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宗教団体について思うこと。

宗教団体について思うこと。

 

宗教団体は、献金がある。そして信者を勧誘するノルマも。

 

私は一時、手かざしの宗教団体に入信していたことがあるが、霊泉保持とかいうもので、500円を献金しないといけないシステムだった。

 

集会というものがあったが、自分から行こうと思ったことは、入る前の一度きり。

 

当時私は、首の頚椎捻挫の後遺症出疲れたり寝不足が続くと吐いていた。その当時のママ友が、手かざしなるものをしてくれて、不思議なことだけど、痛みがなくなり、吐かなくて済んだ。

 

そのため手かざしなるものに興味を、持った。

 

私は、宗教団体は嫌いだ。創価学会に祖母が入信していて、毎朝、お題目を上げていた。

 

当然、母も入っていたようだ。母は神経がおかしくなったときに、気違いのように、学会の集会に通っていた。

 

姉も、何年か前に、創価学会に入っているのを知った。何でと聞いたら、「お母さんのため」と言っていた。

 

創価学会の人に私も強く入信を勧められることがあったが、創価学会に入ったら、幸せになるといわれたことがある。

 

わたしの返事は、「それは私が不幸だといっているのか。私は自分を不幸だと思っていないし、何かに頼って幸せになりたいと思ってはいない。不幸と感じるような悩みもない。

第一、創価学会の宗教が良くって、キリストなどの他の宗教が邪神のように言うのは間違っている。

そうやって、他人の生き方を不幸というあなたたちがいるような、団体に入りたいと思わない。」

 

「それに、家庭のことを放り出してまで、勧誘にいそしんだり、集会所で、他のグループの悪口を言っているあなたたちと、活動などしたくない」

 

そんなことがあり、宗教団体は、興味がなかった。

 

ただ、手かざしなるものに興味を持ったのは、他の宗教をしている人も、この団体に所属していることだった。

 

だけど、上が濁れば下も濁ると教えを受けているのに、平気で不倫をしたりするので幻滅。

 

そして、自分の罪を懺悔したら、許されるというキリストに似たような行動も、はぁ~とい感じ。

 

私は一切の活動はしなかった。勧誘も、手かざしをすることも。道場に行くことも、友人に誘われたら、3回に1回行けばよいほうだった。

 

その友人が、当たり前に人としてはどうなのかなと言うことを何度かするので、どんどん嫌になった。

 

何というのか、献金をしたり勧誘活動をしたり、お金を出して上の役に付くことで、人間として、上に行く?魂の浄化?何というか考えられない。

 

まずは人として、家族を裏切らない、神さまからいただいた人としてのあるべき人生を生きるべきだと思う。

 

神様とつながっているから、幸せなんだと思うこと、嫌なことがあるのは自分の何だったかな、穢れだったかな過去性の因縁だったかな、兎に角起こる悪いことは、清め?言葉が思い出さないけど、神様とつながっているから許されるみたいなことを言っていたな。

 

私はどうしても、そのようなことがだめだった。

 

だって、悪いことをしたり嫌なことがあって、神様に懺悔して、自分はこんなにつらいけども、これも修業だとかで納得するそして、神さまへのご奉公が足りていないから、献金、勧誘を、頑張るみたいな発想がわからなかった。

 

後、勝手に友人が、私の名前で換金するのも、違うと。霊泉保持の500円も、勝手に奉納し、あとから集金みたいなことをされるのがすごく嫌だった。

 

自分で納めることに意義があると思うのだが。

 

霊泉保持は収めないと、その団体から抜けることになるらしい。

 

私が団体活動をしないのだし、勝手に、献金するのはまちがっていると思う。

 

結果、その団体とは自然消滅した。

 

友人ともそれっきりだ。

 

子供が幼稚園の頃からのママ友で、宗教がらみで付き合っていたつもりがなかったから、今でも、人を見る目がなかったなと思っている。

 

だけどほっとしている部分もある。彼女の依存体質が、ちょっと嫌だったこともあるから。

 

自分人生を生きていないような気がするし、その割には自分のことばかりで、母親としても、妻としてもちょっと家族に対する愛情がないと感じていたから。

 

まぁ、本当に私とは違う考えの人だった。

 

自分はこんなに、しているのだから、利用するものはしてもいいと思っているようだった。

 

私は、礼儀を大切にルールを守るタイプだ。

 

他人を利用したりしたくない、まして自分の大切な友人を、困らせるようなことはしない。自分のために嘘をつかせるなんてもってのほかだ。

 

彼女にとって私は、彼女の悪の部分を知っている人間なので、付き合うのは限界だったのかもしれない。

 

私を利用したと言うことで嫌になっていたので、離れることができて良かったと思っている。

 

神さまとつながる団体の人間ほど、おかしい人たちとして感じてしまう。

 

神様のなんとやらを学んでいるのなら、もっと人として、人間らしくないといけないのに。

 

神様が、守ってくれるから何をしても許されるではないだろう。

 

人として生きて子供、家族を持ったら、その家族のしあわせを考えて生きることが先決だ。

 

手かざしは、霊泉保持のペンダントをつけていなくても、効果があるようなので、人のエネルギーが、何らかの作用をするのだろうと思っている。

 

だから、宗教団体に所属しなくても関係がない。

 

と言っても、手かざしはしていないけど。

 

この歳になって、占い師をしていて思うことは、コンプレックスや自分で不幸を作る人たちの負の感情が集まった団体が宗教団体だと思う。そこには、「欲」しかない

 

宗教団体に入るくらいなら、占いジプシーのほうがまだましだ。

 

信頼でき相談できる占い師に、話を聞いてもらって、前向きになれるように生きるドアをしてもらうといい。

 

鑑定に来た人が、友人に宗教団体に勧誘されているのですがと、私の考えを話をして、「何のためにはいるの?あなたさ、私のところに来た時に霊がついていますかと聞いたよね、お金を出して、除霊してもらっていると。そんなもの感じていた。わからなかったでしょう、あなたのような人が、宗教団体に入ったら、不幸だと思う。

献金をして勧誘に走り、家のことがおろそかになり、悪いことが起こって団体の人間に相談しても、献金が足りないから、勧誘が足りないから、浄化できていない。でも、神さまがついてくれているから、苦しいみは救われる、今だけ。と言われるのが落ち。何の解決もない。」

 

「私のところに来て話をして、どうすれば良いか、今の状況を変えれるかを話をして元気になったのでしょう。宗教団体は、そうではないよ、自分が嫌だと思うことが嫌だといえますか。洗脳されますよ。」

 

自分の人生を大切に生きることが、神様から与えられたことだから、神様に助けを願って、自分のしたことを神様にすり替えるのは違う。

 

良いことだと自分が思っても、他人にとって、ありがた迷惑。

 

それにしても、どうして、宗教団体に入るのだろうか。

 

私は手かざしの効果があったから、入信はしたけれども宗教活動はしなかった。

 

宗教の価値観なんて、人それぞれだ。

 

だから、入信したければすればよいけど他人や家族に迷惑をかけるのはどうかと思う。

 

神様に、許されるために苦行があるとか、馬鹿みたいだ。

 

見えるのだろうか、感じるのだろうか。

神様を見た人がいるなら教えてほしい。

 

見えないものにすがって、物に依存し他人に依存し、全ては神の、み心のままにだろうか。

 

神さまがいる事を信じることは良いだろうけれど、現実を見ないのはどうなのだろう。

 

自分だけが、宗教団体に入り救われた、家族がすくわれないのは入信しないから。

 

悪いことがあれば、神様からの試練、もっと宗教活動をしたら良いと、本気でいうからもうびっくり。

 

拝んで、すべてのことがうまくいくなら、戦争なんかないだろう。

 

争いもないだろう。

 

人が人を殺すこともないだろう。

 

宗教活動をして幸せなのは、その団体の上の人たちだけだ。

 

見てみなさい、裕福な顔をして、欲の詰まった瞳で、まるで、人間じゃない。

 

他人より自分だけというか表情。

 

本当に、神さまにご奉仕をしているのなら、貧困差がない世界を作れるでしょう。

 

だれも、苦しんだり不幸だということがない世界があるのですか。

 

お釈迦様が生まれた国でさえ、カースト制度なるものがあり、女性差別があり、人間に階級を作っているじゃないの。

 

命が大切だというのに、命を大切にしない国が多いじゃないの。

 

キリスト教信者が多い外国では、宗教戦争があったりしている。

 

神様がいるというのであれば、人が人を殺したりするのは、おかしいと思わない、宗教団体。

 

教団は大きくなるけれど、その教団が、貧民の国を助けたとか援助した話を聞いたことがない。