老春時代の満足生活情報発信局(お金と暮らしと占いと人生物語)

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元夫の危篤連絡、子供たちの行動

「母さん、父さんが危篤だって。○○と○○に連絡して。昼ぐらいまでだろうって。俺はいかないけれど」

 

「え~、私が。もう離婚して14年。何のかかわりもないのに、あんたが、連絡しなさいよ」

 

「いや~、俺あいつらの連絡先知らんし。じゃ。」

 

と携帯が切られる。

 

心の声。嘘を言いなさい、私の還暦のお祝いの、お金や集合することの連絡したでしょうが。

 

四男に連絡。

 

「あ~あ、母さん、何?えっ、そうなん。わかった。」

 

行くとも何とも、今起きたのだろう。あの様子では、今日は仕事が、休みなんだろう。

 

三男に連絡。

 

仕事中なので携帯に出ない。会社に連絡。

 

事務の方に、連絡をお願いする。

「私が、お伝えしてもいいのでしょうか?」

 

「構いません。私とあの子の父親は14年前に離婚していますので、私自身は、関係がないので、彼が決めることなので。危篤で昼くらいまでと、伝えてくだされば、あとは本人が決めることですから。」

 

しばらくすると、携帯がなる。

 

「母さん、父さん危篤って。俺、今すぐは仕事が抜けられない。」

 

「大丈夫。昼くらいまでと言うなら、13時から14時だから早くても。母さんの経験から。まぁ、意識もないから、疎通は取れないだろうけど。」

 

「うん、わかった。○○はいかんやろうな。○○もどうかわからんやろから。俺くらいは、行ってあげんといかんやろな。まぁ、俺が一番かかわりがあったしなぁ。」

 

三人息子、それぞれの思いがあるのだろう。

 

親が亡くなる時は、やっぱり、その親から、何を感じたのがわかる。

 

三男は、父親から特にかわいがってもらったわけではないのだが、それでも、彼にとっては、父親の存在は、普通の親子くらいの愛情はあったのだろう。

 

次男にとっての父親像は、母親を病気にした人間、家族を裏切った男、家族のことを考えていない人間。男として最低ランクに値しているようだ。次男の父親に関する気持ちが、どうしてそこまでなのかと思うが、本人が、喘息で苦しんでいるとき、困った時すべて私が、助けてくれた。父親は何もしてくれなかった。本人は、14年前に、自分の中では、父親はなくなっている状態らしい。

 

次男から、夫の次男坊から○○が13時にくると連絡があったと携帯をしてきた。

 

「もう、意識もないし、体重が38キロしかないって、言ってたよ。」

 

「そう、何があったのかしらね。それよりも、後悔しないならよいけど、大丈夫?」

 

「何の感情もないよ。結局、親父は、自分だけが楽をして、好きなことをしての人生だから、いいんじゃない。それに、○○兄たちが、いるのだから、まだ幸せじゃん。誰もいないわけじゃないのだから。俺は、親父には、何も親らしいことをしてもらったことがないから。」

 

人のかかわりは、何がどうなって繋がるのだろう。

 

次男にとって、父親は、生物上繋がっていて、この世に生まれてくるために必要だったもので、生まれてきた時から縁がない相手だと。

 

私も、両親が亡くなった時、全然泣くことがなかったし、今もあの人たちは自分の人生を好き勝手に生きた人たちだと、思っている。

 

元夫は、血がつながっているからと、安易なところがあり、男の子が青年になろうとしたときの関わりが、ダメだったように思う。何かあっても、母さんにということばかりだったから。

 

私が強い母親だったからかもしれないが。

 

父親に対して何も相談することがなく、解決は母親だったと言うことが大きく影響しているのかもしれない。

 

私自身、結婚生活は、子育てと会社のことで、懸命に頑張って働いたいたが、結局のところ、父親が、何もしないように映ったのだろう。

 

父親は、子供の目から特に次男の目から、見たら、男として最低な男に見えたのかもしれない。

 

人とのかかわりのタイミングというものは、親子であれば継続して、積み立てていくべきのものかもしれない。

 

元夫は、母子家庭のためか、女は働くものと思っていたようだ。母親に依存していたのではないかと思う。そのため。女に依存し、妻を母親の代わりにしてしまったのではないかと、別れてから思う。

 

元夫が「俺がいても、ただいまといったあと、かあさんは?」

 

言うことを言われたときに、この人は何を言っているのかと思ったことがある。

子供に対して、何もしない父親なのだから、それなのに父親であることの、存在感を、求めるのは無理がある。

 

今、猫を飼っているが、母親と私のことを思っているのか、私の後をついてくる。猫でさえそうなのだから、ましてや、本当の子供であれば、なおさらだろう。

 

子供たちにとって、父親としては、48歳、50歳、52歳の時の子なので、体力的にも、父親としての役ができていなかったことが、問題だったのかもしれない。

 

一緒にいる頃は、「一にお父さん、二にお父さん、三四がなくて五にお父さんよ」なんて言っていたので、小学生の頃は、仲の良い両親が自慢だったと言っていた。

 

それも、離婚した時に、次男から、母さんが、努力していただけで、父さんは何もせず、他力本願の人だ。結婚は、お互いの生活の協力が必要なのに、どちらかに負担がかかるとほころぶに決まっていると。

 

17年間にいて離婚をしたけれども、この人が亡くなる時まで一緒に、夫婦をしていれば、苦労したことや、頑張ったことが、報われてよかったと思えたかもしれないが、腎臓病を発症し、自宅療養を余儀なくしているときに、「いつまで仕事に出ない」と言われたときに、離婚を決意した。

 

人の不安や、人の痛みがわからない人間なのだと。この人とは、これ以上一緒にいたら、私が先に死んでしまうそう思った。

長い時間をかけても、相手を思いやることができない人間はいる。仏様のような人もいるかもしれないが、私は、後悔しないように生きることで、何事も頑張れるタイプなので、頑張ったと思ったときに、これ以上はないと感じると、切るときには切るようである。

 

元夫に対しては、後悔はない。彼との結婚は、子供たちの母親になるためだったのだと思う。

 

神様には本当に感謝している、この4人の母親にしてもらえたことを。

 

人とのかかわりは、本当にその人が亡くなる時に、わかるし、その人がどんな人生を歩んだかがわかる気がする。

 

人が亡くなる時には、疎遠だった人達の縁を結んだり、人生の深さを感じることかもしれない。

 

元夫は、幸せだったのだろうか?

 

認知症になり、病院を転々とし、生活保護を受け、最後は元気な時の面影がないほど痩せてなくなるなんて。

 

でも、認知症ならわかんないから、幸せか。