老春時代の満足生活情報発信局(日々の暮らしと人生物語)

人生100年折り返し点からを心地よく過ごし、もっと魅力的人間になる「楽しく楽しく生きる」事をモットーに頑張るつぶやき日記です。

旦那シリーズ #6 義母スマホ機種変・後日談。得意げ夫にイラッ

旦那シリーズ #6

義母スマホ機種変・後日談。得意げ夫にイラッ

スマホを1円で手に入れた義母。
しかし当然のことながら、「使い方がよくわからない」とSOS発動。

ここで普通なら「スマホを買った息子(=夫)」が説明するべきでしょう?
……はい、無理無理。
あの男に機械の説明なんてできるわけがない。

 

出動!影の司令塔=私

そこで私は一人ブックオフへ。
「高齢者でもわかる!大判スマホ解説書」なんていう古めの本を探して購入。
しかも値段は100円。
我ながら、なんで私がこんなことまで……。

でも、これなら義母も安心。
なにせ1円スマホ=型落ち機種だから、古いスマホ解説書で十分対応できるのよ。

 

得意げ夫の茶番劇

「はいこれ、義母に渡してね」と夫に託す。
案の定、義母からLINEが届く。
「あの本、わかりやすい!ありがとう」

……そのLINEの送り主=義母。
その横でニヤける夫=「俺、やってやったぜ」顔。

ちょっと待て。
あんたは何もしてないだろ!
本を探したのは私、買ったのも私、段取りしたのも私。
お前はただ“運び屋”しただけじゃん。

 

義母の裏話

しかも義母いわく、スマホがわからなすぎてケーズデンキ3回も通ったらしい。
そりゃそうだ。
説明役が無能息子じゃ解決するわけがない。

最終的に救ったのは100円の古本。
要するに、私の「影の采配」だけが機能してるってこと。

 

まとめ

義母がスマホを使えるようになったのは──
夫のおかげじゃない。
1円スマホでもなく、ケーズデンキでもない。

すべて、私の100円解説書大作戦のおかげだ。

夫よ、得意げに胸を張るな。
お前がやったことは「本を義母に届けただけ」。
……宅配便と同レベルだわ!

旦那シリーズ #5 義母のスマホ機種変大作戦。無能夫に尻叩き

旦那シリーズ #5

義母のスマホ機種変大作戦。無能夫に尻叩き

義母が「スマホに変えようかな」と言った。
理由は「みんなLINEしてるのに、自分だけメール連絡で悪いから」。

──ここで動くべきは息子である夫。
なのに、あいつはいつもの「めんどくさい病」を発症。

 

出た!口先だけのぐちぐち男

私がケーズデンキに下見に行き、キャンペーン情報を持ち帰った。
「明日休みなんだから、お義母さんに連絡して一緒に行ってきたら?」

夫の返事。
「でも、家にいないかもしれないし、変えないかもしれないし……」

はぁあ?
連絡すらしてないのにグチグチ言うな!
行動ゼロで不満100%。まさに「歩くめんどくさ工場」。

 

尻を叩かないと動かない無能夫

私はブチ切れた。
「あのさ、あなたの親のことなんだから、自分で動け!」

結局、渋々電話して義母を連れてケーズデンキへ。
私は“結婚を内緒にしていたデメリット”で同行できず、裏方に回るしかなかった。

そう、夫はいつもこう。
「自分の親のことなのに私が段取りしないと何もできない」。
無能ぶりに磨きがかかっている。

 

無駄金の鬼、ここに爆誕

数時間後、夫からの報告LINE。
「機種変できたよ。条件クリアで本体代1円。今フィルムとカバー選んでる」

……は?
フィルムとカバーなんて100均で十分だろ!?
なぜ“1円で喜んで節約成功”と思った直後に無駄遣いするのか。

もうね、無能にケチが合わさるとただの浪費家
そのお金で夕飯でも奢れよ、と言いたい。

 

親孝行は「やらされ仕事」

帰宅後の夫、義母が喜んでくれたからか、なぜかドヤ顔。
お前、なに勝手に「親孝行しました」みたいな雰囲気出してんの?

違うから。
全部、裏で私が仕込んで、尻叩いて、やらせただけだから。
親孝行ポイントはゼロ。功労者は私。

 

まとめ

夫は、行動力ゼロ・思考力ゼロ・やる気ゼロ。
義母がスマホを手にできたのは、私が後ろから強制労働させた結果。

夫よ、親孝行の勲章を胸に飾るな。
あれは全部、私が汗水たらして与えた「代打の親孝行」だ。

今度から義母が「スマホの調子悪い」と言ったら──
お前はぐちぐち言う前に、まず土下座してからサポートに走れ!

新人店長シリーズ #1母の直感と人間関係

新人店長シリーズ #1

母の直感と人間関係

ある日の夜、息子(新人店長)がふと真顔で言った。

「母さんってさ、不思議だよな。会ったことも話したこともない人のことを、まるで知り合いみたいに言い当てるじゃん。しかも、それが当たってるんだよ」

……まあ、母親ってそういう勘は鋭いのよ。


母の直感、発動

息子が「この人にこう言われたんだけどさ」と話すと、私はつい口を出してしまう。
「その時、その人はこんな気持ちだったんじゃない?」とか。

すると息子は、「ああ、そうか。そういうことか」と納得する。
そしてひと言。
「もしかして俺、母さんに操られてる?」

……操ってないし!
母親に向かってその発言は失礼じゃない?(と心で突っ込みつつ、笑ってしまった)


人には裏と表がある

「人ってさ、優しいように見えても優柔不断だったりするんだよね。逆にだらしなく見える人が芯が強かったり」
私がそう言うと、息子は「ふーん」と妙に感心した顔をした。

「母さん、他人のことよく見てるよな。俺がだらしない格好してるときは”自信ない”とか思ってるんでしょ?」

「いや、それはただのセンスの問題」
(心の中では“自信ない”どころか“店長の威厳どこ行った”と思ってるけどね)


見た目に出る気持ち

人間って、不思議と気持ちや考え方が表情や態度に出るもの。
話していくうちに「ああ、この人はこんな人だな」っていうのが見えてくる。
母親だから余計に、息子の周りの人間模様がなんとなく透けて見えるのかもしれない。


オチはやっぱり…

最後に息子がボソッと。
「母さん、自分出さないもんな。まあ、すき焼きに塩をどっさり入れる人だからな」

……その話は一生蒸し返さないで。
(弘法も筆の誤り。母も調味料でやらかすことはある)


まとめ

母親の直感って、当たり前に働くものなんだろう。
子どもが成長して社会に出て、人間関係で悩む姿を見ていると、どうしても口を出したくなる。
それが母という生き物。

新人店長よ、母のアドバイスは「操ってる」んじゃない。
ただの人生経験からくる“おせっかい”なんだから。

旦那シリーズ #旅行という名の拷問

旦那シリーズ #旅行という名の拷問

旅行という名の拷問。スーパー弁当と違反切符の思い出

旦那との一泊旅行。
いや、正確に言うと「旅行」なんて上品なものじゃない。
疲労と怒りを抱えに行く強制合宿」だ。


出発=すでに地獄の始まり

朝7時出発と言うから、私はおにぎり握って、犬猫の世話道具まで完璧に準備。
そしたら旦那、何してると思う?

──庭で洗車。

……は?
旅行行くんだよね?今ピカピカにしてどうすんの?
その労力、計画に回せや。

結果、出発は8時半。
開始一時間半で私の気力はゼロ。


ラーメン屋?「わからん」だと?

「昼は地元のラーメン」って言うから期待した。
なのに「店の名前は?」「わからん」って…🤦‍♀️

お前は観光地ガチャ回してるんか?
香川のうどん屋じゃないんだから、どこでも湧いてくると思うな。

で、出てきた代案が「ラムーで弁当買おう」って。
鳥取まで来て、地元にもあるスーパー弁当かよ。
観光詐欺ここに極まれり。


晩ごはん=腎臓クラッシャー

夕食は「エビ天丼が食べたい」とドヤ顔で居酒屋に連行。
私の腎臓がアウトなの知ってるよね?エビ・カニイカ=塩分爆弾って知ってるよね?

結果:私は天ぷらと刺身定食。塩分まみれ。
殺意で胃袋いっぱい。


旅行恒例イベント:違反切符

帰り道、裏道ショートカットで一時停止無視。
はい、パトカー登場。

旦那の決まり文句:「ブレーキ踏みました!」
警官に説明されても逆ギレ。
……毎回この茶番いる?

もう我が家の旅行名物は「スーパー弁当」と「違反切符」で決まり。
どんなお土産より確実に持って帰る。


翌日もサプライズ地獄

翌朝、「鳴る子海岸」にサプライズ連行。
何の説明もなく連れて行かれて、着いたらただの寂れた海岸。
レストラン閉鎖、人影ゼロ。

感動するはずもなく、私の心の声はひとつ。
「これ、罰ゲーム?」


結論:旅行じゃなく修行

結婚12年。
旦那と旅行に行けば、行き先はスーパー、食事は弁当、最後は違反切符。

旅行に行ったはずなのに、帰り道に残るのは「疲労・怒り・後悔」の三点セット。
温泉でもなく、美食でもなく、ただのストレスフルツアー。

旦那よ、旅行の才能がゼロなのはもう分かった。
だから二度と計画するな。いや、二度と連れて行くな。

旅行なんかより、私にはエアコン効いた部屋と猫のゴロゴロ音の方がよっぽど癒しだ。

老春時代日記、旦那シリーズ#3歩く罰金製造機

旦那シリーズ #3歩く罰金製造機

旦那に物申す。私はお母さんじゃありません!

年を重ねるごとに、旦那への言動がキツくなっている私。
「愛情が薄れてきた証拠かも」なんて思ったりもするけど、いや違う。
単純に、旦那がポンコツだからだ。


信号機より信用できない旦那の合図

旦那の運転は本当に怖い。
右折・左折のウインカーは、曲がる瞬間にチョロっと出すか、最悪出さない。
そりゃ過去に違反切符切られてるわけだ。なのに学習ゼロ。

交通ルールは「相手への思いやり」だと何度説明しても無駄。
助手席の私は毎回スリル満点。テーマパークの絶叫マシンなんかよりずっと怖い。

そのくせ他人が急に曲がると、車内で暴言連発。
いやいや、自分の運転棚に上げて他人にキレる資格ないから!


マイルール大王

旦那は「車は大事」信者。
傷がつくのが嫌で、狭い道では遠くに車が見えた瞬間から停止して大渋滞の原因に。
「いやいや、その道、あなたの私有地じゃありませんから」って毎回思う。

そして、他人に厳しく自分に甘い「マイルール大王」。
一時停止?→スルー。
車線変更?→ノリで。
結果:切符で国に多額の寄付。
もはや「日本交通違反協会のスポンサー」だよ。


私は妻であって母じゃない

一緒に買い物に行けば、帰宅する頃には私の血圧は急上昇。
旦那は一人で買い物できない。必ず「一緒に行こう」とついてくる。

運転は怖いし、スーパーでは子どもみたいに落ち着きなし。
私は何度も注意するけど、旦那は「怒られる子供」状態でシュンとする。
そして翌日には同じことを繰り返す。

はい出ました、無限ループ旦那
リセットボタン押してもバグは直りません。


結論:旦那は罰金製造機

修理工場の社長に「奥さんは事故しないけど旦那さんはねぇ」と笑われる始末。
事故が少ないのはただの運。奇跡的に生き延びてるだけ。

私は何度も思う。
「優しく言えばいい」「この人はこういう人だから」と。
でも、いい年した大人が交通ルールも守れないのは、ただの迷惑。

結局この人は、私にとって「旦那」じゃなく「子供以上に手のかかる大きな息子」。
いやむしろ、社会にとっては「歩く罰金製造機」。


まとめ

私の愛情が薄れてきた? いやいや、そりゃ当然だろう。
だって、私は母親じゃないんだから。
旦那よ、まずは猫を見習え。次に信号機を見習え。

老春時代日記「旦那シリーズ}夫婦喧嘩、感謝、思いやり?そんな幻想どこにある。

夫婦喧嘩、感謝、思いやり?…そんな幻想どこにある

老春時代日記「旦那シリーズ」 2025年2月3日

今年の正月、私は早々から旦那にブチ切れた。
年末は夜勤だったので、旦那には実家に帰ってもらった。元旦の夕方には戻る予定──のはずが、友人からLINE。

「さっき旦那さん見かけたけど、一緒じゃないの?」

え? 一緒じゃないよ。帰宅予定は夕方だし。と思ったら、結局帰ってきたのは夜7時過ぎ。しかも、買い物袋ゼロの手ぶら。どこの王様ですか。

しかもドヤ顔で「紅白見て、父親と夜中に初詣行った」と報告。いやいや、武勇伝みたいに語ることじゃないから。母親は寒いから行かなかったらしい──知らん。

 

「行ったかもしれん」殺意スイッチ

旦那に「元旦に○○のショッピングセンター行った?」と聞いたら、返事がコレ。

「行ったかもしれん」

……はぁあ!? 二日前の話だぞ? 記憶喪失か?
行ったなら「行った」、行ってないなら「行ってない」。この二択しかないのに、なんでグレーゾーンで攻めてくるのよ。

曖昧返事が地雷を踏み抜き、私の殺意スイッチON。

問い詰めたら「母親が行きたいと言ったから連れてった。自分はメガネ屋に行った」と白状。
だったら最初からそう言えや。お前は取調室で刑事にボコられてやっと吐く犯人か。

 

インフルエンザ療養所 in 我が家

その後、私は旦那を完全無視。黙って嵐が過ぎ去るのを待つ──はずが、4日に旦那が高熱。夜間診療へ行ったら「インフルエンザA型」。

はい、強制収容所生活スタート。
二階と一階に分け、接触禁止。ご飯は作ってテーブルに置くだけ、LINEで最低限の連絡。ペットボトルを持たせて二階に籠城。

私は完全防護で無言生活。熱が下がり11日に仕事復帰したけど、私は相変わらず無視モード。
弁当も「食材が腐ると困るから仕方なく」作っただけ。愛情ゼロ、義務感100%。

 

感謝ポイントは「ATM機能」だけ

もちろん、感謝はある。
私が仕事を辞めても生活できているのは旦那のおかげ。そこはATMとして優秀。

でも、それ以外はダメダメ。
私が高熱で動けなかったときは看病ゼロ。息子を呼んで買い物させたのは私。
なのに旦那が熱出したら、私が即座に看護。なにこの一方通行システム。バグってんの?

 

ケチで無関心な正論ロボット

日常でもムカつくことだらけ。

  •  

電気代節約のため、暖房すぐ消す → 私は冬に凍死寸前。

  •  
  •  

夏はクーラーつけない → サウナ寝室。私は冷風機とアイスノンで命つなぐ。

  •  
  •  

腎臓病の私に脱水リスク? → 看護師なのにスルー。

  •  

看護師免許、返納しろ。患者の命より電気代が大事ってどういうことよ。

そして何より、動物への態度。
「死ねや」「このクソ犬が」と暴言。犬を蹴るな。ご近所に聞こえて恥ずかしいわ! 老犬アリスが怖がって脱走して車に轢かれそうになったこともある。
優しさゼロの鬼畜看護師、どうして採用されたのか本当に謎。

 

この先の未来予想図

正直、この人と老後を過ごすとか無理ゲー。
もし認知症になったら? 「このクソ婆!」って暴言+暴力フルコースが待ってる気しかしない。

過去には首を絞められたこともあるし、床に叩きつけられたこともある。
今は「人を殺したら親がかわいそうでしょ」と私が説教したおかげでしなくなったけど、物は壊す。要するに危険人物。

もう悟った。「他人は変わらない」。なら、自分が変えるしかない。

 

結論:旦那はATM兼同居人(期間限定)

頑張って添い遂げようと思った時期もあったけど、もう限界。
旦那はATM機能だけ発揮して、私は猫と穏やかに暮らすのが一番幸せ。

猫は賢いし、裏切らないし、正論で殴ってこない。
旦那よ、せめて猫を見習え。

来世は間違っても人間の男には生まれませんように。
──そう神様にお願いしたい、今日この頃。

 

旦那disり全開ポイント

  •  

曖昧返事=「取調室でやっと吐く犯人」

  •  
  •  

ATM機能以外は使えない

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看護師なのに「命より電気代」

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鬼畜看護師、犬に暴言

  •  
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来世は男に生まれたくない

老春時代日記 旦那シリーズ(うちの旦那は、ガキです)

2025年9月4日 老春時代日記

また旦那と喧嘩。いいかげん、猫を見習え!

朝、弁当と朝食を用意して、旦那が食べ始めたときのこと。

「ねえ、うちの鈴(5匹の猫のうち唯一の雌猫)って賢いと思わない? 昨夜ね、餌を食べたあと玄関に行ったの。だから『夜だからダメ、明日の朝にね』って言ったら、ちゃんと戻ってゴロンよ。毎回これ。ほんと賢いわ〜」

すると旦那、まさかの正論パンチ。
「夜は出したらいかん」

……いやいやいや。
誰が猫の外出ルール聞いた? 私が欲しかったのは「へぇ〜鈴って頭いいな」って一言!
この人、会話の方向音痴。 GPSつけても迷子になるタイプ。


会話の才能ゼロ男

旦那との会話は常に地雷原。
私が「共感」求めて投げたボールを、彼は必ず「正論」で打ち返して爆発させる。
キャッチボールじゃなくて、爆弾処理班との訓練。

だから私はつい言ってしまった。
「ねえ、私に喧嘩売ってる? 朝から戦争始めたいの?」


職場で人気者?家じゃ不良債権

旦那は職場で「聞き上手」で有名らしい。
──いや、ただ黙ってるだけじゃん。
家ではクイズ王+正論ロボット。

私が「猫かわいいね」と言えば、
「動物に甘やかしすぎるのは良くない」
私が「今日は暑いね」と言えば、
「いや、去年のほうが暑かった」

は? こっちは天気予報の検証をしたいわけじゃない!
旦那と話すと、毎回「楽しいおしゃべり」じゃなく「公聴会」。


夫婦喧嘩三日目。私の答えは決まった

三日目。冷静に考えた。
「別居結婚? いや、むしろ単独行動で充分」

義両親も高齢で、旦那は長男。
さっさと実家に帰って、親孝行と長男業務を存分にやってください。
私は猫たちと楽しく暮らすから。

正直言うと──猫は賢い。旦那はポンコツ
どっちと暮らす方が幸せかなんて、小学生でも答え出せる。

来世は旦那と縁を切り、猫になって寝て暮らす。
今世は修行、来世は極楽。

何で、覚えていないの?

老春時代日記。3月31日

インターフォンが鳴った。私は体調を崩して休んでいた。旦那が対応したのだけど。

奥さんは?

何ですか?

声に聞き覚えがある。

顔を出したら、隣の空き地の持ち主。

春の野菜の苗を持ってきてくれた。

もう、旦那は勧誘の人対応。

失礼気周りない。

慌てて、玄関から外に。

旦那が誰?と。

もう、〇〇さん!

コロナ感染なのでと、頭を下げて、旦那の態度を平謝り。

色々な、苗を持ってきてくれた。

空き地は、畑として、貸してくださってる。無料で。

半分は、駐車場にしてる。

しかしだ、何度か会ってる人なのに、覚えていないうちの、旦那は、記憶力がどうなってる?

確かに、髪型が違って、いたけど、分からないわけじゃあない。

職場が、同じ部署になった時に、前の部署の人のことを聞いたら、名前が出てこない。

新館ができて、大掛かりな人事移動があり、同じ部署になった、

旦那は転職してきて2か月だからかなと。

でも、2か月なら、半分くらいはわかるとおもうのだけど。一緒に移動になった同僚のこともわからない。

変な人だなと思った。

色々と面倒な人だ。

人との関係性はどうなってるのだろう。

マァ、不思議で仕方がない。

私の事は一度会って、名前もわからないのに、部署説明会の時に、見つけて、一緒に仕事をするのだと思った。あの人だみたいな感じかな。

旦那は、何度あっても、興味がなかったりすると、頭に入らないみたい。

都合の悪いことは忘れるし。

よく、私が何回も同じ事しないでと、ブチ切れる。

嫌いな人や、苦手な人の事は忘れないのに。

一種の発達障害かな。

ただ、結婚してるし一応仕事もちゃんとしてるから、普通に見える。

とにかく、何で、おぼえてないの?が多い。

自分が話をしたことさえ忘れている。

あなたが話をしたことだよと言っても、ダメ。だから、最近私は、話を聞きながら、どうせ忘れてしまうのだろうなと思って聞いている。

学校から帰ってきて、子供がねえ、ねえ、お母さん、今日学校でねみたいな感じだ。

子供はお母さんに学校の話をした記憶が残っても、内容はわするている。

大人になっても、そんな人がいるのだと最近わかった。

結論を言えば、疲れる。本人に悪気はないのだろうけれど。

一度しか会わなくても、忘れてはいけない人がいると思う。

何度か会っている上に、隣の空き地の持ち主の奥さんを忘れて失礼ながら態度。

頭が痛い。

 

 

 

夫婦喧嘩、感謝、思いやりって、片方ばかりだとしんどくなるよ。

老春時代日記。2025年2月3日。

今年は正月早々から、旦那に切れてしまった。

今年は、年末が夜勤だったので、そのまま、実家に帰ってもらった。

元旦の夕方、帰ってくる予定だった。

何だけど、友人から、ラインで、さっき旦那さんを見たけど、一緒だったのですか?

いいえ、今日は実家で正月を過ごして今日の夕方帰ってくるのだけど、何か買ってくるといっていたから、お店に寄っているのかしらと返信。

しかし、夕方に帰ってくるというのに、午後の3時に、自宅のお店にいるって?

で、結局帰ってきたのは、19時過ぎ。

何も買ってきていないし変なのと思ったけど、そのまま。年末に、紅白を見て、父親と夜中に、初もうでした、寒かった。母親は寒いから行かないと言ったと話をしただけ。

2日は仕事で、3日が休み。

私に、初詣に行かないかと言ったけれど、年末から、風邪気味で、インフルエンザが流行っているから、行かない。

夫は、じゃあ、母親が初詣に行っていないから、いつもの所に行って、お守りを交換してくる。(毎年お守りを買う)

内心、え~、私が体調が悪いと言っているのに、出かけるの?まあ、義母を初詣に連れていきたいのか。

でも、私たちがいつも行く神社でない所を、義母が希望したので、そちらに行き、お守りは買わなかったと。

年末から体調が悪いこともあり、イライラしていたのだと思うのだけど。

「ねえ、元旦に、○○のショッピングセンターに行った?」

「行ったかもしれん」

私の中で、プチっと。

「あのさ、何日も前の話じゃないのよ。二日前の話。まして、店に行ったかどうかを聞いているのに、行ったかもしれないという言い方は何?」

「あなたさ、色々前科があったけど、それらすべて、ばれて、私と喧嘩になっているよね。」

「行ったかどうかなんだから、行った、行かないだけの返事でいいのに、何で、い行ったかもしれないという返事なわけ。」

「私は、何で、正月に帰った時も話に出なかったから、何で?と思って聞いているのに。」

さんざん、怒った。

「おっかが、ショッピングモールに行きたいと言ったから連れていった。自分は、メガネの三木にい行った。」

もう、あきれるというか、もういいやと。

それから、無視。今までは、こんこんと私が、話すのだけど、もういいやという心境。ずっとこの調子で、今までやってきた。

だけど今回は、何というか私の中で、もういい。

いつもこっちが、先回りして、考えて、旦那のことを優先してきたけれど。

旦那はどうなん?

私が、高熱を出した時も一切、看病せず、起きれないから息子に連絡して、食べるものや飲み物を買ってもらって来てもらった。

今回、4日の仕事から帰ってきたら、旦那は高熱があり、夜間成人診療所に、受診した。「インフルエンザA型」

もう感染したら、今度こそ私は、透析をしないといけなくなる。だから、二階と一階で、別居生活。

5日に、大量に買い物にって、外出しなくていいように。

連絡は最低限、スマホ

ペットボトルを持たせて、二階に。ご飯は、作って、テーブルの上に置く。

食べたいときに勝手に食べていた。

その間私は、マスクをして一切、喋らない。

熱が下がり11日に仕事に復帰した。

それからも私は、旦那を無視。食べるものは、家にあるもので作り、弁当も作るが、それは食材が、腐るといけないと思って。

旦那にも、自分の食べるものは、自分で買っているから、湯半も弁当も食材が腐るといけないから作るけれど、なくなったら、作らないから、伝える。

マンションは持っているのだけど、ここのマンション水道代がすごく高い、そして湯沸かし器が、水圧が足りなくて、熱湯になるため、住むのはやめている。

中古の一軒やを買おうかと、探したら、平屋の物件があったのだけど、駐車場がない。値段も何とかなる感じだったけれど,断念。

色々と考えてみる。

自分は、旦那の良いところを見るようにしているけれど、旦那はどう何と思う。

仕事をしないで暮らせるのは旦那のおかげと感謝している。真面目な人だし。

これまでも、喧嘩をしたりして、何度何度、話をしてきた。

私は無理難題を言っているのかと自問自答してきた。

老犬のアリスの扱いも、近所の人たちに恥ずかしいから、「死ねや}「おどりゃ、このくそ犬が」とか言って、蹴ったりしないでとここ何年も言ってきた。粗相をしたりはいたりしたら、怒鳴り散らして、犬は怖いから脱走して車にはねられたり、何度も警察署に迎えに行ったり。

ちょっと気に入らないと、怒ったような声色になる。

別に、怖いわけではないけれども、普通に話せないのかと思う。そして、一番面倒なのは、聞いても答えない事。

「何を探しているの?」

「なにをしているの?」

「おはよう」

「先に寝るね」

そして、いつの間にか二階に上がって寝ていることがっ最近よくある。私は寝るときには必ず声をかけるのだが。

日常の中でのちょっとしたことだけど、大切なことじゃないかなと思う。

そんなことも嫌だと思ってきていたから。

今回は、行っても諭しても、だめだと。もういいと思ったしまった。

仏教の教えに、相手に感謝すること、相手を思いやること、誠実でいることが縁には大切と。

自分を大切にすることは、必要だと思う。

旦那はちょっと、発達障害なのかもという感じがある。

依存的で、パニック状態になると訳が分からなくなるし、理解能力がないというか、約束をしても忘れてまた、同じことをする。

私がそれは嫌なのと言ってもわからない。当たり前のことを言っているのだけど。

喧嘩をしたらだんまり。そして、私が一方的に喋るだけで、結果私が折れる。この繰り返し。

今回、考えていることは、自分の中で、もう駄目だ、この人には感謝しても優しい言葉をかけても、私に対してというか他人の痛みや、困っている事、助けてあげようという気持ちがない。

感情が、高揚している恋愛時期は、相手のことに、興味があり、優しいし、そんなこともまでしてくれなくてもと思っていた。

今は、自分のしたい事だけで、私の体調などお構いなし。

夫婦と言っても、私にかかる医者代、税金、全て自分で賄っている。猫の餌代、猫の為のゲージなどもすべて私。

最近は、電気代として、10000円を毎月渡している。出ないと、暖房をすぐに消されるから。

夏は、家にいたけど、できる限りクーラーはつけない。夜、寝ている時は、ほんとうにサウナ状態。アイスノンをしたり、冷風機を購入したり。

腎臓には、脱水になるのが悪化すると言ってもわかってもらえない。一応、旦那は看護師なんだけどね。

兎にかく、けち。私の病気が悪化したら困るのは旦那だと思うのだけど、気にならないのだろう。

先のことを考えると、痴ほうになってしまったら「このくそ婆」と暴言暴力をされそうな気がする。

要するに私は、この旦那と一緒の生活はこの先はやばいと考えている。

離婚するというと、気違いみたいになる。以前は首を絞められたり床にたたきつけられたこともある。

今は、人を殺したら、親がかわいそうでしょといってからはしなくなった。

物は壊すけれども。

今回は、今までと違う私の態度だったので、少しおとなしい。

他人は変わらないし変えられないと思っているから、自分がいろいろとやり方を変えてきたけど、結果は、自分の中の不満が解決するわけではないから。

人生は、どうなるかわからないと思う。

だけど、どこかのタイミングで、これ以上は無理だと思うときに、違った人生を。歩き始める気がする。

以前は、頑張って添い遂げようと思うこともあったけれど。

旦那には夫婦じゃない方が、良い関係が築けるのじゃないかと思うと言ったことがあるのだけど。

さてさて、この先の人生あと10年から20年、どんな風に暮らせるのやら。

できれば静かに穏やかに暮らしたいものだ。

老春時代日記。執着心がないと人生は幸せかも。

老春時代日記。2025年1月18日


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先日友人と話をしていて、

「私は、この歳になって自分の人生を振り返ると、辛いとか、哀しいと言うことがなかった気がする。定年退職をしたら一緒に、旅行にいこうねと話をしていた友人が癌でなくなったときも悲しいと思いはしたけど、よく頑張ったよねと。両親が亡くなった時も、好きなことをしてい来たんだからと泣くこともなかった、姉と弟が鳴いている様子が、白々しく感じるほどだった。」

「子供の頃、妹たちが養女に行って離れ離れになったことや、養護施設に入れられたこと、満足に食べれなかったこと、学用品など買ってもらえなかったこと、それら子供時代に怒ったことも自分ではどうしようもないことだったと思っているから、それらのことも、辛いとか、親を怨むとか何で、不幸何だろうと思ったことがない。」

「自分ではどうしようもないことって、自分の性別、体系、親の事、生活の中にはたくさんあるけれども、それらすべて、自分の努力ではどうしようもないことだと。子供の頃は、貧乏が嫌だと考えるのではなくって、早く大人になって働きたいと考えていた。要するに、子供であるからできることが、少ない。ない物ねだりをしたりすることなく成長した。」

「生きることが必須で、他のことはどうでもよかった。」

「お金が欲しいかと言えばあったらいいなと思うけれども実際は、何もほしいものがなくて、あれば、それなりに使うだろうけれど、食べることができて、寝る場所があるならいいかなと思うのよね」

「特にこの歳になって、病気で十分に働けなくなって気づけば定年退職をして、働かなくても食べられていることはかなり、良い人生ではないかと思う」

「子供の頃は、早く大人になって親孝行したい、親を楽にさせてあげたいと思っていたけど親になったら、自分の親は毒親だったなと。子供の頃を振りかえると家事を全部して弟の子守をして、高校も姉が私立に行って、授業料が大変だというから、自分は高校に行けないかなと、でも、高校は出たいなと、運よく、准看護師の学校が、病院で寮生活すれば、奨学金をもらえ、親の負担がなく、高校にもいけれることを知った。中学を卒業して、病院の寮に入り仕事と勉強のために親元から離れた。」

「親元にいての、普通の高校生活ではなく、社会に入っての学校生活。部活動も、放課後の友人たちの語らいもなく十代の青春ではなかった。それでも、資格が取れるし、親に負担がないと言うことはその当時の私には大きなものだった。」

「自分の人生を自分の判断で、生きていくことの始まりだった。」

「物事の受けたり方なのか、鈍感なのか。子供の頃小学二年生だったかな。姉が非常に怒ったことがあるのだけれど、その時の私は、なんで怒るのだろうと。内容的には、クラスメートが私を馬鹿にしていたようだ。そのことに対して、姉が怒った。虐められている体。でも私は、そのクラスメート達のことを、何でそんなことを言っているのだろうと思うだけで、意に関せずだった。言ってくることが、自分たちがお金持ちと言うことで、私が貧乏と言うことの話だったから。私は、自分の家が貧乏であることやクラスメートの家がお金持ちだからと自慢することに対して、自分自身の事じゃないじゃないのと。だから、親の職業とかは、私にはどうしようもないことだから、そんなことを言われてもという感じだったから、虐めにあっていると、感じなかった。」

兎にも角にも、生きるために行動をする。それ以外のことは悩みにならなかった。今日は帰ったらご飯があるかなのほうが気になっていたから。

「だから、あるものに感謝する気持ちは大きかった。今日はちゃんとご飯が食べれてよかった、神様に感謝。という感じだ。ないからこそ手に入ったりすると、感謝になっていた。それから、近所の人の子守やお使いをしたら、おやつをもらえたり、お駄賃をもらえ、感謝、いい子ねと褒められることが私の人生にとって大きかったと思う」

「だから人に対して優しくできるし、他人に対しても感謝の気持ちがある。」

「貧乏であったからこその経験が、私を我慢強い人間にしてくれたと思っているし、環境が私が、生きることを大切にできる人間にしてくれたと思っている」

「私は喜怒哀楽の怒と哀という感情が、ちょっと、ない気がする。誰かにひどいことをされても、怒るというよりも何で、こんなことしているのかしらと思うだけで、後、哀しいという感情は、一時的なことではある、誰かのとの別れだとか、でもそれも仕方がないどうしようもないことだと思えるので、とらわれることがないというか。今を感じる感情であって、時間がたってしまうと、なくなる。そんなこともあったなのだ。」

そんな話をしたら友人が言ったことが、凄く納得がいった。

「あなたって執着心がないんだよ。起きたことに対して、いつまでも、引きずらないし、いつだって、後悔しないようにと言っているし。依存心もないし、承認要求もないし、自分に自信を持っているから。第一他人と自分を比べないものね。自分は自分という軸みたいなものを持っているから。」

執着心がないと言われたのは初めて。でも変に納得した。

確かに、終わったことは終わったこと、自分はできる限りのことをした。後悔はないが私の行動や考えの結論の出し方だ。

あるとすれば自分は死ぬまで、母親をやっていたいと言うことぐらいだ。子供たちの母親でよかったと常に感謝したいという思いだ。

あとはない。


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いつ死んでも良い。後悔せずに生きてきたなと思っているから。

それにしても執着心を持たないことが、幸せな思いや人生を運んでくると、この歳になって、気づいた。


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成人式から考える社会の課題。大人への不安と教育の限界。若者と学校の未来。

老春時代日記。2025年1月13日成人式

成人の年齢が18歳。結婚年齢が男女ともに18歳。

成人式の日二十歳(はたち)。

高校が、義務教育のような環境になる。まだ、働かず親に養われている時点なのに、成人ってと思う私。

自分が18歳の頃。政治も経済も興味がなかった。

貧困だったこともあって、生きること、生活することに一生懸命で、早く大人になることを、考えていた。

大人になることとは、私の中では、働いてお金を稼ぐことだ。

だから、親の保護下にあって働かない子供が、成人ってと思っている。

私は60歳を超えている。

その中で、成人の日は、今の社会情勢にあっているのかなと考える。

インターネットなどで、出会い系サイトなど若い少女たちの性問題が多発している。

以前は、16歳で女性は結婚ができた。これは義務教育がすめば、働けて、生活ができる。

16歳、17歳の少女の出産。これからどうなるのだろうか?

子供ができても18歳にならないと結婚ができないと言うことは、その子供は生まれた時から私生児?認知方式?父親の欄に名前はない?

昨今は、少子化で子供が少なくなっいるのに、結婚できる年齢が上がれば、その子たちは世間の目を気にした、周囲の人間によって、殺されるのだろうか?

18歳成人だけど教育社会は、経済や政治の勉強は重視していない気がする。

生きることを教えるシステムがない。

学校という集団の中で怒っている問題。カースト制度の様な感がゆがめない。

勉強ができて優等生が、学校という社会で教師から、優遇されて成り立つ環境。

社会に出ると学歴は、必要なものであること確かだ。だけど、生きる上では大した問題ではない。

学校では、生きると言うことがザバイバル、知恵と勇気と行動力がいると言うことを教えない。

学力優先で、育った子供が、大学や会社に入り井の中の蛙を経験し、精神病が発症する例を精神科看護師として、見てきた。

18歳で、大人なの?学校に通ったままの自分を感じて、大人としての自覚や責任、義務をしっかりと自分の中にはぐくむような制度、教育が今の日本にあるの?

18歳の成人。選挙権を持つ。だけど、選挙投票日に若者が、選挙に来ていただろうか?

未来の若者そして、日本の国に色々な不安を感じている私。


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老春時代日記。2025年1月8日女子高校生コンクリート事件の加害者がなくなった事件。


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犯人は、十代。亡くなった犯人は51歳。30年以上前の残虐な事件。

色々な事件はあるけれど、何故か忘れられない事件。

他人に対しては、その人の人生と思うことで、割と客観的に見ることができるけれど、どうしてもこの高校生の人生を、思い、犯人に対して許せない気持ちが消さなかった。

そんな自分がかかわらなかった人の人生を思い悩み、ふとした時に、生きていたら、結婚して子供いて、人として悩み、経験して生きていたのだろうなあと思ってしまう。

動画とかインターネットのニュースで、まるで忘れないでと、情報がはいってくる。

この小倉加害者のニュースが入ってきたとき、あーやっと死んだんだと。

義兄が、コメントされていたが、まさに、その通りだと思う。何の罪もない彼女を道具かおもちゃのように扱い殺したのだから。

自分も、4人の子供の母親で、再婚した時は、生さぬ仲の子育てもした。

この小倉加害者の母親のコメントを聞いて、批判めいたことを言ってはいけないかもしれないが、あなたのせいだよと言いたい。

離婚して、シングルマザーも経験したからこそわかることだけど、自分の子供に向き合う勇気のない母親。

精神科看護婦の経験からも、親が子供をちゃんと見ていない、受け止めていない、逃げる。この行為で、社会性がこわれてしまい、精神病院の入院を繰り返し、そのうち、退院できなくなる。

有名大学に合格して、社会に出て、順応できずに精神的に追い込まれて、自分はダメな人間と、誰も自分を認めてくれない。そんな時に、親が、手を引いてしまう。

精神患者は、入院することで、看護師から相手をしてもらい、話ができ患者同士では誰も自分のことを責めることはない。安心を病院に求める。社会の自由よりも、隔離された小さな世界で暮らすことに、依存する。

精神患者の親は、子供から攻められることが嫌で、関わりを持たなくなる。

親子関係を、築こうなどと思っていない。子供は親に見放されることを感じて、更に暴力的になり、わかってもらいたいのにわかってもらえない。

20歳を超えても子供なのだ、受け止める親が、支える人がいなくなれば、怖い。自分のやったことが悪いことだと思っているのだが、攻められることばかり。

開き直り、自虐的になり、自分を責めていく。そして、少しでも自分に興味を注ぎ、かかわってくれる人を持てめていく。

小倉加害者も、刑務所を出てから、頑張ろうと考えた時もあっただろう。

犯人としてとても許せない。

しかし、この加害者が、真面目に生きてくれていたら、どうだろう?

ちゃんと生きられなかったのは本人の責任だと思うけれど。

この加害者たちの親のことを思うと、同じ親として思うことは。

なんで守ってあげなかった、一緒に心の闇となってしまった部分を、戦ってあげなかった。

亡くなってくれてほっとしたから、可愛そうな子と言えるのだ。他人に信用されず常に、出来上がってしまった過去に縛られて、逃げられなくなって、死ぬこともできず他者を傷つける選択ばかりしてしまう。

あまりにも残虐な事件の犯人。

国は、司法は、犯人の更生を言うが、少年事件については親の子殿に対する関わり方も指導しないと絶対にその子供は更生などしないと私は思う。

私は子供たちに、母さんは何があっても、母親であることをやめない。あなたたちが、殺人をここしたとしてもそうしなければいけなかったあなたの気持ちと考えを受け止めると言った話をしていた。

騙すな、盗むな、殺すなと伝えてきた。

立派な人になったらいいと思ったこともないし、いい子でいなさいと思ったこともない。自分の人生を後悔しないように生きてほしい。人生人として生きることだから、色々なことを経験していくのが人生だから。

私は思うのだけど、この高校生の女の子の親も、もうよいお年だろう。今も生きておいでなら、何でという思いは捨てられないだろう。だけど、一緒に親子の時間は彼女にとって幸せな人生の時間だったと感じる。彼女が幸せだった時間を与えることができた親なのだ。

親だからこそ、悔しく思う、何でと赤の他人の私ですら思う。でも犯人の親より幸せだ、良い娘さんにそだてていたのだから。

成人していても、精神性が人として育っていない犯罪者は、更生することはないと、私は思う。

国や司法は、本気で更生させる気があるなら、親も一緒に関わらさせて、親子で今後をどうして生きていかなければいけないかを、考えないといかないと思う。

犯人たちと関わるのは結果、家族なのだから、家族が、逃げていたのでは、絶対の更生するわけがない。

育っていないのだから、精神性そして当たり前に、普通に生きること、頑張ることが。

私の親は毒親だったことが、反面教師として私の人生を導いてくれたと思っている。

親のように、他人を裏切ることのないように、そして、嘘をつくことが大っ嫌いな人間にそだった。

占い師の目線から見ると、あ~、この犯人の親がこの人でなければ良かったのにと思ってしまう。

自分に自信を持ち、人と関わっていければこの加害者の人生も違ったものだったろう。犯罪に巻き込まれやすい数字と波乱万丈な人生、そして虚,嘘、拒の人生だからこそ、かかわる人間に左右される人生。

人との縁という物は、怖い。類は類を呼ぶ。似た者同士が集まる。良い集まりなら良いが、負の集まりは悲劇が生まれる。

勇気のある大人がいれば違っていたのだろうか?

 

 

 

 

 

正月早々、旦那がインフルエンザ!

老春時代日記。2025年1月6日

昨年の発作から、足が冷えて、温まらない時は、外出は控える事にしたから、初詣も行かず。

旦那は、年末年始は、実家。2日は仕事、3日は休みで、私と初詣の予定だった。

で、私が行かないとなり、旦那は実家の両親と初詣。

旦那、寒い日も、薄着で、最近良く風邪を引く。

インフルエンザが流行ってるし、職場でも、インフルエンザで休む人が多いと言っていたから、気になっていた。

実家から帰って来た日、話を聞いてると夜更かしし、義父と夜中の初詣に、出かけて寒かったと。

私、夜勤明けで実家に戻り、睡眠あまり取らずに、いたのではと、ちょっと心配。

そんな私の心配をよそに、旦那は、何故か、夜更かし。

私は体調が少しでも、不安だと、早く寝る事にしてる。

4日に仕事から、帰ってきたら、夜間診療所に行ってくる。熱が38.6あるから。

えー、絶対インフルエンザじゃあない!

2時間後、帰宅。インフルエンザA診断。

アー、もう家庭内隔離、家庭内別居。

話すな!喋るな!近寄るな!うつるだろうか!

完全に鬼嫁。

こっちは、冷えから、足が冷えて、胸がチクタク。

発作を起こした前兆みたいな感じがあって、兎に角、体を冷やさないように、こたつ亀になっているというのに。

なんせ家が古いから、外気温と変わらない室温。

家の中で、コートをきて、こたつを抱え込んでる私。

なのに、何でか、2階に上がろうとしないバカ旦那。

私的には、自己管理の悪さに呆れているし、寒いと思ったら、風邪を引いてるから、早く寝ないといけないと、言ってるに。

あんたは、ガキか!

旦那は、どうも、自分が50代になっても、若い頃と変わらないと思っている様だ。

しかし、ここ何年、風邪を引きやすく、注意をしているのだが。

聞いても忘れてしまうのか、本当に、無自覚。

以前の私なら、優しい看護もしたが、いかんせん3年前の、私が体調を崩した時の旦那の対応が、思い出され、優しさなど、かけらもない。

女は怖いと自分でも、思う。

ただただ、うつされるのが嫌。

インフルエンザになったら、絶対に、透析まっしぐらになるから。

腎臓の活動能力が14%

今度、インフルエンザのような高熱何でたら、全然自信がない。

三年前の高熱で、19%活動が、14%。

もう、本当に、次に体調を崩したらアウトだ。

実家から帰ってから、旦那とトラブルがあったことも、影響しており、私の態度は、冷たい。

看護師なので、インフルエンザの治療や、どうするかはわかってるから。

インフルエンザ自体の特効薬はない。

タミフルにしても、早期に、内服だ。

今日、呼吸器専門に受診しようかと言ったが、胸が痛いのか、喘息にでもなっているのかと聞けば、喉が痛いと。たんと咳だと言う。

それならばいつもの佐藤先生の所で良い。

あー、今日は院長がいない日だね。

夜間診療所でもらった薬はもうない。

インフルエンザにかかって、3日目だから、治療薬はないし。

熱も下がり始めているから、明日まで、前回もらった風邪薬が残っているから、それ飲んで明日、佐藤先生の所に行けば良い。

そしたら、症状に合わせた薬を出してくれるから。

ツムラ19、オゼックス、トランサミン、レスプレンが1日分。

鼻炎、風邪、アレルギー、細菌、炎症、せき、たんの症状の薬。

まさに今の状態に、ピッタリの薬が1日分。

モソモソとお昼ご飯に降りてきた。

熱は、37.6に下がっる。

このまま、安静に保温して寝てれば、大丈夫。

毎度思う事は、旦那も看護師なのに、内科を経験していないとこうも、病気に対して無知なんだろうか?

風邪は、万病の元。風邪の特効薬はない。安静にして症状に合わせた薬を飲むしかない。

小児科、内科、など、経験があるからこその強みかな。

あーあと、4人の子育ての経験は強いかな。

子供達は、病気をしたりすると、必ず、連絡をしてきてどうするか、どうしたら良いかと聞き、実行してくれるので、よほどのことがない限り、風邪などにかかっても、治りが早く、病院に行かずに済んでいる。

旦那は、頑固なのか、バカなのか学習能力がなさすぎる。

何と言っても、今のこの時期は、身体に無理をさせないように、早寝早起き。

ハードな日があれば、十分な休息を取るべしだ。f:id:compass-life:20250106135950j:image

 

 

老春時代2024年12月19日細胞の老化は、あるけれども、気持ちは若いままだよ。

毎日変わりない日々を送っているのだが、気づけば今年も10日ほどで終わり。

24日は満66歳の誕生日。え〜、70歳が目の前じゃないか。人生100年というけれど、まだ100歳まで元気で、生きられる保証はない。

見た目は、歳をとってきたけれど、年相応の年齢よりは若く見える。でも、最近、凄く体の老化を感じている。

気持ちは若い頃と変わりがない。自分が60代の老人だということを忘れている。

最近心臓に負荷がかかるようで、少しの動作がしんどい。10月には、狭心症の発作を起こすし。

身体が、自分の思うようにならなくて、毎日をどの様にに過ごすか模索中。

旦那が、日帰りドライブに連れて行こうとしてくれたり、旅行を考えてくれるのだが、今年は、ほぼ行かない選択ばかりだった。

行くのは良いけれど、その後の何日は、疲れて、日常生活に戻るのができずに、ゴロゴロと転がっている日を過ごす。

この、ゴロゴロは、本当に、ババアになってしまい、鏡の自分を見て落ち込む。

持病があろうとも、何があろうともじっとしているのはダメだ。

心臓に負荷がかかっているので、運動は、ラジオ体操を。そして、家事特に掃除。床を拭いたり、棚を拭いたりとしゃがんだり立ったりと。

短い時間で、ちょこちょこと、動く事にした。

発作を起こしてから、しばらくは、体操することも、家事をすることも、思う様に出来なかった。身体のどこかしらに違和感があり、不快で痛みがあったから。

自分のことは自分が一番わかるというが、身体に起こっていることは、自分ではわからない。

熱が出る、痛みが起こるなど、症状が出てきても、自分の身体なのに、どこが悪くって、こうなっているのと、自問自答だ。

最近は自分の中で変わったことは、体だけは、若い頃と違う、無理をさせない事。

気持ちや、考え方は全然歳をとっていないけれど、細胞の老化は確実だ。慢性腎不全のために、なんかんやと付属品の様に、ポンコツになってきている。

でも、前向きに考えているので、良しとする。

私は、87歳まで生きたいと思っている。腎臓が悪くても自己管理を頑張れば、願いは叶うのでと思っている。

でも何で87歳まではと思っているのかよくわからない。できればもっと長生きでも良いけれど。

21年、何をしようかな、何ができるかなと、相変わらず、したいことを探している。

年末には来年の目標を決めるぞ。

老春時代日記11月3日

右腎硬化症(腎機能障害)から慢性腎不全になって、透析をしないで一生を終わるぞ決心して、役20年以上食事療法を完璧にこなし、主治医からもはなまるを、もらっていた。何事も努力だと。

どんなことに対しても前向き、ポジティブに考える私だけど、今回は流石に落ち込んでいる。

どんなに事を、気をつければいいの?

考えられる原因、思いつくことを考えた。

体を冷やさないこと。睡眠をきちんと摂ること。バランスの良いものをきちんと摂ることなどなど。

しかしだ。ここ何日か、体調が今ひとつ。

兎も角しんどい。左の肩が凝り、頭痛が続き、左半身が重い。違和感がある。

不安なのだ。

心臓自体に問題があれば、薬を飲んだり、色々とできることもある。

食事とか体に良いことを、しようと思うが、食事は制限があるし、今までも、食事療法はちゃんとしてきた。

老化も、原因の一つだろう。

発作が起こる前は、筋肉を落とすと、老化すると、主治医に聞いた運動をし、腸内環境を整えようと。

そのおかげで、体調が良い感じだった矢先の出来事。

何に不安を抱いているかというと、いつ発作が起こるのかがわからないということ。そして、突然死になってしまうこと。

発作が起こり対処が間に合わなければやばいということの不安。

死ぬことが怖いという感じではなく、あの痛みを経験したくない。苦しみながら死にたくない。

そう、いつか人は死ぬけれど、老衰で死にたい。

亡くなる人に関わってきた経験から、老衰で亡くなる方は、みんな穏やかな亡くなりかただから。

昨日は、足が冷えて冷たくて、モコモコの服を着て、まるで真冬の格好をしていた。眠くて、眠くて、体はだるいし、何なのという感じだった。

少し風邪気味だったのではないかと思う。

以前は、肩が痛いと、葛根湯を飲めば痛みが取れたのだけど、とれない。

昼から市版の風邪薬を2錠飲んんだ。いつも、薬は、大人量が3錠なら2錠とか1錠しか飲まない。

医師の診察を受けて処方されたものはキチンと飲む。

それで、たくさんの汗をかき少し楽になり、肩の痛みも少しとれた。

今日はやっぱり、左半身がだるいし、左肩も痛い。

でも、だからと言って、鬱々と考えていても仕方がないので、ちょっと、頑張る。

発作が起きた時にしか、心電図に異常が出ないとわかっているので、今月29日に再検査。

それまで、自分の健康状態を記録することにした。

しんどい時や左胸に違和感を感じると不整脈が、わかる。

健康な人でも、不整脈は起きる。

なので、不整脈のあった時の体調の変化を、残しておけば、診察時の参考になると思うから。

いざ、こんなことがありましたと言っても、医者の欲しいデータを、伝えられるかは難しいから。

記録を残すことが一番。

とても、不安だけど、いつ起こるかわからないことで、何もしないのもダメだから、やっぱり、やれる事を

やるしかない。

人生は起きたことに自分がどう向き合うかだと思っている。

そして、ブログに書くことで、頑張るぞと気持ちが強くなる。