老春時代の満足生活情報発信局(お金と暮らしと占いと人生物語)

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宗教と占い。占い師として宗教と政治を考えてみた。

魔女狩りということを言っている意味が、わからなかった。

(採用の際、した後に「信仰している宗教を教えてください」ときかないといけないでしょう?)というツイッターで納得。

でも、私的には違うのじゃないかと思うけどな。

信仰の自由がある日本で、個人情報になる信仰を面接時に聞くのはダメじゃないかな。

政治家が宗教団体とかかわるのとは意味が違う。

政治家が宗教団体の信者とかかわりがあると、利用されたり、便宜を図ったりとしてはいけないからだから。

現に、ビデオレターを、送った安倍元総理は、しっかりと利用させている。信者の中には、安倍元総理が、認めた宗教だと思っていたといっている元信者もいる。

統一教会が、利用したから、誤解を受けて暗殺されたと思っている。

反町理統一教会だけじゃなくて宗教団体、何氏は政治に関する団体とのルールをどうするのか、広げようっていう機運はない。宗教団体全部とか政治と圧力団体・関係団体とどういうルールを作るのかって話にはどこの政党も手を付けようとしない

本当にそうだと思う。

魔女狩りだとか踏み絵だとかいうよりも、もっと、宗教法人で、マインドコントロールもしくは洗脳された信者を助けるルールを、早急に,作るべきではないのだろうか。

宗教裁判等で訴えられるような法人は解散させる。

寄付と言っても、その家族が生活に困るほどの寄付は違法。

私は、占い師であるからかも知れないけれど、特定の宗教団体には興味がない。

占い師で電話占い会社に10年所属していて感じたことは、依存。

ジプシー占いになってしまい、破産してしまう人もいると聞いた。

悩みがあって、ただ聞いてほしいだけで占いに毎日来る人がいた。

宗教団体の信者も似ていると思う。

ただ。占いは、事前に金額が設定されている。

だから、ある意味、ぼったくりではないけれど、依存者せるのがうまい電話占い師もいる。

宗教団体も似たようなものかもしれない。

占い師よりたちが悪いのは、霊のせいにすること。根拠もないのに、当人がわからない事なのに不幸な出来事は、霊のせいと。そして多額の献金、寄付を持っていく。

何の救いにもなっていない。ともすれば家庭崩壊。

現在、二世、三世の信者たちが、怒りということで、脱退しているけれど、幼少のころより、辛い思いをしてきたからだと思う。

そのことを考えれば、宗教に頼るより、カウセラーや良心的な占い師とかかわったほうが、はるかに幸せだ。

占い師は職業だから対価をもらうが、職業であるがゆえに、真剣だ。

宗教団体は、のらりくらりと言葉を使って、ごまかしてだましているだけだ。

私の知る限り、まともな宗教団体にお目にかかったことがない。

自民・井上義行議員が旧統一教会「脱会」の日刊ゲンダイの記事を見て、思うこと。

自民・井上義行議員が旧統一教会「脱会」 全面支援を裏切る“手のひら返し”に教団の本音は?

 

日刊ゲンダイDIGITAL

 

2022/09/02 16:02

© 日刊ゲンダイDIGITAL 旧統一教会の全面支援で当選した自民党井上義行議員(C)日刊ゲンダイ

選挙で全面支援を受けながら、自民党が旧統一教会との関係を断つ方針を示した途端、手のひら返しの「絶縁宣言」だ。

7月の参院選比例代表で当選した自民党井上義行議員(59)が8月31日、<今後は党の方針に従って、一切の関係を断ちます>とコメントを発表。旧統一教会(現・世界平和統一家庭連合)の「賛同会員」を辞めたことを明らかにした。

井上氏は選挙期間中の7月6日、さいたま市文化センターで開催された旧統一教会の集会に参加。幹部から「うちの教会、うちの組織もたくさん問題があります。この問題を支援してくださる方が井上義行先生でございまーす。井上先生はもうすでに信徒となりました。私も大好きになりました」と持ち上げられ、会場からは「井上義行コール」が沸き起こった。

井上氏は安倍の元首相秘書官で、2019年の参院選に全国比例から出馬したが、約8万8000票で落選。しかし7月の参院選は、旧統一教会の全面支援を受けた結果、3年前の2倍近い16万5000票余りを獲得し、当選した。

ところが旧統一教会が社会問題化すると、一転、絶縁宣言。この「裏切り行為」を教団はどう受け止めているのか。

「井上議員の今回の言動? 非常に残念ですね。もう応援できないというよりも、選挙公約として同じ方向を向いていただけるということで応援したので、それをしっかりやって欲しい。選挙に受かったわけですから『ちゃんとやってね』『ちゃんとしてねって感じです』と声を小さくして言いたいんですけど、今回は『残念です』とだけ申し上げておきます。後足で砂をかけるようなもの? そうですね。腹立たしい? そんな発言をしようものなら日刊ゲンダイさんに書かれてしまうので、丁重に『残念でございます』とお答えしたいと思います」(家庭連合広報部)

■全面支援のおかげで2億5000万円が転がり込む

統一教会の支援で当選した井上氏は6年間の議員生活を手に入れ、その間、手にする歳費は1億3080万円。さらに月100万円の調査研究広報滞在費、年間780万円の立法事務費が加わり、これだけで2億4960万円の収入になる。

保身のためなら、なりふり構っていられなかったのだろう。

確かに手のひら返しかもしれないけれど、自民党の方針に従うの当たり前

国会議員として、国民から、信用されない団体と手を切ることを、なぜこのような言い方をするのかわからない。

保身のためになりふりかまわないとか、ネガティブな感情を他人い与えるような報道の仕方はどうかと思う。

もし、この議員が、旧統一教会との関係を整理しなければどのように叩くのだろう。

統一教会から離れようとしても、難癖をつけられて、どうしたらよいというのだろうか。

この議員が党の方針に従うことは、党員として当たり前で、国のことを考えるなら、「賛同会員」をやめたことはしごく当たり前だと思うのだが。

この議員がこれからの日本の為になるような活動ができればそれが一番だと思う。

 

霊について、旧統一教会のニュースなどで、霊感商法の献金の問題を、聞くようになって思うこと。

統一教会のニュースなどで、霊感商法献金の問題を、聞くようになって思うこと。霊について。

霊感商法が問題になった頃は、最初の長男が生まれて、生活をすることに一生懸命だった。

看護学生から看護師になったこともあり、寮に住んでいたこと、不規則な勤務で、テレビを見なかったこと。子供の頃はテレビが、時々なくなる(質屋に持っていく)のでテレビを見る習慣がなかった。

そのために世間のニュースに疎かった。

最近は、仕事を定年退職をして、時間があること。

テレビでなく、インターネットから、情報を取るようになった。

占い師として電話占いの会社に所属していたので、「霊的な話」をすることがあった。

霊感商法の話で、多いのは先祖が苦しんでいるから献金、あなたには、悪い霊がついているというようなたぐいの話。

私は、霊を信じてますかと聞かれたら、信じてますと答える。見えるのですかと聞かれたら、見えないです。

霊を信じる根拠はなにかというと、見えないけど感じるから。だけど、この感じることにしても、自分が感じているものが真実かというと私にもわからない。

だって、霊がどんなものか知らないから。

人が死ぬと言うことを考えてみるときに、植物人間、脳死を考えてみる。排泄もあり、臓器は動いているのに意識がない。戻らない。

意識って何と思う。

意識というものが霊というものかなと思っている

霊は科学的に説明がつくという人もいる。幽霊はいないという人も。

だけど、科学的というのなら、肉体が正常に動いているのに、意識がないから亡くなっていると言うことの説明ができるのだろうか。

人が死ぬときは不思議だ。ほんの何秒か前に、生きていたのに死ぬ。何度も臨終に立ち会ってきたが、この感覚はいまだに、わからない。さっきまで生きていたのにと患者を見てしまう。「死」って何だろうとずっと、思っている。

霊の説明を理解できるように話をしてくれる人が世の中にいるのだろうか。

霊というのはエネルギーだと思っている。電波と同じではないかと。

だから、怨念だとか、地縛霊のように、そこに集まってしまうこともあるのだろうと思っている。

霊が、自分が死んだと言うことがわからなければ、どうだろうか。

気づいてもらえないと人の感情ならさみしいと思うのではないだろうか。

人は霊を見ることはできないけれど感じることはできるのではと思う。

虫の知らせと言うことがある。

母が亡くなった時と、元夫が亡くなった時にあった。

私は、霊を感じることも一種の能力ではと思う。

妹が、霊が見えるという。妹うの霊は結構暗い負のエネルギーっぽい。霊が見れるなら、ついでに話もできればいいのにともうが、妹はできないらしい。

なのに霊感タロットと謳い文句を言って、占い師をしている。

死んだ人と話ができるらしい。なのに、除霊はできないという。

霊能者は、除霊が自然とできるようだ。会ったことがないので審議はわからないが。

そのことを思うと、妹が、見えることを商売にするのはいかがかなと思っている。そのため妹とは考え方が違うので今現在は交流がない。

霊がいるかいないかは、その人の感じ方だと思う。世の中には、不思議な説明できないことが起こることがある。

生きている中で、アクシデントや事故、不幸な出来事はあるだろうけど、それらを、霊のせいにしてはいけないと思う。

そのような考えを持っていると宗教団体やまやかしの霊能者の餌食になってしまう。

自分が見えない感じないのなら、霊に対してというよりも過去にとらわれない人生を送ることが大切だと思う

在日朝鮮人に対しての思い。日本生まれで日本学校で学んだ朝鮮人の思い。日本生まれで朝鮮人学校に学んだ朝鮮人の話。

在日朝鮮人に対しての思い。

若い頃に、スナックを経営している友人の店でバイトをしていた頃。新しい女性が入店してきた。とてもきれいな女性だった。

友人が、私に「あの子、朝鮮人なのよ。ちょっと、訳アリの人から頼まれて預かった子なの、指導してあげてね」と言われた。

私は、ふ~ん、そうなんだと思っただけだ。

彼女はとてもきれいだけど、あまりしゃべらないし、お酒も飲まない、笑顔もない。何というか、「絵」のような人だ。そう、奇麗な絵。鑑賞ように、家に飾っておきたい。

奇麗な子だったので、そこそこ人気はでた。彼女に会いたくて来るお客も多かった。

そんな彼女とは、偶然、住むマンションが同じになり、私がスナックのバイトをやめてからもお付き合いをすることになった。

彼女は、自分が朝鮮人であると言うことを私が知らないと思っていたようで、ある日自分から、日本人ではないと話をしてくれた。

自分は、朝鮮人だけど、日本で生まれ、日本の教育を受けて、中学卒業するころまで、日本人だと思っていた。高校に行くときに、朝鮮人だと知った。

朝鮮人の言葉もしゃべれないし、朝鮮の文化も知らない。

朝鮮人学校に通って、自分が朝鮮人であると自覚をして育ったのなら、今の悩みはないのかもしれない。

差別というのか、これは朝鮮人の考えが間違っているのだと思うけど、朝鮮人が、日本人に対して、差別的考えをしているからだと思うのだけど、日本人に対して、敵対心を持っているから、日本に住んでいるのに、日本人と壁を作る行為をしている。

だから、朝鮮人とわかると、日本人に受け入れてもらうのは、難しい。普段付き合うのは良いけれど日本人は、本音と建前があり、もし結婚というようなことになると嫌な顔をする。

日本には部落差別ということがあるのだがけれど、その部落差別と同じ扱いになる。

今、日本にいる在日朝鮮人が、日本の国であまり良いことをしてきていないことが私たちのように、日本生まれの日本育ちにはつらい現実がある

私のように、自分のルーツが、ひっくり返ったような衝撃を受けたら,どういう風に生活をしたらいいのかわからない。

そして、朝鮮人とわかったら、それだけで嫌われる信頼されないという気持ちが、あって、他人と距離を置いてしまうと

彼女は、自分が朝鮮国籍であることが、ネックになってしまっているようだ。

本人はいったって日本人なのだが。

ラーメン屋をしていた時に、若い男性が朝鮮人であることで、話をしたことがある。彼は朝鮮人学校で学んでいる。

日本人に対して、あまりいい感情を持っていない様子だった。

私は彼に「あなたは、日本人に対して歴史的なことで、不愉快さを言っているけれどそれは自分の学校で教えてもらったからでしょ。そんなに嫌いで嫌なのになぜ、日本に住んでいるの。学校を卒業したら、国に帰るほどの気持ちがあるの。この店は、日本人の店だよ。嫌じゃないの。日本人の作ったラーメンを食べるのは。

それと、私は、過去にこだわらないし、今生きている人との交流が大切だと思っているからね。

私が朝鮮人を嫌いなら、「あなたに対して、うちは朝鮮人に食べさせる店じゃないよと言って追い出してもいいわけだよね。

過去には色々なことがあっただろうと思うけど、言えることは、一方的な勉強だけをして、日本が悪いと思うのはどうかな。日本の歴史からも自分の国のことを知るべきではないかな。

君は日本に住んで、日本人が作ったものを食べることができているでしょ。偏見かもしれないけど、朝鮮人学校に通っている人たちは日本に住んでいながら、日本の悪い所ばかりを習うから、自分達で壁をつくっているのじゃあないかな。

日本人と一緒に学んでいる朝鮮人は、日本人と楽しく生活していると感じるし、差別心はお互いにないのではないかなと思うよ。

何かしらの意見を言うなら、自分が信じていることがすべてだろうかと、考えるのも必要じゃないのかな」

その若い朝鮮人の子は、黙って聞いていた。

きっと、朝鮮人学校に通っている自分の中で壁を作っているのは自分だと気付いたのかもしれない。それと、なぜ日本に住んで、差別を受けるという恐怖がある気がした。

その子は、「ありがとうございました」と帰って行った。

話をしている時に思ったのは、日本生まれで、自分が朝鮮人だと知って悩む友人、日本に住み朝鮮学校に通うがための悩みを見た気がした。

教育は大切だと思う、将来のある若者には、正しい歴史を教えて、自分達がどうするかを自分で決めるような教育をしないといけないと思う。

故に、私は日本のなかで、まるで日本ではない教育をする朝鮮人学校は、余り、良い感情は持っていない。

高校の授業料無料化も、日本学校と違うわけだから仕方がない。本の学校に入れば、日本の恩恵は受けられる。朝鮮人だから、授業料は無料にはなりませんとならないのだから。

日本に住み、これからも日本にいるなら、日本の学校に通えばいいわけだ。

成人して自分の国のことを学び、国に帰ろうと思うのは自由だ。

日本にいながら日本を悪く言う人に対して、こっちが距離を置くのはおかしいことではないと思う。

悲しい事だと思ったのは、普通に日本人に見える風土というのか日本の風土があるのに、日本を悪く言う。

長く日本や他の国に住んでもだと思うけど、その国の文化というか風土に、慣れしたみ、いつの間にか、その国の人と変わらなくなると思う。

正しい歴史認識は大切だと感じる。

 

 

宗教、宗教団体、献金、信仰の自由について②

宗教、宗教団体、献金、信仰の自由について②

宗教団体とは、特定の宗教の教義、宣布、儀式執行、信者教化を目的にとし、礼法の施設を備える団体。

なるほど、信者の教化が、問題な宗教団体が、多いと言うことかな。

信者の教化が、マインドコントロールや洗脳になっってしまう。

自分で判断能力がなくなる。団体の上層部の言うことが全てになる。

献金、(お賽銭と思っている)についても、私は、神社仏閣に行くけど、語呂合わせでお賽銭を入れる。

5円(ご縁)11円(いい縁)20円(二重に縁)41円(始終いい縁)115円(いいご縁)486円(四方八方からのご縁)10000円(円満)

お賽銭をすることで穢れを拭い身を清めるといった意味もある。

この穢れを清めることが、多額の献金となるのかもしれないし,そのように、信者を教化するのだろう。

インターネットで「献金といっても神社に行ったらお賽銭いれますでしょう。お寺に寄付したり、寄付したりしますよね。その寄付と今回の統一教会の寄付とどこが違うのでしょうか。自由意思で行っているかどうかってことなんですけれども、自由意思を客観的に判断することができるかってことなんですよね。

寄付をしてはいけないという法律はないんですよ。寄付は自由なんです」と主張している人たちもいる。

団体に所属していなくても、神社仏閣が修理で、寄付を募っていたら、寄付をする。それは、自分の寄付が明確に何に使われるかわかるからだ。

だけど、家庭が崩壊するような寄付をさせるような教化をしている団体は問題ではないだろうか。

そのような団体の信者は自由意志と言えるのだろうかと思う。

信仰の自由はある。

だから私自身、友人、知人が宗教団体に所属していても何の問題なく付き合うことができる。

そう、信仰の自由だから、私と信仰が違ったとしても関係がないから。

そして、その団体信者である友人知人が、団体に入団しようといわれても断ることができる。

何人かの友人たちに、団体の勧めがあったが、入団したことはない。

宗教団体が嫌いと言うことと、人が作る組織化が嫌いだから。

神仏の教えを聞きたかったら団体に入信しなくても教えは受けられる。

私は昔から、祖母が創価学会に入っていたので、その信仰を見てきた。幼少だったので、団体活動をしていたかは、わkらないけれど、いつも家にいたので活動はしていないかもしれないけれど、かなり熱心な信者だった記憶がある。小学校に入る前に、核家族になったので、祖母がどれほどの信者だったことはわからない。母も、創価学会信者だった。

私の家はもともと貧乏だったし、母はご仏壇は置いてあったけれど、祖母のように毎朝お題目を唱えている姿は見たことがない。お供えもしない。

そんな、創価学会三世なのだけれど、私は、母がそのような信者だったので、団体活動は一切していないし、影響もない。

創価学会の他の宗教をけなすのが大っ嫌いだった。元は、同じでそれぞれの宗教の教えの違いだと思っていたから。

神様の教えを伝える人が違うだけだと思っていたので、まるで兄弟喧嘩をしているような感じだと。

だから、宗教団体は嫌い。

そのことがあるので、神社仏閣にお参りはするけど、特定の宗教団体に入ろうと思わない。

それにしても愚かな人間は、物質欲や権力を手に入れるために団体を作る。

正しいことをするのであれば、宗教団体でも、何も問題がないけど、宗教戦争が起こることや、遠い昔のキリスト教の十字軍の様な戦争を正当化するような行為はすべて、宗教団体が権力を握ろうとすることから起きることだ。

宗教は、神さまの教えを伝達することであって、お金を集めることとは違う。

日本の信仰の自由は素晴らしいと思うけど、団体の規制は必要だ。

心の安らぎを与える宗教の教えを、曲がったものにするのは醜い感情のある人間が上に立った時だ。

宗教団体に入って、生活に潤いがなくなったり、家族に対して迷惑をかけていると罪悪感が生まれて時は立ち止まってよく考えるべきだ。

心の安らぎを得ることなく、献金や寄付をしないと、自分が不安になるようでは、本末転倒だ。

 

 

 

 

宗教、宗教団体、献金、寄付、信仰の自由について。①

宗教、宗教団体、献金、寄付、信仰の自由について。

まず、私は、宗教は、神仏などを信じて、神仏の教えを、聞かせてくれ、安らぎを得ようとするものだと思っていた。

だから、何で霊感商法がほこびってしまうのかわからなかった

統一教会霊感商法のニュースが、世間をにぎわせていた頃は、子育てに奮闘していて、興味がなかった。

この歳のなっても、霊感商法などというものは、自分には無縁の物。

私にとっての宗教は、八百万の神々であり、自然のエネルギーだから。形の必要する人間が作り上げている神々に対しては、そうなんだという程度にしか反応しない。

そして、何で、霊感商法なるものがはこびったのだろうと考えてみた。

宗教とはで調べたら、「経験的、合理的に理解し制御することのできない現象や存在に対して、積極的な意味と価値を当てようとする信念、行動、制度の体系。

アニミズム、トーテミズム、シャーマニズムからの民族宗教更にキリスト、仏教、イスラエル教などの世界宗教にいたる種々がある」と。

なるほど、「経験的、合理的に理解し制御することのできない現象や存在に対して、積極的な意味と価値を当てようとする」これかと思った

この部分が、霊とか見えないもの、感じないもの、現在の人間では、第六感なるものが、発動しなくなっているから。

人は、自分の知らないもの、わからないものに、恐怖感を抱く。なぜと考えるから、特に不幸なことが起こると、答えを求めるから。

私は、キリスト教エクソシストとかいう映画は見ない。何というか信じないと言うことではなく、ドラマとして見てしまうことと、自然エネルギーを信じているので、恐怖をあおるものは、やはり負のエネルギーを呼ぶと思っているから。

自分が、その負のエネルギーに勝てるほど生体エレルギーが、強いと思っていないことがあるから。

霊というものの説明はできない。

だけど、パンドラの箱が空いたときの絶望的な沢山の負の感情が、広がった時から、悪しき感情は、負のエレルギーとなりえると思っている。

だから、怖い場所だとか、幽霊屋敷や肝試し等のたぐいには一切かかわらない。

自分が感じないものに対して恐れを感じることも、正確に誰も知らない事に恐れを感じることも、まして自分が死んだ後の事なんて知らないのだから、今生きて生きている自分の人生を大切にすることだ。

友人が、とある宗教団体に、浸透した理由が霊能者になりたいと言うことだったと聞いたときに、何で、宗教団体に入ったら、霊能者になれるのと不思議だった。

宗教とはを調べて初めて理解できた。

占い師を目指したほうが、霊感というか第六感を鍛えるることができるのではと思った。

人は、自分を含めての家族の幸せを望むものだ。しかし、本末転倒のようなことになってはいけない。

考えてみて、自分も死んだら祖先になる。死んだ後自分の家族が不幸になるように祟りになったりするのか。自分の犯した人生の責任を子孫に、押し付けるのか。

過去の償いというが、それをしなければ、家族が幸せにならないというのか。

自分が死ぬときに、家族に自分の人生の責任を、家族に残すのか。

ちょっと考えたらわかると思うのだけど。

宗教に関わって、心に安らぎをもらえないならその教えは間違っている。

 

 

 

毒親だったけれど、それでも、その親から学んだこと。

毒親だったけれど、それでも、その親から学んだこと。

 

私は子供の頃に、食べれないことや、学校の物を買ってもらえなかったり、その他いろいろなことが、親のせいで、我慢を強いられる生活だった。

 

だけど、大人になって子供を育てるときに、私もこの親のようであろうと思ったことがある。

 

父親の事から、親になった時はこうであろうと思ったこと。

 

小学4年生の頃だったのではないかと思う。私は、弟の子守をする為に、何故か近所の年下の子供たちの面倒というか、子守をして遊んでいた。

 

ある日、近所の双子の悪ガキ兄弟と喧嘩になった。小さな子たちに、砂や、ごみを投げてくる。

 

4~5人の幼稚園から保育所に通うよな子供たちと遊んでいた私は、腹が立ち、しゃがんで、砂をつかみぶつけた。その場を、小さな子供たちをつれてすぐに離れた。

 

夕方に、その子の祖父が家に来た。その子の祖父はうちの家の大家さん。

 

「あんたとこの子が、うちの孫にけがをさせた。どうしてくれるのか」

 

私はあっと思い、父に怒られると。



すると父は「うちの子がむやみに人様にけがを負わすことはない。あんたとこの孫は、うちの子に何もしないのに、女の子であるうちの子が乱暴したというのか。チャンと話を聞いて、から出直せ」

 

父は、私に向かって、「怪我をさせたのはいけないけど、お前は正しいことしかしない子だから大丈夫。父ちゃんはお前を信じている」

 

と言ってくれ怒られなかったし、その時の状況も聞かなかった。

 

結果、その孫と大家さんから、反対に誤ってこられた。

 

私はこの時に、子供が何かしたときには、子供を信じよう。親が子供信じることは、とても嬉しいものだ。

 

それに、何かしらの事情があって、そのようなことになったと考えてくれた父に、今でも感謝している。

子供の行動や判断は間違うこともあるだろうけれど、その子が、考えて、行動したということを考えてあげられる親になろうと思った。



子供を親が信じてあげることは、親に信じてもらえる子供は、自信を持って大人になる。



子供は、親の背中を見て成長する。その影響は大きい。

 

 

1年過ぎたのに、余り慣れていない元野良子猫だった福丸。この子は家猫という自覚がないのかなと思ってしまった。

猫の福丸の事。



保護して、1年1か月。なのに、全然人なれをしない。

 

白い猫は用心深いしビビりだとは思ってはいる。

 

しかしだ。うちの福丸は、ちょっとひどいのでは。

 

抱っこは嫌い、最近は、撫でてと寄ってくるけれど、私と夫から寄っていくとすぐに逃げる。

 

今日、ここに3日、左目が、少し赤いような感じなので、病院に連れていこうとしたら。



何を察したのか、隠れて、つかまらない。呼んでも来ない。

 

2階のクローゼットに隠れていたので、洗濯ネットで、捕まえようとしてら、「しゃー!」「うーうー」と威嚇してきた。

 

捕まりたくなくて怖いのもあるのだろうが、ショックだ。

結果、夕方まで隠れた出てこなかった。

1年間、ずっと一緒に、暮らしてきて、私が、移動するとついてくるし、寝室で寝ているといつの間にか一緒に寝ていたりするのに。

 

警戒心が強いというか、何なのでしょう?

 

先住猫の茶々も、警戒心が強い子だったけど、呼べは来るし、私のすることに対しては全然嫌がらないし、第一逃げたり隠れたりしない。

 

信頼関係がまだないのだろうか。

 

先住猫の茶々に感じるような安心感みたいな感じはない。茶々は私の言っていることを理解している気がするから。

 

でも、福丸も、待ってとか、おやつ、ご飯とかのコミュニケーションは取れるのだが。

 

兄弟猫の小鉄は、先住猫の茶々に近いくらい慣れているし、何となく、信頼関係ができている気がする。

 

成猫の鈴(福丸達の母猫)も、野良猫だったので、始めは威嚇はするし、怖くてこの子は慣れるかなと心配だった。

今は、よく馴れている。私たちのことを信頼してくれているのか、外出していても呼べば帰ってくる。

 

福丸を見ていると、この子は脱走したらきっとを保護ができない気がする。

 

呼んでも出てこないだろう。

 

ツンデレラで、そのくせ自分が甘えたいときには、足元をクルクル回り身体を摺り寄せてくる。

 

まだ1年弱だから、もっと時間がかかるのだろうか。

 

夫と、9月の、ワクチン接種で病院につれていくときにはどうやって、捕まえようかと話をしている。

 

リビングで私がこうしてパソコン操作をしていると、のんびりリラックスしているなと思ったら、夫が2階から、降りてきたらろーかに出てい行った。

 

爪を切ることもさせてもらえないし、抱っこは嫌がるし、困ったものだ。

 

でも、私が、先住猫の茶々がストレスになってはいけないと、子猫の時にあまりかかわらなかったのもあるかもしれない。

 

母猫の鈴は、早く慣れてほしくて、名前を呼んで声をかけていたから、慣れたのかな。

 

福丸は、旦那が世話をしていたのだけど、旦那は小鉄がかわいくて仕方がなかったから、やっぱり愛情の表現が少なかったのかもしれない。

 

性格もあるだろうが、もう少し家猫らしくなってもいいのではないだろうか。

 

今日の福丸は、まるっきり野良猫状態だった。

威嚇、低姿勢でいつでも逃げる体制。

 

この子は家猫という自覚がないのかなと思ってしまった。

 

i

報道ニュースやインターネットニュースなどで、旧統一教会関連を見ると怖いと思う。じわじわと、日本という国を自分達の思い通りにしようとしている。

報道ニュースやインターネットニュースなどで、旧統一教会関連を見ると怖いと思う。

 

他にも、宗教団体は、あるだろう。だけど、この団体は、日本という国に対して間違ったら歴史をもとに、マインドコントロールをしている。

 

オウム真理教は、一人の詐欺者が自分の欲のために人をだまして、最後は、殺人までしてしまったから、裁きを受けた。

 

だけど、この旧統一教会は、殺人を犯しているわけではない。

 

でも、じわじわと、日本という国を自分達の思い通りにしようとしている。

 

闇の見えない部分で、逃げられないようにつかもうとしている。

 

気持ちが悪い。

 

日本は、他者を思いやる国だ。そして、助け合う国だ。

 

統一教会は戦争というような見える侵略ではなく、人の心を侵略していこうとしている。

 

これは、日本を乗っ取りたいと言うことなのだろうか。

 

日本は日本人がいなくなり、他の国の物になるのだろうか。

 

日本人は、誰かが言っていた、お人好しだと、それは最終的に、しょうがないとあきらめる気持ちになるからだろうか。

 

災害の多い日本に住むと、どうしようもない震災に襲われる。だから。しょうがない、どうしようもないから、ここから頑張ろうとする、再起動の力、再生の力を持つ民族だと思っている。

 

それは人類すべての幸福を考える、民族だと自負している。

 

その日本人の気質を利用しようとするのが、K国屋C国のような国ではないだろうか。

 

今回、安倍元総理の暗殺事件で、旧統一教会のことが露見した。

 

これは、日本の神々が、日本をも守ってくれているからではないだろうかという思いもある。

そのために、安倍元総理が犠牲になったのではと思う、今日この頃の私だ。

 

誰かの命をかけないといけないほどの状況と言うことなのかもしれない。

 

安倍元総理の死が無駄にならにように、日本の国会議員は、日本人は、立ち上がらないといけない。

 

日本人に生まれてきてよかったと心から思っている。だからこそ、これからも、その思いを後世に伝えるためにも、日本を脅かす輩は、あぶりださないといけない。

 

 

 

 

占い師をしていると、霊能者と勘違いしているのかと思う人と話をすることがある。基本的に、占い師と、霊能者は違う。

占い師をしていると、霊能者と勘違いしているのかと思う人と話をすることがある。

 

基本的に、占い師と、霊能者は違う。

 

だけど鑑定依頼の方は「先生は、霊感があるのですか」と聞かれることが多い。

 

そして、当たる(これもちょっと違うのだけど)とやっぱり先生は霊感がすごいという。

 

いくら私が、霊能者ではないと言っても、納得しない。

 

霊感があるという人は、普通の人には見えないものが見え、聞こえないものが聞こえ、人の心を読んだり、未来を知ることができる、普通の人とは違う能力を持っている人と思っている。

 

だけどこれらすべて、普通の人にもある能力だ。

 

日常生活の中でないだろうか。

 

今日はなんだか朝から嫌な感じだから、早く仕事を終え、家でゆっくりしようとか、何だかいいことがあるような気がするとか。

 

ここの店は嫌な感じがするから、入らないでおこう、この道はちょっと不気味だから通らないようにしようとか。

 

これは早くやっていないと、まずい、きっと上司に目をつけられるとか。

 

危険を察知する能力や、予知をする能力は普通の人でもある。

 

だから、霊感が特別な能力ではなくて、記憶力が人よりいい、走るのが人より早いというような能力と同じことだ。

 

だから、直感を磨くことをすれば、それは能力としてのびると思っている。

 

人間が、高度な文明を築くために手放してきたものが、五感以外の生きるもの感覚、俗にいう第六感こそが、霊感の正体ではと思っている。

 

実際に、アフリカの原住民の視力は、一キロ先の獲物を捕らえることができる。

 

だから霊感というものは、程度の差はあれど、誰でも持っている能力だと思う。

 

私は、必要以上に「霊感」を強調するのは、占い師としてどうなのかと思っている。

 

占いに霊感(直感、インスピレーション)は当たり前だから。それをわざわざ、言うのは、そのほうが売れるからだと。

 

占いは、悩みがある人のアドバイスをするもので、人の人生を変えることができる力もある。

 

だからこそ、普通の人が見えない感じないもので、相手をコントロールするようなことをしてはいけない。

 

占い師は職業だから、看護師、医師たちと同じように、人の命を救う事もできる。

 

私は、言葉を大切にしている。「言霊」。

 

占い師はこの「言霊」を使っていると思っている、「言霊」は、人間の心を、病気にすることもできる。

 

だからこそ、占い師として、真撃な気持ちを忘れないで、鑑定をしている。

 

普通に暮らしていれば不幸なことも起きるだろう。

 

それを、旧統一教会のような主教団体は、霊感商法や祖先の祟りだとかで、信者からお金を集めるような宗教団体は嫌いだ。

 

宗教は、人の心を強くしてあげたり神仏の教えを伝えるものだと思っている。

 

それが、欲や権力を手にするための団体となっているのは、どうなのかと思っている。

 

本当に、他人のことを幸せにしたいと、助けてあげたいと思う団体行動ではない。

 

占い師も同じだ。霊感を強調しているのは、欲が先にあると思う。ことさら「霊感」をいうのであれば、霊能者を名乗ればいい。

 

 

 

 

 

山際大臣のニュースを見て、報道関係者の「他人事のように答えた」という言葉を聞いて、これは、良くないと思った。

山際大臣のニュースを見て、報道関係者の「他人事のように答えた」という言葉を聞いて、これは、良くないと思った。

 

そのような感想を言われてら、そう思って聞いてしまう。

 

報道は、切り取りをして、報道するという人もいる。

 

私は、別に、山際大臣を知っているわけではないし、議員になったことはないけれど、人は自分一人ではできないこともある。

 

国会議員ともなると、たくさんの部下や秘書がいるだろう。

 

後援会は大切だし、その人たちからの依頼があったら、快く承諾して、祝電を出したり、大会等の来賓として参加した議員もいるのではないだろうか。

 

山際大臣の話を悪くとれば、取れるけれど.

 

 

色々な団体や、後援会の依頼などで、動くことはある。全てを把握することができなかったことは、自分が秘書や後援会、自分を応援してくれる人たちを信じていたこともある。と言っても、自分以外の人たちのせいと言っているのではない。

 

応援してくれる人たちの関わりを大切にし、行動した中に自分の考えの甘さでもあったかもしれないが、決して、問題があると事前に知っていれば、行動はしていないし断っている。

 

あやふやであるので、報道を見る限りと話をしたが、一つ一つを覚えていないことは正直なことだ。私が、この旧統一教会だと認識していたのなら、覚えているだろう。だけど、その意識がないのであれば、いいわけになるが、問題のある団体と私の中で認識がなかった。

 

山際大臣の話は、私はそのように解釈した。

 

問題のある団体とは今後はお付き合いをしないと、深く反省していると言っている。

 

報道のイベントが旧統一教会だと画面からはわからない。

 

山際大臣の話の中の支援者の心の中や、考えはわからないと言うことだ。当たり前だろう。

お手伝いしますと言われれば選挙しているのであれば嬉しいことではないだろうか。

 

支援者の身元調査をするのだろうか。

 

統一教会の信者であることを、隠して近づいてきたらどうだろう。

 

信者を獲得する時にも旧統一教会派「統一教会」という名前は言わずに行動している。

 

実際には、旧統一教会はK国の宗教団体だ。嘘をつくのは当たり前。他人を利用し、依存している詐欺集団に近い。

 

詐欺をする人間は頭がいいし、表面は良人を装っている。

 

そのような人間が、損得で近づいてきて、見破るなら誰も信じないで、常に用心していないといけなくなる。

 

ただ、思うのは、自分の価値を自覚することだ。国家議員というブランド。

 

利用しようと近づいてくる人間もいると言うことを。

 

そしてもっと、国家議員の秘書たちは議員を守るためにも、きちんと団体とかかわるのであれば調べるべきだ。

 

議員1人では、できないことがいっぱいあるのだから。チームワークをきちんとして頑張ってほしいと思う。

 

中には自分が議員であることで、ふんぞり返る人もいる。周囲の人間の応援があっての議員だ。

 

だからこそ、緊張感を持ち、チャンと、答弁をして自分の失敗を忘れないで頑張ってほしいというのが、今旧統一教会に関わった議員にお願いしたい。

 

統一教会は、オウム真理教と同じくらいカルト集団の様な気がする。

 

 

政治と宗教団体についての、還暦を過ぎた素人の、考えと思い。

還暦を過ぎた素人の、考えと思い。

宗教団体と政治家の関係ニュースを、報道やインターネットで見る。

ある意味いたし方がない部分もあるのだろうかと思う。

 

創価学会の信者の友人が、選挙になると、「公明党にいれて」と言って来る。この友人とは、普段全然連絡が取らないので、友人というよりは知人だ。

 

厳密にいれば、日本国民なら選挙権はあるし、1人でも多くの応援や指示者を集まるのには団体は大切だろう。

 

もしもだ、屁理屈かもしれないけれど、暴力団の団員が何人も、応援していたからと言って、果たして、その議員が、その団体とかかわりがあると言えるのだろうか。

 

よくわからないのだけど、私がもし、議員だとして、後援会から、支援者を増やすために○○団体に、演説をと言われれば、後援会を信じて、○○団体と言うことなど気にせずに、演説に行った気がする。

 

応援演説をしたとか、祝電を送ったとかは、議員がわかってしたというよりも、講演会や周りの者たちが、させたと言うことはないだろうか。

 

本当は、団体からの依頼なら、その団体がどんな団体化を知る必要はあるだろうけれど。

 

忙しいスケジュールの中でなら、そのようなことは、周囲の人間に任せているのではないのかなと考える。

 

高石早苗議員も知らなかったと言っていた。

 

自分達は、政治活動の一環としてだろう。

 

ただ、その団体が、そのことを利用していることに気づかなかったことが問題なような気がする。

 

ある意味、議員は、被害者の気がするのは私だけだろうか。

 

昔、浅野組の三代目組長の妹と交流があったことがある。妹がスナックをしていて、私は良く通っていた。スナックのママさんとお客と言う関係だった。

 

ある日、スナックの15周年記念パーティーに前おっとといったことがある。それで、前夫が、写真を一緒に取った。そのあと私に、「何かあったら、浅野組長の妹と知り合いだという事に使えるから」と言ったときには驚いた。

 

ママも私もそんな気はなかったし、10年以上の関係で、やくざの妹として見たことはなかった。

 

こちらの気持ちなど無視して、そのようにその人の肩書やバックを利用しようとする人間はいる。

 

統一教会も安倍元総理や議員たちを利用して、自分達がさも、自民党と深い関係にあるというようなことを、利用しいたのではと思う。

 

ある意味被害者ではないのかと。

 

だからこそだけど、信仰の自由というけれど、献金などは、上限を決めるべきだし、団体なのだから会員費はいるだろうから、会費は集めるにしても、献金とか寄付は禁止にするべきだ。

 

寄付には税金がかからないとしていることからの、資金集め。

 

宗教団体の集団の恐ろし差は「オウム真理教」で経験積みなのに、なぜ、洗脳されて、しまうような団体行為を容認しているのかがわからない。

 

これからは気をつけるとかいうけれど、何を気をつけるのだ、知らなかったらでは、すまないと思う。

 

そのようなことがないように、宗教団体への取り締まりを決めるべきだし、実際に訴えが多くあるのだから、国会で議論して、法律を見直すべきだと思う

 

献金は証拠など残らない。強制ではないというが、上の役付きの人から言われれば、無理をしてでも出している。

 

マインドコントロール、宗教団体に入っている人で活動をしている人は、私からすれば異常集団だ

 

不思議でしようがない、何で前世や、祖先が今の自分に関係してくると思うのもわからない。

 

宗教団体の言うことは、すべて、今の不幸は、前世だとか因縁だと祖先の悪行だと、見えないことの確かめることのできないことで、人を操る。

 

そんなことを言って献金させている宗教団体はすべて取り仕切るべきだ。

禁止すべきだ。

 

そのような行動をすることが今の政治に必要だと思う。

 

今後はかかわらないようにではない。

 

関わっても問題がないような形を作ればよいだけだ。

 

不毛な資金集めに手を貸すようなことになるから問題なのだ。

 

 

還暦を超えて、色々なことに興味を持つようになった事。今の自分に何ができるかわからないけれど、日本の発展と安全で素晴らしい文化がなくならないようにと願う。

還暦を超えて、色々なことに興味を持つようになった事。

 

子供たちが自立し、生活というか時間にゆとりが出てきた今日この頃。

 

政治の事や事件ニュースのことなどに、興味を持つようになった。

 

ブログで自分が思うこと、感じた事を発信している。

 

ふと、若いい頃は、生きることに一生懸命で、余裕がなく、政治のことも、事件のことも、世界情勢のことも興味がなかったわけではないけれど、今ほど、関心がなかった。

 

今は、安倍元総理の狙撃の事件も、K国の動向、C国の動向、ロシアのウクライナへの侵攻などを、とても、気になる。

 

そのもとは何かと尋ねれば、未来への不安。未来への不安は、子供たちへの思いだ。

 

日本はどうなるのだろう?子供達の未来は、大丈夫なのか

 

戦争や、他の国からの干渉で、子供たちの未来が、暗いものにならないようにと願う。

 

特にK国の日本に対する反日感情や、他人に対して嘘をつく民度性。C国の他国に干渉し、残虐なことをひいきでする国家性。

 

町を歩いていると、アジア系の外国人をよく見る。ここ数年に、とても多くなっている気がする。

 

そして、日本に、移住してくる外国人が多い事に、びっくりしている。

 

日本の文化が、好きだから日本に来て、日本に帰化する人は受け入れることはできる。

 

でも、ユウチュブなど見ていると、K国人など一部なのかもしれないが、日本が好きではないと思う人もいる。

 

とあるK国人のユウチュブ動画出「私たちは韓国人をやめます。国籍を聞かれてら、日本社会人ですと名乗ります」とい言っていた。

 

思わず何を言っているのだろうと。

 

何だか、日本人を馬鹿にしているのかと思った。帰化をするわけではなく、自国の人間に、自分は、日本にいることで、金がある。自国の友人たちに、日本にいることで、難癖をつけられたときに、言っていた。

 

マウントを取っていたのだが、凄くいやらしい考え方だと思った。ユウチュブ動画を見ていても、K国人のいやらしさを感いてしまい、見る気が仲くなった。

 

日本に来て日本を好きになって、住んでいるのかと思ったら、韓国の文化や食べ物を日本に、広めたいと言っていた。

 

迷惑だから、K国の文化なんて。息をするように嘘を言い、歴史を見ようとしない。他人に対しての無礼極まりない態度。

 

なのに、日本には、韓国人がたくさんおり、日本は食い物にされている。


www.youtube.com

昔は、そんなに他の国のことを感じたことはなかった。

 

子供の頃に両親に「朝鮮人という言葉は、差別用語のようにとられるから、朝鮮人という言葉は、言ってはいけない」と言われた。

 

「お前は朝鮮人か」と相手に投げかけるのは、蔑みのような感じだった気がする。

 

子供の頃から、時がたち、今の日本を見るときに、凄くK国人が、裏の世界からというか、見えないように活動し、日本を操ろうととしている気がする。

 

凄く、将来どうなるのだろうか。

 

安倍元総理がなくなり、とても、不安だ。

 

岸田総理は、原発を新しく建設すると言っていた。福島原発事故のこともあるのに大丈夫なのかと考える。

 

テレビニュースではなくインターネット社会になり、情報をより多く目にするようになったからかも知れない。

 

今の自分に何ができるかわからないけれど、日本の発展と安全で素晴らしい文化がなくならないようにと願う。

 

霊について、思うこと。霊についての記事を読んで、思ったこと。

霊について、思うこと。

 

霊って、どんなものだろうと考える。

 

霊能者とか、霊感とかよくわからない。

 

本物の霊能者だと、「冝保愛子」さんの動画を見た。

 

彼女は除霊ができるらしい。でも、除霊って何だろうと思っている。

 

私の妹も、霊が見えるというけど、除霊はできないと言っていた。

 

私は、霊能者とか本当にわからない。どんなふうに見えるのだろうと思ってしまう。

 

妹は、透視能力があるのではないのかと思う。だから、家の近所の事や、部屋の様子を言い当てることができるみたいだ。

 

私はそれは霊能者ではなく、能力だと思っている。

 

人よりも速く走れるとか、運動能力が高いことと同じではことではないかと。

 

霊が見えると言うことはどんなことなのだろうろ。

 

死んだ人の霊が見えるとかいうけれど、証明できない気がする。

 

証明するため霊能者はその霊の姿や生前の様子や喋り方などを、伝えるらしいから。それは本当なのだろう。

 

私は占いカウンセラーの仕事をしているのだけど、なぜかお客様の中に、当たる当たらない事だけを重視する方がいる。

 

占い師を、霊能者と思っているのか、未来が見えるはずだと。

 

未来はどうなるかと。

 

占い師は、職業だ。占いという道具を使って、心の悩みを解決するためのアドバイスを、する仕事だ。

 

だから、霊能者ではない。

 

誤解が多いのは、霊感タロットができますとか、前世占いとか、なんだか「霊」をつけるちょっと、違う方向の占い師のせいではと思っている。

 

霊能者の方は、お会いしたことはないが、本当に見える人はいるのだろう。

 

でも、それって一歩間違えれば、おかしい人と思われる。

 

私は、霊能者と超能力者は違うと思っている。

 

透視能力や、第六感とか全て能力だと思っている。

 

アフリカの原住民の視力がすごく良いと聞いたことがる。

 

人間は、必要な能力は身に着けており使うことができる。

 

使わなくなったから、使えないだけ。

 

だから、ドラゴンボール孫悟空のように、人間だから空は飛べないという概念がなければ、空を飛ぶ人間はいるのではと思っている。

 

霊はエネルギーかなとも思っている。

 

そのエネルギーが強い人が、死んだ人のエネルギーをとらえて、みえるということかなと。

 

研究をしているわけでもないので、感じるままに話すと、全ての物にはエネルギーがあって、それが形として存在しているものが人間ではと思う。

 

そのエネルギーを感じやすい人が、生前のその人のエネルギーを感じ取り見えるのかなと。

 

残留思念とか言うのも聞いたことがある。

 

霊と言うことにこだわれば、色々な考えがあるだろう。証明ができないとか。霊はないとか。

 

では死ぬと言うことの説明をしてほしいと思う。

 

霊というものがないなら、安倍元総理は出血が多くてなくなったと言うことだけど、ならば、霊というものがないなら、たくさんの輸血をして心臓や体が動けば死なないのだろうか。

 

植物人間の説明もしてほしい。

脳死の説明も。身体の機能は動いているのに、死んでいると言うことの説明を。

 

意識が戻らない、ではその意識とは何か説明してほしい。

 

その説明できない部分が「霊」ではないのだろうかと。

 

霊はないとか、科学的に説明ができるとか。

 

霊は触れないものだ。これは、人の感情と同じだ。言葉があるから、感情は触れないけど表現をすることはできる。

 

言葉の分からない動物の気持ちや、してほしいことがわかるのは、どう説明ができるのだろう。

 

遠い過去には、物の怪や幽霊、お化けなどを信じていた時代がある。

 

陰陽師霊媒師という人たちがいたことが、霊や不思議なエネルギーの証明ではないかと思う。

 

霊がいないという人でも、この場所何だか不気味だと感じたり、ここはとても心が癒されると感じる場所があったりする。それらはすべてエネルギーだ。

 

霊はエネルギーだから、人間も「気」というものがないと生きられないから。

 

そのため私は、日本の神様を信じている。八百万の神々。

 

万能の神などいないと思っているから、それぞれの神様が、人間に手を貸してくれ、教え時には試練を与えて、人としての人生を生きることを望んでいると思っている。

 

霊はエネルギー、神さまもエネルギー。

 

だから、霊がいるかどうかはわからないけど、霊というものがどんなものかわらないけど。

 

霊魂は信じている。どんな形かは知らないけど。

 

それで、死んだらどこに行くかなんて知らないけれども、今自分は生きていることは、まぎれもない事実で、いつか死ぬこともまぎれもない事実だから、人として後悔しないで生きられたと思えたら、死ぬときに幸せかなと思っている。

 

 

嘘ついているかもしれないじゃないと言われたこと。

嘘ついているかもしれないじゃないと言われたこと。

 

体調崩している時に、ボーっと過去のことを思い出してしまった。

 

もう16年前くらいの話なんだけど。

 

当時、私は職場で、悪意のある噂に悩まされたことがある。

 

事実なら、仕方がないのだけど、事実ではないことで。

 

それも等の私は、そんな噂になっていることも知らず、注目されていることも知らなかった。

 

噂をしているのは、一緒に仕事をしたこともない他の部署の人たち。

 

人のうわさというものは、自分達の下賤な妄想で、話を作り上げ無責任にそれが事実のように話す。

 

さて、その噂を流している人と、勤務異動で、同じ職場になった。

 

そのころには、かなり私はその噂で困っていたが、何の反論もしなかった。

 

真実でないことに対して、騒いでも仕方がないと思っていたから。

 

人のうわさも75日というし、その噂が、真実ではないことは私が一番知っているので。

 

ただ、何で、こんなうわさになってるのだろうか。誰が、流しているのだろうと。

 

少しずつ、その噂の元もわかってきたけれど、わかればわかるほど人というものは、勝手に妄想をして膨らませ、真実でない事を真実のようにしていくのだなと思った。

 

毅然としていればいいやと思ってはいたけれど、看護部長が、下種の勘繰りをする人で、そのうわさを信じて、私にパワハラをしてきたのには、さすがにストレスだった。

 

さて、その噂の元を作った人と話をして、初めて、何でそんな噂になったかがわかったが、あきれてしまうようなきっかけだった。

 

うわさはダブル不倫をしている。年下の同僚との恋愛。

 

当時私は、慢性腎不全の持病が、発覚し子供4人を連れての離婚をしていた。

 

なので、ダブル不倫自体がそもそも違う。

 

私はプライベートと仕事を、区別していたし、自分のプライベートを他人に話をしない人間だった。

 

4人の子供を連れた母子家庭をしている人間、まして、持病持ちの私に不倫をするようなパワーはない。

 

仕事と子育てを頑張るので手一杯。

 

私の家庭事情などは全然、お構いなしのうわさ話。自分達のゴシップネタ。

 

当時会社には、専門学校に行っている長男が、働いていた。

 

夜間の専門学校に通っていたのだが、定時が17時なので、正社員として働いていた。

 

私は、その噂の出所が、長男の部署からだと言うことも知った。

 

その部署からの移動職員との話で、うわさ話の話になった。

 

「話をしてみると真面目なんですね。凄くキャピキャピしているように見えるけど違うのですね」

 

見た目でいえば、古い言葉だけど47歳だったけれど、(美魔女)だった。要するに、30歳、ともしたら27,8歳にしか見えない。

 

白衣が似合っていたのもあるし、若くえた。

 

普段もお洒落だったし、そんなことも注目されていたようだ。

 

子供が4人もいると言うことは知っている人がいたようだけど、兎に角プライベートを話さないので、見た目で勝手に盛り上がっていたようだ。

 

私は、その人に「何で同じ職場に、長男がいるのだから聞けばよかったのではないの?」

 

「可哀想じゃあないですか。真面目で、優しい子だしお母さんが、そんなことをしていると知ったら。」

 

長男は、とても職場でかわいがってもらっていた。真面目で、礼儀正しい子だったこともあるので。

 

私は何を言っているのだろうと思った。

 

あなたたちがしているほうが、子供が傷つくだろうが。

 

長男にそのことを言ったら、聞いてくれればちゃんと説明できたのにねと。

 

「何で、私に直接、たしかめなかったの?」

 

「だって、嘘をつかも知れないじゃないですか?」

 

はぁ~、この人何を言っているのだろうと思った。

 

そもそも、うわさになった原因は、同僚が、夜勤明けなのに自宅に帰っていないと、病院に電話があったことが発端だった。

 

それで、その日の夜勤者は誰かと言うことになりそれが私だった。

 

そこから、ダブル不倫という噂。

 

同僚が、私としか話さないことや、よく一緒にいることなどから、どんどん妄想が膨らんだようだ。

 

私は、仲が良い同僚、頼りにさてている先輩看護師訂だったのだが。

そして、当時私ともう一人の看護師と三人が仲がよかった。そこは噂にならなかった。

 

彼女は「○○さんがきれいだからね。私よりも花があって面白いからじゃないの」と。

 

彼はこの看護師ともとても仲が良かったのだけど。

 

人は自分の都合の良いところだけを切り抜いては張り合わせて、話をするようだ。

 

もう私は、憶測で証拠もなく、うわさを作り上げる人の怖さを知った。

 

夜勤が一緒が多い事、夜勤の前に一緒に、スーパーにいたこと(たまたま、夜勤の夜食を買っていたので、何が食べたいと選んでいた)、いつも行動を一緒にしていること。

 

そんなことだけで不倫していると言われるなんて。

 

とある看護師に、「何で私と○○君が、恋愛するとおもうわけ?」と聞いたら

 

「はやっっているじゃない。若い年下との不倫」

 

開いた口がふさがらなかった。

 

流行っているからそれだけで、うわさ。

 

あなたたちの好奇心を満たすための道具か。

 

真実を語る事をしても、信じないと言われたらどうしようもない。

 

私は聞かれれば真実を話すだけだけど、うわさというものは、その根本は醜いものだと思った。

 

真実でないことを言われても、否定をしても、悪意のある噂は面白いものを作るから砂糖に群がるアリのようだ。

 

まあ、職場ではやりずらかったけど、関係ないと真実は違うのだからと。

 

それに私にとって家族である子供たちが真実を知ってくれていた事が大切だったから、どうでもよかった。

 

きっと今でも伝説のようになっていた、私はきっと悪女としてのうわさも消えていないだろうな。

 

子供達からすれば、うわさになるほど、ねたまれるくらい母さんが魅力体な女性だと言うことじゃないかと嬉しいことを言ってもらえた。

 

仕事ができ、美魔女。

 

だからダブル不倫くらいしていてもおかしくないと皆さんの妄想。

 

実際には、この噂になった同僚が今は旦那なのだけど。

 

離婚調停のための相談を受けて司法書士を紹介したりとしたことから付き合いがあったから。

 

結果彼が離婚してから私に対して、付き合ってほしいと言われた。

 

まあ、うわさのこともあるし、断り続けたけれども根負け。

 

友人としてならと、つきあい。

 

私は、職場の人間とプライベートで付き合うことはしない人間だったので、かなりな譲歩だった。

 

そして5年付き合い、結婚した。

 

まあ、旦那は離婚話が出ていたので、それは私とは関係がない夫婦の問題。

 

だけど、本当にこの結婚は嫌だった。

 

もう、私の中で今も、なんでかなと自分の意思の弱さが恨めしいのと、旦那の思い込んだら周りが見えなくなる正確には、あきれるばかりだ。

 

私は、自分の見たものしか信じない。噂話の輪にも入らない。

 

人を傷つけると思っているからだ。

 

ママ友で、一緒に仕事をしたことがある人が、うわさ話が好きで、私に話をする人がいるが、私が言うことは、自分が見たの?見てないのでしょ?確かめたの?それに別にその人のの人たちが、不倫していても私には関係がないから。という。

 

まあ、不倫相手が私の関係者なら一大事だから、話を聞いて真実がどうかを確かめないといけないと思うけど。

 

うわさ話をする人は自分の価値が下がるとは考えないのだろうか。

 

人の人格否定をして名誉棄損をしていることに気づかない。

 

最低の人間だと思っているので、距離を置き、深入りしないけど。

 

だから、私は友人が要らない。だって、うわさ話ばかりしても楽しくないし、何が楽しいのかわからない。