老春時代の満足生活情報発信局(日々の暮らしと人生物語)

人生100年折り返し点からを心地よく過ごし、もっと魅力的人間になる「楽しく楽しく生きる」事をモットーに頑張るつぶやき日記です。

病気とブレーキの話

病気になって、悪い意味に思えなかった理由

病気になったと聞くと、
多くの人は「大変だね」「つらいね」と言います。

もちろん、体はしんどいし、
思うように動けない不自由さもあります。

でも私は、不思議と

 



「悪いことが起きた」とは思いませんでした。


体が先に止めてくれた

むしろ最初に浮かんだのは、
「そろそろ、少し止まりなさい」
という感覚でした。

自分では気づかないうちに、
また頑張りすぎていたのかもしれません。

やるべきこと
やりたいこと
役に立ちたい気持ち

気づけば、いつも前に進もうとしている。

体は正直です。
頭や心より先に、
「もう十分だよ」と教えてくれる。

病気は、叱られている感じではなく、
ブレーキを踏まれた、という感覚に近かったです。


「ゆっくりしていい」という許可

私はもともと、
休むことがあまり得意ではありません。

まだ大丈夫
もう少しできる
これくらい平気

そうやって、ずっと動いてきました。

でも病気になって初めて、
「休んでいい」ではなく、
「休みなさい」と言われた気がしました。

それは命からの許可のようで、
少しほっとしたのを覚えています。


病気=不幸、ではなかった

病気になると、
人生が止まったように感じる人もいると思います。

でも私にとっては、
止まったのではなく、
速度が変わっただけでした。

今までが速すぎた。
それだけのこと。

立ち止まる時間ができて、
自分の体の声を聞くようになって、
「今、ここ」に戻ってきた感覚があります。


老春時代の体との付き合い方

若い頃は、
体は思い通りに動くものだと思っていました。

でも今は、
体は一緒に生きてくれる相棒のような存在です。

無理をすれば、ちゃんと知らせてくれる。
休めば、少しずつ応えてくれる。

言うことを聞かせる対象ではなく、
相談しながら生きる相手。

そんな関係に、
少しずつ変わってきました。


ブレーキがあって、ちょうどいい

人生にブレーキがかかると、
怖くなることもあります。

このまま戻れなかったらどうしよう。
前と同じようにできなかったらどうしよう。

でも今は、
「前と同じでなくていい」
そう思えます。

ブレーキがあるから、
景色が見える。

ブレーキがあるから、
命を大事にできる。


最後は、やっぱり感謝になる

病気になったことも、
今振り返ると、
やっぱり感謝のひとつです。

無理をしすぎていた自分に、
体が教えてくれたこと。

「もう十分やってきたよ」
「ここからは、もう少しゆっくりでいいよ」

老春時代。
頑張り続ける人生から、
味わう人生へ。

そんな切り替えの時間を、
私は今、生きています。