老春時代の満足生活情報発信局(お金と暮らしと占いと人生物語)

還暦を迎え、人生を心地よく過ごし、もっと魅力的人間になる「楽しく楽しく生きる」ヒント探しブログです

昔の話でやるせないと思ったこと。大人の事情で巻き込まれる子供。

ラーメン店の女将さんだった頃、沢山のバイトの高校生とかかわった。

そんな高校生の子達で、心に残っている事。

とてもきれいな子がバイトに、来てくれるようになり、ある日、市内の花火大会に、浴衣を着たいと。

「女将さん、浴衣着せてもらえないですか?」

「うん、いいけど。浴衣は持っているの?」

「はい。家庭科の授業で、縫ったんです」

「お母さんは、仕事なの?」

「母はいないです。」

「ごめんなさい。悪いことを聞いてしまったわね。」

「いいえ、私が小学二年生の時に、離婚したんです。それから一度もあったことがないです。」

「そうなのね、大人の都合でどうしようもないことがあるものね。」

「合いたいと思ったことはないの?」

「もう、母の顔もおぼろげというか、思い出せないです。会ってもわからないかな。」

「でも、良かったです、この浴衣を着せてもらえるので。女将さんの所に、バイトに来れて。」

そんな話をしながら、浴衣を着せてあげ、髪も結ってあげた。

この時に、私自身、子供の頃、親の都合で、妹二人と姉妹として育つことがなかった。養子に出されたから、妹たちが。

だけど、大人になるまで、合わなかったけれども、会いたいという気持ちと妹がいたと言うことを忘れたことがなかった。

私は当時4~5歳だった。でも、妹と遊んでいて、知らないおじさんに叱られ、妹が連れていかれた、そのショックは今でも覚えている。その後、その人が養子先のお父さんであることがわかった。

それでも、その時の妹の、泣き声を忘れることがなかった。

小さな女の子だった私でも、小さな思い出はある。

なのに、小学二年生なら、何かしらの思いでがあっても良いのに、彼女は、思い出がないようだった。

人と人が関われば、何かしらの思い出ができると思うのだけど。

思い出したくないのか、そうしなければ今の彼女がないのか。

人の気持ちは、わからないけれど、彼女の少し影がある大人びた表情は、経験からのだろう。

もう、今は彼女も、40代。素敵な女性になっているといいなと思う。

彼女が、どうですかと、くるりとまわって嬉しそうにしていた笑顔が忘れられない。

私の長男も、離婚したために父親と会ったことがない。息子の場合、2歳だったこともあり父親の思い出がない。そして、父親がなくなったけれども、全然、思いがない。

小学三年のころに再婚して、義理の父親ができ、家族の中に父という存在があった。それもあって、余計に、実父に対する思いがない。

本人も、父親としての思い出が何もないからと言っていた。

人とのかかわりは、同じ時間を過ごしても、大人と子供では違う。

何かしらの事情で、別れたとしても、その子供に思い出を、話してあげなければ、親子の情は生まれないと思う。

私は、長男に、ことさら父親の話をしたことはないけれど、いい人だったこと、真面目な人だったこと。若くして結婚して、義実家とうまくいかなかったことは話をした。

離婚に至ることは、チャンと話をした。長男は、父親がいないことで、何一つ不充分な思いをしたことがないと言っていた。

確かに、子育てというか小さなころは、母親が一番だ。

できれば、片親よりは両親そろっているほうが良いかもだけど、離婚したり、何らかの事情で、一緒に暮らせない事があったら、子供が物心ついたときには、ちゃんと話せる人がいてあげたらいいなと思う。

一緒に暮らさなくても、血がつながっていると言うことだけで、亡くなったら連絡が来るから。

長男の父親は、なくなった時に、職場だったのと、義姉たちが遺体を引き取らないと言ったために、長男要するに私の家に連絡がきた。

別れて一度も会わず、養育費ももらっていないのに、血がつながっているだけのことで。

長男が引き取らなければ、無縁仏に、埋葬されると言うことだった。

将来何が起こるかわからないので、荼毘にしていただいていたので、引き取りに行った。

人のつながりというのは不思議なものだ。

血がつながっていても、親としての感情もないのに、警察から連絡があり、縁は切れていると思ったのに、繋がっていた。

だから、長男は、父親のことはわからないので、義姉や親戚、父親の知る限り(私が)友人に連絡をした。

それにしても、やっぱり、ルーツは教えていないといけないと思った。

それから、親の子とは知る限りどんな人だったかを伝えてあげようと、小さな頃に別れた親の事。

子供が覚えていれば別だけど。

バイトの子供のことで、自分も離婚していたけど、父親のことをことさら話をしないけど、とても、彼女の気持ちを思ったときに、やるせない気持ちと、親の事情で、親を思い出せない状況は作らないようにしたい。

せめて、「お母さんどんなひと?」「お父さんどんなひと?」と聞かれたときに、答えられる情報は伝えてあげたいと思った。