霊能者と勘違いしているのかと思う人と話をすることがある。

 

基本的に、占い師と、霊能者は違う。

 

だけど鑑定依頼の方は「先生は、霊感があるのですか」と聞かれることが多い。

 

そして、当たる(これもちょっと違うのだけど)とやっぱり先生は霊感がすごいという。

 

いくら私が、霊能者ではないと言っても、納得しない。

 

霊感があるという人は、普通の人には見えないものが見え、聞こえないものが聞こえ、人の心を読んだり、未来を知ることができる、普通の人とは違う能力を持っている人と思っている。

 

だけどこれらすべて、普通の人にもある能力だ。

 

日常生活の中でないだろうか。

 

今日はなんだか朝から嫌な感じだから、早く仕事を終え、家でゆっくりしようとか、何だかいいことがあるような気がするとか。

 

ここの店は嫌な感じがするから、入らないでおこう、この道はちょっと不気味だから通らないようにしようとか。

 

これは早くやっていないと、まずい、きっと上司に目をつけられるとか。

 

危険を察知する能力や、予知をする能力は普通の人でもある。

 

だから、霊感が特別な能力ではなくて、記憶力が人よりいい、走るのが人より早いというような能力と同じことだ。

 

だから、直感を磨くことをすれば、それは能力としてのびると思っている。

 

人間が、高度な文明を築くために手放してきたものが、五感以外の生きるもの感覚、俗にいう第六感こそが、霊感の正体ではと思っている。

 

実際に、アフリカの原住民の視力は、一キロ先の獲物を捕らえることができる。

 

だから霊感というものは、程度の差はあれど、誰でも持っている能力だと思う。

 

私は、必要以上に「霊感」を強調するのは、占い師としてどうなのかと思っている。

 

占いに霊感(直感、インスピレーション)は当たり前だから。それをわざわざ、言うのは、そのほうが売れるからだと。

 

占いは、悩みがある人のアドバイスをするもので、人の人生を変えることができる力もある。

 

だからこそ、普通の人が見えない感じないもので、相手をコントロールするようなことをしてはいけない。

 

占い師は職業だから、看護師、医師たちと同じように、人の命を救う事もできる。

 

私は、言葉を大切にしている。「言霊」。

 

占い師はこの「言霊」を使っていると思っている、「言霊」は、人間の心を、病気にすることもできる。

 

だからこそ、占い師として、真撃な気持ちを忘れないで、鑑定をしている。

 

普通に暮らしていれば不幸なことも起きるだろう。

 

それを、旧統一教会のような主教団体は、霊感商法や祖先の祟りだとかで、信者からお金を集めるような宗教団体は嫌いだ。

 

宗教は、人の心を強くしてあげたり神仏の教えを伝えるものだと思っている。

 

それが、欲や権力を手にするための団体となっているのは、どうなのかと思っている。

 

本当に、他人のことを幸せにしたいと、助けてあげたいと思う団体行動ではない。

 

占い師も同じだ。霊感を強調しているのは、欲が先にあると思う。ことさら「霊感」をいうのであれば、霊能者を名乗ればいい。