老春時代の満足生活情報発信局(お金と暮らしと占いと人生物語)

還暦を迎え、人生を心地よく過ごし、もっと魅力的人間になる「楽しく楽しく生きる」ヒント探しブログです

子供はいい子よりも、手のかかるほうが、世渡りがうまくなる。いい子に育てないほうがいいかもと思うこと。

子供は、いい子に、育ててはいけません。いい子よりも、手がかかるほうが大人になった時、自分で生きていける。

 

人から攻撃を受けていない子は、免疫ができていなくて、成人してからだと、人格否定になってしまうと、病気になる。

 

それは、今私が、悩んでいるからです。

 

長男のこと。

 

長男との会話。

 

「○○、自分の好きなところ、言ってみて」

 

「う~ん、、、、」

 

「じゃ、悪いところは?」

 

しばらく考えている。

 

「遅いところかな」

 

「それだけ?遅いって、それは、何事も丁寧ということでしょう。」

 

「いいところはないの?」

 

「優しいところ、、、、かな」

 

「それって、優柔不断ってことだよね。」

 

「最近の○○を、見ていると、なんというか、おどおどしているというか、苦手なことから逃げているというか。何だか、自分に自信がないように、思う」

 

長男は、本当に我慢強く、頼まれたら嫌といわない。言われたことは責任をもってする子だったのだが、前職場で、パワハラにあってから、鬱っぽくなって、体調を崩しかけていた時期がある。

 

悪いことをすることもなく、学校時代も何の問題も起こすことなく、周囲の人たちから、いい子、良い人として、見られてきた子だった。

 

それが、社会人になり、二度目の勤務先で、無能、仕事のできない人間として、扱われてしまい、(介護の世界)初めて、他人からの評価が下がってしまい、自分はだめな人間だと。

 

息子の異変に気付いた私は、息子の勤務先に就職する。パワハラの証拠をつかみ、制裁しようと思ったから。

 

私と息子は、姓がちがうし、全然似ていなく、親子だといっても信じる人はいない。本当の親子だと、わかると、びっくりされる。

 

同じところに、勤務して、ひどい職場であることがすぐ分かった。

 

勤務場所の人間関係がすこぶる悪い。介護の世界は、はっきり言って、ピンキリなら、キリの人間の集まり。

 

介護の人材は、高校の落ちこぼれだったり、ヤンキー上がりの人が多い。だって、資格がなくてもなれるし、学力もいらない、人としての能力がない人の集団。虐めをしていたような陰険な女子の集まり。ひどいもんだった。

 

特に、茶髪の若い子は最悪。高校を卒業し、就職するとこがなく仕方がないから、パターン。それが、仕事もせず口だけで偉そうにしている。こんなことを、言ってはいけないが、嫁にいらない、だって、彼の母親の悪口のひどいこと。とにかく、人としての資質も何もできていない、本当に、親の顔が見たいと思ってしまう。

 

こいう人たちは、自分のイライラをぶつける相手を作る。息子は、この人たちのグループに目をつけられた。

 

息子は争いごとが嫌いで、怒ることもしない、人に何か言われると、自分が悪いところがあると考える。反論しないのだから、虐めをする人たちには、格好の獲物である。

 

息子は、とにかく仕事に行かないとと考えていたようだが、なんというか、覇気がなく。家にいても、寝ているだけ。

国家資格の勉強をしないといけないのに、できていないのがわかる。

意欲がない、とにかく精神状態が、普通ではない。

 

息子は、辛いことや、嫌なことを、私に言うタイプではない。

 

私が勤めるようになって、少し状況は変わる。私は、看護師なので、介護の人達は、何も言えない。私が、以前から、○○を知っていることと、仕事ができる人間は、下手に攻撃をされることはない。

 

息子も、私が居てくれるというか、味方ができたというか、精神状態が、少し落ち着くようになった。

 

短期間で、新しい看護師は、できる人だという図式ができ、施設では、物申す立場になる。その看護師が、目をかけているのだから、今までのように、虐めをすることができない。

 

看護部長がやめるということで、新しく来た施設長兼看護部長とも、馬が合うというか、(系列の施設からの移動で来られた)遠慮なく私は物申すだった。この施設長は、厳しい人だったため、介護職員が、特にたちの悪い人たちは、何も言えずになったのもよかった。

 

施設長が、私の息子だと知らずに結構かわいがってくれて、職場の息子に対する状態を察して、入浴係のほうに回してくれた。入浴は、虐めグループは、やりたくない仕事なので、余り組むことがなかった。

 

それでも、ストレスで、蕁麻疹がででたり、結石ができて、入院したりと、拒否反応が出ていた。

 

結果、国家試験を受けるための勉強をさせるために、退職させることにした。

 

 

息子は以前は、私と同じ病院の看護ヘルパーをしながら、医療関係の資格を取るために、専門学校に通っていた。4年生になり、実習が始まり、勤務できなくなり、退職した。

 

病院は、息子の医療資格者は、取らないため、務めるときから、実習が始まったら、止めることになっていた。

 

無事学校を卒業したが、資格試験は落ちた。

 

介護福祉士の資格は持っていたので、介護施設に勤めることに。

 

私は以前の職場のように、25年施設で、人間関係が言い方が悪いが。くその様な所に行かせると。今度こそダメになると思っていた。

 

そのため、施設ではなく、病院の介護ヘルパーのほうがいいと思い、とある病院の介護要員に、応募させた。

 

そこの病院から、新しい福祉法人を設立し、特養施設を開設するほうに、言ってもらえないかと。

 

新しところなら、一からなので、スタートが同じなのでいいのではないかと思い賛成する。

 

6月開設だったので、最初からのスタートになる。実際には、4月から準備に入っていたので、2月遅れの入社だったのだが。

 

半年くらいたって、本人から、仕事が楽しいといっていたのでほっとした。

 

 

子育てをしている親に言いたいなのだけど、子供はいつだって、親に迷惑をかけることは言わないし、親に嫌われるとかダメな子と思われたくないと思っている。このことは、親は絶対に、忘れてはいけない。

 

だから、親は言うことに、責任を持たなければいけない。支配をするようなことを言ってはいけないし、叱ることは必要だが、怒ってはいけない。叱ることは躾だが怒ることは、感情をぶつけているだけだから。

 

息子は。2歳4ヵ月で、母子家庭になり、私が夜も昼も仕事をしたので、昼は、保育所、夜も、夜の保育所での生活を余儀なくされた。

 

彼は、3歳から一人でお留守番の練習をし、お留守番ができるようになると、夜は一人で、7時30分には、寝るようにしていた。私が仕事に出る前に、眠っていた。

 

息子が、小学一年に上がる年の3月に、私が交通事故で入院をしなければいけなくなり、彼は、一人で暮らさなければならなかった。

 

入学するまでは、病院で一日を過ごし、暗くなるまでに、自宅に一人で戻り、寝ていた。そして、朝、私の病院へ。

 

入学してからは、先生に言って、リハビリの散歩として、私は自宅に帰り、息子を送りだしていた。学校が終わったら、病院に帰ってきて夕方まで、一緒にいた。1ヵ月くらい続いた。

 

寂しいともいわず、嫌ともいわず、息子は頑張っていた。病院から帰る時に、野良犬に追いかけられた、泣いて帰ったことがあると、高校生になった時に、話をしてくれた。

 

息子は自分が、犬に追いかけられて怖かったことを、その当時は、私には話さなかった。

 

この話を聞いたときに、泣いてしまった、私は親とし、ひどい親だったと。

 

私が困ることや、辛いことを一切言わず頑張ってくれている息子。

私と息子は、信頼感が、強く、私も息子の前では泣くこともなく、昼夜仕事をしていたからといって、家事をおろそかにしたりすることはなかった。

 

子供から見れば、頑張っているお母さんに見えただろうと思う。

私自身が、母子家庭だからと、生活苦やいかにも母子家庭というようなそぶりは、なかった。

 

息子の勤めている職場は、母体の病院が、私が若いころ勤務していた、評判がよく、市では、有名な病院。

それもあって、息子に、応募させた。国家試験が受かれば、その資格でも、仕事ができるので。

 

さて、私は定年退職をして家にいたのだが、たまたま、求人募集を目にし。看護師を募集していることがわかり、息子が、楽しく仕事ができていること、人間関係がいいと喜んでいることで、少しでも、恩返しになるかなと、応募した。

 

気持ちよく採用された。例のごとく、親子であることは、内緒。

 

一緒に仕事をしてみると、息子は、人間関係にトラウマを持っていることに気づく。

 

自信を無くしているのである。他の人には、わからないかもしれない。

 

パニックると、仕事が回せない。相手は攻めているわけではないのに、「これはまだ?」「おわってないの?」といわれると、焦って返事ができない。

 

偉そうに(言い方や自分よりも下の人間にきつい言い方)言われたりすると、萎縮し、返事ができない。

 

そう、まるで蛇に睨まれた蛙状態。

 

頭ごなしに、注意をされると表情が変わる。

 

そして、カンファレンスの時に意見言わない。(以前の職場で、意見を言ったため、虐めがはじまったらしい。)

 

忘れっぽくなった。

 

施設長に、息子であることを話をしたときに、何か病気があるかといわれたので、子供の頃に、脳内出血を起こして、血腫が残っており、耳鳴りがすることと、右耳は小さな音が拾えない。鬱の後遺症なのか。忘れっぽくなっているのは、私も感じている。

 

後、忘れているというよりも、理解する前に覚える前に、「はい、はい。」と返事をしてしまって、理解できないから、頭に入っていない様子が見受けられる。

 

記憶をするという媒体が、年とともに悪くなっているのかもしれない。

若年層のアルツハイマー状態かもしれない。

 

幼少時から我慢強く、周囲からいい子、いい人で、通ってきた息子は、今大きな壁にぶつかり、乗り越えられずにいるのだろうか?

 

息子には、記憶には限界があるから、仕事をきちんとしようと思うなら、忘れたえも良い状態にしないといけないと話す。

 

介護の仕事は、継続と協力だから、自分がした排尿介助の状態は、あとで記入しようと思わず、すぐに書く、記入すれば、それで終わるから、もう、忘れてもいいし、記入していれば、「終わった」と聞かれない。

 

記録を、後でと思うと、書く時間を取らないといけないし、思いだすという時間もいる。これは、時間の無駄と、失敗の元。

 

看護記録のように、ソープを使ってという形式はないのだから、利用者に介助したことや気づいたことは、すぐに書いておけば、申し送りを忘れても、記入していれば他の人が確認できる。

 

記入して残さなければ、仕事をしたことも、していないと思われる。記入すれば、あと何が残っているかもわかる。

 

仕事をしながら、あれはしたかな、これはどうだったかと考えていては、時間の無駄。

 

記入して、確認をするようにすれば、済んだことは忘れれば、不安はなくなる。

 

したかどうかを考えていては、人に対するサービス事業なのだから、臨機応変対応しなければいけないのに、アクシデントがあると、したことや済んでいないことがわからなくなる。

 

そうすれば、時間通りに仕事も終わる。ここの看護師が、記録の時間を取るために午後から、全然介護、看護の仕事をしないのを見ればわかるでしょ。私は、処置や気づいた事や介護スタッフからの情報は、すぐに日報に記入するから、時間通りに仕事を終えるでしょ。

 どのようにしたら自信を取り戻してもらえるか、それとも、このままなのだろうか。

 

思いやりがあって、人の手助けも、していた子なのに、今は、自分のしている仕事がきちんとできず、忘れて注意を受けてばかりのため、前ほどではないけれど、自分はダメ人間と思っているようである。

 

人の評価など気にせず自分のよいところを、伸ばせばいいのに。

 

息子と話をして、ショックだったのは、自分のいやなところや悪いところ、良いところをが言えないこと。それは自分を、自分で評価できていないと言うこと。

 

人は、良いところを言ってといえば言えないけれど、自分のいなところや悪いところ、苦手なところは、持っているし、意識しているから言える。

 

言い換えれば、自分自身を確立していく過程にいるということだ。

 

息子は、40歳になったというのに、自分が何者かということがない。自分が今まで生きてきたというものが何もないということなのだろうか。

 

どうしたら、息子は、自分らしく生きることができるのだろうか。

 

生きていると実感してほしい。

 

息子は幸せなのだろうか。

 

私は、息子たちの母親に慣れて幸せだと感じているのだが。

 

息子に、

「怒らせて怖いのは、あなたにとっては母親である私ではないのか。

他の人間の何が怖い。

怒るからというなら、私の怒り方は、尋常ないと思う。

それを考えれば、リーダーなんて、自分に自信がないから、弱い人を攻撃しているだけのかわいそうな人と思えば、どうでもよくなるでしょう。」

 

「仕事をしているふりをしている人を、怖がることはない。よく見なさい。彼女は、仕事をしていないでしょ。

ここのリーダーたちは、本当に仕事をしない、しているのは一人だけだね。その人は、他人に対して優しいね。

仕事ができる人は、できない人を助けるし、伸ばしてあげようとするよ。」

 

人間関係なんて、何も怖がることはない。自分が作り出す苦手意識が問題になる、それが、人間関係がうまくいかなくなる一番の原因。

 

お母さんが強いのは、人に対して何の感情もないから

仕事をしない人に対しては助けない。

一生懸命しても、できない人は助ける。時間をかけて、教える。一回でダメなら、二回、三回。努力しようとする人は、一緒に頑張りたいと思う。

職場の人とは、その職場だけ、一生付き合う人ではないから、怖がることは、必要じゃない。

 

他人に自分を理解してもらう必要はない。

 

会社に自分の時間を買ってもらうのだから、その時間は自分のものじゃないのだから、きちんと丁寧に、仕事を終わらせることだけに、集中すればいい。

 

それこそ、いらないおしゃべりをせず、黙ってすればいいのではないかと思う。笑顔を絶やさずに。サービス業だからね。介護は。

 

私が、はなしをしても、息子はきっと、変わることはできないだろう。

 

次男坊に「兄貴は、母さんが死んだら、どうなるん?」

 

といわれた。

 

ショック!